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竜がいた国『パプリカ王国編』
逃げるは恥だが役に立つ
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「あああああああああああああああああああああああああああぁもう、鬱陶しいっス!!」
フィオは怒りを露わにした。
現在二人は迷いの森の中で迷子になったミドとマルコを捜索中である。その過程で緑色の拳大の大きさもあるハエの大軍に襲われていた。
そのハエは拳より少し大きめで暗い緑色をしており、全身から金色の薄い毛を生やしている。動物や人間などに吸い付いて、肌の汗や頭皮の皮脂などを餌にするらしい。
死骸も餌の対象で、死んだ人間や動物は水分から脂肪、何から何まで吸い尽くされるのだ。
キールとフィオは森の途中で運悪くハエのたまり場に入ってしまったらしく、そのせいで追いかけられている最中であった。
「ブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブン――」
緑のハエはキールとフィオの周りを飛び回り、不快な羽音を鳴らし続ける。
「クソがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 一匹残らずぶっ殺してやるッッッッッッッッッッ!!!」
キールが我慢の限界を超えたらしい。鬼紅線を四方八方に張り巡らせ、強く握る。すると手の平から血が流れ出し、鬼紅線の全てにキールの血液を瞬時に吸い込ませる。鬼紅線は光り輝き最高潮の切れ味まで上がる。
急には止まれない緑のハエたちは鬼紅線にぶつかってズタズタに切り裂かれていった。
「ハァ、ハァ、ハァ……ざまぁ、みやがれ」
「キール……少し休憩するっスよ……あーし、お腹空いてきたっス……」
「そうだな……少し休むか。ってか食い物なんて持ってきてたのか?」
「当然っス」
フィオは鞄から弁当箱とオヤツの袋を取り出して見せてニッコリ笑った。食パン二枚に一リットルの水筒、複数本の美味しい棒とバナナが一房である。
「丁度いい、喉が渇いてたところだ。オレにも少し分けてくれ」
「それはダメっス! これはあーしが準備したものっス!」
「オレだって戦闘で疲れてんだよ、パンと水くらいイイだろが」
「キールの準備不足の問題っス」
「じゃあ、オレに飲まず食わずで戦えってのか? 途中でオレが倒れたら誰がフィオを守るんだ?」
フィオはキールに守ってもらっている手前、それを言われると何も言い返せず言葉に詰まる。そして少し迷って、先ほど駆除した緑色のハエモンスターの残骸を見て指さしながら言った。
「えっと……め、召し上がれ♥」
「誰がハエなんか食うかよ!!」
キールとフィオは、しばしの休憩をとることになった。そして数分の休憩後、再び歩き出した。
「キールぅ~。ミドくんの居場所、まだ分からないっスかぁ~?」
「近くにいるのは確かだ。綿の動きが活発になってきたからな」
迷いの森の中、しばらく歩いているフィオが飽きてきたのか言った。
キールは片手に持っている瓶を覗く。中ではタンポポの綿が複数ほど浮かんでおり、フワフワと一定方向に向かって行こうとしているのが分かる。
――その時である。森の木の間を抜けると、キールとフィオの目の前に巨大な木が現れた。それには大きな穴が開いており、中に入れるようになっている。
キールがその木の中を見て眉間にしわを寄せる。するとフィオが後ろから確信したように言う。
「これミドくんが作った隠れ家っスよ! 絶対いるっス! 間違いないっス!」
「……いや、正確に言うと“今までいた”だな」
キールとフィオの二人が中に入ると中央には焚き火をしていた跡があり、二つの切り株があった。地面には足跡があり、形状からみて二人の人物がココにいたのは確かだろう。キールは悔しそうに言う。
「クソ……来るのが少し遅かったか」
