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竜がいた国『パプリカ王国編』
深夜徘徊が趣味のおじいちゃんを探してます。
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「嫌だあああああああああああああああああああああああ! 来ないでえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
薄暗い森の中で少年の声が一つ、虚しく響き渡った。その声に驚いた鳥たちが一斉に飛び立ち、木の枝が揺らされている。
長い二本の触覚と複数の足、黒光りする外骨格の巨大昆虫型モンスターが、黒髪で片目を隠したの少年と、深い緑色の髪の旅人の二人を捕食しようと追いかけていた。
黒髪の少年は必死に走り、緑髪の旅人はヒョイヒョイ走りながら言う。
「まだしつこく追ってくるよ~。こりゃ参ったね~」
「呑気なこと言ってる場合ですか! どうにかアイツを追っ払ってくださいよミドさん!」
「いいけど体液とかブシュッって撒き散っちゃうし、モンスターの体液ってすっごい臭いんだよね……それでもいい、マルコ? 着替えとか持ってきてる?」
「何でもいいからお願いしますよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ミドと呼ばれた旅人が問いかけると、マルコと呼ばれた少年がなりふり構わず叫んで懇願する。するとミドは「りょ~か~い」と飄々と応えると、後ろを振り返った。
「出て来い、木偶棒――」
一言つぶやくと、ミドの足元から飛び出すように長い棒が現れる。それをキャッチしてくるくる回しながら構えるミド。目の前には巨大な昆虫。いや、巨大ゴキブリを前にして冷静に立ち塞がる。
巨大ゴキブリは涎を垂らしながらミドに迫り、頭にかぶりつこうとした。
「――――ッ!」
その時、ミドの姿が目の前から一瞬で消える。巨大ゴキブリは噛みつきそこなって空振りする。次の瞬間――。
巨大ゴキブリの頭部が真下から上に弾かれて、飛び上がる。マルコが目を丸くしてよく見ると、ミドがゴキブリの顎を下から木偶棒で突き上げていた。
――ドスーーーン!! ワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャ……。
巨大ゴキブリはそのまま仰向けになって地面に叩き落とされて動けなくなり、足を蠢かせてワシャワシャともがいている。
マルコは「やった!」と言いかけたが、ミドがしゃがんだのを見て口を閉じる。するとミドが地面に触れてゆっくりつぶやいた。
「森羅万象……木剣山!!」
ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ!
地面から鋭利な巨木が真上に飛び出し、仰向けになった巨大ゴキブリの腹部を容赦なく貫いていく。
巨大ゴキブリは、地面から突如生えてきた鋭利な植物に全身を貫かれて悶絶した。穴という穴から薄黄色の体液を洩らし、部位によっては噴水のように吹き出している箇所もある。
「うわああああああああっ!! ばっ! ぺっぺ!!」
マルコの頭上に雨のようにゴキブリの体液が降り注ぐ。叫んだ時に数滴ほど体液と思われる液体が口に入り、気持ち悪さに掃き出そうと唾を吐く。
「キュゥウウウイィィィイイイィィィイイ…………」
悲痛な鳴き声を上げて苦しんでいたが、しばらくすると動かなくなった。
マルコは昆虫モンスターの薄黄色の体液を頭から被り、全身をヌルヌルのベトベトにしてしまう。マルコはその強烈な悪臭に頭痛がして自らの鼻を摘まむ。しかし、それでも気分がおさまらない。鼻を閉じるため口呼吸にするのだが、それによって口からモンスターの毒素が入ってきてしまうようだ。
「は、鼻が……鼻がァ……」
「どう? 臭いでしょ? 毒素が全身に回らない内に身体洗った方がいいよ」
ミドは巨大な蓮の葉を傘にして、ゴキブリの体液を避けながら歩いてくる。そして、マルコが辛そうにしゃがんでいるのを見て言った。
