ミドくんの奇妙な異世界旅行記

作者不明

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竜がいた国『パプリカ王国編』

悲報! あーしのマンボウ号ちゃんがああああああああ!!

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 王家の墓の天辺で、横一線に白い光の一太刀が走る。

「────────────────────────────────ッ!!」

 ドッペルフは石畳から一五センチほどの高さで浮かんだまま微動だにしていない。ニヤニヤと口元をニヤつかせてカタリナを見ている。ドレスをひるがえしながら両手に剣を握ったカタリナが体勢を立て直す。彼女は剣に手応えがないことに違和感を覚えて言った。

「──?! なぜ斬れない!?」
「さぁ……どうしてでしょうねぇ……不思議ですねぇ……」

 カタリナは再び鞘に剣を収めて腰を低くし、居合の構えをする。カタリナの表情がこわばっていく。対してドッペルフは余裕の表情である。カタリナは諦めず何度も居合斬りの一閃を放つ、しかしドッペルフは優雅にそれをかわしていく。

 ──ズバァン!

 カタリナの剣が風を切る音が響く。それをドッペルフがゆらりと身をひるがえしてかわす。連撃の速度は徐々に上がっていき、同時にカタリナのペースも上がっていった。
 カタリナが連続で斬りつける。ゆらゆらと体を動かして躱していたドッペルフは、突然動きを制止した。カタリナは好機と判断して容赦なく斬りかかった。
 正面から袈裟けさ斬り、ドッペルフの背後に回って左切上。さか袈裟《げさ》、左なぎ、右なぎと連撃を繰り出す。カタリナの剣技は確実にドッペルフの体を斬りつけた、いや通り抜けたと言った方が正確かもしれない。

「!」

 そのときカタリナはドッペルフの手の動きに瞬間的に危険を察知して後方に飛んだ。ドッペルフはカタリナを流し見ながら、嬉しそうに嗤っている。

 カタリナは心臓が激しく高鳴るのを感じていた。ドッペルフは今、カタリナに何かをしようとしたのは間違いない。何をしようとしたのかは分からないが、カタリナの剣士としての直感が命に関わることだと瞬時に判断したのだ。

 そして冷静にドッペルフの体を観察するが、やはり傷一つ見あたらない。カタリナが薙ぎ払った剣は確かにドッペルフの胴体を横切っていたのは間違いない。まるで肉体を持っていないかのようである。

 対してカタリナの体力は徐々に削られ、生傷が増えていく。額から汗が流れ、ほぼ素足の足裏からは血がにじんで痛々しさが見てとれる。

「もう終わりですか?」
「黙りなさい!」

 ドッペルフの言葉を遮るようにカタリナは叫んだ。

「一〇年前のカタリナ様なら脅威でしたが……今のあなたは、私にとって相手になりませんねぇ」
「黙れと言っているのが聞こえないのですか!!」

 ドッペルフは「……フゥ」と息を吐き、カタリナを見る。すると目の前から消えた。カタリナはドッペルフを見失い、キョロキョロを周りを見渡すが見つからない。カタリナは目は悪くはない、むしろ良いだ。カタリナが周囲を警戒したときである。

「ッ!!」

 カタリナが気づいた時には、顔の目の前にドッペルフの顔があった。いつ現れたのかのか分からないくらい突然に現れたのだ。ドッペルフがカタリナの顔面から五センチほどの近さで彼女にだけ聞こえるようにつぶやいた。

「お疲れさまでした」
「がはっ!」

 ドッペルフがカタリナの下腹部を殴打した。カタリナはその一撃で膝をつき、女の子座りで腹部を押さえながら苦しんでいる。彼女の強さは滑らかな剣技と高速の歩法によるスピードであって、防御力ではない。ましてや鎧も何も装備している暇などなかったため、まともにダメージを負ってしまったのだ。

「随分と腕がなまったようですねぇ、カタリナ。昔のあなたなら、先ほどの突きなど簡単に避けられたでしょうに……天才剣士だった頃が懐かしい」
「……う、るさいッ!」
生憎あいにく、私も忙しい身でしてね。いつまでもあなたに付き合っている暇はないんですよ」

 ドッペルフは天に両手を上げて恍惚な表情を浮かべる。カタリナは息を切らしながらそれ見ているしかできなかった。カタリナが苦しそうに言う。

「貴様は、パプリカ王国に、何を、する気なのですか!」
「パプリカ王国は、私の手によって生まれ変わるでしょう」
「生まれ、変わる……ですって?」
「これから、転生の儀式を始めます──」

