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幽霊の内見
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「どうです? 良い物件でしょう?」
男は言った。パリッとしたスーツ姿で頭を綺麗にまとめている男。
精悍な顔立ちには生命力が溢れておりいかにもできる男といった感じ。
「はぁ、確かに」
そう言ったのは女だった。ありふれた若者の服装の女。
しかし、女はひどく顔色が悪かった。いや、悪いなんてものではなかった。真っ青だった。生命力がないどころではない。生きているとは思えない色だった。
というか足がなかった。
女はどう見ても宙に浮いていた。
「どうです? ここにお決めになりますか?」
「いえ、すみません。もうちょっと色々確認しても良いでしょうか」
「そうですか? よろしいですが」
「ええ、いくつか気になるところがあって」
「よくお考えください。亡くなった後住む場所というのも生前と同じくらい大事ですから」
男はにっこり微笑んだ。
女は死んでいた。見た目通りに幽霊だった。
そして男は死神と呼ばれる種族であり、そしてあの世の不動産屋だった。
季節は春。新生活の始まりの時期なのはこの世もあの世も同じだった。
幽霊の女は死してその後住む場所を探し、この不動産屋の死神と物件を見て回っているところなのだ。
ここは3件目のアパートだった。
都内の片隅にある薄ぼんやりしたアパート。
壁はシミだらけでところどころ剥がれている。
駐車場は雑草が生え、アスファルトはヒビだらけ。
そんなお世辞にも綺麗とは言えないアパートだ。
ただし、それは生きている人間にとっての話。
「あの、もう一度確認なんですけど、両隣は空き部屋なんですよね」
「ええ、生きている人間しか住んでいません。幽霊は誰もいませんよ。面倒なトラブルはないと断言しましょう」
「でも上の部屋には住んでおられるんですよね」
「そうですね。あなたと同じ女性の方が1人。生きている方の住んでいる部屋ですがうまくやっておられるようですよ」
男は歯を見せて笑う。
幽霊と人間がうまくやっているというのがどういうことなのかはよく分からなかった。
「この部屋には生きている人が住む予定はしばらくないんですよね」
「ええ、ここは入れ替わり立ち替わり色んな方が住んでおられる部屋ですから。生きている方はなかなか住みませんね。ですが、生きている方との同居部屋ならもう少しお安くできますよ」
「い、いえいえ。結構ですよ。気が気じゃなさそう」
女の幽霊はわたわたと手を振った。
そんな女の様子を見て死神はまた笑う。なにがおかしいのか。ただの営業スマイルとしか思えなかった。
女の子幽霊は質問を続ける。
「あの世行きの駅から飛んで5分ってありますけど。これ直進距離ですよね。私、力の弱い幽霊だから地面からちょっとのところしか浮けないんですけど」
「ああ。そうですか。なら大体15分くらいですかね。それはこちらの情報に偏りがありますね。申し訳ない」
「い、いえいえ。そうかぁ、15分かぁ」
女の幽霊はうーん、と顎に手を当てて唸っている。その姿は透けて向こうの壁がよく見えていた。
「ちなみに壁の厚さって...」
「ああ、問題ありませんよ。簡単に壁抜けはできない厚さがあります。他の幽霊が入る危険はありません。セキュリティは万全ですよ」
「そ、そうですか。湿気はちゃんとありますかね。ちょっと日当たりが良すぎる気がするんですけど」
「その点は心配ありません。今表にビルの建設が計画されています。将来的にはここは日中でも薄暗い環境になりますよ」
「なるほどなるほど」
女は聞いた話を頭の中で整理する。透けた手で透けた頬をぽりぽりかき、思考に沈む。
それを死神は相変わらずの全開の営業スマイルを浮かべながら見ている。
女はうんうん唸っている。他の不動産屋と見た物件と頭の中で比べているのだ。