マルコはミドが片手に持っている蓮の葉の傘を見て苦々しそうに言う。
「ミドさん……そんな便利な葉っぱの傘作れるなら、最初にボクにも作っておいてくださいよ……」
「いや~、急だったから忘れてた~。ごめんねマルコ~」
ミドは鼻を摘まみながらヘラヘラ笑って言った。
*
「はぁ~……生き返った気分です」
マルコは全裸で水浴びをしていた。
今は木製のプールのような物に入って体を洗っている最中である。それは切り株の形状をしており、中がくり抜かれて水が満杯に入っている。
その横で、ミドが指先から水を出してプールの水を補充している。
先ほどの戦闘でマルコは全身にモンスターの体液をまともに浴びてしまったため、それを洗い流しているのだ。モンスターの体液には毒があり、一時的にだが、めまいや指先のしびれなどの症状が現れる。
したがって基本的には、旅人や冒険者はモンスターの体液は浴びないように戦うのが基本である。まぁ、大抵は服を汚したくないからというのが一番の理由になるのだが。
ミドはさすがと言うべきか、一滴もモンスターの体液を浴びていない様子だった。その代わり、マルコの全身と服を洗うための水などを用意する必要が生まれてしまったのだ。
マルコは全身をモンスターの体液で覆われていた為、ミドは最初に指から水を噴射して、おおよその体液を吹き飛ばし、その後でプールの水に浸かってもらうことにした。
ミドがマルコの体に水を噴射しながら言う。
「一〇歳少年の水浴びシーン……。これってショタコンのお姉さんが見たら涎モノだね」
「……何言ってるんですか?」
マルコが目を細めてミドを見る。ミドは真剣な顔で言う。
「おねショタか……うん。アリだな」
「ミドさん。何を考えてるか知りませんけど……変な想像するのやめてもらっていいですか」
「え!? マルコって歳上NGなの?」
「そう言う問題じゃありません!」
マルコはプールの中で両ひざを抱えて座りながら顔を赤くして叫んだ。ミドはマルコの反応にヘラヘラ笑っている。
「でもすごいですね、指から水を出せるなんて。どうやって出してるんですか?」
「え~っと、地面から吸い上げる水分とか、空気中の水かな~。それを自分の身体を通して放出する感じだよ~」
「へぇ~すごい能力ですね」
ミドは自分の人差し指から、ホースのように水を出したまま言う。
「自分の身体から水を出すってどんな感覚なんですか?」
マルコが何気なく訊ねる。するとミドは目線を上にあげて少し考える仕草をして言った。
「ん~。一番分かりやすい例えで言うと、アレの感覚が近いかな~?」
「アレって?」
「排尿してる時の感覚」
「………………」
すると、ミドが放出している水の勢いが弱まって止まる。するとミドが全身をブルブルブルッと震わせて恍惚の表情をしていた。
マルコはミドの答えに言葉を失って固まる。そしてゆっくりと即席プールから上り、体を拭いた。
マルコの服はまだ乾いていないため、しばらくは待機することになる。その間ずっと裸でいるわけにはいかないので、どうにか着るものを用意しなければいけなかった。しかしあいにくミドもマルコも替えの服を持ってきていない。
仕方がないので服を乾かす間、火をおこしてその場で待機という結論に至った。ミドはその場に一本の巨木を生み出し、一時的な休憩所を設置した。見た目はほぼ周りの木と変わらないが、大きな穴が開いていて中に入れる形状だ。中には腰掛けられる程度の大きさの切り株が二つ。真ん中の地面の上に焚き火があった。
マルコとミドは切り株に腰掛けて火に当たっている。するとミドが言った。
「寒くない?」
「大丈夫です」
マルコが答える。
マルコはミドが生み出した服を着ている。繊維が紙一〇〇%で作られた服で、袖を通してみると和紙のような感触はあるものの軽くて肌触りが良い。
マルコは自分の身体を抱いて小さくなりながら火に当たっている。
「ミドさんの能力って、服まで作れるんですか?」
「本気で作れば一年とか着れるものも作れるだろうけど、ボクのはせいぜい三日かな。こういう状況のための一時的なものだよ」
