想紅(おもいくれない)

笹椰かな

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女の子の気持ち、男の人の気持ち

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 玄関でスニーカーを履いてお庭に出る。後ろを振り返ってみたけど、従兄にいさんが追ってくる気配はなかった。
 ホッとしながら、庭のお花や低木を見て回る。私は植物が大好きだ。だからお花や樹を見るのも、触れるのも好きだった。
「綺麗」
 支柱に絡んだオレンジ色のノウゼンカズラを見ながら呟く。夏季に咲く、鮮やかな花。花言葉は「栄光」とか「華のある人生」とか色々。見た目によく合っている。
 私がお花に見とれていると、「ニャーン」という可愛らしい声がした。足元に視線を向けると、いつの間にか黒い猫がいた。赤い首輪が付いているから、どこかの家の飼い猫なのかもしれない。
「わあ、可愛い」
 私がしゃがみこんで喉元を撫でると、猫がゴロゴロと喉を鳴らした。
「迷子? それとも、お散歩中?」
 私が訊ねると、猫は「ニャア」と可愛らしい声を出した。答えてくれているのかもしれない。私は少しの間、猫を撫でたり、私の足元をうろうろする姿を眺めたりしていた。
「なんてお名前なのかな?」
 独り言のつもりだった。だけど、後ろから答えが返ってきた。
「名前はローラ。お隣の立川さんの飼い猫だ」
 突然声がした事にびっくりして、私は思わず悲鳴を上げた。
「ひゃああっ!」
 後ろを振り向くと、たけし従兄さんが背後に立っていた。私の悲鳴にびっくりしたローラが、跳ねるようにお庭から逃げていってしまう。
 私は驚きで心臓をどきどきさせながら、立ち上がった。
「びっくりした。従兄さんが後ろにいたの、気が付かなかった……」
「驚かせてすまない。その、なかなか戻って来ないから、気になって」
 そう話す従兄さんは、どこかばつが悪そうだ。私がさっき、変態だと罵ったせいかもしれない。
「迎えに来てくれたの?」
「ああ。お前と、もっと一緒にいたいから」
 そのストレートな物言いに、頬が熱くなった。従兄さんの正直すぎる欲求が恥ずかしい。恥ずかしいけど、なんだか嬉しかった。私って意外と単純なのかも。
「なら、もっと話そう? 私、従兄さんの事が知りたい」
 私の言葉に、従兄さんが少し驚いた顔をする。
「さっきの事、もう怒ってないのか?」
「怒ってないよ。でも、出来れば私の事をエッチな目で見ないで」
 恥じらいを含んだ私の言葉に、従兄さんは苦笑しながら頷いてくれた。
「努力する」

 それから私たちは、広いお庭を歩きながら色々な話をした。
 従兄さんの仕事の事。私の学校生活の事。行きたい場所。最近、興味のある事。そして、今欲しいもの。
「私の欲しいもの……物じゃないけど私、色んな事を経験したいな。経験を得たい」
「経験?」
 私の言葉に従兄さんが首を傾げる。
「うん。色んな経験を積んであれば、大人になって困った事が起きても慌てふためかないで対処出来るでしょう? だから、色んな事を経験しておきたいの」
「なるほど」
 合点が行ったとばかりに従兄さんが頷く。
「でも、色んな事を経験する上で不安な事がいっぱいあると思うし、苦しくなる事もあると思う。そういう時は……その、少し相談させてもらってもいい?」
 私が遠慮しながら訊ねると、従兄さんは優しい笑みを浮かべた。右手が伸びてきて、また頭を撫でられる。
「ああ。俺としては相談だけじゃなくて、甘えてくれたら嬉しいんだが」
「私が甘えても、本当にエッチな事……しない?」
「絶対にしない。万が一したくなったら、ちゃんと許可を取る」
 猛従兄さんの言葉に、私は頬が熱くなった。それと同時に、従兄さんはむっつりスケベじゃなくて、オープンなスケベだと確信する。
 私の頭に触れるのも、もしかしたらエッチな意味があるのかもしれない。
「ねえ……猛従兄さんって、もしかしてすごくエッチな人なの?」
「俺に限らず、男は皆スケベでしょうもない生き物だぞ」
 卑下した物言いに聞こえるけど、開き直りとも解釈出来る言葉を返された。それに対して、少しがっかりしている自分がいた。
「だったら猛従兄さんと一緒にいるの、やだ。触られるのも、もう嫌」
 私はむくれながら言った。もし従兄さんがエッチな下心があって私に触ったり、優しくしてくれていたのなら、なんだか寂しい。性欲を満足させるために利用されているみたいで、胸が苦しくなる。少しだけ目に涙が滲んだ。
「俺の事が気持ち悪くなったか?」
「だって……従兄さんは性欲を満たすために、私に触ってるって事でしょう? 優しくしてくれるのも、エッチな事がしたいからなの?」
「なぜそうなるんだ」
 従兄さんが心底困った顔で私を見た。従兄さんのこんなに困った顔は、初めて見る。
「違うの?」
「違う。お前に触れるのも、優しくするのも、お前の事を可愛いがりたいからだ。いやらしい気持ちからじゃない。……好きな女と一緒にいて欲情するのは生理現象であって、お前の事を年がら年中いやらしい目で見ている訳じゃない」
「本当?」
「本当だ。もし俺がさっき言った事が嘘だとしたら、いずれお前に嘘がバレて嫌われるだけだろう」
 そう話す従兄さんの顔は、至極真面目なものだった。
 思わず、胸を撫で下ろす。
「よかった」
 それに対して、従兄さんは難しい顔をした。
「椿はなかなか手厳しいな」
「女の子なら誰だって、エッチな目的のために優しくされるのは嫌なものだよ。従兄さんだって、私がエッチな事をしたいってだけで従兄さんに優しくしてきたら嫌でしょう?」
「……いや、俺はむしろ嬉しいが」
 真面目な顔のままで答える従兄さんに、私は全身が熱くなった。
「やだ。嫌がってよ」
「たとえ身体だけが目的だとしても、好きな女が自分から迫ってきてくれるのは、男からしたら嬉しいものだぞ。もしお前にそういう風にされたら、俺は喜んで受け入れる」
 冗談ではなく、本気で従兄さんはそう言った。目が真剣だ。その真剣さに呆れてしまう。
「従兄さんのバカ。私、そんな事しません!」
 エッチな事に対する考え方には、男女の間で大きな差異がある。私は今日、それを学んだ。
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