「なかなかこんな良い物件はありませんよ? 今がチャンスだと思いますが」
「うーん、そうですね。そうですよね。よし! 私ここに決めます!」
「ありがとうございます!」
死神はこれ以上ないほどハキハキとした声だった。
何はともあれこれで女の幽霊は自分の住む場所を決めたのだった。
女は物件が決まった充実感とこれから始まる新生活にワクワクしているのか心なしか表情がほころんでいる。いや、相変わらず顔は真っ青だが。
そして死神は話を進める。
「ではこちらが敷金礼金の額で」
「えぇ!? 結構しますね」
「お家賃が安い分こちらはちょっと頂いております」
「そうですか、仕方ないですね」
そして女の幽霊は書類を書き進めていく。
なにはともあれ、これで話は済んだのだった。
「悪霊退散! 悪霊退散! 喝!!! 喝!!!」
「うぎゃあああああああ!!!!」
それから数日後、女の幽霊は今まさに除霊されていた。
目の前には数珠を握りしめ除霊の文言を唱える祈祷師が居た。
その後ろの初老の女性はどうやらこのアパートの大家だった。
「居るのね! 本当に幽霊って! これで入居者をこの部屋に呼べるわ!」
「悪霊退散!!!!! 喝!!!!!」
女の幽霊は消えゆく意識の中思った。
ひょっとしてあの死神はこういう可能性を把握していたのではないかと。
「騙された! 悪徳不動産だった! やられた!」
祈祷師がやってきたのを見た女の幽霊は不動産屋に霊通信で連絡を取ったがまるで応答はなかった。当然敷金礼金の払い戻しもないだろう。
入れ替わり立ち替わり幽霊が入る部屋なんか除霊されるに決まっている。その可能性を理解しながらあの不動産屋はこの部屋を紹介したのだ。そしてお金を持って逃げたのだ。
女幽霊は騙されたのだった。
「ちくしょう! あの世で出るとこ出てやるぅ!!!!」
叫びながら女の幽霊は消滅した。
こうして部屋は静かになり、誰も居なくなった。
お部屋選びは慎重に。この世でもあの世でも足元をすくおうと舌なめずりをしている者がいるのだ。
男は言った。パリッとしたスーツ姿で頭を綺麗にまとめている男。
精悍な顔立ちには生命力が溢れておりいかにもできる男といった感じ。
「はぁ、確かに」
そう言ったのは女だった。ありふれた若者の服装の女。
しかし、女はひどく顔色が悪かった。いや、悪いなんてものではなかった。真っ青だった。生命力がないどころではない。生きているとは思えない色だった。
というか足がなかった。
女はどう見ても宙に浮いていた。
「どうです? ここにお決めになりますか?」
「いえ、すみません。もうちょっと色々確認しても良いでしょうか」
「そうですか? よろしいですが」
「ええ、いくつか気になるところがあって」
「よくお考えください。亡くなった後住む場所というのも生前と同じくらい大事ですから」
男はにっこり微笑んだ。
女は死んでいた。見た目通りに幽霊だった。
そして男は死神と呼ばれる種族であり、そしてあの世の不動産屋だった。
季節は春。新生活の始まりの時期なのはこの世もあの世も同じだった。
幽霊の女は死してその後住む場所を探し、この不動産屋の死神と物件を見て回っているところなのだ。
ここは3件目のアパートだった。
都内の片隅にある薄ぼんやりしたアパート。
壁はシミだらけでところどころ剥がれている。
駐車場は雑草が生え、アスファルトはヒビだらけ。
そんなお世辞にも綺麗とは言えないアパートだ。
ただし、それは生きている人間にとっての話。
「あの、もう一度確認なんですけど、両隣は空き部屋なんですよね」
「ええ、生きている人間しか住んでいません。幽霊は誰もいませんよ。面倒なトラブルはないと断言しましょう」
「でも上の部屋には住んでおられるんですよね」
「そうですね。あなたと同じ女性の方が1人。生きている方の住んでいる部屋ですがうまくやっておられるようですよ」
男は歯を見せて笑う。