「そうなんですか……」
「ミドさんは……どうして旅をしてるんですか?」
マルコが何気なくミドに訊ねた。するとミドは言う。
「――人を、探してるんだ」
「誰を探してるんですか?」
「ボクを育ててくれた人」
「行方不明……なんですか?」
「うん」
ミドはニコニコしながら言う。
「たった一人の家族なんだ。ボケ老人だったから深夜徘徊が酷くてね、ちょっと出かけてくるって言ったきり、未だに帰ってこないんだ。しょうがないから迎えに行こうと思ってね」
「そう、なんですか……どこに行ったのか見当はついているんですか?」
マルコは何気なく訊ねた。するとミドは笑顔で答えた。
「――生きている大陸だよ」
マルコは言葉を失った。その名称を聞いたことがない者が果たしているだろうか。
この世界に点在する古代文明の極地ともいえる禁断の地。その地を目指して人生を棒に振った者は数知れずだ。
するとマルコはミドに言う。
「じ、じゃあ、ミドさんは……あの『メビウス回廊』を渡る気なんですか!?」
メビウス回廊、それはこの世界の表と裏を行き来するために必ず通る反転の道である。世界の表と裏の境目に存在する。
この世界は表と裏に分かれており、表を『昼の世界』、裏を『夜の世界』と呼んでる。生きている大陸は裏の『夜の世界』に存在すると言われている。いや、正確に言うと、『夜の世界』に出現する可能性が最も高いというのが正しい。『昼の世界』でも稀に目撃されたという記録はあるが、片手で数える程度でしかない。
「ミドさんのお爺さんは、『夜の世界』に行ったんですか!?」
「だから言ったでしょ、『深夜徘徊が酷い』って」
狂っている、夜の世界と呼ばれる場所は人間の行くような場所ではない。まともな旅人や冒険者なら『メビウス回廊』と聞いただけで冒険のパーティには入ってくれないだろう。
この世界には様々な種族が生存しているが、人間は主に『昼の世界』で活動をしている。『夜の世界』で主に活動しているのは人族以外の他種族である。
吸血鬼族、鬼族、巨人族、三つ目族、魔族、天使族、悪魔族、神族――。数えだしたらキリがない。人族は古代文明の暴力によって、他種族を『夜の世界』に追いやって、『昼の世界』を独占した種族でもあるのだ。
もちろん他種族が『昼の世界』にいない訳ではないが、知っての通り他種族への差別意識はかなり強い。
人族の人間が『夜の世界』に行けば、それぞれの種族からの対応は言うまでもない。普通に考えて殺されに行くようなものだ。
「覚悟の上、なんですね……」
「そうだね~」
ミドはいつものようにヘラヘラと笑って言った。マルコはそれきり話さず、黙って火に当たっていた。ミドは外の風景を見てつぶやく。
「キール、そろそろ気づいてくれたかな……」
外の景色は何も変わらず、ただ深い、深い、森が続いていた――。
*
――その頃、王国の兵士たちが森を抜けようとしていた。
「……見つけた、出口だ」
シュナイゼル王子がつぶやくと、後ろの兵士たちに笑顔が生まれた。
まだ出口は遠いが、森の奥に小さな小さな光が見える。それは太陽の光だ。長い時間歩き続け、汚らわしいモンスターを退治している間に、今がまだ昼間だということを忘れていた。
「もう少しだ、もう少しで迷いの森を抜けられる。お前たち、最後まで気を抜くなよ、この瞬間が一番モンスターに狙われやすいからな」
兵士たちはそう言われて、改めて表情が引き締まる。するとボクシー王子が言った。
「やっとなのね……もうボキは待ちくたびれたのね」
ボクシー王子は籠の振れに気持ち悪くなったといっては、度々休憩を申し出ていた。その度に時間を取られて遅れてしまったが、やっと目的の場所まで辿り着けそうな雰囲気に包まれていた。
シュナイゼル率いる王国兵たちは徐々に近づいてくる光を目にして希望が生まれてくる。「ああ、やっとこの不気味な森から解放される」といったことを考えているのだろうか。
