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一攫千金の国『ベガ・ラグナス編』
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「大丈夫だ……誰もいない」
──真夜中の発電所。窓から差し込む月明かりのみが照らす薄暗い通路内に、二人の侵入者の影。
金髪の侵入者の一人が通路の曲がり角から手鏡を出して、奥に誰もいないことを確認している。彼の後ろにいる白髪の紅い瞳をした少女がコクリと頷いた。
先に走り出した金髪の彼の後ろを、白髪の少女もついて行く。
暗闇を足音を立てずに、二人が通路を走り抜けていった──。
*
3日目の午前0時0分。予定通りに、キールとエイミーの二人は発電所襲撃作戦をスタートさせた。
キールとエイミーの二人はまず有刺鉄線を丸く切って開けて中に入り、人工的な黄緑色の芝生と遊具の中を通り抜けて侵入する。暗闇の中に佇《たたず》む、パンダやウサギ、サルの遊具たち。月明かりで笑った表情が青白く照らされて不気味さを増している。まるで迷い込んではいけない神聖な場所だと警告する道祖神のようにも見えた。
ウォー……ン ウォー……ン
発電所の頂上から灯台のような二つの光が、周囲を警戒するように動いていた。キールとエイミーはタイミングを見て、鋭いレーザーのような光を避けながら移動する。薄汚れた発電所の白い壁に背中を張り付け、キールとエイミーは壁に沿って行く。
正面の入り口から侵入できれば楽なのだが、そうはいかない。窓から侵入するにしても、三階以上にしか窓がつけられておらず侵入は難しい。発電所の周囲をキールが見渡す。
発電所の壁は複雑に凸凹した形状をしており、その壁の一部に『凹』の形状をした小さな隙間に目をつけた。それを見たキールは不敵に笑い、その『凹』の隙間に入った。
隙間の幅は、約170~180センチほどだろうか。キールは壁に背を向けて呼吸を整える。すると助走をつけながら正面の壁に、キールが飛びつくように跳躍した。正面の壁を右足で蹴って跳び上がると、上半身を左回転させて背中側の壁に再び飛びつく。重力に引きずり降ろされる前に再び右足で壁を蹴って跳び上がり、また上半身を左回転させて後ろの壁に飛びつく。この動作を交互に繰り返してしながら、ヒョイヒョイっとキールは壁ジャンプで上がってしまった。
キールが壁蹴りをして登っていく様子を下からエイミーは驚いて見ている。軽々と登っていったキールは、事前に用意してあったロープを上から投げ落とす。エイミーはそのロープを掴んで上がった。こうしてキールとエイミーは発電所の内部に侵入できたのだ。とりあえず第一関門は突破である。
薄暗い通路を走りながらエイミーが言う。
「この先にある中央管理室にパスワードが保管されてるはずです。急ぎましょう!」
中央管理室は、すべての監視カメラの映像が見れる場所だ。万が一、鬼族が逃げ出した場合、監視員も慌てて粛清魔法を発動させるはずだ。そのとき手元にパスワードがなければ粛清魔法が発動できない。だから必ず監視員がすぐに確認できる場所にあるはずだ。
キールとエイミーは階段を上がった最上階には中央管理室を発見した。当然だが中には、一人の監視員の男が椅子に座って、退屈そうにあくびをしている。
あの監視員の男を何とかしなくてはならない。右手をポキポキ鳴らしながら、冷徹な目をしたキールが言う。
「邪魔だな……殺るか?」
「ダメです、なるべく血を流したくはありません」
キールとしては胸糞悪い監視員の男一人くらい殺しても良かったようだが、エイミーがそれを良しとしなかった。あくまでも奴隷にされている鬼族の子たちを救出するのが最終目的のため、血で染まった手で子どもたちに会いたくないらしい。手刀で気絶させる方法もあるが、力加減や角度を間違えれば死に至らしめる可能性もあるため、それもエイミーに却下された。
すると、エイミーが何かを取り出してキールに見せながら言う。
「これを使いましょう」
エイミーが腰のポケットから取り出したものは、小瓶に入った透明な液体薬品だ。キールが瓶の裏に貼ってある成分表を見て、ギョッとしながら訊ねた。
「これって……もしかして、アレか?」
「はい。しかも、かなり強力なヤツです」
「まぁ……確かに時間は稼げるな。持続時間はどれくらいだ?」
「ざっと見積もっても、1~2時間はいけます。4~5分くらいで効果が出るくらい即効性が高いモノです」
「……よし、分かった」
そして管理室内に視線を移し、監視員の男に観察する。男はめんどくさそうに監視カメラの映像をボーっと眺めながら言う。
「ふわぁ〰〰……、痛っ! くっそ、血ぃ出ちゃったよ……ティッシュティッシュ」
監視員の男は、指のささくれをいじって血が出てしまったようだ。ティッシュで人差し指を拭いている。男の手元にはブラックコーヒーらしき黒い飲み物が、まだ6割くらい残っていた。
それを見たキールが辺りを見て、何かを探し始めた。エイミーが訊ねる。
「キールさん? 何か探してるんですか?」
「近くに給湯室があるはずだと思ってな」
「え? キールさん、まさかコーヒー飲みたくなったんですか?」
「そんなわけあるか。どちらかと言えば、オレは紅茶派だ。じゃなくて、アイツのコーヒーに液体薬品を入れるんだろ? だから席を外してもらうんだよ……。お、あそこが給湯室だな」
そう言って、キールが給湯室らしき場所を発見して入って行く。エイミーもついて行こうとしたが、キールが「一人でいい」と言い、止められた。しばらくするとキールが帰ってきて、エイミーの手を引いて隠れる。少し待っていると……。
ピ────────────────ッ!
