想紅(おもいくれない)

笹椰かな

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貴方を信じる

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 その表情は苦渋に満ちている。私は慌てて声を上げた。
「違うよ! そんなわけないじゃない! 誰かに見られたら恥ずかしいから嫌がっただけで……」
「本当にそれだけか?」
 正直に答えたのに、なぜか訝しむような瞳を向けられてしまった。これには困惑するしかない。
「それだけだよ。他に何があるって言うの?」
 私がきっぱりと言い放つと、従兄さんは寂しげに目を細めて私を見つめてきた。
「……椿がなかなか会ってくれなかったから、俺は椿に愛想を尽かされたのかと思ったんだ。俺が、お前に淫らなことをしたから……。あの後、お前は泣いていたし」
 あの日のーーあの時の話をされて、私は顔全体を熱くさせた。さっきとは別の恥ずかしさが湧いてきてしまう。私は俯きながら、薄紫色のロングスカートを指で弄った。
 あの日に行われた行為がきっかけなのは間違ってはいないけど、私がなかなか会おうとしなかった理由までは従兄さんは察せていなかった。とは言え、『受験のための勉強』がデートを断る口実だったことは従兄さんにばっちり気付かれていた。そのことを、ちょっと気まずいと感じてしまう。
 でも、それならはっきりと言ってしまおうと思った。こそこそしているのは性に合わない。
「従兄さんに愛想を尽かしたわけじゃないよ。ただ私たち、もうエッチなことをしちゃったから、次に会ったら……その……セ、セックスしようって言われるんじゃないかって……そう考えたら、会うのが怖くて」
 セックスという単語を口にした瞬間、頬が火でも点いたかのようにさらに熱くなった。
 私の言葉を聞いた従兄さんは、「椿には、よっぽど俺がけだものに見えているんだな」と苦笑を浮かべた。
「そ、そうだよ。だって……従兄さんは私とセックス……したいんでしょ?」
 以前、私のことを「何度も抱きたいと思った」と言っていたし、実際にあんなエッチなことをされたら、誰だって貞操の危機を感じるはずだ。私が特殊なわけじゃないと思う。
「ああ、したい。けど、無理矢理抱くなんて真似は絶対しない。そんなことをしたら、お前に嫌われるどころか一生顔を合わせてもらえなくなるからだ。そうだろう?」
 確認を取るように訊ねられて、躊躇いながらも頷いた。
 もしもこちらの意思を無視して強引にセックスさせられるようなことになったとしたら、私は従兄さんの言う通り、その顔を金輪際見たくなくなるだろう。
 世の中にはそれほど抵抗もなくセックスをしてしまう女の子もいるらしいけど、私には信じられない。そういう女の子は、別の次元から来た存在なんじゃないかと思ってしまう。
 そう考えてしまうくらい、今の私にとってセックスはデリケートな行為だ。簡単にしたいと思う行いじゃない。
 ……従兄さんは大人だし、男の人だから、私の気持ちは理解できないかもしれない。でも、少しでもいいから私の気持ちを気にして欲しいと思ってしまう。だから、従兄さんの言葉は素直に嬉しい。
「……俺の言葉をお前は信用できないかもしれないが、俺はお前の了承もなくセックスをするつもりはない」
 そう言って、まっすぐに私を見つめてくる従兄さんの濃褐色の瞳を、私は静かに見つめ返した。
 従兄さんは時々嘘つきだけど、今の言葉は嘘にはならない。なんの保証もないに、何故だかそう思えた。
「うん、信じる。私、猛従兄さんのことを信じるよ」
 そう答えながら、私は目の前にある従兄さんの左手を両手で握った。私の気持ちが伝わるように、ぎゅっと強く。
「ありがとう、椿」
 礼儀正しくお礼を言わたせいで面映ゆい気持ちになりながら、私は小さく頷いた。


 それから、私たちは車で最寄りの映画館に行った。
 チケットは既に従兄さんがネットで購入済みだった。その用意のよさに感心する。
 従兄さんが二人分のチケットを発券機で発券した後、入り口にいるスタッフさんに学生証を見せてからチケットを渡した。スタッフさんから半券を受け取ってから、まだ明るいシアターの中に入って座席に座る。当然ながら、従兄さんとは隣同士だ。
 しばらくしたらシアターの中が真っ暗になって、新作映画の予告映像が流れ始めた。その後始まった恋愛映画を、私たちは静かに観賞した。
 映画を見始めて一時間くらい経った頃、主人公役の女優とその恋人役の俳優とのラブシーンが突如始まった。隣に従兄さんがいると思うと、なんだかラブシーンを観ているのが恥ずかしくて、私はスクリーンから目を逸らして俯いてしまった。
 それを体調不良のせいだと誤解したのか、隣から「大丈夫か?」と囁かれた。私は慌てて従兄さんに顔を寄せて「大丈夫だよ」と囁き返した。
 すると、暗闇の中で従兄さんの右手がすっと伸びてきて、私の頬を優しく撫でた。
「そうか。よかった」
 そう小さく告げてから、従兄さんの手が離れていく。気が付いたら私は、スクリーンに映っている映像じゃなくて、わずかな光に照らされている従兄さんの横顔を見つめていた。
 頬に残った大きな右手の感触がいとおしくて、私はラブシーンを恥ずかしがっていたことも忘れて胸をときめかせていた。
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