「そんなぁ……」
フィオは肩を落としてしょんぼりしている。するとキールが言う。
「まだ近くにいるはずだ、いくぞ」
キールとフィオは再び歩き出した。
*
――ミドたちがそこを後にしたのは、わずか七分前のことであった。
「服も乾きましたし、そろそろ行きましょう。ミドさん」
マルコは乾かしていた服を再び着て、ミドに向かって言った。
「すぴ~……」
しかし、ミドは眠っていた。頭頂部からキレイな花を咲かせており、マルコはそれを見て、どう受け止めればいいのか分からず困惑する。
ミドの能力の影響なのだろうが、頭から花が生えている人間を見るのは初めてで、言っちゃ悪いが非常にマヌケに見える。
マルコはミドの肩を叩いて起こそうとするが、ミドは一向に起きる気配がない。マルコは気になっていたミドの頭部の花に触れて軽く引っ張ってみた。
ブチッ。
「あっ」
「あ痛たっ!?」
ミドの花が引っこ抜けた。マルコは頭を押さえて苦しんでいるミドに声をかける。
「だ、大丈夫ですか?!」
「痛ぅ~……マルコにまでこんな起こされ方されるとは……」
「ごめんなさい! 痛かったですか?!」
「大丈夫だよ~。でも次からはもっと優しい方法がいいな~」
ミドは涙目になりながらマルコに言った。そして気を取り直して二人は外に出て話し合う。
「これからどうしますか? キールさんとフィオさんを探しましょうか?」
「その心配はないよ、キールなら必ずボク等の居場所をつきとめるから」
「じゃあ、このままココで待ちますか?」
「う~ん……それはよした方がいいね」
「どうしてですか?」
「だって――」
――バックン!
その時、ミドの頭に紅い何かが齧りついた。ミドはそのまま空中に投げ飛ばされていく。
「――!??」
マルコは何が起こったのか分からず、必死に状況を理解しようとした。
目の前にモンスターがいる。赤い頭部に緑色の細長い首、いや、あれは茎だろうか。地面からは巨大な葉が二枚生えており、パタパタとバタつかせている。
「ハァアァアァァ…………カチ、カチ……」
マルコはその正体にやっと気づいた。
「ヘビ、イチゴ……??!!」
人喰い巨大ヘビイチゴは、空から落ちてくるミドをそのままパクリと呑み込むと「ゲフッ」とゲップをして、マルコに口を向ける。
そして人食い巨大ヘビイチゴが、口を開いてアゴを動かしカチカチ歯を鳴らしている。
ミドさんが食べられてしまった。嘘でも幻でもない、一瞬で餌にされてしまったのだ。マルコは心の中で、ミドが敗北するはずがないと信じていた。それは同時に自分がまだ死なないと考えていたとも言える。その幻想は、あっけなくブチ壊された。
マルコはヘビイチゴモンスターを目の前にして腰を抜かしている。だが、今は自分が戦うしかない。そして震える足を押えてゆっくりと立ち上がった。
「ぼ、ボクだって……剣術くらい習ったこともあるんだ!」
マルコはお飾りのような剣を腰から抜いて構えた。一度も使ったことがないのか、刃こぼれが一切なく、新品同様の両刃の剣である。
「やああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
マルコは無我夢中で人喰いヘビイチゴに向かって走って行き、剣を振り下ろす。
しかしマルコの剣は空振り、前のめりに倒れて剣を落としてしまう。ヘビイチゴは背後から口を大きく開けて、マルコに向かって首を伸ばした。マルコは成す術もなく、ヘビイチゴの鳴き声が頭の後ろから聞こえてくるのだが聞こえ、マルコは目をつぶって言う。
「――嫌だ――」
ガチンッ!
マルコは恐る恐る目を開いて、自分の首をさするように触る。すると自分の首は落ちておらず、傷もなかった。
気付けばマルコはヘビイチゴから距離を取っており、ヘビイチゴはマルコの姿を見失っていた。しかし、すぐにマルコの存在に気づいて再び大口を開けて迫りくる。
マルコは再び目をつぶってしまう。
「――怖い――」
ガチンッ!