給湯室から、ヤカンが鳴る音が響き渡った。すると中央管理室の中から男が慌てて出てきて給湯室に入って行った。
男が席を外している隙に液体薬品を男のコーヒーに入れたキールは、さっき給湯室から持ってきたティースプーンで軽く混ぜた。そして男が戻ってくる前に中央管理室から出て再び隠れる。
数分後に男が戻って来て椅子に座る。そしてコーヒーに口をつけた。首をかしげながら男がつぶやく。
「……おかしいなぁ。ヤカンの火、点けっぱだったか?」
──約5分ほど経った頃、何も知らない監視員の男に異変が現れ始める。徐々に表情が青ざめていき、お腹を抑えながら言った。
「──ッ!! ぅ痛ィ、なんで……急に?! おおおおぉぉぉぉおぉおぉおおぉおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぅぅぅぅぅ……!!!」
監視員の男は中央管理室を飛び出し、トイレのある方向に大急ぎで走り出して行った。あの様子だと、しばらく帰ってこないだろう。
「良し、今のうちだな」
「はい。パスワードを探しましょう!」
そう言ってキールは堂々と中央管理室内に入って行った。キールとエイミーは周囲を見渡す。複数の監視カメラの映像が流れる画面が目の前に広がっていた。
入口玄関と思われる場所、通路の曲がり角のカメラ映像、大部屋で鬼族の子どもが川の字になって寝ている部屋も映っている。子ども部屋は複数あり、三つほど確認できる。
するとエイミーが声をあげた。
「あ! ありましたよ! ほら、コレ!」
そのとき、エイミーが手招きをしてキールを呼んでいる。声に反応したキールは、急いでエイミーのもとに向かう。
エイミーの視線の先には黒いノートPCが置かれている。そのPCの画面の右下にセロハンテープで紙が貼られており、そこに『393476』と書かれていた。キールが呆れた表情で言った。
「……コレ、PCを開くパスワードじゃないのか?」
「よく見てください! “粛清パスワード”って書いてますよ!」
確かに数字の前に“粛清”というワードが書いてある。エイミーは喜んで言った。
「以外とあっさり見つかりましたね!」
「………………………………………………………………………………」
「どうしたんですか。何か、気になるんですか?」
「いや、あまりにも管理が雑すぎる。罠の可能性も……」
「考えすぎですよ。実際このくらいの方が管理しやすいですし」
「………………」
納得できない様子で、キールは沈黙している。その時──。
ブルルル! ブルルル! ブルルル!
「!」
エイミーの通信機が激しく振動する。どうやら仲間から連絡が入ったようだ。
「キールさん! ゴメちゃんから連絡がきました! あ、ラムダさんからもです! みんなも上手くやったんだ、良かった!」
「それで、パスワードの番号は?」
「えっと……ゴメちゃんからは『49106』。ラムダさんからは……『37564』です!」
「よ、よし。すぐに呪印を解除しよう」
「はい!」
他の仲間たちもパスワードを手に入れたらしく、三つ合わせると『3934764910637564』で間違いない。これを使えば、管理者権限で魔法文の書き換えができるらしい。
エイミーがPCに予め用意していたPC周辺機器を差した。自動的に黒い画面が現れて緑色の文字が高速で打ち込まれていき、途中でピタッと止まった。キールがエイミーに訊ねる。
「今は何をしてる?」
「まずは管理者権限を使って、PC内に保存されている魔法の中に侵入します。そして呪文をすべて消すように指示を出して、最後に三つのパスワードを入力するだけです」
そう言ってエイミーは椅子に座り、軽やかにキーボードを打ち込み始めた。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
キーを叩くと真っ暗な画面に緑色の文字が増えていく。途中で別の黒い画面が現れては緑の文字が入力されて消えて行く。PCに詳しくないキールは黙って見ている。エイミーは真剣に作業を続けた。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ──────カチャ。
エイミーは最後に「enter」と記されたキーを気持ちよさそうに叩いた。すると最初の黒い画面が再び動き出し、緑の文字で画面が埋め尽くされていく。
エイミーがニヤリと笑って言った。
「やった……侵入成功です! これで管理者権限も使えます!」
「本当か!?」
「はい。後は呪文を消すように指示を出して、最後に三つのパスワードを入力すれば──」
口角をほんのり上げ、興奮を隠しきれずにいるエイミーが、すべての魔法の呪文を消去する「Remove all magic」を入力。すると最終確認の画面が現れた。
────────────────────────
※警告 全ての粛清魔法を消去します。
三つの正しいパスワードをすべて入力してください:_
────────────────────────
エイミーは『3934764910637564』と入力して「enter」を叩いた。すると緊張が緩んだのか、口角を上げながらエイミーがつぶやく。
「やった……これで、もう粛清魔法は発動できないはずです」
「やったな、エイミー!」
「はい。あとは計画通り、鬼族の子たちを連れて脱出しましょう!」
鬼族の子たちを誘拐して発電所を脱出するだけだ。キールとエイミーの二人は鬼族の子どもたちが眠っている大部屋に向かった──。
ジー………………ピコン!
