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一度、崩れてしまった倫理観は、壊れてしまった理性は、そうやすやすと元に戻ってはくれない。
わたしはその後も何度も恵さんを家に招き入れ、そしていけない行為を繰り返した。
恵さんは、わたしの背中やお尻をムチで叩いたり、ときにはガムテープなんかでぐるぐるに縛られることもあって。
でも、そんなことをされるたびにわたしは、かえって興奮してしまって。美香との行為では得られない快楽に酔いしれていた。
だけど、あやまちはいつか、正される宿命だ。
ついに、美香が異変に気づいてしまったのだ。
「絵里、最近何かあった?」
「え、どうして?」
「なんかLINEの返事がたまに遅い時、あるから。……別に、いいんだけどさ」
美香とのお泊まりの夜、いつもの行為のあと、髪を撫でながら、そんなことを言われる。
「夜になんか、してるの?」
「ちょっと疲れてるだけだよ」
「そっか。仕事忙しそうだもんね。あんまり無理しないでね」
それでも美香は優しい。甘くて、とろけそうなほど。
だけど悲しいかな、その甘さは、今のわたしにはもう、物足りないものになっていた。
美香の柔らかい唇が頬に触れて、耳元で優しくおやすみを言われると、申し訳なさで胸が痛んだ。
そして、それは、何度目かの逢瀬のときだった。恵さんが来て夜を過ごし、寝坊した翌朝、チャイムが鳴るので急いで上着を羽織って出ると、そこには美香がいた。
「絵里、まだ寝てたの?」
……終わった、と思った。
前日にアルコールを摂取しすぎた頭はうまく回らずに、なんの言い訳も出てこなかった。
「忘れ物したの。……入るよ」
いつもと違って固い表情の美香は、すでに何かに気付いたのだろう。
無理もない。玄関には恵さんの靴が、堂々と置いてある。
美香はそれには触れずに、わたしの部屋に入る。まっすぐに寝室に向かい、ドアを開けた。
「あ……美香……」
ようやく目覚めたらしい恵さんは、まだ服を着ていないままで。
それを見た美香は、呆然と立ち尽くしていた。
「えっと、美香、これは……」
言い訳なんてできるはずもない。
「……二人、どうして?」
声を震わせながら、美香は言う。それに対して答える言葉を、わたしも恵さんも持っていなかった。
「出て行って」
聞いたことのないような冷たい声で、美香は恵さんにそう言う。
「ごめん」
恵さんは急いで服を着て、逃げるように帰っていった。
残されたわたしは、なにも話すことができなかった。
しばらくの沈黙ののちに、美香が口を開いた。
「……恵さん、上手だった?」
歪んだ笑いを浮かべながら、美香は言う。
「こんなものまで、用意しちゃって」
ベッドサイドに結ばれたままのロープに目をやりながら、美香は今まで聞いたことがないくらい冷たい声でそう言った。
「絵里、そういうの、好きだったんだ?」
「……ごめん」
「謝らなくていいから。……そこ、座って」
寝室の床の上に、わたしは正座させられる。
そして美香はあろうことか、そこにあるロープを引っ張ってきて。
そしてそれを、わたしの手首にかけた。
「ちょっと、美香、なにしてるの……!?」
慌ててそう言っても、美香はなにも答えてくれない。
いつのまにかわたしをしばるロープはすごくきつくなっていて、少しでも動けば、素肌にめり込んで痛みを覚えるほどだった。
「美香……やめて……痛い……!」
わたしの叫び声を聞いて、美香は手を緩めるどころかさらに締めてきて。そして笑う。
「『メロン』だっけ。……絵里の好きなフルーツ」
「え……?」
「本当にやめてほしかったら、そう言うんだよね?」
そして見たことのないような、冷たい微笑みを浮かべる。
「じゃあ、始めるよ? ……悪いワンちゃんには、お仕置きしないとね」
美香はわたしの服を一枚ずつ脱がす。そして下着姿になったわたしを眺めて満足げに笑うと、次の瞬間、わたしの頬を引っ叩いた。
「……痛い?」
急に受けた衝撃で、視界が揺らぐ。自然と涙が滲む。
黙って頷くと、もう一度。今度は反対側の頬に衝撃があった。
「……私は、もっと、痛かった」
美香はそう言いながら、泣いていた。
「美香……」
わたしはなにも言うことができなかった。申し訳なさと情けなさで、胸がつぶれそうだった。
「へえ、こんなのもあるんだ」
泣いていたと思ったら、美香は何かを見つけて、また楽しそうに笑い出す。
それは、ベッドの隅に転がしてあった、恵さんのムチだった。
「これ、してほしいの?」
そう言うと、返事も聞かずに、そのムチをわたしの背中に向けて放つ。
「……っっ!!」
言葉にならない声が漏れる。