そして何事もなく無事に森抜けられたと思ったその時である――。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
何事かとシュナイゼルが見ると、複数の兵士たちが崖から落ちかけているのを目撃する。その時シュナイゼルは気づいた。
森を抜けてすぐに巨大な崖が広がっていたのだ。迷いの森から脱出できた喜びで皆、足元を見ていなかった。モンスターの警戒は疎かにしなかったものの、環境にも危険があることを忘れてはいけなかった。
王国兵の中には、膝をついて泣いている者もいる。どうやら何人かは崖の下に落ちてしまったようだ。兵士たちは皆、重い鎧を身に纏っている。一人では到底持ち上げることは難しいだろう。
「た、助けて……ください!」
シュナイゼルは最も近くで落ちかけていた兵士を隣の兵士と一緒になって必死で引き上げて助けた。
「あ、あぁ……ありがとうございます。シュナイゼル様……」
「気にするな。仲間なのだから、助け合って当然だろう?」
助けられた兵士は涙を浮かべて安堵していた。するとボクシー王子が言う。
「まったく情けないのね、王国兵ともあろう者が崖から落ちてあっさり死ぬなんて。どうせならボキの命を守って死ねば、その名誉を称えられたのね」
兵士の一人が立ち上がってボクシー王子を睨む。すると横にいた兵士が彼の肩を掴んで説得している様子だった。ボクシー王子はそれに気づかず籠の中に戻る。
シュナイゼル王子は崖の向こう側を見つめて言った。
「アレだ……ドラゴ・シムティエール迷宮」
王国兵たちは目の前の光景に、ただ茫然と立ち尽くす。それは崖に挟まれた巨大な渓谷、自殺の名所として有名な場所である。
崖と崖の間は地下の奥底まで続いており、太陽の光が届かなくなるほど深くなる。しかし昼の正午、太陽が真上に昇る瞬間だけ闇が消える。そこには巨大な扉がそびえ立っている。どうやって開けるのかも分からないほどに巨大な扉がある。
すると一人の兵士が叫んだ。
「シュナイゼル様! 橋です、橋があります!」
今まで気づかなかったが、すぐ近くに崖と崖の間を通してある古い橋が見えた。シュナイゼルたちはその橋に向かって歩き出す。
橋はボロボロで今にも千切れそうだったが、しのごの言っていられない。シュナイゼルが率先して橋を渡りだす。それに続いて兵士たちが橋を渡りだした。
ボクシーを籠を持つ兵士四人がおぼつかない足取りで橋を渡ると、籠が大きく揺れる。
「ちょ、ちょっと! ちゃんと歩くのね!」
ボクシー王子はわしを渡る間、ずっと兵士たちに罵声を浴びせていた。
無事に全員が渡り切ると、ボクシー王子が言う。
「この橋を切り落とすのね」
「何故そんなことをする必要がある?」
シュナイゼルがボクシーに反論すると、ボクシーが言う。
「兄さんも知ってると思うけど、マルコがボキたちの後をつけてきているのね。だから橋を渡れなくした方がいいのね」
「しかし、それでは私たちが帰る時はどうする? 橋がなくては帰れないではないか」
「それは心配いらないのね。帰り道は迷いの森を抜けなくてもいいのね」
「それは本当かボクシー!?」
「ちゃーんと調べてあるから間違いないのね。別の道を通ればパプリカ王国まであっという間なのね」
「どうして先に言わないんだ。そんな道があるなら、最初からそこを通れてたじゃないか」
「その道は一方通行の道なのね。だからそこを通ろうとしても押し戻されてしまうのね」
「一方通行だと?」
シュナイゼルが眉間にしわを寄せて言う。するとボクシーは指を差していった。
「アレなのね。あの“川”を下って行けば、あっという間にパプリカ王国なのね」
ボクシーが指差したのは、ドラゴシムティエール迷宮の奥から流れてくる巨大な川であった。それはパプリカ王国の湖と繋がっているらしく、その川の流れに乗って行けば自然と王国に帰れるという寸法だ。
「しかし、マルコはどうなる? 迷いの森から抜け出して橋がなかったら戻るしかなくなるはずだ。再び迷いの森に入ったら……」
「兄さんも甘いのね。マルコが森に入ったのは自己責任なのね、戻ってこなくても自殺として処理すればいいだけの話なのね」