無人の中央管理室に警告音が鳴り響く。
PCの黒い画面に、真っ赤な文字が表示されていた。
────────────────────────
※警告 パスワードが間違っています。
────────────────────────
*
──時刻は、深夜1時47分。
鬼族の子たちが眠っていると思われる大部屋にキールとエイミーの二人は向かっていた。エイミーが立ち止まって発電所の図面を確認しながら周囲を見渡して言う。
「この辺りに……」
「──ッ! 誰だ?」
その時、キールが背後にペタペタと足音がしたことに気づいて振り返って叫ぶ。すると、その小さな日影がしゃべった。
「先生~……。おトイレ」
その小さな人影は、黒髪の頭部に白い二本の角と赤と白のチェックのパジャマを着ていた。鬼族の少女が寝ぼけ眼で二人に声をかけてきたのだ。どうやら鬼族の少女はトイレで目を覚ましてしまったらしい。すると鬼族の少女が言う。
「あれぇ~。お姉ちゃんたち……誰?」
「え、あ……その。あ、新しく来た先生だよ~」
「新しい先生? 何してるの~?」
「ひ、避難訓練の準備だよ……!」
「避難訓練? そんなの聞いてないよ~……」
まだ状況を掴めていない鬼族の少女は、眠そうに目を擦りながら言った。エイミーが少女に訊ねた。
「実は先生はじめて来たから、みんなの教室が分からなくて困ってたんだ~……案内してくれないかな~?」
「うん、いいよ~」
鬼族の少女は笑顔になってエイミーの手を引っ張った。キールもついて行こうとした。
その時──。
ボォンッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!
小さな爆風を感じ、液体らしき飛沫が顔正面に降りかかる不快な感触。
エイミーは何が起こったか分からず、顔を硬直させている。同時に鉄のような臭いが鼻の奥を突き刺してきた。
握っていた鬼族の子の手が「だらん……」と重力に引き寄せられて、床に落ちる感覚が手に伝わってきた。
ビュッ……ビュッ……ビュッ……。
力なく「ぐでん……」と膝を曲げて崩れ落ちる鬼族の少女の体。頭部を失い、首の断面から心臓の鼓動に合わせて、赤黒い血液がと噴き出している。それを見たエイミーが声を漏らす。
「あ……あぁ……!!」
「あ~あ~可哀想にネェ……くふふ★」
愉快だと言わんばかりの笑い声が聞こえた。キールが笑い声の主を睨んで言う。
「誰だ、てめぇ!」
薄暗い通路の奥に立っているその男は、赤髪のオールバックに白い顔。眉や鼻、口元を紅くするピエロ風の化粧。上は黄色いベスト、赤と白のボーダー柄のワイシャツと黄色いネクタイ。両手には赤い手袋。下は丈の短い黄色のパンツ、その下は赤と白のボーダー柄の靴下。そして特徴的な大きな赤い革靴を履いている。男がこちらに近づきながら言う。
「初めまして、僕の名は『ドナルド・ワイズマン』。歌と踊りが大好きな道化師だヨ◆」
顔に付着した血を指で拭い、エイミーが震えながら言う。
「なんで……?! どうして???」
「キミたちがパスワードを間違えたのさ。だから逆に粛清魔法が自動的に発動されたってわけ◆」
「そんなはず……ない! パスワードは、間違ってなかったはず! ゴメちゃんのも、ラムダさんのも!!」
エイミーがドナルドに向かって叫んだ。
ドナルドは赤、白、黄、青、緑の五つのボールをどこからともなく取り出した。そして器用に投げてグルグル回し、ジャグリングを始めた。エイミーは訳が分からず困惑。キールはドナルドを警戒する。
次の瞬間、ボールの一つが変化した。激しく動いているためよくわからなかったが、毛のようなものが生えているようだ。
すると、またボールが変化した。やはり毛が生えている。いや、違う。ボールじゃない。それはボールというほどキレイな球体をしていない。もっと複雑な形だった。マネキンの頭部のような……。
ボンッ! ボンッ! ボンッ!