恵さんとは違って、美香は加減というものを知らないようだった。
わたしはその後も何度も恵さんを家に招き入れ、そしていけない行為を繰り返した。
恵さんは、わたしの背中やお尻をムチで叩いたり、ときにはガムテープなんかでぐるぐるに縛られることもあって。
でも、そんなことをされるたびにわたしは、かえって興奮してしまって。美香との行為では得られない快楽に酔いしれていた。
だけど、あやまちはいつか、正される宿命だ。
ついに、美香が異変に気づいてしまったのだ。
「絵里、最近何かあった?」
「え、どうして?」
「なんかLINEの返事がたまに遅い時、あるから。……別に、いいんだけどさ」
美香とのお泊まりの夜、いつもの行為のあと、髪を撫でながら、そんなことを言われる。
「夜になんか、してるの?」
「ちょっと疲れてるだけだよ」
「そっか。仕事忙しそうだもんね。あんまり無理しないでね」
それでも美香は優しい。甘くて、とろけそうなほど。
だけど悲しいかな、その甘さは、今のわたしにはもう、物足りないものになっていた。
美香の柔らかい唇が頬に触れて、耳元で優しくおやすみを言われると、申し訳なさで胸が痛んだ。
そして、それは、何度目かの逢瀬のときだった。恵さんが来て夜を過ごし、寝坊した翌朝、チャイムが鳴るので急いで上着を羽織って出ると、そこには美香がいた。
「絵里、まだ寝てたの?」
……終わった、と思った。
前日にアルコールを摂取しすぎた頭はうまく回らずに、なんの言い訳も出てこなかった。
「忘れ物したの。……入るよ」
いつもと違って固い表情の美香は、すでに何かに気付いたのだろう。
無理もない。玄関には恵さんの靴が、堂々と置いてある。
美香はそれには触れずに、わたしの部屋に入る。まっすぐに寝室に向かい、ドアを開けた。
「あ……美香……」
ようやく目覚めたらしい恵さんは、まだ服を着ていないままで。
それを見た美香は、呆然と立ち尽くしていた。
「えっと、美香、これは……」
言い訳なんてできるはずもない。
「……二人、どうして?」
声を震わせながら、美香は言う。それに対して答える言葉を、わたしも恵さんも持っていなかった。
「出て行って」
聞いたことのないような冷たい声で、美香は恵さんにそう言う。
「ごめん」
恵さんは急いで服を着て、逃げるように帰っていった。
残されたわたしは、なにも話すことができなかった。
しばらくの沈黙ののちに、美香が口を開いた。
「……恵さん、上手だった?」
歪んだ笑いを浮かべながら、美香は言う。
「こんなものまで、用意しちゃって」
ベッドサイドに結ばれたままのロープに目をやりながら、美香は今まで聞いたことがないくらい冷たい声でそう言った。
「絵里、そういうの、好きだったんだ?」
「……ごめん」
「謝らなくていいから。……そこ、座って」
寝室の床の上に、わたしは正座させられる。
そして美香はあろうことか、そこにあるロープを引っ張ってきて。
そしてそれを、わたしの手首にかけた。
「ちょっと、美香、なにしてるの……!?」
慌ててそう言っても、美香はなにも答えてくれない。
いつのまにかわたしをしばるロープはすごくきつくなっていて、少しでも動けば、素肌にめり込んで痛みを覚えるほどだった。
「美香……やめて……痛い……!」
わたしの叫び声を聞いて、美香は手を緩めるどころかさらに締めてきて。そして笑う。
「『メロン』だっけ。……絵里の好きなフルーツ」
「え……?」
「本当にやめてほしかったら、そう言うんだよね?」
そして見たことのないような、冷たい微笑みを浮かべる。
「じゃあ、始めるよ? ……悪いワンちゃんには、お仕置きしないとね」
美香はわたしの服を一枚ずつ脱がす。そして下着姿になったわたしを眺めて満足げに笑うと、次の瞬間、わたしの頬を引っ叩いた。
「……痛い?」
急に受けた衝撃で、視界が揺らぐ。自然と涙が滲む。
黙って頷くと、もう一度。今度は反対側の頬に衝撃があった。
「……私は、もっと、痛かった」
美香はそう言いながら、泣いていた。
「美香……」
わたしはなにも言うことができなかった。申し訳なさと情けなさで、胸がつぶれそうだった。
「へえ、こんなのもあるんだ」
泣いていたと思ったら、美香は何かを見つけて、また楽しそうに笑い出す。
それは、ベッドの隅に転がしてあった、恵さんのムチだった。
「これ、してほしいの?」
そう言うと、返事も聞かずに、そのムチをわたしの背中に向けて放つ。
「……っっ!!」
言葉にならない声が漏れる。
恵さんとは違って、美香は加減というものを知らないようだった。
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