 ドッペルフはカタリナを無視して儀式を始めた。
 すると王家の墓の上空で赤黒く渦巻いていた雲の中心から金色の光の点がゆっくりと舞い降りてきた。どうやら人影である。カタリナはその人影の正体を見た時に思わず叫んでしまった。

「アンリエッタ様!」

 天から眠ったままのアンリエッタの体が舞い降りてきたのだ。ドッペルフはふわりと上空に舞い上がる。降りてくるアンリエッタと上昇するドッペルフ、二人が一つになろうとしていた。
 カタリナは下唇を噛み、震えた。そして彼女は悲痛の叫びをあげる。

「お願い! やめてええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

 カタリナの叫びは虚しく響き、消えていった。

「これが、愛の形です──」

 そう言うとドッペルフはアンリエッタを抱いて微笑んだ。その瞬間、真っ白な眩い光が全方位に広がり、カタリナは思わず目をつぶってしまう。

 どれくらい目をつぶっていただろうか。時間にして五秒にも満たないほどである。
 カタリナがゆっくり目を見開くと、目の前にはアンリエッタの肉体が横になって浮かんでいた。するとアンリエッタの体はゆっくりと縦になり、自分の足で立ち上がったのだ。そして目を覚まして言った。

「カタリナ……」
「アンリエッタ様?」

 カタリナは目を丸くし、目の前のアンリエッタを見つめている。長年、目を覚ますことを願い続けてきた存在が目の前にいるのだ。カタリナは目頭を熱くし涙を浮かべた。

「あ、アンリエッタ様……アンリエッタ様!」

 カタリナの呼びかけに微笑み、アンリエッタが言った。

「転生の前段階が完了しました。これでアンリエッタ様は、このドッペルフの物です。ふふふふふふふふふふふふ……」
「──ッ!?」

 ドッペルフとアンリエッタの声が重なったような二重の声を聴いて、カタリナの表情が涙と共にくしゃくしゃに歪んでいく。アンリエッタの身体なかにいたのは、紛れもなくドッペルフであった。

                   *

 ──城下町の中。

「触らないでえええええええええええええええええええええええええええ!! おまわりさあああああああああああああああん!! この人たち痴漢っスううううううううううううう!!」

 追いかけてくる青白い亡霊たちから逃げまどいながらフィオが叫んでいた。
 亡霊たちは両手の指をくねくねとイヤらしく動かしながらフィオとキールを追いかけ回していた。

「フィオ、こっちだ!」
「のわっス??!!」

 キールがフィオを肩で抱えて、ダンッと地面を蹴ると一軒家の屋根の上に飛び上がった。

「わわわっ!!?? ちょっとキール! こういうときはお姫様抱っこするのがマナーっスよ!」
「両手が塞がっちまうだろうが」

 キールはフィオを抱えたまま走った。

「一体、なにが起こってんだ……?」

 キールは目の前に広がっている異常な状況に驚愕した。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォ……」

 パプリカ王国の上空を青白い人型のナニカが奇声を発しながら飛び回っていたのである。それはパプリカ王国の大半の国民が『亡霊ゴースト』となって城下町を飛び回っている光景だった。フィオが思わず声をあげた。

「ちょっと何で止まるっス? 前に何が見えるっスか!!??」
「何でもねぇよ」

 キールが短く返事をする。そのとき──。

「いやああああああああああああああ! 来ないでええええええええええええええええ!」

 キールたちの前方の城下町の方から悲鳴が聞こえた。まだ無事な人間がいるようだ。キールとフィオは悲鳴の聞こえが方角に向かった。するとそこには大勢の人が走り回っていた。どうやら今まさに亡霊たちに襲われている瞬間のようだ。

 亡霊たちは悲鳴を上げて逃げている人たちを追いかけながら心臓付近をすり抜けていく。すると、すり抜けられた人は急に電池が切れたように倒れていき、口から青白い煙を吐いた。それが新たな亡霊となって他の国民たちに襲いかかるのだ。亡霊は人間としての理性を失って暴走している。

「キール! 早く助けるっス!」
「バカ言うな。オレでもどうにもできねぇよ」

 キールの鬼紅線きこうせんは物理的な攻撃は可能だが、どうやら亡霊には物理攻撃は通用しないらしい。縛りつけようとしてもすり抜けてしまうのだ。ただ観察した情報から亡霊たちは視覚情報によって動いているのが分かった。つまり一瞬でも姿を隠すことができれば、時間稼ぎぐらいにはなるということだ。もちろん壁や塀なども簡単にすり抜けてしまうため、見つかったら終わりなのだが。