恐る恐る目を開けると、またしてもマルコはヘビイチゴから距離を取った場所に立っていた。何が起こったのか理解できなかった。
バコ──────────────────────────────ン!!
――その時、人食いヘビイチゴの頭部が真っ二つに叩き割られて地面に崩れ落ちる。
マルコが目を丸くすると、ヘビイチゴの後ろにはミドが立っていた。ヘビイチゴは頭部が裂けて、地面に倒れて痙攣していた。
「ふぅ~間一髪だったね~。ケガない?」
「……はい、大丈夫です」
「いや~、でもさっきのは凄かったね~。マルコってあんなに早く動けるんだね~」
「??? 何の話ですか?」
「何って、さっき一人で戦ってたでしょ。あのヘビイチゴと」
「へ?」
「え?」
ミドは首を傾げ、マルコを目を丸くする。お互いに何を言っているのか分からないと言った様子だ。しかしミドは嘘をついている様子もないし、マルコもただ怯えて頭を抱えていただけで戦ってなどいない。むしろミドに助けてもらった方である。
しかしミドは、マルコが一人でヘビイチゴと対等に渡り合っていたと証言している。
「――!」
すると、ミドが突然なにかに気づいて誤魔化すように言った。
「あぁ~、ごめんごめんマルコ。ボクの見間違いだったかもね~」
「はぁ……そうですか」
マルコは納得いかない様子だったが、これ以上身に覚えのないことを言われても困るだけである。
「――マルコ……マルコ……」
その時、マルコの頭の中に声が響いた。マルコは声に意識を集中した。
「お母さん……? お母さんなの!?」
「ええ、そうですよ……マルコ。私の言う通りに進みなさい。そうすれば迷いの森を抜けられます……」
「ホントに!?」
「そのまま真っすぐ行って、紫色の葉の木を左に進みなさい……」
「ミドさん! こっちです!」
マルコは母の声の指示に従って、ミドの手を引いて走り出す。
「え?! ちょっと、待ってマルコ! 急にどうしたの??」
「声が聞こえたんです」
「声? もしかして天の声?」
「そうです。お母さんが教えてくれたんです、この先を進めば森を抜けられます!」
「よく分かんないけど、その声が迷いの森脱出のカギ何だね!」
「はい!」
ミドはキールが近くに来ている可能性を考えたが、すぐにマルコのついて行くことを決める。キール、フィオの二人と合流してから進めばいいとも考えたが、マルコの天の声がいつまで続くのか不明な以上、この好機を逃す手はない。モタモタして天の声の助けが得られなくなる方が問題だ。
キールは必ず、ミドのタンポポの指針に気づいてくれるはずだ。だからミドとマルコが迷いの森を脱出すれば、おのずとミドを追ってくるキールとフィオも脱出できるだろう。
ミドはマルコと共に走りだす。
「ぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょ」
すると、二人の背後から奇妙な鳴き声が聞こえてくる。ミドとマルコは走りながら振り返る。マルコが先に気づいて言う。
「わわわ!? ミドさん! またアレですよおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「またアレなの~! もう臭いのヤダよ~」
再び巨大ゴキブリと遭遇する二人は、さきほどのこともあり今度は逃げることを選択する。
「――逃げるは恥だが役に立つ!」
「何ですかいきなり?!」
「戦う場所を選びなさいって諺だよ」
ミドが言うと、マルコはよく分かっていないといった様子だった。
「邪魔なのだけ弾いて、にっげろ~!」
「わ、分かりました! とにかく逃げるんですね!」
マルコはミドに賛成する。
すると、目の前からも巨大ゴキブリが一匹迫って来た。ミドとマルコが挟み撃ちに会ってしまう。ミドは今度は殺さないように、弾き飛ばすことを考えて飛び出す。
「よいしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「邪魔だああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
――その時、二つの声がほぼ同時に森を駆け巡った。
緑髪の旅人が、巨大ゴキブリを木偶棒で殴り飛ばす。
金髪の旅人が、巨大ゴキブリを鬼紅線でバラバラにする。
そして緑髪の旅人と金髪の旅人がお互いの存在に気づいて顔を見合わせ、そして言った。
「キール!?」
「ミド!?」
マルコはフィオに気づいて言う。
「よかった、無事だったんですねフィオさん!」
「マルちゃん! 心配したっスよおおおおおおお!!」
しかし安心してもいられない。
さっき、キールがバラバラにした巨大ゴキブリの体液が空から降ってくるからだ。その時ミドが瞬時に判断して動く。
「森羅万象――巨人の傘」
すると巨大な蓮の葉の傘が地面からニョキニョキと生えてきて、ミド、キール、フィオ、マルコの四人を覆い隠すように広がる。
ボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタ。
蓮の葉の上に体液が降り注いでいるのが音で分かった。
「クッサ! うわクッサ!! なんスかこの臭い??!」
「ゴキブリの体液の臭いだよ~」
「鼻がひん曲がるっスうううううううううううううううううう!!!」
すると、キールがミドに話しかけてくる。
「おいミド! どこに行く気だ! これ以上迷ったら――」
「大丈夫、マルコが道を指示してくれるから」
「マルコが??! どういうことだ? 説明しろ!」
ミドはキールに、マルコが天の啓示を受けた事を伝える。キールは相変わらずの眉間にしわを寄せて訝しげ聞いている。
するとマルコの行く先に小さな白い光が見えてくる。それを見て、フィオがいち早く叫ぶ。
「見えたーーーーーーーーーーー! 出口っスよーーーーー!!!!」
四人は出口を確信して走り続ける。光は徐々に近づいてきて、もう目前に迫っていた。そしてフィオが我先にと走り抜けて歓喜をあげる。
「ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーール!!」
迷いの森を抜けた瞬間――、横に裂けた巨大な崖が大口を開いてミドたちを待っていた。
フィオは勢い余ってがけから転落しそうになった。
「わっ!? ちょ!! おおち、おち、落ちるっスううううううううううう!!!!」
するとキールが鬼紅線を伸ばしてフィオの腕、胴体をガッシリ掴んで止めた。そして一気に引き上げる。フィオはその場にペタンと座り込んで冷や汗をかいていた。
キールが崖を見て言う。
「チクショウ! ここまで来てこんなのありかよ……!」
「どどど、どうするっスかああああああああああああああ?!」
ミドたちは崖を前に立ち止まってしまう。後ろからは昆虫モンスターたちがワッシャワッシャと迫ってきている。
今度はミドは足元に手を触れて叫ぶ。
「森羅万象――ジャックと豆の木!」
するとミドの足元から巨大なツルが伸びてきて、グルグルとねじれていく。そしてわずか数秒で崖の間に橋を作っていく。
「みんな! 急いで!」
ミドの声に従って、マルコ、フィオ、キール、ミドの順番にツルの橋を渡っていく。四人全員が渡り切ると森の奥からモンスターが現れた。
ミドは呼吸を荒くしながら再び言う。
「――散れ」
するとツルの橋はキレイなピンク色の花びらを撒き散らしながら消えていった。崖の向こう側にいるモンスターが勢い余って何匹も転落していった。
「とにかく! 無事に全員、集まったっスね!」
「いや~、間一髪だったね~」
「それにしてもスゴイっスよマルちゃん! どうして森の脱出方法が分かったっスか?」
フィオはマルコを賞賛し、ミドもニコニコしている。キールもマルコを認めた様子で肩を叩いた。
