ミドくんの奇妙な異世界旅行記

作者不明

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正義感の強い国

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 そして早朝、町中が騒然としていた。

 また新たな死体が発見されたのだ。しかも今度は一人ではない。黒いゴミ袋に詰められた状態で、たくさんの少年少女たちの死体が見つかったらしい。

 四肢をもがれ、部位パーツごとにバラバラにされた状態で丁寧に分別されていた。腕は腕のゴミ袋、足は足のゴミ袋。そして頭部は頭部で、まとまった状態で袋に詰められていた。

 あまりのむごい状態に町中の人たちの悲鳴が上がった。

 直接死体を見たものは嘔吐したり、気絶する者もいる。泣き叫ぶ者、怒り狂う者、冷静に傍観する者。それぞれが今回のことに、犯人は一人しかいないと決めつけた。

「やっぱり、あの化け物が犯人だったんだよ!! だから言ったんだオレは!」
「そんな……悪い子じゃないと思っていたのに……」
「もう我慢の限界だ! みんな探せ! 今すぐ捕まえて処刑台に送ってやる! 悪を許すな!」

 町の人たちは、口々に吸血鬼……いや、エイミーに対する個人的な思いを吐露した。中には彼女を擁護する人もいたが、批判的な考えの者が大半で、その多数派の意見に押し流されるように意見を徐々に変えてしまった。

「やっぱり間違いだったんだよ! 元々あの女は吸血鬼の化け物だ!! 我が国に受け入れようなんてのが間違いだったんだ!!」

 青年が声を荒げる。その声に賛同の声が周りからちらほら増えてきて、最後には「追い出せ!」や「出ていけ!」コールの大合唱となった。

「………………」

 その特徴的な赤い瞳と白い髪の毛を認識阻害のローブで隠しながら、その大合唱を隠れて見ているエイミーがいた。

 エイミーは黒いゴミ袋に見覚えがあった。それは、ミドとキールとフィオの三人に掃除してもらった部屋のゴミ袋である。彼らが運んでいた黒いゴミ袋は耐えがたい異臭がしていたのは彼女も確認していた。実はそれは腐敗した死体の臭い、腐乱臭だったのだ。

 エイミーはそれに気づいて記憶の中の臭いを思い出してしまい、思わずこみ上げてくるものを感じた。そして口を手で覆って声が洩れるのを押さえる。今ここで声を上げてしまったら、たちどころに気づかれてしまう。そうなったら一瞬で囲まれて制裁という名の公開処刑が開始されるだろう。

 火あぶりだろうか、串刺しだろうか、石打ちの刑だろうか。正義と認められれば一般市民でも私的な制裁が許されるこの国では、よくある光景である。

 どこで間違ってしまったのだろう。今まで必死に頑張ってきたつもりだった。しかし結局は、この有り様だ。自分の体に流れる血のせいで、いつも、いつもだ。

「どうしたら、いいの……」

 湿り気のある薄汚れた路地裏で、エイミーは壁にもたれ掛かって空を見上げた。

「そうだ……マロのところに行かないと……」

 エイミーは認識阻害のローブを羽織っているため気づかれることはないと思うが、念のために、なるべく人目に付かないようにその場を離れた――。

                   *

 エイミーは貧民街の自分の部屋の惨状に呆然と立ち尽くしていた。

「なに、これ……」

 部屋のベッドや家具がハンマーなどで叩き壊され、床に散乱している。ガラスは割られ、歩くスペースもない状態だった。シーツやカーテンは鋭利な刃物で破られ、千切れていた。

 エイミーはゆっくり部屋の中を見渡し、マロがいないことに気づいた。

「……マロ、どこにいるの?」

 エイミーは、か細い声で「マロ……マロ……」と呼び続けながら部屋の中を探し回った。小さな空間のため、隠れられるような場所などほとんどないはずだ。

 ベッドの下や壊れたテーブルの下、トイレの中など、探しても探してもどこにもいない。

 まさか部屋の外にいるのだろうか。確かに以前、部屋の外に出ていた時があった。あの時はマロのおかげで助けられたのだが、そのせいで大怪我を負ってしまった。この部屋の酷い惨状から考えると、傷を癒すためにベッドの横で眠っていたところを何者かに襲撃された可能性が高いと思う。マロは危険を察知して、いち早く外に逃げているに違いない。

