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2.緑青と眞夜
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「日曜なのに」
そっくりそのまま返す、と、窓の外へ向かって、何も言わないまま眞夜はいう。遠くで誰かが声を上げ、それに対して誰かがまた声を上げて答えている。カン、と高く、小気味いい音が一つ響いた。お、ホームラン、と緑青がそう呟く。
「いつ戻んの」
「未定」
「そのうちバレるよ。ていうかなんでこっちくんの」
影でもないのに、と思いながら、眞夜は窓の外に問いかけた。絵の具がべたりとカンバスの上で滑った。昨日塗ったところ。まだ乾いていないのだ。やってしまった、と小さく息をついた。どした、と窓の外から緑青が尋ねてくる。それほど大きくため息をついた覚えはなかった。
窓枠に手をかけて、緑青は部屋の中を覗き込んでくる。「いいから早く戻れよ」と、眞夜は緑青へもう一度言った。緑青の位置からは、今書いているカンバスの絵は見えない。
「一緒に居てやってんじゃん。シンちゃんが一人で部活してるから」
「ひとりの方がはかどるんだよ」
「そういや何かいてんの?」
「話聞けよ。戻れって」
「何かいてんのー? 聞いてんのこっちじゃん」
その時、遠くからぽん、とまっすぐに、白と黒のボールがこちらへ向かって跳んできた。明らかに練習の途中に思いがけなく飛んできたものではなく、こちらへ向かって勢いよく蹴られたものだ。ほら見つかった、と眞夜は窓の外を見た。ロク、と怒ったような声で、羽柴が大きな声を上げている。
「センちゃんごめーん! 疲れたー!」
「全然疲れてない声でよく言う」
呆れながら、眞夜は床に置いていた水のペットボトルの底で、窓に少しだけ見えている頭をぐっと向こうの方へ押した。おっと、とペットボトルの底に押され、緑青が僅かに屈む。なに、と不思議そうな顔でこちらを見上げた。
「それやるから戻れよ」
「飲みかけじゃん。間接ちゅーになっちゃう」
「ほざいてろ」
ぬっる、と受け取った水を一口飲み込んで、苦笑しながら緑青がようやく窓から離れる。
「あ、そういやシンちゃん、いつ帰る?」
「まだもう少し」
「じゃあオレの部活終わるまで待っててダーリン。一緒に帰ろ」
「だれがダーリンだ」
「間接ちゅーした仲じゃん」
答えないままでいると、飛んできたボールを拾い上げ、片手にペットボトルを持ったま、緑青はボールで遊ぶように膝や足を動かす。一度地面にぴたりとボールを止めた後、勢いよくグラウンドへ向かって蹴り上げた。半分は野球、半分はサッカー――その、丁度今満塁の、野球の方へ。
「……ノーコン」
「やっちった。……あ、そうだ、シンちゃんが何書いてるか当ててやろっか」
「なんでそうなる」
「オレそれは自信あるよ。オレでしょ」
「…………――。……なんでそうなる」
答えを確かめもせずに、じゃ、と笑って、緑青はようやくグラウンドへ戻っていく。見慣れた奇妙な柄のTシャツが遠のき、ようやく、辺りが静まり返った。眞夜はカンバスの前に戻り、はあ、と誰にも聞こえないのをいいことに、深くため息を吐く。「……日曜なのに」お前が練習ある、なんて言うから。
そっくりそのまま返す、と、窓の外へ向かって、何も言わないまま眞夜はいう。遠くで誰かが声を上げ、それに対して誰かがまた声を上げて答えている。カン、と高く、小気味いい音が一つ響いた。お、ホームラン、と緑青がそう呟く。
「いつ戻んの」
「未定」
「そのうちバレるよ。ていうかなんでこっちくんの」
影でもないのに、と思いながら、眞夜は窓の外に問いかけた。絵の具がべたりとカンバスの上で滑った。昨日塗ったところ。まだ乾いていないのだ。やってしまった、と小さく息をついた。どした、と窓の外から緑青が尋ねてくる。それほど大きくため息をついた覚えはなかった。
窓枠に手をかけて、緑青は部屋の中を覗き込んでくる。「いいから早く戻れよ」と、眞夜は緑青へもう一度言った。緑青の位置からは、今書いているカンバスの絵は見えない。
「一緒に居てやってんじゃん。シンちゃんが一人で部活してるから」
「ひとりの方がはかどるんだよ」
「そういや何かいてんの?」
「話聞けよ。戻れって」
「何かいてんのー? 聞いてんのこっちじゃん」
その時、遠くからぽん、とまっすぐに、白と黒のボールがこちらへ向かって跳んできた。明らかに練習の途中に思いがけなく飛んできたものではなく、こちらへ向かって勢いよく蹴られたものだ。ほら見つかった、と眞夜は窓の外を見た。ロク、と怒ったような声で、羽柴が大きな声を上げている。
「センちゃんごめーん! 疲れたー!」
「全然疲れてない声でよく言う」
呆れながら、眞夜は床に置いていた水のペットボトルの底で、窓に少しだけ見えている頭をぐっと向こうの方へ押した。おっと、とペットボトルの底に押され、緑青が僅かに屈む。なに、と不思議そうな顔でこちらを見上げた。
「それやるから戻れよ」
「飲みかけじゃん。間接ちゅーになっちゃう」
「ほざいてろ」
ぬっる、と受け取った水を一口飲み込んで、苦笑しながら緑青がようやく窓から離れる。
「あ、そういやシンちゃん、いつ帰る?」
「まだもう少し」
「じゃあオレの部活終わるまで待っててダーリン。一緒に帰ろ」
「だれがダーリンだ」
「間接ちゅーした仲じゃん」
答えないままでいると、飛んできたボールを拾い上げ、片手にペットボトルを持ったま、緑青はボールで遊ぶように膝や足を動かす。一度地面にぴたりとボールを止めた後、勢いよくグラウンドへ向かって蹴り上げた。半分は野球、半分はサッカー――その、丁度今満塁の、野球の方へ。
「……ノーコン」
「やっちった。……あ、そうだ、シンちゃんが何書いてるか当ててやろっか」
「なんでそうなる」
「オレそれは自信あるよ。オレでしょ」
「…………――。……なんでそうなる」
答えを確かめもせずに、じゃ、と笑って、緑青はようやくグラウンドへ戻っていく。見慣れた奇妙な柄のTシャツが遠のき、ようやく、辺りが静まり返った。眞夜はカンバスの前に戻り、はあ、と誰にも聞こえないのをいいことに、深くため息を吐く。「……日曜なのに」お前が練習ある、なんて言うから。
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