「おっと、失敗しちゃった◆」
ドナルドは五つのうち三つのボールを落として道化を装う。そして毛が生えているモノだけを両手に乗せて、不気味な道化の笑みを見せた。
「っ……!」
そこでキールはようやく確信した。ドナルドの両手に乗っているのは……ボールなんかじゃない。エイミーが目を見開いて硬直する。
「この二人、君たちの仲間だよネ?」
ドナルドがその表情を見て嬉しそうに言った。それは、エイミーの仲間の遺体の一部。
──ラムダとラッシュの……生首であった。
二人の頭部の目は光を失い、虚空を見つめている。無念と言わんばかりの悲しそうな表情がエイミーの瞳に映った。
「──ッ!! ごほぁっ! おぇ……」
エイミーは口元を抑えるが耐え切れず、膝をついて胃の内容物を床にまき散らしてしまう。ドナルドは恍惚そうな表情でこちらを見て言う。
「あぁ~やっぱり仲間だったんだネ……よかった❤」
「てめぇッッッッッッッ!」
激高したキールが叫んで、ドナルドに向かって鬼紅線を飛ばした。
ドナルドは全身を優雅にくねらせて、キールの鬼紅線を避けながらトランプを飛ばす。トランプは蜘蛛の巣のように張り巡らされる鬼紅線に当たると、ギギギ……と音を立てながら弾き返される。
キールが睨みつけると、ドナルドは微笑みながら言った。
「ん〰〰。さすが……僕のトランプじゃあ切れないネ★」
「ぶっ……殺してやる!!」
「怒らないでヨ。お仲間二人を殺しちゃったお詫びにパスワードを送ったじゃないか◆」
「はァ!? パスワードだァ?」
「僕がラムダを殺しちゃったから、キミたちが困ると思ってネェ……ちゃんと送られてきただろう? ……『37564』ってさ★」
どうやらエイミーの通信機に送られてきた数字は、このドナルドという道化師が送ってきたモノらしい。確かに『37564』で間違いない。ドナルドが続けて言う。
「ま、パスワードなんてぜ~んぜん知らないから、僕の好きな数字『37564』って送っただけなんだけどネ★」
「ふざけんじゃねェ!!! 今、オレが斬り刻んでやるッ!!」
「悠長に僕の相手をしてて、イイのかい? 君たちが粛清パスワードを間違えたせいで、鬼族は全員、そこの子みたいに爆散しちゃうヨ?」
「!」
「モタモタしてると鬼族は全員粛清される。解除する方法は、一つだけ……ベガ・ラグナスを殺す以外になくなった……。違うかい?」
確かにそうだ。一度発動された粛清魔法は契約した主人であるベガが解除するか、ベガが死ぬ以外に方法はない。ドナルドの言葉で、少し冷静になったキールが訊ねる
「……なんで、そんなことオレたちに教える?」
「僕はベガに雇われただけで『キミたちを皆殺しにする仕事』さえこなせれば、それ以外は自由なのさ◆ それに希望を失ったネズミを駆除するだけじゃあ、ツマラナイ。必死に抵抗するキミたちを殺すから気持ちいいんじゃないか~★」
「やれるもんなら、やってみろ。オレたちは、てめぇをぶちのめしてベガを殺しに行く」
「残念だけど、それはムリかな。だって──」
ドナルドは両手に扇状にトランプを広げて出した。そして両腕をクロスするように構えて不敵に嗤いながら言う。
「ここで僕に殺される運命だからネ◆」
ビュビュンッ! ビュン! ビュンッ!!
ドナルドの剃刀のようなトランプがエイミーに飛んでいく。
「──くっ!」
「まずは、一匹★」
ドナルドが嗤って言った。キールは急いでエイミーを守ろうと鬼紅線を飛ばすが、トランプの軌道が変則的に曲がって鬼紅線を上手く避けて飛んでいく。エイミーは戦意を喪失して避ける気力がない──。
バリバリバリッッッッッ! バチバチィンッッ!!!
「?!」
突然の電撃の光がエイミーの視界を奪った!
目の前が一瞬で真っ白になり、次第に青白い静電気がビリビリと空間と地面の間を走る。トランプは焼け焦げて燃えカスになって落ちた。
「無事かい、エイミー?!」
「!?」
誰かがエイミーを呼ぶ。何が起こったのか分からず、エイミーは呆然としている。そして徐々に目が慣れてくると、目の前に誰かが立っているのが分かった。
──女だった。女が振り返ってエイミーに言った。
「ハァ、ハァ、良かった。間に合った、みたいだね……」
「え? ……ラムダ、さん?!」
それは、死んだと思っていた『ラムダ』本人だったのだ──。
*
深夜1時52分。
ラグナス・タワー最上階になるベガの書斎。
「それは……本当ですか? ベガ様!」
両目を見開き、目を泳がせながらルルは訊ねた。ため息をつきながら、ベガが言った。
「ああ本当だ、ルル。残念ながら粛清魔法は発動してしまった」
「そんな……それじゃあ──」
「発電所にいるすべての鬼族は、例外なく粛清爆破されるだろうな」
「どうして!? 一体、誰が?」
「お前が逃がしたフクロウとかいう侵入者と、テロリスト共が魔法を発動させたようだ。あの侵入者はルルに拒絶された腹いせに、鬼族を皆殺しにするつもりなんだろう。まったく、卑怯で最低な男だ」
「な、なんとか……お許しをいただけませんか!?」
「……ふむ」
ベガは考え込むように沈黙する。ルルは震えながら懇願する表情でベガを見つめた。するとベガが答えた。
「一つだけ、条件がある」
「何ですか?!」
「ルル、お前の手で……フクロウとかいう男を殺せ」
「!?」
「粛清魔法を発動させたのは、おそらくフクロウだ。ヤツが死ねば魔法は解除されるはずだ。……できるな?」
「………………………………………………………………………………」
ベガの手が、ルルの肩に置かれる。しばしの沈黙の後、ルルは答えた。