 エイミーはマロを探して部屋の外に出ようとした。

「――!?」

 その時、大きな箱につまづいて転びそうになる。一瞬バランスを崩すが、すぐに体勢を立て直す。

 そしてエイミーは、その見覚えのない箱を凝視した。

「何……これ?」

 ポツンと部屋の中心に置かれており、明らかに他のものと違う異彩を放っていた。

 部屋の電気は点かず薄暗くてよく見えなかったが、近づいてみるとそれは木箱だった。丁寧に釘が打たれて固定されている。不思議なことに部屋の中は荒らされた状態なのに、その箱だけはとてもキレイで、まるで、すべてが終わった後で静かに置かれた様に感じられた。

 最後に部屋を出た時には、このような箱は置いてなかったはずだ。

 その箱に気づいた瞬間から部屋中に充満する異臭に気づく。マロを探すことに集中していて気付かなかったが、この臭いはザペケチの屋敷で見た隠し通路の奥の部屋と近い臭いだった。

 エイミーは嫌な予感がした。

「嘘……ウソだ……」

 エイミーは、恐る恐るその箱を開ける。木箱の上をゆっくり開くと布が被されており、その上に紙切れが置かれていた。その紙には『ツギハ アナタ デス』と赤い文字で書かれていた。それに嫌悪感を感じて両目を見開く。

 そして、その下の布をゆっくりと開いた。

「あ、あぁ……あ……」

 箱の中には――、























 マロの死体が入っていた。



「あぁ、あああああ……ああああああああああああああああああああ!!」

 エイミーは自分の中に様々な感情が湧きあがるのを感じた。溢れてくるその感情は、もはや恐怖なのか、怒りなのか、それとも後悔なのか、彼女には分からなくなっていた。

「嫌あああ! なんで!? なんでこんなああああああああああああ!!」

 四角い木箱の中には、かつてマロと呼ばれていた犬の頭部が胴体から切り離されており、両目を開いた状態でこちらを寂しそうに見つめていた。その目には光が感じられず、魂が抜けていった動物の目をしている。口をポッカリと開けており、とても悲しそうに見えた。

「マロ……マロ……! 嫌ぁああああああ! おいていかないで!! 一人にしないで!」

 エイミーは、その犬の頭部を抱き上げた。呼吸が浅くなって苦しい。両目から涙がポロポロと溢れてくる。

 どうしてこんな仕打ちを受けなければいけないのか。私が何をしたというのか、ただ精一杯生きようとしただけではないか。

 一体どこで間違ったというのだろうか。分からない、分からない、分からない。私はこの国の正義というものを信じて、真面目に誠実に生きていれば、必ず皆に受け入れてもらえると信じてきた。正義とは何なのだろうか、悪とは何なのだろうか。吸血鬼族というだけで、どうしてここまで差別されなければいけないのか。

 頭の中で様々な思考が巡り、何もかもが信じられなくなりそうだった。

 エイミーは嗚咽しながら泣きつづけた。どれほど泣いていただろうか、時間も忘れて泣いていた。

「………………………………………………………………………………………………」

 するとエイミーは突然黙ってしまう。そしてマロの頭部を抱きながら突如笑い出した。

「は……はは、あは……」

 涙も流し疲れたのか、もう流れてこない。泣いているのか嗤っているのか分からない状態になって言った。

「大丈夫……大丈夫だよ、きっとみんな、話せば分かってもらえるはずだよ……」

 正義を信じれば、正しいことを行い続ければ、必ず報われる。だって自分は何も悪いことはしていない。今はみんな誤解しているだけだ。誠心誠意で説明すれば、きっと分かってもらえる。そう、エイミーは思った、思い込もうとした。

 彼女にはそれしかない。幼少期にこの国に来て以来、正義を信じるしかなかったのだ。信じていないと、理不尽な差別に心が耐えられなかった。

 信じる者は救われるとはよく言ったものだ、信じている間は迷ったり、悩んだりする必要がない。家族の愛を信じる者は家族の愛に救われ、腕力を信じる者は腕力に救われ、権力やお金を信じる者は権力やお金に救われる。そして、神の教えを信じる者は神の教えに救われる。

 こんな話を知っているだろうか。
 昔々、死刑を恐れて暴れる死刑囚がいた。そこにとある牧師が現れて言ったのだ。
「安心しなさい、私は君の仲間のグループの一人だ。もうすぐ仲間が君を脱獄させて救うための作戦を実行する、それまで執行人ヤツ等に警戒されないように大人しくしていてくれ」

 そう言われた死刑囚は人が変わったように暴れることをしなくなった。そして死刑執行の日、死刑囚は穏やかな表情で処刑台まで歩いて行き、安心しきった表情で処刑されて死んでいった。

