想紅(おもいくれない)

笹椰かな

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薔薇と写真

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 同時に、セックスなんて言葉を一切の恥ずかしげもなく口から出しちゃう従兄さんにびっくりする。
 セックスって言葉を口にされるのが恥ずかしいと思うのは、私が子供だという証拠かもしれない。

 私だって年齢が年齢だから、エッチなことには興味がある。オナニーだって時々してしまう。でも、セックスのことはわからないことばっかりだ。
 初めてする時は、上手な人とすればほとんど痛くないし、出血はする人としない人がいるってインターネットで読んだ。それから、慣れたら気持ちいいって書いてあったけど、それって慣れるまでは痛いってことだし、そもそも男の人の性器なんて、幼かった頃にお父さんと一緒にお風呂に入った時以来見ていない。
 記憶はおぼろげだけど、あんな棒みたいな物が自分の中に入って来る姿なんて、想像するのも怖い。
 でも従兄さんと結婚したら、私はセックスすることになる。……ううん。恋人同士になったんだから、結婚する前にセックスするかもしれないんだ。
 いや、『かもしれない』じゃない。エッチな従兄さんが、婚前交渉をしようとしないわけがない。
「あの……変なこと訊くけど、従兄さんは私とセ、セックスしたいと思う時ってあるの?」
 私は勇気を出して訊ねた。だって、今後に関わる大事なことだ。
 従兄さんの答えは簡潔だった。
「ある」
 従兄さんの答えを聞いて、顔全体がかっと熱くなった。恥ずかしい。
「お、大人になってからの私じゃなくて、今の私と?」
「ああ。何度もお前を抱きたいと思った」
 今度は顔だけじゃなくて、身体まで熱くなってしまった。従兄さんの顔を見ていられなくなって、私は俯いた。
「従兄さんのバカ! エッチなこと言わないでよ」
「だが、本心だ」
「従兄さんって本当にスケベ」
 私はどきどきしながら、また歩き出した。従兄さんの正直さは長所でもあり、欠点でもある。

 私は深く深呼吸をして心を落ち着かせた後、様々な種類の美しい薔薇を両目に映しながら歩いた。
 さっき薔薇園に来た時はちゃんと薔薇を見て回る余裕がなかったから、薔薇をきちんと見たかったのだ。
 薔薇は愛好家がたくさんいる。そして、その愛好家たちに交配を重ねられてきたから、たくさんの種類がある。
 赤、白、黄、オレンジ、紫、ピンク。色んな色の薔薇が咲き誇っている。どれも違う形をしていて、名前も様々だ。
 薔薇の名前は、新種を開発した人が自由に付けられるーーとは言え、既に使われている名前やそれに似すぎている名前は付けられないらしいけどーーから、色んな名前が付けられている。
 プリンセス・チチブ、オレンジバニー、ふれ太鼓、絵日傘、ヨハン・シュトラウス、ベラローマ、サンフレアーー
「あっ」
 ある薔薇が目に入った時、私は思わず声を上げた。
 私の後ろを付いてきていた従兄さんが声を掛けてくる。「どうした?」
「この薔薇、私のお気に入りの品種なの」
 私は目の前で咲いている、ピンク色の可憐な薔薇を指さした。品種名は『ゲイシャ』ーー日本語の名前だけど、開発したのはドイツ人だ。ちなみに『ピンク・エリザベス・アーデン』という別名もある。
「そうか」
 従兄さんはそう言うと、ジーンズのポケットからスマホを取り出した。
「写真撮るの?」
「椿と一緒に、その薔薇を撮ってやる」
「えっ、いいよ。私、写真苦手だから」 
 従兄さんには申し訳ないけど、正直に断った。
 私は昔から写真を撮ってもらうのが苦手というか、正直好きじゃない。特に自分一人が映っている写真なんて本当にいらない。そんな写真を自分で見て楽しめるのなんて、ナルシストくらいじゃないかと思う。
 他の人と一緒に撮られるのも正直遠慮したいし、学校行事でよくある記念撮影も私は嫌い。
 写真を通して見る自分の姿は鏡で見る自分の姿よりもブサイクに見えてしまって、私は写真が好きじゃなかった。
「なら、俺のために撮らせてくれ。可愛い恋人の写真が欲しいんだ」
 なんて気障な台詞。だけど、それを計算でもなく素で言っているのが従兄さんの恐ろしいところだ。
「従兄さん……もしかして浮かれてる?」
「そうだな。好きな女と両想いになれたのに、浮かれない男はいないだろう」
 そう言って、従兄さんは優しく目を細めた。そんな態度を取られたら、従兄さんが私の写真を所持することへの抵抗感を押さえ込んで、「写真、撮ってもいいよ」と言ってしまいそう。というか、今言ってしまった。

 写真撮影を了承した私に、従兄さんがスマホのカメラを向けてくる。
「よし、撮るぞ」
 言葉のすぐ後に、カシャッと大きな音がした。
「撮れた?」
「ああ。綺麗に撮れた」
 そう言って、従兄さんが撮ったばかりの写真を見せてくれる。スマホの画面には、ゲイシャの隣に立っている私の姿があった。
 少し笑ったつもりだったけど、その笑顔はなんだかぎこちない。それに、やっぱり鏡で見るよりもブサイクに見える。改めて写真は苦手だと感じてしまった。でも、従兄さんが嬉しそうだからいいか。
「椿、もっとお前を撮りたいんだが。アップとか、横顔とか」
「やだ。一枚だけで我慢して」
 私はスマホのカメラを向けてくる従兄さんから逃げるように、薔薇園の出口に向かって進んだ。
 結局従兄さんのせいで、それ以降、薔薇を落ち着いて観賞することは出来なかった。
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