「……はい。わかり、ました」
ルルは俯いたまま、命令を受け入れた──。
──真夜中の発電所。窓から差し込む月明かりのみが照らす薄暗い通路内に、二人の侵入者の影。
金髪の侵入者の一人が通路の曲がり角から手鏡を出して、奥に誰もいないことを確認している。彼の後ろにいる白髪の紅い瞳をした少女がコクリと頷いた。
先に走り出した金髪の彼の後ろを、白髪の少女もついて行く。
暗闇を足音を立てずに、二人が通路を走り抜けていった──。
*
3日目の午前0時0分。予定通りに、キールとエイミーの二人は発電所襲撃作戦をスタートさせた。
キールとエイミーの二人はまず有刺鉄線を丸く切って開けて中に入り、人工的な黄緑色の芝生と遊具の中を通り抜けて侵入する。暗闇の中に佇《たたず》む、パンダやウサギ、サルの遊具たち。月明かりで笑った表情が青白く照らされて不気味さを増している。まるで迷い込んではいけない神聖な場所だと警告する道祖神のようにも見えた。
ウォー……ン ウォー……ン
発電所の頂上から灯台のような二つの光が、周囲を警戒するように動いていた。キールとエイミーはタイミングを見て、鋭いレーザーのような光を避けながら移動する。薄汚れた発電所の白い壁に背中を張り付け、キールとエイミーは壁に沿って行く。
正面の入り口から侵入できれば楽なのだが、そうはいかない。窓から侵入するにしても、三階以上にしか窓がつけられておらず侵入は難しい。発電所の周囲をキールが見渡す。
発電所の壁は複雑に凸凹した形状をしており、その壁の一部に『凹』の形状をした小さな隙間に目をつけた。それを見たキールは不敵に笑い、その『凹』の隙間に入った。
隙間の幅は、約170~180センチほどだろうか。キールは壁に背を向けて呼吸を整える。すると助走をつけながら正面の壁に、キールが飛びつくように跳躍した。正面の壁を右足で蹴って跳び上がると、上半身を左回転させて背中側の壁に再び飛びつく。重力に引きずり降ろされる前に再び右足で壁を蹴って跳び上がり、また上半身を左回転させて後ろの壁に飛びつく。この動作を交互に繰り返してしながら、ヒョイヒョイっとキールは壁ジャンプで上がってしまった。
キールが壁蹴りをして登っていく様子を下からエイミーは驚いて見ている。軽々と登っていったキールは、事前に用意してあったロープを上から投げ落とす。エイミーはそのロープを掴んで上がった。こうしてキールとエイミーは発電所の内部に侵入できたのだ。とりあえず第一関門は突破である。
薄暗い通路を走りながらエイミーが言う。
「この先にある中央管理室にパスワードが保管されてるはずです。急ぎましょう!」
中央管理室は、すべての監視カメラの映像が見れる場所だ。万が一、鬼族が逃げ出した場合、監視員も慌てて粛清魔法を発動させるはずだ。そのとき手元にパスワードがなければ粛清魔法が発動できない。だから必ず監視員がすぐに確認できる場所にあるはずだ。
キールとエイミーは階段を上がった最上階には中央管理室を発見した。当然だが中には、一人の監視員の男が椅子に座って、退屈そうにあくびをしている。
あの監視員の男を何とかしなくてはならない。右手をポキポキ鳴らしながら、冷徹な目をしたキールが言う。
「邪魔だな……殺るか?」
「ダメです、なるべく血を流したくはありません」
キールとしては胸糞悪い監視員の男一人くらい殺しても良かったようだが、エイミーがそれを良しとしなかった。あくまでも奴隷にされている鬼族の子たちを救出するのが最終目的のため、血で染まった手で子どもたちに会いたくないらしい。手刀で気絶させる方法もあるが、力加減や角度を間違えれば死に至らしめる可能性もあるため、それもエイミーに却下された。
すると、エイミーが何かを取り出してキールに見せながら言う。
「これを使いましょう」
エイミーが腰のポケットから取り出したものは、小瓶に入った透明な液体薬品だ。キールが瓶の裏に貼ってある成分表を見て、ギョッとしながら訊ねた。
「これって……もしかして、アレか?」
「はい。しかも、かなり強力なヤツです」
「まぁ……確かに時間は稼げるな。持続時間はどれくらいだ?」
「ざっと見積もっても、1~2時間はいけます。4~5分くらいで効果が出るくらい即効性が高いモノです」
「……よし、分かった」
そして管理室内に視線を移し、監視員の男に観察する。男はめんどくさそうに監視カメラの映像をボーっと眺めながら言う。
「ふわぁ〰〰……、痛っ! くっそ、血ぃ出ちゃったよ……ティッシュティッシュ」
監視員の男は、指のささくれをいじって血が出てしまったようだ。ティッシュで人差し指を拭いている。男の手元にはブラックコーヒーらしき黒い飲み物が、まだ6割くらい残っていた。
それを見たキールが辺りを見て、何かを探し始めた。エイミーが訊ねる。
「キールさん? 何か探してるんですか?」
「近くに給湯室があるはずだと思ってな」
「え? キールさん、まさかコーヒー飲みたくなったんですか?」
「そんなわけあるか。どちらかと言えば、オレは紅茶派だ。じゃなくて、アイツのコーヒーに液体薬品を入れるんだろ? だから席を外してもらうんだよ……。お、あそこが給湯室だな」
そう言って、キールが給湯室らしき場所を発見して入って行く。エイミーもついて行こうとしたが、キールが「一人でいい」と言い、止められた。しばらくするとキールが帰ってきて、エイミーの手を引いて隠れる。少し待っていると……。
ピ────────────────ッ!