「少し休んだほうがいいぞ、マルコ」
「はい……」
ミドが森を抜けた先に目線を送り、静かにつぶやいた。
「へぇ~、あそこが自殺の名所か……」
ミドのつぶやきに反応したキール、フィオ、マルコ。
四人の目線の先に現れたそれは、崖に挟まれた巨大な渓谷だった――。
フィオは怒りを露わにした。
現在二人は迷いの森の中で迷子になったミドとマルコを捜索中である。その過程で緑色の拳大の大きさもあるハエの大軍に襲われていた。
そのハエは拳より少し大きめで暗い緑色をしており、全身から金色の薄い毛を生やしている。動物や人間などに吸い付いて、肌の汗や頭皮の皮脂などを餌にするらしい。
死骸も餌の対象で、死んだ人間や動物は水分から脂肪、何から何まで吸い尽くされるのだ。
キールとフィオは森の途中で運悪くハエのたまり場に入ってしまったらしく、そのせいで追いかけられている最中であった。
「ブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブンブーンブンブンブン――」
緑のハエはキールとフィオの周りを飛び回り、不快な羽音を鳴らし続ける。
「クソがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 一匹残らずぶっ殺してやるッッッッッッッッッッ!!!」
キールが我慢の限界を超えたらしい。鬼紅線を四方八方に張り巡らせ、強く握る。すると手の平から血が流れ出し、鬼紅線の全てにキールの血液を瞬時に吸い込ませる。鬼紅線は光り輝き最高潮の切れ味まで上がる。
急には止まれない緑のハエたちは鬼紅線にぶつかってズタズタに切り裂かれていった。
「ハァ、ハァ、ハァ……ざまぁ、みやがれ」
「キール……少し休憩するっスよ……あーし、お腹空いてきたっス……」
「そうだな……少し休むか。ってか食い物なんて持ってきてたのか?」
「当然っス」
フィオは鞄から弁当箱とオヤツの袋を取り出して見せてニッコリ笑った。食パン二枚に一リットルの水筒、複数本の美味しい棒とバナナが一房である。
「丁度いい、喉が渇いてたところだ。オレにも少し分けてくれ」
「それはダメっス! これはあーしが準備したものっス!」
「オレだって戦闘で疲れてんだよ、パンと水くらいイイだろが」
「キールの準備不足の問題っス」
「じゃあ、オレに飲まず食わずで戦えってのか? 途中でオレが倒れたら誰がフィオを守るんだ?」
フィオはキールに守ってもらっている手前、それを言われると何も言い返せず言葉に詰まる。そして少し迷って、先ほど駆除した緑色のハエモンスターの残骸を見て指さしながら言った。
「えっと……め、召し上がれ♥」
「誰がハエなんか食うかよ!!」
キールとフィオは、しばしの休憩をとることになった。そして数分の休憩後、再び歩き出した。
「キールぅ~。ミドくんの居場所、まだ分からないっスかぁ~?」
「近くにいるのは確かだ。綿の動きが活発になってきたからな」
迷いの森の中、しばらく歩いているフィオが飽きてきたのか言った。
キールは片手に持っている瓶を覗く。中ではタンポポの綿が複数ほど浮かんでおり、フワフワと一定方向に向かって行こうとしているのが分かる。
――その時である。森の木の間を抜けると、キールとフィオの目の前に巨大な木が現れた。それには大きな穴が開いており、中に入れるようになっている。
キールがその木の中を見て眉間にしわを寄せる。するとフィオが後ろから確信したように言う。
「これミドくんが作った隠れ家っスよ! 絶対いるっス! 間違いないっス!」
「……いや、正確に言うと“今までいた”だな」
キールとフィオの二人が中に入ると中央には焚き火をしていた跡があり、二つの切り株があった。地面には足跡があり、形状からみて二人の人物がココにいたのは確かだろう。キールは悔しそうに言う。
「クソ……来るのが少し遅かったか」
「そんなぁ……」