幽霊と人間がうまくやっているというのがどういうことなのかはよく分からなかった。
「この部屋には生きている人が住む予定はしばらくないんですよね」
「ええ、ここは入れ替わり立ち替わり色んな方が住んでおられる部屋ですから。生きている方はなかなか住みませんね。ですが、生きている方との同居部屋ならもう少しお安くできますよ」
「い、いえいえ。結構ですよ。気が気じゃなさそう」
女の幽霊はわたわたと手を振った。
そんな女の様子を見て死神はまた笑う。なにがおかしいのか。ただの営業スマイルとしか思えなかった。
女の子幽霊は質問を続ける。
「あの世行きの駅から飛んで5分ってありますけど。これ直進距離ですよね。私、力の弱い幽霊だから地面からちょっとのところしか浮けないんですけど」
「ああ。そうですか。なら大体15分くらいですかね。それはこちらの情報に偏りがありますね。申し訳ない」
「い、いえいえ。そうかぁ、15分かぁ」
女の幽霊はうーん、と顎に手を当てて唸っている。その姿は透けて向こうの壁がよく見えていた。
「ちなみに壁の厚さって...」
「ああ、問題ありませんよ。簡単に壁抜けはできない厚さがあります。他の幽霊が入る危険はありません。セキュリティは万全ですよ」
「そ、そうですか。湿気はちゃんとありますかね。ちょっと日当たりが良すぎる気がするんですけど」
「その点は心配ありません。今表にビルの建設が計画されています。将来的にはここは日中でも薄暗い環境になりますよ」
「なるほどなるほど」
女は聞いた話を頭の中で整理する。透けた手で透けた頬をぽりぽりかき、思考に沈む。
それを死神は相変わらずの全開の営業スマイルを浮かべながら見ている。
女はうんうん唸っている。他の不動産屋と見た物件と頭の中で比べているのだ。
「なかなかこんな良い物件はありませんよ? 今がチャンスだと思いますが」
「うーん、そうですね。そうですよね。よし! 私ここに決めます!」
「ありがとうございます!」
死神はこれ以上ないほどハキハキとした声だった。
何はともあれこれで女の幽霊は自分の住む場所を決めたのだった。
女は物件が決まった充実感とこれから始まる新生活にワクワクしているのか心なしか表情がほころんでいる。いや、相変わらず顔は真っ青だが。
そして死神は話を進める。
「ではこちらが敷金礼金の額で」
「えぇ!? 結構しますね」
「お家賃が安い分こちらはちょっと頂いております」
「そうですか、仕方ないですね」
そして女の幽霊は書類を書き進めていく。
なにはともあれ、これで話は済んだのだった。
「悪霊退散! 悪霊退散! 喝!!! 喝!!!」
「うぎゃあああああああ!!!!」
それから数日後、女の幽霊は今まさに除霊されていた。
目の前には数珠を握りしめ除霊の文言を唱える祈祷師が居た。
その後ろの初老の女性はどうやらこのアパートの大家だった。
「居るのね! 本当に幽霊って! これで入居者をこの部屋に呼べるわ!」
「悪霊退散!!!!! 喝!!!!!」
女の幽霊は消えゆく意識の中思った。
ひょっとしてあの死神はこういう可能性を把握していたのではないかと。
「騙された! 悪徳不動産だった! やられた!」
祈祷師がやってきたのを見た女の幽霊は不動産屋に霊通信で連絡を取ったがまるで応答はなかった。当然敷金礼金の払い戻しもないだろう。
入れ替わり立ち替わり幽霊が入る部屋なんか除霊されるに決まっている。その可能性を理解しながらあの不動産屋はこの部屋を紹介したのだ。そしてお金を持って逃げたのだ。
女幽霊は騙されたのだった。
「ちくしょう! あの世で出るとこ出てやるぅ!!!!」
叫びながら女の幽霊は消滅した。
こうして部屋は静かになり、誰も居なくなった。
お部屋選びは慎重に。この世でもあの世でも足元をすくおうと舌なめずりをしている者がいるのだ。
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