ミドくんの奇妙な異世界旅行記

作者不明

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正義感の強い国

ボクが『正義』を嫌う理由――

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(どうして? 何も悪いことしてないのに……)

 とある貧民街の一室で、少女は弱って震えているマロに、毛布をかけて寄り添っていた。外は小雨が降っており、少女とマロは帰る途中で少し雨に濡れたのか、しっとりと髪の毛と服が湿っていた。

 少女は考えていた。傷の手当をしたマロの頭を優しくなでると、マロは嬉しそうに反応した。

「仕事……すっぽかしちゃった。無断欠勤だし、怒ってるよね……やっぱり、クビ……かな?」

 本来、あの出来事がなければ少女はレストランの清掃に向かわなければならなかった。しかし、それよりもマロの傷の手当てを優先するために帰宅したのだ。マロの傷は急を要したため、連絡を入れるのも忘れてしまっていた。

(悪いのは私じゃない……事件を起こしてる犯人なのに……)

 少女は、昨今この国で起きている少年少女神隠し事件について考えていた。
 神隠し事件、それは少年や少女が忽然と姿を消し、行方不明になっている謎の事件。現場には一切痕跡が残されておらず、この国の衛兵たちは頭を悩ませているようだ。

(一体、誰が何のためにしてるの?)

 少女は事件の犯人について考える。どうして子どもばかりなのか。一切痕跡を残さない事など、ありえるのだろうか。
 しかし、そんなことは少女にはどうでもよかった。今、少女にとって重要なのことはマロや自分の危険についてだった。

「また同じようなことが起こったら……マロが殺されちゃう……私だって……」

 少女の父親は数年前の事件で死刑が執行されており、母親も同時期に亡くしている。他に身寄りもなく、家族と呼べるような存在は飼い犬のマロぐらいだった少女にとって、マロが危険に遭うのは耐えがたい苦痛だった。

 マロさえいてくれれば、現状が惨めでも頑張れると思っていた。しかしそれが覆されようとしている。謎の神隠し事件のせいで自分の生活が壊される。それによって、少女の心の中に小さな火が灯った。

「今のままじゃ、ダメなんだ……私が真犯人を見つけないと……!」

 少女は濡れ衣を晴らすため、強く決意を固める。

「下がってください! これ以上は立ち入り禁止です!」

 その時、窓の外が騒がしいことに気がついた。少女は窓を開けて人の動きを観察した。すると大勢の人だかりが目に入ってきた。大勢の人を若い衛兵が必死に抑え込んでいる。
 少女はローブを羽織って部屋を飛び出す。ローブが風で剥ぎ取られないように手で押さえながら、その大勢の人たちの後方にいた女性に声をかけた

「あの……何があったんですか?」
「それが、神隠し事件で行方不明になってた女の子が発見されたらしいですよ!」
「ホントですか!? 無事だったんですか?」
「それが……死体で見つかったらしいですよ……」
「――!?」

 少女は言葉を失った――





 和風建築の建物の中、三人が丸テーブルの椅子に座って向かい合っている。目の前には新鮮な生の魚の切り身がお皿に盛りつけており、奇妙な印象を受ける。

「だァかァらァ、あーしは思うわけっスよ!」

 そんな中、席に座って料理を堪能しているフィオが、お箸を器用に使って刺し身を口に頬張る。そして向かいに座っている二人に向かって自信満々に話しかけていた。

「食いながら、喋るな……」

 最初に声を出したのは、金髪のくせ毛が特徴のキールだった。
 その後に、ミドがフォークで魚の切り身を刺して持ち上げながら、

「いや~、それにしても本当に美味しいね。生魚を食べるなんて、ボク初めてだよ」
「そうっスよね! あーしの審美眼もなかなか侮れないもんでしょ! それなのにキールは、何で一口も食べないっスか?」

 フィオが畳み掛けるように声を張り上げ、キールは少し言いづらそうに、

「オレは、生系はダメなんだよ」
「もったいなあああ!! こんな美味しいものが食べられないなんて、人生の九割は損してるっスよ!」
「お前の人生、どんだけ生臭えんだよ」

 するとミドも、笑顔で会話に参加してきた。

「なるほど、フィオも生が好きなんだねぇ~。ボクも生の方がイイなぁ~。生の方が背徳感がね~」
「あ! あーし、下ネタNGなんで、ノーコメントっス!」
「厳しいな~、フィオは。あっはっは~」

 ミドが飄々としながらフィオの対応を受け流し、キールが呆れた表情で水を飲んでいる。

「………………」

 キールが深刻な顔をして考え込んでいる。それに気づいたミドが声をかけた。

「どうしたの、キール?」
「いや……別に……」
「やっぱりキールも気になってるんだ? あの吸血鬼の

 ミドが問いかけると、キールは返事をしなかったが、どこか一点を見て集中して考えごとをしている様子だった。するとミドが言った。

「う~ん、ボクも気にはなるけど当人の問題だし」
「そうなんだけどよ……」
「キールはどうして、あの子にこだわるの?」
「それは……」

 ミドの問いにキールが口ごもると、横で見ていたフィオがニヤニヤして、

「一目惚れっスか!?」
「違う」
「やっぱり一目惚れっス!」
「だから違うつってんだろ、あと食いながらしゃべるなっつの!」

 フィオがキールをからかうと食べかすがキールの顔ポツポツと飛ぶ。キールは人差し指をフィオにつきつけながら睨みつけた。そしてキールは自分の顔についたフィオの食べカスを指で取りながらミドに向き直り、真剣な表情で話す。