フィオは肩を落としてしょんぼりしている。するとキールが言う。
「まだ近くにいるはずだ、いくぞ」
キールとフィオは再び歩き出した。
*
――ミドたちがそこを後にしたのは、わずか七分前のことであった。
「服も乾きましたし、そろそろ行きましょう。ミドさん」
マルコは乾かしていた服を再び着て、ミドに向かって言った。
「すぴ~……」
しかし、ミドは眠っていた。頭頂部からキレイな花を咲かせており、マルコはそれを見て、どう受け止めればいいのか分からず困惑する。
ミドの能力の影響なのだろうが、頭から花が生えている人間を見るのは初めてで、言っちゃ悪いが非常にマヌケに見える。
マルコはミドの肩を叩いて起こそうとするが、ミドは一向に起きる気配がない。マルコは気になっていたミドの頭部の花に触れて軽く引っ張ってみた。
ブチッ。
「あっ」
「あ痛たっ!?」
ミドの花が引っこ抜けた。マルコは頭を押さえて苦しんでいるミドに声をかける。
「だ、大丈夫ですか?!」
「痛ぅ~……マルコにまでこんな起こされ方されるとは……」
「ごめんなさい! 痛かったですか?!」
「大丈夫だよ~。でも次からはもっと優しい方法がいいな~」
ミドは涙目になりながらマルコに言った。そして気を取り直して二人は外に出て話し合う。
「これからどうしますか? キールさんとフィオさんを探しましょうか?」
「その心配はないよ、キールなら必ずボク等の居場所をつきとめるから」
「じゃあ、このままココで待ちますか?」
「う~ん……それはよした方がいいね」
「どうしてですか?」
「だって――」
――バックン!
その時、ミドの頭に紅い何かが齧りついた。ミドはそのまま空中に投げ飛ばされていく。
「――!??」
マルコは何が起こったのか分からず、必死に状況を理解しようとした。
目の前にモンスターがいる。赤い頭部に緑色の細長い首、いや、あれは茎だろうか。地面からは巨大な葉が二枚生えており、パタパタとバタつかせている。
「ハァアァアァァ…………カチ、カチ……」
マルコはその正体にやっと気づいた。
「ヘビ、イチゴ……??!!」
人喰い巨大ヘビイチゴは、空から落ちてくるミドをそのままパクリと呑み込むと「ゲフッ」とゲップをして、マルコに口を向ける。
そして人食い巨大ヘビイチゴが、口を開いてアゴを動かしカチカチ歯を鳴らしている。
ミドさんが食べられてしまった。嘘でも幻でもない、一瞬で餌にされてしまったのだ。マルコは心の中で、ミドが敗北するはずがないと信じていた。それは同時に自分がまだ死なないと考えていたとも言える。その幻想は、あっけなくブチ壊された。
マルコはヘビイチゴモンスターを目の前にして腰を抜かしている。だが、今は自分が戦うしかない。そして震える足を押えてゆっくりと立ち上がった。
「ぼ、ボクだって……剣術くらい習ったこともあるんだ!」
マルコはお飾りのような剣を腰から抜いて構えた。一度も使ったことがないのか、刃こぼれが一切なく、新品同様の両刃の剣である。
「やああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
マルコは無我夢中で人喰いヘビイチゴに向かって走って行き、剣を振り下ろす。
しかしマルコの剣は空振り、前のめりに倒れて剣を落としてしまう。ヘビイチゴは背後から口を大きく開けて、マルコに向かって首を伸ばした。マルコは成す術もなく、ヘビイチゴの鳴き声が頭の後ろから聞こえてくるのだが聞こえ、マルコは目をつぶって言う。
「――嫌だ――」
ガチンッ!
マルコは恐る恐る目を開いて、自分の首をさするように触る。すると自分の首は落ちておらず、傷もなかった。
気付けばマルコはヘビイチゴから距離を取っており、ヘビイチゴはマルコの姿を見失っていた。しかし、すぐにマルコの存在に気づいて再び大口を開けて迫りくる。
マルコは再び目をつぶってしまう。
「――怖い――」
ガチンッ!