給湯室から、ヤカンが鳴る音が響き渡った。すると中央管理室の中から男が慌てて出てきて給湯室に入って行った。
男が席を外している隙に液体薬品を男のコーヒーに入れたキールは、さっき給湯室から持ってきたティースプーンで軽く混ぜた。そして男が戻ってくる前に中央管理室から出て再び隠れる。
数分後に男が戻って来て椅子に座る。そしてコーヒーに口をつけた。首をかしげながら男がつぶやく。
「……おかしいなぁ。ヤカンの火、点けっぱだったか?」
──約5分ほど経った頃、何も知らない監視員の男に異変が現れ始める。徐々に表情が青ざめていき、お腹を抑えながら言った。
「──ッ!! ぅ痛ィ、なんで……急に?! おおおおぉぉぉぉおぉおぉおおぉおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぅぅぅぅぅ……!!!」
監視員の男は中央管理室を飛び出し、トイレのある方向に大急ぎで走り出して行った。あの様子だと、しばらく帰ってこないだろう。
「良し、今のうちだな」
「はい。パスワードを探しましょう!」
そう言ってキールは堂々と中央管理室内に入って行った。キールとエイミーは周囲を見渡す。複数の監視カメラの映像が流れる画面が目の前に広がっていた。
入口玄関と思われる場所、通路の曲がり角のカメラ映像、大部屋で鬼族の子どもが川の字になって寝ている部屋も映っている。子ども部屋は複数あり、三つほど確認できる。
するとエイミーが声をあげた。
「あ! ありましたよ! ほら、コレ!」
そのとき、エイミーが手招きをしてキールを呼んでいる。声に反応したキールは、急いでエイミーのもとに向かう。
エイミーの視線の先には黒いノートPCが置かれている。そのPCの画面の右下にセロハンテープで紙が貼られており、そこに『393476』と書かれていた。キールが呆れた表情で言った。
「……コレ、PCを開くパスワードじゃないのか?」
「よく見てください! “粛清パスワード”って書いてますよ!」
確かに数字の前に“粛清”というワードが書いてある。エイミーは喜んで言った。
「以外とあっさり見つかりましたね!」
「………………………………………………………………………………」
「どうしたんですか。何か、気になるんですか?」
「いや、あまりにも管理が雑すぎる。罠の可能性も……」
「考えすぎですよ。実際このくらいの方が管理しやすいですし」
「………………」
納得できない様子で、キールは沈黙している。その時──。
ブルルル! ブルルル! ブルルル!
「!」
エイミーの通信機が激しく振動する。どうやら仲間から連絡が入ったようだ。
「キールさん! ゴメちゃんから連絡がきました! あ、ラムダさんからもです! みんなも上手くやったんだ、良かった!」
「それで、パスワードの番号は?」
「えっと……ゴメちゃんからは『49106』。ラムダさんからは……『37564』です!」
「よ、よし。すぐに呪印を解除しよう」
「はい!」
他の仲間たちもパスワードを手に入れたらしく、三つ合わせると『3934764910637564』で間違いない。これを使えば、管理者権限で魔法文の書き換えができるらしい。
エイミーがPCに予め用意していたPC周辺機器を差した。自動的に黒い画面が現れて緑色の文字が高速で打ち込まれていき、途中でピタッと止まった。キールがエイミーに訊ねる。
「今は何をしてる?」
「まずは管理者権限を使って、PC内に保存されている魔法の中に侵入します。そして呪文をすべて消すように指示を出して、最後に三つのパスワードを入力するだけです」
そう言ってエイミーは椅子に座り、軽やかにキーボードを打ち込み始めた。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
キーを叩くと真っ暗な画面に緑色の文字が増えていく。途中で別の黒い画面が現れては緑の文字が入力されて消えて行く。PCに詳しくないキールは黙って見ている。エイミーは真剣に作業を続けた。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ──────カチャ。
エイミーは最後に「enter」と記されたキーを気持ちよさそうに叩いた。すると最初の黒い画面が再び動き出し、緑の文字で画面が埋め尽くされていく。
エイミーがニヤリと笑って言った。
「やった……侵入成功です! これで管理者権限も使えます!」
「本当か!?」
「はい。後は呪文を消すように指示を出して、最後に三つのパスワードを入力すれば──」
口角をほんのり上げ、興奮を隠しきれずにいるエイミーが、すべての魔法の呪文を消去する「Remove all magic」を入力。すると最終確認の画面が現れた。
────────────────────────
※警告 全ての粛清魔法を消去します。
三つの正しいパスワードをすべて入力してください:_
────────────────────────
エイミーは『3934764910637564』と入力して「enter」を叩いた。すると緊張が緩んだのか、口角を上げながらエイミーがつぶやく。
「やった……これで、もう粛清魔法は発動できないはずです」
「やったな、エイミー!」
「はい。あとは計画通り、鬼族の子たちを連れて脱出しましょう!」
鬼族の子たちを誘拐して発電所を脱出するだけだ。キールとエイミーの二人は鬼族の子どもたちが眠っている大部屋に向かった──。
ジー………………ピコン!