「あの女、たぶん純粋な吸血鬼じゃない。おそらく別の種族の血が入ってる混血《ハーフ》だ」

 ミドがキールの予想を聞いて、両手を顔の前で合わせながら思考する。
 そしてキールを見て、

「なるほど、もしかして人間と吸血鬼の混血ハーフとか?」
「……どうして、そう思うんだ?」
「だってキールが混血ハーフで気になるって言ったら……。“キールと同じ混血ハーフ”って考えるのが自然な推理でしょ? 自分と似てる人が気になっちゃうのは誰にでもある心理だよ」
「………………」

 ミドが自分の考えを述べると、キールが沈黙し、ため息をついて頭をガシガシ掻く。

「ああ、お察しのとおりだよ……」

 キールが観念したように頬杖をついてミドを流し見る。するとフィオも会話に入ってくる。

「同族嫌悪ってヤツっスね。あーしも分かるっスよ。空気読まないヤツとかイライラするっスよね~」
「お前が言うな」

 フィオの無邪気な言葉にキールがイラついて言葉を返す。すると近くで三人の話しを聞いていたであろう店主が深刻そうな顔つきで声をかけてきた。

「お客さん、それって白い髪に赤い目をした娘のことですか?」

 店主の声に三人が反応して振り向く。すると、キールが店員に返事をする。

「ああ、そうだが」
「もしよろしければ……少々頼まれてはいただけませんでしょうか?」

 店主がキールに依頼を申し込んできた。

「それは、正式な依頼ってことでいいのか?」
「はい」
「何をしてほしいんだ?」
「実は、あの娘の身辺調査をしてもらいたいのですが……」

 定食屋の店主や酒場のマスターが旅人に依頼を申し込むのは珍しくない。衛兵など公的な機関に頼めない民間の依頼は酒場や定食屋などに寄せられるのだ。

 酒場や定食屋などの店には、暇を持て余した旅人が大勢いる。そこに民間の依頼が多く寄せられてくれば、大抵は店に立ち寄る旅人が請け負ってくれることが多い。旅の資金に困っている旅人が大半だからだ。

 通常は店に依頼書が張られた掲示板があり、そこから旅人が勝手に取って店主の元に持っていくのが基本だ。それで店主が証明書を出せば契約成立だ。旅人にとっても旅の資金を稼げるため、願ったり叶ったりのシステムなのだ。

 依頼内容は探偵業務や運搬、雑務が多い。身辺調査や浮気調査、稀に殺人事件の犯人を捜してほしいなんて依頼もある。他には庭の雑草を除草してほしいや害虫駆除、壁のペンキを塗って欲しいなどが多い。

 他愛もない依頼になると、鬼ごっこや、おままごとをして遊んでほしいなどある。たまに子どもの字で「てんごくのパパをつれてきてほしい」といった依頼もあるが、これには旅人も涙が溢れて止まらない。依頼するために、お小遣いを一生懸命に貯めたのだろうかと考えると鼻水も止まらない。

 依頼の中には、一八歳未満禁止エリアと呼ばれる別の依頼掲示板もある。それには愛人やセックスフレンドになってほしいといった色物の依頼まである。他にも、結婚してほしいという依頼もあり、顔写真と年収などが記載されていることもある。さらには、今年で五〇歳になる息子の童貞を奪ってほしいなど、もう訳が分からないくらい幅が広い。

 さらにダークな深層掲示板になると、殺しの依頼も存在しているようだ。当然だが店側も、殺人の依頼を掲示板に大々的に張っておくようなことはしない。裏メニューのような形式がほとんどだろう。覚醒する薬物の密輸や死体の輸送などもあると旅人の間では噂されている。

 長くなったが、つまりは旅人の収入源に大きく貢献しているという訳だ。
 キールが少女の身辺調査を依頼してきた店主に言った。

「調べるにしたって情報が少なすぎる。アンタの知ってることを教えてくれ」

 キールが店主に情報提供を求めると、店主は少し言いづらそうに辺りをキョロキョロと見渡す。耳元に顔を近づけてから、ミドたち三人にしか聞こえないほどの囁き声で答えた。

「はい、三年ほど前になりますかね……あの娘と両親がこの国に来たのは……」

 店主が淡々と話をする。
 少女の家族がこの国に移民として来たのは三年前だった。当時は国の人は温かく迎え入れた。そうすることこそ正しいこと、正義だと考えていたからだ。