恐る恐る目を開けると、またしてもマルコはヘビイチゴから距離を取った場所に立っていた。何が起こったのか理解できなかった。
バコ──────────────────────────────ン!!
――その時、人食いヘビイチゴの頭部が真っ二つに叩き割られて地面に崩れ落ちる。
マルコが目を丸くすると、ヘビイチゴの後ろにはミドが立っていた。ヘビイチゴは頭部が裂けて、地面に倒れて痙攣していた。
「ふぅ~間一髪だったね~。ケガない?」
「……はい、大丈夫です」
「いや~、でもさっきのは凄かったね~。マルコってあんなに早く動けるんだね~」
「??? 何の話ですか?」
「何って、さっき一人で戦ってたでしょ。あのヘビイチゴと」
「へ?」
「え?」
ミドは首を傾げ、マルコを目を丸くする。お互いに何を言っているのか分からないと言った様子だ。しかしミドは嘘をついている様子もないし、マルコもただ怯えて頭を抱えていただけで戦ってなどいない。むしろミドに助けてもらった方である。
しかしミドは、マルコが一人でヘビイチゴと対等に渡り合っていたと証言している。
「――!」
すると、ミドが突然なにかに気づいて誤魔化すように言った。
「あぁ~、ごめんごめんマルコ。ボクの見間違いだったかもね~」
「はぁ……そうですか」
マルコは納得いかない様子だったが、これ以上身に覚えのないことを言われても困るだけである。
「――マルコ……マルコ……」
その時、マルコの頭の中に声が響いた。マルコは声に意識を集中した。
「お母さん……? お母さんなの!?」
「ええ、そうですよ……マルコ。私の言う通りに進みなさい。そうすれば迷いの森を抜けられます……」
「ホントに!?」
「そのまま真っすぐ行って、紫色の葉の木を左に進みなさい……」
「ミドさん! こっちです!」
マルコは母の声の指示に従って、ミドの手を引いて走り出す。
「え?! ちょっと、待ってマルコ! 急にどうしたの??」
「声が聞こえたんです」
「声? もしかして天の声?」
「そうです。お母さんが教えてくれたんです、この先を進めば森を抜けられます!」
「よく分かんないけど、その声が迷いの森脱出のカギ何だね!」
「はい!」
ミドはキールが近くに来ている可能性を考えたが、すぐにマルコのついて行くことを決める。キール、フィオの二人と合流してから進めばいいとも考えたが、マルコの天の声がいつまで続くのか不明な以上、この好機を逃す手はない。モタモタして天の声の助けが得られなくなる方が問題だ。
キールは必ず、ミドのタンポポの指針に気づいてくれるはずだ。だからミドとマルコが迷いの森を脱出すれば、おのずとミドを追ってくるキールとフィオも脱出できるだろう。
ミドはマルコと共に走りだす。
「ぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょ」
すると、二人の背後から奇妙な鳴き声が聞こえてくる。ミドとマルコは走りながら振り返る。マルコが先に気づいて言う。
「わわわ!? ミドさん! またアレですよおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「またアレなの~! もう臭いのヤダよ~」
再び巨大ゴキブリと遭遇する二人は、さきほどのこともあり今度は逃げることを選択する。
「――逃げるは恥だが役に立つ!」
「何ですかいきなり?!」
「戦う場所を選びなさいって諺だよ」
ミドが言うと、マルコはよく分かっていないといった様子だった。
「邪魔なのだけ弾いて、にっげろ~!」
「わ、分かりました! とにかく逃げるんですね!」
マルコはミドに賛成する。
すると、目の前からも巨大ゴキブリが一匹迫って来た。ミドとマルコが挟み撃ちに会ってしまう。ミドは今度は殺さないように、弾き飛ばすことを考えて飛び出す。
「よいしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「邪魔だああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