無人の中央管理室に警告音が鳴り響く。
PCの黒い画面に、真っ赤な文字が表示されていた。
────────────────────────
※警告 パスワードが間違っています。
────────────────────────
*
──時刻は、深夜1時47分。
鬼族の子たちが眠っていると思われる大部屋にキールとエイミーの二人は向かっていた。エイミーが立ち止まって発電所の図面を確認しながら周囲を見渡して言う。
「この辺りに……」
「──ッ! 誰だ?」
その時、キールが背後にペタペタと足音がしたことに気づいて振り返って叫ぶ。すると、その小さな日影がしゃべった。
「先生~……。おトイレ」
その小さな人影は、黒髪の頭部に白い二本の角と赤と白のチェックのパジャマを着ていた。鬼族の少女が寝ぼけ眼で二人に声をかけてきたのだ。どうやら鬼族の少女はトイレで目を覚ましてしまったらしい。すると鬼族の少女が言う。
「あれぇ~。お姉ちゃんたち……誰?」
「え、あ……その。あ、新しく来た先生だよ~」
「新しい先生? 何してるの~?」
「ひ、避難訓練の準備だよ……!」
「避難訓練? そんなの聞いてないよ~……」
まだ状況を掴めていない鬼族の少女は、眠そうに目を擦りながら言った。エイミーが少女に訊ねた。
「実は先生はじめて来たから、みんなの教室が分からなくて困ってたんだ~……案内してくれないかな~?」
「うん、いいよ~」
鬼族の少女は笑顔になってエイミーの手を引っ張った。キールもついて行こうとした。
その時──。
ボォンッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!
小さな爆風を感じ、液体らしき飛沫が顔正面に降りかかる不快な感触。
エイミーは何が起こったか分からず、顔を硬直させている。同時に鉄のような臭いが鼻の奥を突き刺してきた。
握っていた鬼族の子の手が「だらん……」と重力に引き寄せられて、床に落ちる感覚が手に伝わってきた。
ビュッ……ビュッ……ビュッ……。
力なく「ぐでん……」と膝を曲げて崩れ落ちる鬼族の少女の体。頭部を失い、首の断面から心臓の鼓動に合わせて、赤黒い血液がと噴き出している。それを見たエイミーが声を漏らす。
「あ……あぁ……!!」
「あ~あ~可哀想にネェ……くふふ★」
愉快だと言わんばかりの笑い声が聞こえた。キールが笑い声の主を睨んで言う。
「誰だ、てめぇ!」
薄暗い通路の奥に立っているその男は、赤髪のオールバックに白い顔。眉や鼻、口元を紅くするピエロ風の化粧。上は黄色いベスト、赤と白のボーダー柄のワイシャツと黄色いネクタイ。両手には赤い手袋。下は丈の短い黄色のパンツ、その下は赤と白のボーダー柄の靴下。そして特徴的な大きな赤い革靴を履いている。男がこちらに近づきながら言う。
「初めまして、僕の名は『ドナルド・ワイズマン』。歌と踊りが大好きな道化師だヨ◆」
顔に付着した血を指で拭い、エイミーが震えながら言う。
「なんで……?! どうして???」
「キミたちがパスワードを間違えたのさ。だから逆に粛清魔法が自動的に発動されたってわけ◆」
「そんなはず……ない! パスワードは、間違ってなかったはず! ゴメちゃんのも、ラムダさんのも!!」
エイミーがドナルドに向かって叫んだ。
ドナルドは赤、白、黄、青、緑の五つのボールをどこからともなく取り出した。そして器用に投げてグルグル回し、ジャグリングを始めた。エイミーは訳が分からず困惑。キールはドナルドを警戒する。
次の瞬間、ボールの一つが変化した。激しく動いているためよくわからなかったが、毛のようなものが生えているようだ。
すると、またボールが変化した。やはり毛が生えている。いや、違う。ボールじゃない。それはボールというほどキレイな球体をしていない。もっと複雑な形だった。マネキンの頭部のような……。
ボンッ! ボンッ! ボンッ!