 仲間の救いの手が現れると信じている死刑囚が、死刑執行の直前になっても穏やかな表情で安心していたのは、仲間が来てくれると本気で信じていたからだ。

 人は結局、信じている対象が何であれ、信じている間はそれだけを見ていればよい。つまり考えることを止めることができる。悩む状態とは思考の迷路に迷い込むことだ。真っ暗な思考の海の上で目的地が分からなくなる。指針もない、地図もコンパスもない状態で海の上を船で彷徨さまようようなものである。

 信じる対象とは地図であり、コンパスであり、指針なのだろう。それがあるから迷わずに人生を生きていけるのだ。

 だがもし、信じていた対象を失ったら……人はどうなるのだろうか。

 信じていた配偶者の不貞行為を知ってしまったら。信じていた体の一部を失ってしまったら。信じていた自分の権力やお金を失ってしまったら。信じていた神の教えがデタラメだったと知ってしまったら、人はたちどころに歩けなくなってしまうのかもしれない。

 人は楽な方に逃げたがるものだ、目に見えない思考に関しても例外ではない。

 無条件に信じる行為とは、深い思考という苦行を受けずに済む。思考が楽をすることができることこそ『正義』なのだ。疑問を持つことは、信じていた地図やコンパスを捨てる行為に等しい。それはつまり、信じる対象を失う『悪』の行為なのだ。

 だからエイミーは疑うことをしなかった。この国の正義は絶対であり、信じる者は救われるはずだからだ。
 エイミーはマロの頭部を、そっと木箱の中に戻して蓋を閉める。そしてフラフラと認識阻害のローブも羽織らずに部屋を出て行き、大通りへ向かって行った。吸血鬼の公開処刑を望む大勢の人たちの中へと歩いて行った――。





「見つけたぞおおおおお!! 吸血鬼だあああああ!!」

 一人の青年の大声が響き渡る。

 青年の指差す方向に、白い髪を風になびかせて真っ赤な瞳をこちらに向ける少女が裸足で立っていた。

 そして笑顔のエイミーは、怒り狂った民衆に告げた。

「みなさん、聞いてください。私は犯人ではありません、信じてください」

 エイミーはの目は、どこを見ているのか分からない状態だった。大勢の人を見ているようで、その後ろを見ているかのような視点が定まらない目をしている。片方の目は視線が正しく目標とする方向に向いているが、もう片方の目が外側を向いている、つまり斜視しゃし状態になっていた。そして、その目からは光が確認できなかった。その光景が余計に民衆の恐怖感を増幅させる。

「く、くるなあああ! 化け物おおおお!!」

 一人の男が腰を抜かして、尻もちをつきながら声を上げる。持っていた金属バットを落として、もはや戦意喪失している。

「よかった、信じてもらえたんですね」

 エイミーが笑顔になって言うと、と別の男が叫んだ。

「び、ビビるな! 俺たち全員でやれば、吸血鬼の一人くらい殺せるはずだ!」

 先頭にいた別の男の声に、民衆が刀剣を持ってエイミーに向かって走り出した。

「あ、あれ……どうして、どうして、どうして?」

 エイミーが困惑していると、男たちは武器を構えて走り出す。

 エイミーはその時、目の前の光景がひどくゆっくり動いているように感じた。今、一体何が起きているのだろう。自分はこれからどうなるのだろう。彼らはどうして刀剣やカナヅチ、木製の杭を持って走ってくるのだろう。

 分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない……。

 男たちがエイミーの目の前まで迫ってくる。大きく振り被られた刀剣を振り下ろした。

「あ、死ぬ――」

 エイミーが目をつぶって覚悟を決めた時だった。

「――がァッ!?」

 突然目の前の刀剣を持っていた男が真横に吹き飛ばされた。

 エイミーが尻もちをついた状態でゆっくり顔を上げると、そこには深緑色の髪の毛が風にたなびいているのが見えた。

 エイミーの目の前には、深緑色の髪をした旅人が立っていた。どうやらこの旅人に助けられたのだと悟る。

 旅人は少し俯きながら、髪の毛の間から真っ赤な血の色のような瞳で大衆を睨みつける。右手には両端に金色の装飾がなされた黒くて長い棒を持っている。棒の端には、先ほど殴り飛ばした男の血液だと思われる赤黒い液体がしたたり落ちていた。

 彼からは以前の飄々とした態度は感じられない。それは、人を殴り飛ばしたにもかかわらず、なんとも思わないような冷酷な目をしているように見えた。
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