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プロローグ
レオ・ヴァレンタイン
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ヴァレンタインには「敗北」の経験がなかった。
彼は先天性のフィジカルと超人的なトレーニングによって、いつも一方的な勝利に慣れすぎていた。
彼の失敗とは、多くの人間に研究された「いつも通りの試合」をしたことだった。
『ワイアット・ヴァレンタインが死んだ。極東のリングの上で、日本人選手によって。』
公共電波史に残る悲劇は、世界を静寂に包む。
だがこれは起こるべくして起こった悲劇だ。
ヴァレンタインは軽度のパンチドランカー患者でもあったのだ。
デビュー当初は「KO負けの存在しない男」と呼ばれ、幾度顔を殴っても倒れない選手として話題をさらった。
技術が上がるにつれてパンチを喰らうこともなくなり始めたが、脳のダメージはじわじわと広がっていたのだ。
しかしヴァレンタインは症状を他者に一切悟られぬよう平静を装いリングに立った。
ファンと祖国の英雄であり続けるため、つまりは戦い続けるために。
ーー【訃報】『英雄』ワイアット・ヴァレンタイン、リングに死すーー
「記者達は気が早すぎる…」
武大は、控室のパイプ椅子でこの見出しを何度も何度も反芻した。
同時に、頭の中でも最後の一撃が何度も何度も再生されていた。
腫れていない、もう片方の目でスマホを見つめてしばらく経つ。
しかし焦点はぼやけ、むしろ何も見ていない状態だ。
放心状態でただ画面をスワイプするだけである。
見かねたコーチが慎重に声をかける。
「武大。明日何時でもいいから起きたら連絡しろ。この後のことは俺に任せてホテルに帰れ」
「はい」
弱弱しい返事が沈黙を生む。
コーチは少しうつむき、次の言葉を考え
「いいか、リング禍はお前のせいじゃない。相手さんも覚悟してきたんだ、な?
それに、試合を止めなかったレフェリーのほうがこの場合は問題になる。だから……」
「はい」
上の空の返事が、コンクリの天井へ吸い込まれる。
コーチはかける言葉が思いつかなくなってしまった。
どんなに苛烈なトレーニングでも心を折らなかった。
何度試合で負けても冷静に自己分析をし、弱点を何度も克服してきた。
そんなメンタルを持つこいつがこんなことになるなんて。
こうなったら飯に連れて行こうか、いっそ風俗に連れて行こうかなどと様々な無粋を思いつくが、どれも今は提案できるシチュエーションでもないと飲み込む。
控室の無機質な電灯が、スワイプもされなくなったスマホに影を落とす。
「武大…」
「……」
コーチは二人のスタッフたちに目配せをする。
しかし「どうすればいいのか」といった様子で視線を外されてしまった。
電灯のジリジリといった音が耳障りに感じるころ、控室のドアを激しく叩く音がした。
「ちっ、うるせぇな。はいはい」
ドアを開けたコーチは言葉を詰まらせた。
スキンヘッドで2m超えの大男が、ドアの縁をくぐって部屋に入る。
真っ黒いジャージから異常に発達した首と前腕が覗かせており、手も力士並みに巨大だ。
分厚い体と太い四肢、どす黒く濁った瞳の全てが威圧感を生む。
その男は、ヴァレンタインの実父でありコーチであるレオ・ヴァレンタインだった。
レオは真っ赤に泣き腫らした眼で武大を見つめる。
嫌な汗を背中に感じながら、武大はレオに話しかける。
「あの、息子さんの事なんですが」
そう言い終わらない内に、レオが目を見開いてあんぐりと大口を開ける
「AGHHHHHHAHHHAGGGAHHHAAHHHHRRRRRRRRRR!!!!」
顔を覆い、突如として叫び出す。
部屋にいた全員が恐怖を覚えた。
コーチが慌ててなだめようと近寄る。
「落ち着いてください!カームダウン、カームダウン!」
だが、巨大な手から放たれた平手打ちによりコーチは吹き飛ばされた。
「コーチ!あの、ちょっと、すみません!」
武大の声と共に、スタッフたちも押さえにかかった。
「親父さん、本当に申し訳ない。本当に申し訳ないです」