「………………」
「今ボキたちが遂行しなければいけないのは女王の命令が優先なのね」
「……分かった」
シュナイゼルは、厳しい表情をしていたがボクシーの意見に従った――。
薄暗い森の中で少年の声が一つ、虚しく響き渡った。その声に驚いた鳥たちが一斉に飛び立ち、木の枝が揺らされている。
長い二本の触覚と複数の足、黒光りする外骨格の巨大昆虫型モンスターが、黒髪で片目を隠したの少年と、深い緑色の髪の旅人の二人を捕食しようと追いかけていた。
黒髪の少年は必死に走り、緑髪の旅人はヒョイヒョイ走りながら言う。
「まだしつこく追ってくるよ~。こりゃ参ったね~」
「呑気なこと言ってる場合ですか! どうにかアイツを追っ払ってくださいよミドさん!」
「いいけど体液とかブシュッって撒き散っちゃうし、モンスターの体液ってすっごい臭いんだよね……それでもいい、マルコ? 着替えとか持ってきてる?」
「何でもいいからお願いしますよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ミドと呼ばれた旅人が問いかけると、マルコと呼ばれた少年がなりふり構わず叫んで懇願する。するとミドは「りょ~か~い」と飄々と応えると、後ろを振り返った。
「出て来い、木偶棒――」
一言つぶやくと、ミドの足元から飛び出すように長い棒が現れる。それをキャッチしてくるくる回しながら構えるミド。目の前には巨大な昆虫。いや、巨大ゴキブリを前にして冷静に立ち塞がる。
巨大ゴキブリは涎を垂らしながらミドに迫り、頭にかぶりつこうとした。
「――――ッ!」
その時、ミドの姿が目の前から一瞬で消える。巨大ゴキブリは噛みつきそこなって空振りする。次の瞬間――。
巨大ゴキブリの頭部が真下から上に弾かれて、飛び上がる。マルコが目を丸くしてよく見ると、ミドがゴキブリの顎を下から木偶棒で突き上げていた。
――ドスーーーン!! ワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャ……。
巨大ゴキブリはそのまま仰向けになって地面に叩き落とされて動けなくなり、足を蠢かせてワシャワシャともがいている。
マルコは「やった!」と言いかけたが、ミドがしゃがんだのを見て口を閉じる。するとミドが地面に触れてゆっくりつぶやいた。
「森羅万象……木剣山!!」
ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ!
地面から鋭利な巨木が真上に飛び出し、仰向けになった巨大ゴキブリの腹部を容赦なく貫いていく。
巨大ゴキブリは、地面から突如生えてきた鋭利な植物に全身を貫かれて悶絶した。穴という穴から薄黄色の体液を洩らし、部位によっては噴水のように吹き出している箇所もある。
「うわああああああああっ!! ばっ! ぺっぺ!!」
マルコの頭上に雨のようにゴキブリの体液が降り注ぐ。叫んだ時に数滴ほど体液と思われる液体が口に入り、気持ち悪さに掃き出そうと唾を吐く。
「キュゥウウウイィィィイイイィィィイイ…………」
悲痛な鳴き声を上げて苦しんでいたが、しばらくすると動かなくなった。
マルコは昆虫モンスターの薄黄色の体液を頭から被り、全身をヌルヌルのベトベトにしてしまう。マルコはその強烈な悪臭に頭痛がして自らの鼻を摘まむ。しかし、それでも気分がおさまらない。鼻を閉じるため口呼吸にするのだが、それによって口からモンスターの毒素が入ってきてしまうようだ。
「は、鼻が……鼻がァ……」
「どう? 臭いでしょ? 毒素が全身に回らない内に身体洗った方がいいよ」
ミドは巨大な蓮の葉を傘にして、ゴキブリの体液を避けながら歩いてくる。そして、マルコが辛そうにしゃがんでいるのを見て言った。
マルコはミドが片手に持っている蓮の葉の傘を見て苦々しそうに言う。
「ミドさん……そんな便利な葉っぱの傘作れるなら、最初にボクにも作っておいてくださいよ……」
「いや~、急だったから忘れてた~。ごめんねマルコ~」
ミドは鼻を摘まみながらヘラヘラ笑って言った。