――その時、二つの声がほぼ同時に森を駆け巡った。
緑髪の旅人が、巨大ゴキブリを木偶棒で殴り飛ばす。
金髪の旅人が、巨大ゴキブリを鬼紅線でバラバラにする。
そして緑髪の旅人と金髪の旅人がお互いの存在に気づいて顔を見合わせ、そして言った。
「キール!?」
「ミド!?」
マルコはフィオに気づいて言う。
「よかった、無事だったんですねフィオさん!」
「マルちゃん! 心配したっスよおおおおおおお!!」
しかし安心してもいられない。
さっき、キールがバラバラにした巨大ゴキブリの体液が空から降ってくるからだ。その時ミドが瞬時に判断して動く。
「森羅万象――巨人の傘」
すると巨大な蓮の葉の傘が地面からニョキニョキと生えてきて、ミド、キール、フィオ、マルコの四人を覆い隠すように広がる。
ボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタ。
蓮の葉の上に体液が降り注いでいるのが音で分かった。
「クッサ! うわクッサ!! なんスかこの臭い??!」
「ゴキブリの体液の臭いだよ~」
「鼻がひん曲がるっスうううううううううううううううううう!!!」
すると、キールがミドに話しかけてくる。
「おいミド! どこに行く気だ! これ以上迷ったら――」
「大丈夫、マルコが道を指示してくれるから」
「マルコが??! どういうことだ? 説明しろ!」
ミドはキールに、マルコが天の啓示を受けた事を伝える。キールは相変わらずの眉間にしわを寄せて訝しげ聞いている。
するとマルコの行く先に小さな白い光が見えてくる。それを見て、フィオがいち早く叫ぶ。
「見えたーーーーーーーーーーー! 出口っスよーーーーー!!!!」
四人は出口を確信して走り続ける。光は徐々に近づいてきて、もう目前に迫っていた。そしてフィオが我先にと走り抜けて歓喜をあげる。
「ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーール!!」
迷いの森を抜けた瞬間――、横に裂けた巨大な崖が大口を開いてミドたちを待っていた。
フィオは勢い余ってがけから転落しそうになった。
「わっ!? ちょ!! おおち、おち、落ちるっスううううううううううう!!!!」
するとキールが鬼紅線を伸ばしてフィオの腕、胴体をガッシリ掴んで止めた。そして一気に引き上げる。フィオはその場にペタンと座り込んで冷や汗をかいていた。
キールが崖を見て言う。
「チクショウ! ここまで来てこんなのありかよ……!」
「どどど、どうするっスかああああああああああああああ?!」
ミドたちは崖を前に立ち止まってしまう。後ろからは昆虫モンスターたちがワッシャワッシャと迫ってきている。
今度はミドは足元に手を触れて叫ぶ。
「森羅万象――ジャックと豆の木!」
するとミドの足元から巨大なツルが伸びてきて、グルグルとねじれていく。そしてわずか数秒で崖の間に橋を作っていく。
「みんな! 急いで!」
ミドの声に従って、マルコ、フィオ、キール、ミドの順番にツルの橋を渡っていく。四人全員が渡り切ると森の奥からモンスターが現れた。
ミドは呼吸を荒くしながら再び言う。
「――散れ」
するとツルの橋はキレイなピンク色の花びらを撒き散らしながら消えていった。崖の向こう側にいるモンスターが勢い余って何匹も転落していった。
「とにかく! 無事に全員、集まったっスね!」
「いや~、間一髪だったね~」
「それにしてもスゴイっスよマルちゃん! どうして森の脱出方法が分かったっスか?」
フィオはマルコを賞賛し、ミドもニコニコしている。キールもマルコを認めた様子で肩を叩いた。
「少し休んだほうがいいぞ、マルコ」
「はい……」
ミドが森を抜けた先に目線を送り、静かにつぶやいた。
「へぇ~、あそこが自殺の名所か……」
ミドのつぶやきに反応したキール、フィオ、マルコ。
四人の目線の先に現れたそれは、崖に挟まれた巨大な渓谷だった――。
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