武大が言い終わらない内に、レオはスタッフを突き飛ばしてしまう。
巨大な手が、武大の首をがっしりと掴み上げた。
レオは元全米レスリングチャンピオンであり、80代と高齢ながらとんでもない怪力を誇っている。
その上業界内では彼がドラッグ中毒であり、常日頃から感情を抑えられていないことが周知されていた。
「PAY IS YOUR BLOOD!」
彼の万力のごとき手は、武大の気道を完全に塞いだ。
片腕で持ち上げられ、足が浮く感覚に武大は自身の運命を察する。
「I KILL YOU!」
地面に叩きつけられた武大は後頭部を強打し、視界がゆがむ。
殺す気だ。
武大は臨戦態勢に入るがもう遅い。
「DIE!」
武大の胸が、30cmの巨大な足に踏みつけられた。
「ゴボッ、オボホッ」
うまく呼吸ができない武大の肺には、踏まれて折れた肋骨が刺さっている。
血の混じった泡も溢れて止まらない。
レオは右足、左足、右腕、左腕を順番にへし折りまた叩きつける。
「んんんんがっ!」
悲鳴を上げ続ける武大に馬乗りになると、また更に暴力を加速させた。
「KILL YOU! KILL YOU! KILL YOU!」
ハンマーのように拳を顔面に叩きつけ、鎖骨を握りつぶし、両腕を捻じり腱を引きちぎった後、武大を更に壊すためにレオは凶器を探す。
「DIE! DIE! DIIIIIE!」
中身の入った金属ロッカーを持ちあげ、倒れている武大に叩きつけた。
バウンドしたロッカーが傍らに転がる。
更にはパイプテーブルを、これもまた無我夢中に突き立てる。
警備員、スタッフが徒党を組んで抑えようとするが、木屑のように吹き飛ばされるばかりだ。
武大はかろうじて生きてはいるが、とうに意識は失われていた。
「AHGHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!」
しかし獣よりも恐ろしい咆哮が、これで終わらないと知らしめる。
ボロ雑巾よりも悲惨な体が再び持ち上げられると、窓ガラスを突き破るほどの勢いで投げ飛ばされた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アリーナの外、家路につく観客たちは突然の出来事に慄いた。
彼らはおぞましいものを見てしまったのだ。
白い遊歩道にぶちまけられた、肉と骨の飛び出た皮袋を。
大晦日。
鐘の音の代わりに、群衆の悲鳴が飛び交った。
彼は先天性のフィジカルと超人的なトレーニングによって、いつも一方的な勝利に慣れすぎていた。
彼の失敗とは、多くの人間に研究された「いつも通りの試合」をしたことだった。
『ワイアット・ヴァレンタインが死んだ。極東のリングの上で、日本人選手によって。』
公共電波史に残る悲劇は、世界を静寂に包む。
だがこれは起こるべくして起こった悲劇だ。
ヴァレンタインは軽度のパンチドランカー患者でもあったのだ。
デビュー当初は「KO負けの存在しない男」と呼ばれ、幾度顔を殴っても倒れない選手として話題をさらった。
技術が上がるにつれてパンチを喰らうこともなくなり始めたが、脳のダメージはじわじわと広がっていたのだ。
しかしヴァレンタインは症状を他者に一切悟られぬよう平静を装いリングに立った。
ファンと祖国の英雄であり続けるため、つまりは戦い続けるために。
ーー【訃報】『英雄』ワイアット・ヴァレンタイン、リングに死すーー
「記者達は気が早すぎる…」
武大は、控室のパイプ椅子でこの見出しを何度も何度も反芻した。
同時に、頭の中でも最後の一撃が何度も何度も再生されていた。
腫れていない、もう片方の目でスマホを見つめてしばらく経つ。
しかし焦点はぼやけ、むしろ何も見ていない状態だ。
放心状態でただ画面をスワイプするだけである。
見かねたコーチが慎重に声をかける。
「武大。明日何時でもいいから起きたら連絡しろ。この後のことは俺に任せてホテルに帰れ」
「はい」
弱弱しい返事が沈黙を生む。
コーチは少しうつむき、次の言葉を考え
「いいか、リング禍はお前のせいじゃない。相手さんも覚悟してきたんだ、な?