 キールとフィオは町で倒れている人たちを見た。
 青年はうつぶせに倒れて時折ビクンッと定期的に動いている。少年少女は白目を剝いて寄り添うように壁にもたれかかり、老婆は泡を吹きながら痙攣していた。
 フィオは下手に助けに入ると自分も同じようになるのかと思ったのか、表情に不安の色が見える。するとキールが言った。

「とにかく、今のオレらじゃどうしよもねぇ! 今は船の様子を見に行くのが先決だ!」
「賛成っス! 早くあーしの可愛い可愛いマンボウ号ちゃんに会いたいっス!」

 そう言うとキールがフィオを抱っこしたまま猛スピードで亡霊たちの渦巻く城下町の屋根の上を一直線に飛んでいく。

 キールとフィオはパプリカ王国の門の前に到着すると、内門と外門が開きっぱなしになっていた。そのまま門をくぐり抜け、国の外に停泊させてある『まんまるマンボウ号』の場所に到着した。

「!?」

 キールが最初に眉間にしわを寄せて表情を曇らせた。

「ああああああああああああああああああああ!!!!???? あーしのマンボウ号ちゃんがああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 フィオも目の前の光景に愕然として悲鳴を上げた。
 まんまるマンボウ号は亡霊たちに占拠されており、とても近づける様子ではなかった。

 船の中を遠目から観察すると、若干だが人影が見えていた。やはりキールの不安は正しかったらしく、パプリカ王国の国民の何人かがマンボウ号を奪って逃げようとしたらしい。しかし亡霊たちに追いつかれて魂を抜かれてしまった様子だった。

「やっぱりかよ……」

 いま迂闊に近づけば同じ理性をもたない亡霊に変えられてしまうだろうとキールは確信して言った。
 仮に船を無事に飛ばせたとしても、亡霊も一緒に連れて行ってしまうだろう。

「なんとか動かせるだけやってみるっスか?」
「……いや、あのまま飛ばしたら亡霊どもも一緒に連れて行っちまうな。旅の土産にしてもオレは御免だな」
「あんなお土産いらないっスよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 とにかく、現状では船は亡霊がすべて消えない限り使えないということだ。
 すると船をさまよっていた亡霊たちがキールたちに気づいて襲い掛かって来た。キールは再びフィオを抱えて走り出した。フィオは慣れてしまったのか、いきなり抱きかかえられても文句を言わなくなっていた。
 キールがフィオに向かって次の指針を言った。

「王家の墓に行くぞ!」
「へ!? 何でっスか?!!」
「船が使えないんじゃどうしようもねぇ。だったら根本の原因を叩く!」
「つまりどういうことっスか?」
「女神の絵本による力は、その能力者が死ねば……すべて消滅、リセットされる」
「それってつまり……?」
ドッペルフあの変態野郎をぶっ殺せばすべて丸く収まるってことだよ」
「でもどうやって殺すっスか?! アイツは亡霊で、物理的に触ることも出来ない存在っスよ??」

 キールはそれを言われて閉口する。数秒後、口を開いて言った。

「とにかく行くぞ! ここで右往左往してても何も解決しねぇ!」

 キールが走る速度を上げて追いかけてくる亡霊をまこうとしている。フィオが訊ねた。

「何で王家の墓にいるって分かるっス?」
「ヤツの目的はマルコの母親だろうが、だったらその身体がある場所に向かうはずだ」
「なるほど! 王家の墓に眠ってるマルコのお母さんのところにアイツがいるわけっスね!」
「そうだ! 分かったらコイツら無視して、とっとと行くぞ! 亡霊化されねぇように気をつけろよ!」

 そう言うとキールは襲い掛かる亡霊たちをかわしてパプリカ王国に戻って走って行く──。

                   *

 ──一方、ドラゴ・シムティエール迷宮の亜空間。

「………………」
「………………」

 迷宮の亜空間には、ミドとマルコの二人だけが残っていた。脱出のために出口ゲートは既に閉じてしまい、ほぼ脱出不可能な状態となった現状は、実質自殺扱いされても仕方のない状況である。
 ミドとマルコの沈黙が長い間、続いていた。すると先に声を発したのはマルコだった。

「……バカですよ、ミドさんは」

 マルコは膝を抱えて座ったまま、ミドに背中を向けている。ミドは口角を少し上げて微笑みながら言った。

「そうだね~、ボクはバカだね~」

 ミドの言葉が空間に響き、虚しく消えていった──。
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