 初めは街の人たちは少女の家族に親切に対応し、時には助け合い、少女の家族は数か月後には、すっかりこの国に溶け込んでいた。

 だがある日、事件が起きたそうだ。少女の父親が少女の母親を殺してしまったというのだ。しかも、その殺し方が非常に残虐だった。母親の首には噛み付かれた跡があり、全身の血をすべて吸い出されていたのだ。その時に少女の父親が吸血鬼族だったことが発覚して国中に広まった。

 あまりの衝撃的な事件に、新聞に大々的に報じられ、話題は吸血鬼事件で一色になった。その日から、少女に対する町の人たちの態度が一変した。

 今まで親切にしていた人たちは、突然少女を冷たくあしらい、無視するようになった。少女の学校には生徒の保護者たちから、自分の子どもと吸血鬼族の娘を同じ教室にしないで欲しいと苦情が殺到したらしい。少女は次第に学校に来なくなったが、学校の先生は内心では安堵していたのだそうだ。

 そして、少女の父親は死刑を宣告された――。
 少女は通っていた学校をやめてしまい、いつの間にか消えるように姿を見なくなったそうだ。その時に町の人たちは『悪の元凶が消えた』と安心したらしい。

 キールとフィオは言葉を失った。ミドは表情を変えず、店主の話を聞いている。店主は深刻そうな表情で話を続ける。

「あの娘は貧民街に隠れて住んでいるって話だったんですが、最近まで姿を見せることはなかったんですよ。だから私は正直に言いますと、あの娘は貧民街で野たれ死んだとばかり思っていました。吸血鬼族に手を差し伸べるような悪党はこの国にはいませんからね。ですが今朝、あの吸血鬼が現れたと聞きまして……怖いんですよ。旅人さんはご存じないと思いますが、実は最近この周辺で謎の神隠し事件が多発してまして……」

 するとキールが店主の話を先読みするかのように言った。

「つまり、あの女が街の人間に復讐しようと事件を起こしているんじゃないか……そういうことか?」
「そうです。あの娘が今も生きているなら、私たちを恨んでいるはずです。悪いのはあの娘と、その父親なのに……とんだ逆恨みですよ! きっと昨今の事件も、あの娘の仕業に違いありません! だから、あの娘を調べて証拠を集めれば、今度こそ吸血鬼族という悪をこの国から排除できると思うんです。だからお願いです旅人さん。あの娘が犯人だという証拠を見つけてください!」

 キール、フィオが沈黙する。すると、ミドが息を吸って言った。

「よし、決めた!」

 突然ミドが声を張り上げた。キールは口をつぐんだまま目だけを向け、フィオは驚いてミドを凝視する。

「その依頼、お受けします!」

 ミドが晴れ渡った表情で応える。キールがミドの答えに驚いて声を洩らす。

「おいおい、本気かミド!?」
「うん、本気」

 キールが驚いて目を丸くし、ミドがそれに小さく反応する。

「いいんスか? そんな、あっさり決めちゃって?」
「イイの、イイの!」

 何故かミドは上機嫌に応えた。店主も喜んで言った。

「引き受けていただけますか! ありがとうございます!」
「まぁ、ミドがイイって言うならオレは構わねぇが……」

 キールもしぶしぶ了承する。そして報酬の話に入った。

「それじゃあ、報酬に関して話したいんだが……」
「もちろん、お支払いさせていただきます。これくらいで、いかがでしょうか?」

 店主が指を二本立てて見せた。キールはそれを見て沈黙し、ゆっくり指を三本立てた。店主はしぶしぶ了承する。

「よし、契約成立だ」

 キールと店主が契約書を取り交わした。

「これで、やる事は決まったな」
「うん。じゃあ、そろそろ行こっか!」

 ミドとキールが立ち上がり、キールが速やかに会計を済ませる。フィオがもう少し飲み食いしたいとわがままを言うと、キールに殺意のこもった目で睨まれる。三人の家計管理を任されているのはキールだからだ。

 蛇に睨まれた蛙状態のフィオは涙目で首を縦に激しく振った。そして、三人は準備をして店を後にした。

 店の外に出ると雨が降っていた。ミドは雨に濡れるのを構わず歩き続ける。キールはミドを追いかけて行った。

「ミド、なんで引き受けたんだ?」

 キールが店を出た後で、ミドに問いかけた。するとミドはニコニコしながら応えた。

「だっておもしろそうだったから~」
「本当か?」
「本当だよ~」

 キールが怪訝は顔をして見るが、ミドは相変わらず飄々としていた。するとキールは正面を向いて言った。

「――じゃあ、何で怒ってたんだ?」

 ミドがニコニコしながら沈黙した。そしてつぶやいた。

「知ってるでしょ? ボクが『正義』を嫌いだってこと……」
「どうしてそんなに毛嫌いするんだ?」

 キールがミドの返答に問いかける。
 そのとき雨が止んで、雲と雲の間から青い空が顔を見せる。地面には水溜りができていた。
 するとミドはキールに向き直りながら、

「――だってボクは、『稀代の悪』だからね」

 そう言うとミドは、ニカッと笑った。
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