それに、試合を止めなかったレフェリーのほうがこの場合は問題になる。だから……」
「はい」
上の空の返事が、コンクリの天井へ吸い込まれる。
コーチはかける言葉が思いつかなくなってしまった。
どんなに苛烈なトレーニングでも心を折らなかった。
何度試合で負けても冷静に自己分析をし、弱点を何度も克服してきた。
そんなメンタルを持つこいつがこんなことになるなんて。
こうなったら飯に連れて行こうか、いっそ風俗に連れて行こうかなどと様々な無粋を思いつくが、どれも今は提案できるシチュエーションでもないと飲み込む。
控室の無機質な電灯が、スワイプもされなくなったスマホに影を落とす。
「武大…」
「……」
コーチは二人のスタッフたちに目配せをする。
しかし「どうすればいいのか」といった様子で視線を外されてしまった。
電灯のジリジリといった音が耳障りに感じるころ、控室のドアを激しく叩く音がした。
「ちっ、うるせぇな。はいはい」
ドアを開けたコーチは言葉を詰まらせた。
スキンヘッドで2m超えの大男が、ドアの縁をくぐって部屋に入る。
真っ黒いジャージから異常に発達した首と前腕が覗かせており、手も力士並みに巨大だ。
分厚い体と太い四肢、どす黒く濁った瞳の全てが威圧感を生む。
その男は、ヴァレンタインの実父でありコーチであるレオ・ヴァレンタインだった。
レオは真っ赤に泣き腫らした眼で武大を見つめる。
嫌な汗を背中に感じながら、武大はレオに話しかける。
「あの、息子さんの事なんですが」
そう言い終わらない内に、レオが目を見開いてあんぐりと大口を開ける
「AGHHHHHHAHHHAGGGAHHHAAHHHHRRRRRRRRRR!!!!」
顔を覆い、突如として叫び出す。
部屋にいた全員が恐怖を覚えた。
コーチが慌ててなだめようと近寄る。
「落ち着いてください!カームダウン、カームダウン!」
だが、巨大な手から放たれた平手打ちによりコーチは吹き飛ばされた。
「コーチ!あの、ちょっと、すみません!」
武大の声と共に、スタッフたちも押さえにかかった。
「親父さん、本当に申し訳ない。本当に申し訳ないです」
武大が言い終わらない内に、レオはスタッフを突き飛ばしてしまう。
巨大な手が、武大の首をがっしりと掴み上げた。
レオは元全米レスリングチャンピオンであり、80代と高齢ながらとんでもない怪力を誇っている。
その上業界内では彼がドラッグ中毒であり、常日頃から感情を抑えられていないことが周知されていた。
「PAY IS YOUR BLOOD!」
彼の万力のごとき手は、武大の気道を完全に塞いだ。
片腕で持ち上げられ、足が浮く感覚に武大は自身の運命を察する。
「I KILL YOU!」
地面に叩きつけられた武大は後頭部を強打し、視界がゆがむ。
殺す気だ。
武大は臨戦態勢に入るがもう遅い。
「DIE!」
武大の胸が、30cmの巨大な足に踏みつけられた。
「ゴボッ、オボホッ」
うまく呼吸ができない武大の肺には、踏まれて折れた肋骨が刺さっている。
血の混じった泡も溢れて止まらない。
レオは右足、左足、右腕、左腕を順番にへし折りまた叩きつける。
「んんんんがっ!」
悲鳴を上げ続ける武大に馬乗りになると、また更に暴力を加速させた。
「KILL YOU! KILL YOU! KILL YOU!」
ハンマーのように拳を顔面に叩きつけ、鎖骨を握りつぶし、両腕を捻じり腱を引きちぎった後、武大を更に壊すためにレオは凶器を探す。
「DIE! DIE! DIIIIIE!」
中身の入った金属ロッカーを持ちあげ、倒れている武大に叩きつけた。
バウンドしたロッカーが傍らに転がる。
更にはパイプテーブルを、これもまた無我夢中に突き立てる。
警備員、スタッフが徒党を組んで抑えようとするが、木屑のように吹き飛ばされるばかりだ。
武大はかろうじて生きてはいるが、とうに意識は失われていた。
「AHGHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!」
しかし獣よりも恐ろしい咆哮が、これで終わらないと知らしめる。
ボロ雑巾よりも悲惨な体が再び持ち上げられると、窓ガラスを突き破るほどの勢いで投げ飛ばされた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アリーナの外、家路につく観客たちは突然の出来事に慄いた。
彼らはおぞましいものを見てしまったのだ。
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