*
「はぁ~……生き返った気分です」
マルコは全裸で水浴びをしていた。
今は木製のプールのような物に入って体を洗っている最中である。それは切り株の形状をしており、中がくり抜かれて水が満杯に入っている。
その横で、ミドが指先から水を出してプールの水を補充している。
先ほどの戦闘でマルコは全身にモンスターの体液をまともに浴びてしまったため、それを洗い流しているのだ。モンスターの体液には毒があり、一時的にだが、めまいや指先のしびれなどの症状が現れる。
したがって基本的には、旅人や冒険者はモンスターの体液は浴びないように戦うのが基本である。まぁ、大抵は服を汚したくないからというのが一番の理由になるのだが。
ミドはさすがと言うべきか、一滴もモンスターの体液を浴びていない様子だった。その代わり、マルコの全身と服を洗うための水などを用意する必要が生まれてしまったのだ。
マルコは全身をモンスターの体液で覆われていた為、ミドは最初に指から水を噴射して、おおよその体液を吹き飛ばし、その後でプールの水に浸かってもらうことにした。
ミドがマルコの体に水を噴射しながら言う。
「一〇歳少年の水浴びシーン……。これってショタコンのお姉さんが見たら涎モノだね」
「……何言ってるんですか?」
マルコが目を細めてミドを見る。ミドは真剣な顔で言う。
「おねショタか……うん。アリだな」
「ミドさん。何を考えてるか知りませんけど……変な想像するのやめてもらっていいですか」
「え!? マルコって歳上NGなの?」
「そう言う問題じゃありません!」
マルコはプールの中で両ひざを抱えて座りながら顔を赤くして叫んだ。ミドはマルコの反応にヘラヘラ笑っている。
「でもすごいですね、指から水を出せるなんて。どうやって出してるんですか?」
「え~っと、地面から吸い上げる水分とか、空気中の水かな~。それを自分の身体を通して放出する感じだよ~」
「へぇ~すごい能力ですね」
ミドは自分の人差し指から、ホースのように水を出したまま言う。
「自分の身体から水を出すってどんな感覚なんですか?」
マルコが何気なく訊ねる。するとミドは目線を上にあげて少し考える仕草をして言った。
「ん~。一番分かりやすい例えで言うと、アレの感覚が近いかな~?」
「アレって?」
「排尿してる時の感覚」
「………………」
すると、ミドが放出している水の勢いが弱まって止まる。するとミドが全身をブルブルブルッと震わせて恍惚の表情をしていた。
マルコはミドの答えに言葉を失って固まる。そしてゆっくりと即席プールから上り、体を拭いた。
マルコの服はまだ乾いていないため、しばらくは待機することになる。その間ずっと裸でいるわけにはいかないので、どうにか着るものを用意しなければいけなかった。しかしあいにくミドもマルコも替えの服を持ってきていない。
仕方がないので服を乾かす間、火をおこしてその場で待機という結論に至った。ミドはその場に一本の巨木を生み出し、一時的な休憩所を設置した。見た目はほぼ周りの木と変わらないが、大きな穴が開いていて中に入れる形状だ。中には腰掛けられる程度の大きさの切り株が二つ。真ん中の地面の上に焚き火があった。
マルコとミドは切り株に腰掛けて火に当たっている。するとミドが言った。
「寒くない?」
「大丈夫です」
マルコが答える。
マルコはミドが生み出した服を着ている。繊維が紙一〇〇%で作られた服で、袖を通してみると和紙のような感触はあるものの軽くて肌触りが良い。
マルコは自分の身体を抱いて小さくなりながら火に当たっている。
「ミドさんの能力って、服まで作れるんですか?」
「本気で作れば一年とか着れるものも作れるだろうけど、ボクのはせいぜい三日かな。こういう状況のための一時的なものだよ」
「そうなんですか……」
「ミドさんは……どうして旅をしてるんですか?」
マルコが何気なくミドに訊ねた。するとミドは言う。
「――人を、探してるんだ」
「誰を探してるんですか?」
「ボクを育ててくれた人」
「行方不明……なんですか?」