「おっと、失敗しちゃった◆」
ドナルドは五つのうち三つのボールを落として道化を装う。そして毛が生えているモノだけを両手に乗せて、不気味な道化の笑みを見せた。
「っ……!」
そこでキールはようやく確信した。ドナルドの両手に乗っているのは……ボールなんかじゃない。エイミーが目を見開いて硬直する。
「この二人、君たちの仲間だよネ?」
ドナルドがその表情を見て嬉しそうに言った。それは、エイミーの仲間の遺体の一部。
──ラムダとラッシュの……生首であった。
二人の頭部の目は光を失い、虚空を見つめている。無念と言わんばかりの悲しそうな表情がエイミーの瞳に映った。
「──ッ!! ごほぁっ! おぇ……」
エイミーは口元を抑えるが耐え切れず、膝をついて胃の内容物を床にまき散らしてしまう。ドナルドは恍惚そうな表情でこちらを見て言う。
「あぁ~やっぱり仲間だったんだネ……よかった❤」
「てめぇッッッッッッッ!」
激高したキールが叫んで、ドナルドに向かって鬼紅線を飛ばした。
ドナルドは全身を優雅にくねらせて、キールの鬼紅線を避けながらトランプを飛ばす。トランプは蜘蛛の巣のように張り巡らされる鬼紅線に当たると、ギギギ……と音を立てながら弾き返される。
キールが睨みつけると、ドナルドは微笑みながら言った。
「ん〰〰。さすが……僕のトランプじゃあ切れないネ★」
「ぶっ……殺してやる!!」
「怒らないでヨ。お仲間二人を殺しちゃったお詫びにパスワードを送ったじゃないか◆」
「はァ!? パスワードだァ?」
「僕がラムダを殺しちゃったから、キミたちが困ると思ってネェ……ちゃんと送られてきただろう? ……『37564』ってさ★」
どうやらエイミーの通信機に送られてきた数字は、このドナルドという道化師が送ってきたモノらしい。確かに『37564』で間違いない。ドナルドが続けて言う。
「ま、パスワードなんてぜ~んぜん知らないから、僕の好きな数字『37564』って送っただけなんだけどネ★」
「ふざけんじゃねェ!!! 今、オレが斬り刻んでやるッ!!」
「悠長に僕の相手をしてて、イイのかい? 君たちが粛清パスワードを間違えたせいで、鬼族は全員、そこの子みたいに爆散しちゃうヨ?」
「!」
「モタモタしてると鬼族は全員粛清される。解除する方法は、一つだけ……ベガ・ラグナスを殺す以外になくなった……。違うかい?」
確かにそうだ。一度発動された粛清魔法は契約した主人であるベガが解除するか、ベガが死ぬ以外に方法はない。ドナルドの言葉で、少し冷静になったキールが訊ねる
「……なんで、そんなことオレたちに教える?」
「僕はベガに雇われただけで『キミたちを皆殺しにする仕事』さえこなせれば、それ以外は自由なのさ◆ それに希望を失ったネズミを駆除するだけじゃあ、ツマラナイ。必死に抵抗するキミたちを殺すから気持ちいいんじゃないか~★」
「やれるもんなら、やってみろ。オレたちは、てめぇをぶちのめしてベガを殺しに行く」
「残念だけど、それはムリかな。だって──」
ドナルドは両手に扇状にトランプを広げて出した。そして両腕をクロスするように構えて不敵に嗤いながら言う。
「ここで僕に殺される運命だからネ◆」
ビュビュンッ! ビュン! ビュンッ!!
ドナルドの剃刀のようなトランプがエイミーに飛んでいく。
「──くっ!」
「まずは、一匹★」
ドナルドが嗤って言った。キールは急いでエイミーを守ろうと鬼紅線を飛ばすが、トランプの軌道が変則的に曲がって鬼紅線を上手く避けて飛んでいく。エイミーは戦意を喪失して避ける気力がない──。
バリバリバリッッッッッ! バチバチィンッッ!!!
「?!」
突然の電撃の光がエイミーの視界を奪った!
目の前が一瞬で真っ白になり、次第に青白い静電気がビリビリと空間と地面の間を走る。トランプは焼け焦げて燃えカスになって落ちた。
「無事かい、エイミー?!」
「!?」
誰かがエイミーを呼ぶ。何が起こったのか分からず、エイミーは呆然としている。そして徐々に目が慣れてくると、目の前に誰かが立っているのが分かった。
──女だった。女が振り返ってエイミーに言った。
「ハァ、ハァ、良かった。間に合った、みたいだね……」
「え? ……ラムダ、さん?!」
それは、死んだと思っていた『ラムダ』本人だったのだ──。
*
深夜1時52分。
ラグナス・タワー最上階になるベガの書斎。
「それは……本当ですか? ベガ様!」
両目を見開き、目を泳がせながらルルは訊ねた。ため息をつきながら、ベガが言った。
「ああ本当だ、ルル。残念ながら粛清魔法は発動してしまった」
「そんな……それじゃあ──」
「発電所にいるすべての鬼族は、例外なく粛清爆破されるだろうな」
「どうして!? 一体、誰が?」
「お前が逃がしたフクロウとかいう侵入者と、テロリスト共が魔法を発動させたようだ。あの侵入者はルルに拒絶された腹いせに、鬼族を皆殺しにするつもりなんだろう。まったく、卑怯で最低な男だ」
「な、なんとか……お許しをいただけませんか!?」
「……ふむ」
ベガは考え込むように沈黙する。ルルは震えながら懇願する表情でベガを見つめた。するとベガが答えた。
「一つだけ、条件がある」
「何ですか?!」
「ルル、お前の手で……フクロウとかいう男を殺せ」
「!?」
「粛清魔法を発動させたのは、おそらくフクロウだ。ヤツが死ねば魔法は解除されるはずだ。……できるな?」
「………………………………………………………………………………」
ベガの手が、ルルの肩に置かれる。しばしの沈黙の後、ルルは答えた。
「……はい。わかり、ました」
ルルは俯いたまま、命令を受け入れた──。
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