「うん」
ミドはニコニコしながら言う。
「たった一人の家族なんだ。ボケ老人だったから深夜徘徊が酷くてね、ちょっと出かけてくるって言ったきり、未だに帰ってこないんだ。しょうがないから迎えに行こうと思ってね」
「そう、なんですか……どこに行ったのか見当はついているんですか?」
マルコは何気なく訊ねた。するとミドは笑顔で答えた。
「――生きている大陸だよ」
マルコは言葉を失った。その名称を聞いたことがない者が果たしているだろうか。
この世界に点在する古代文明の極地ともいえる禁断の地。その地を目指して人生を棒に振った者は数知れずだ。
するとマルコはミドに言う。
「じ、じゃあ、ミドさんは……あの『メビウス回廊』を渡る気なんですか!?」
メビウス回廊、それはこの世界の表と裏を行き来するために必ず通る反転の道である。世界の表と裏の境目に存在する。
この世界は表と裏に分かれており、表を『昼の世界』、裏を『夜の世界』と呼んでる。生きている大陸は裏の『夜の世界』に存在すると言われている。いや、正確に言うと、『夜の世界』に出現する可能性が最も高いというのが正しい。『昼の世界』でも稀に目撃されたという記録はあるが、片手で数える程度でしかない。
「ミドさんのお爺さんは、『夜の世界』に行ったんですか!?」
「だから言ったでしょ、『深夜徘徊が酷い』って」
狂っている、夜の世界と呼ばれる場所は人間の行くような場所ではない。まともな旅人や冒険者なら『メビウス回廊』と聞いただけで冒険のパーティには入ってくれないだろう。
この世界には様々な種族が生存しているが、人間は主に『昼の世界』で活動をしている。『夜の世界』で主に活動しているのは人族以外の他種族である。
吸血鬼族、鬼族、巨人族、三つ目族、魔族、天使族、悪魔族、神族――。数えだしたらキリがない。人族は古代文明の暴力によって、他種族を『夜の世界』に追いやって、『昼の世界』を独占した種族でもあるのだ。
もちろん他種族が『昼の世界』にいない訳ではないが、知っての通り他種族への差別意識はかなり強い。
人族の人間が『夜の世界』に行けば、それぞれの種族からの対応は言うまでもない。普通に考えて殺されに行くようなものだ。
「覚悟の上、なんですね……」
「そうだね~」
ミドはいつものようにヘラヘラと笑って言った。マルコはそれきり話さず、黙って火に当たっていた。ミドは外の風景を見てつぶやく。
「キール、そろそろ気づいてくれたかな……」
外の景色は何も変わらず、ただ深い、深い、森が続いていた――。
*
――その頃、王国の兵士たちが森を抜けようとしていた。
「……見つけた、出口だ」
シュナイゼル王子がつぶやくと、後ろの兵士たちに笑顔が生まれた。
まだ出口は遠いが、森の奥に小さな小さな光が見える。それは太陽の光だ。長い時間歩き続け、汚らわしいモンスターを退治している間に、今がまだ昼間だということを忘れていた。
「もう少しだ、もう少しで迷いの森を抜けられる。お前たち、最後まで気を抜くなよ、この瞬間が一番モンスターに狙われやすいからな」
兵士たちはそう言われて、改めて表情が引き締まる。するとボクシー王子が言った。
「やっとなのね……もうボキは待ちくたびれたのね」
ボクシー王子は籠の振れに気持ち悪くなったといっては、度々休憩を申し出ていた。その度に時間を取られて遅れてしまったが、やっと目的の場所まで辿り着けそうな雰囲気に包まれていた。
シュナイゼル率いる王国兵たちは徐々に近づいてくる光を目にして希望が生まれてくる。「ああ、やっとこの不気味な森から解放される」といったことを考えているのだろうか。
そして何事もなく無事に森抜けられたと思ったその時である――。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
何事かとシュナイゼルが見ると、複数の兵士たちが崖から落ちかけているのを目撃する。その時シュナイゼルは気づいた。
森を抜けてすぐに巨大な崖が広がっていたのだ。迷いの森から脱出できた喜びで皆、足元を見ていなかった。モンスターの警戒は疎かにしなかったものの、環境にも危険があることを忘れてはいけなかった。
王国兵の中には、膝をついて泣いている者もいる。どうやら何人かは崖の下に落ちてしまったようだ。兵士たちは皆、重い鎧を身に纏っている。一人では到底持ち上げることは難しいだろう。
「た、助けて……ください!」
シュナイゼルは最も近くで落ちかけていた兵士を隣の兵士と一緒になって必死で引き上げて助けた。
「あ、あぁ……ありがとうございます。シュナイゼル様……」
「気にするな。仲間なのだから、助け合って当然だろう?」
助けられた兵士は涙を浮かべて安堵していた。するとボクシー王子が言う。
「まったく情けないのね、王国兵ともあろう者が崖から落ちてあっさり死ぬなんて。どうせならボキの命を守って死ねば、その名誉を称えられたのね」
兵士の一人が立ち上がってボクシー王子を睨む。すると横にいた兵士が彼の肩を掴んで説得している様子だった。ボクシー王子はそれに気づかず籠の中に戻る。
シュナイゼル王子は崖の向こう側を見つめて言った。
「アレだ……ドラゴ・シムティエール迷宮」
王国兵たちは目の前の光景に、ただ茫然と立ち尽くす。それは崖に挟まれた巨大な渓谷、自殺の名所として有名な場所である。
崖と崖の間は地下の奥底まで続いており、太陽の光が届かなくなるほど深くなる。しかし昼の正午、太陽が真上に昇る瞬間だけ闇が消える。そこには巨大な扉がそびえ立っている。どうやって開けるのかも分からないほどに巨大な扉がある。
すると一人の兵士が叫んだ。
「シュナイゼル様! 橋です、橋があります!」
今まで気づかなかったが、すぐ近くに崖と崖の間を通してある古い橋が見えた。シュナイゼルたちはその橋に向かって歩き出す。
橋はボロボロで今にも千切れそうだったが、しのごの言っていられない。シュナイゼルが率先して橋を渡りだす。それに続いて兵士たちが橋を渡りだした。
ボクシーを籠を持つ兵士四人がおぼつかない足取りで橋を渡ると、籠が大きく揺れる。
「ちょ、ちょっと! ちゃんと歩くのね!」
ボクシー王子はわしを渡る間、ずっと兵士たちに罵声を浴びせていた。
無事に全員が渡り切ると、ボクシー王子が言う。
「この橋を切り落とすのね」
「何故そんなことをする必要がある?」
シュナイゼルがボクシーに反論すると、ボクシーが言う。
「兄さんも知ってると思うけど、マルコがボキたちの後をつけてきているのね。だから橋を渡れなくした方がいいのね」
「しかし、それでは私たちが帰る時はどうする? 橋がなくては帰れないではないか」
「それは心配いらないのね。帰り道は迷いの森を抜けなくてもいいのね」
「それは本当かボクシー!?」
「ちゃーんと調べてあるから間違いないのね。別の道を通ればパプリカ王国まであっという間なのね」
「どうして先に言わないんだ。そんな道があるなら、最初からそこを通れてたじゃないか」
「その道は一方通行の道なのね。だからそこを通ろうとしても押し戻されてしまうのね」
「一方通行だと?」
シュナイゼルが眉間にしわを寄せて言う。するとボクシーは指を差していった。
「アレなのね。あの“川”を下って行けば、あっという間にパプリカ王国なのね」
ボクシーが指差したのは、ドラゴシムティエール迷宮の奥から流れてくる巨大な川であった。それはパプリカ王国の湖と繋がっているらしく、その川の流れに乗って行けば自然と王国に帰れるという寸法だ。
「しかし、マルコはどうなる? 迷いの森から抜け出して橋がなかったら戻るしかなくなるはずだ。再び迷いの森に入ったら……」
「兄さんも甘いのね。マルコが森に入ったのは自己責任なのね、戻ってこなくても自殺として処理すればいいだけの話なのね」
「………………」
「今ボキたちが遂行しなければいけないのは女王の命令が優先なのね」
「……分かった」
シュナイゼルは、厳しい表情をしていたがボクシーの意見に従った――。
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