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14 観測班
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静寂がある。いや、ここには静寂しかない。浮島。箱庭と中継大陸の間に点在するいくつかの島。そこには俺のような観測班が二十四時間体制で中継大陸を見張っている。他の班がどこにいるかは分からない。悪魔に拷問されて情報を漏らさないための配慮だ。何も知らない。知らされない。ただ遠くから悪魔に占領された島を眺めては報告する。それが俺達第109観測班の仕事だ。
「また少し、大きくなってますね」
部下の一人がぽつりと漏らした。本来であれば懲罰ものだ。私語は厳禁。さまざまな感知能力を持つ悪魔達のセンサーに引っ掛かることを警戒しての規則だ。これが新人の隊長なら怒り狂って拳を振るっていたかもしれないが、一年以上も観測班にいる奴らはこの程度では動じない。いや、むしろどこかで思っているのかもしれないな。来いよ、と。どうせ死ぬのならクソッタレの悪魔共に一泡吹かせてから。ここにいるのはそんな考えの奴らばかりだ。
「……忌々しい塔だ」
これだけ離れた場所にいても遠視の魔術を使わずとも見える、空を穿つ悪魔共の居城。あの中には箱庭から連れ去られた人々がいる。そして恐るべき拷問にかけられ、その悲鳴は聖王女様の結界を破る糧となるのだ。……ああ、妻よ、そして娘よ。お前達はまだそこにいるのだろうか? 居て欲しい。そう思う気持ちと、せめて苦しむことなく眠りについていてほしいと思う気持ちが鬩ぎ合う。目の前に答えがあるのに。なのに俺はここで息を潜めることしかできない。虫けらのように。気が狂いそうだ。いや、すでに狂っているのかもしれない。だから俺はここにいる。
「もうすぐですね、作戦。早くあのクソ悪魔共を皆殺しにしてやりたいですよ」
「今回も延期にならなければいいがな」
なってたまるか! 部下達の会話を聞いて危うく怒鳴りそうになった。
中継大陸奪還作戦。その時がきたら誰よりも早くあの塔に乗り込み、そこにいる悪魔共を皆殺しにしてやる。そう決めている。だが時折思うのだ。何故、何故今からでも俺はそれをしないのかと。分かっている。怖いのだ。悪魔共がじゃない。死ぬことでもない。あの塔で変わり果てた二人と再開する。それがただただ恐ろしいのだ。気が狂いそうになる程に。いや、すでに狂っているのか。だから俺はここにいーー
ビィイイイ!! ビィイイイ!! ビィイイイ!!
耳につけたイヤホンがけたたましい音を放つ。観測計器の前に立っていた部下が目を見開いた。だがいつまでたっても報告が上がらない。これには流石に怒鳴らずにはいられなかった。
「ボサっとするな! 報告しろ!」
「ポ、ポイントDー19地点、上空およそ千六百メートルに魔力の収束を確認。エーテル振動数増大に伴う空間の歪曲。ちょ、長距離からの空間跳躍です」
誰もが身を強張らせる。空間跳躍による長距離移動は前準備なしで行うことは誰にも、それこそ聖王女様ですら不可能だ。下位悪魔とてそれは同じこと。何らかの道具の力を使ったのかもしれないが、それなら観測計器にそのエネルギーが観測される。つまりこれは単独で空間を超えられる常識外の実力者の仕業。それの示すとこはつまりーー
「中位悪魔が現れたのか?」
それは存在するだけで人類の存続を脅かす圧倒的脅威。過去に中位悪魔が現れたときにはその時代の英雄達が集結したにも関わらず討伐に至ることはなく、多くの命と引き換えに地上での活動時間が過ぎるのをただ待つしかなかった。あの伝説の五王星ですらそれは変わらない。まさに絶望の象徴。それがこのタイミングで再び現れたというのか? 中継大陸奪還を目前に控えたこの時期に。
「……悪魔共め」
「隊長、やはり人類はもう……」
絶望に慣れ切ったはずの部下達が無力感に首を垂れる。地獄の底にいると思っていたのに気がつけば更なる地獄が口を開けている。気が狂いそうだ。いや、すでに狂っているのか? そうかもしれない。だが、だからこそーー
「い、いえ、あの、た、隊長」
「何だ?」
「それが、その……観測結果によるとエーテル属性は『聖魔混合』。跳躍してこようとしているのは、ち、地上の生物です」
「は?」
部下が何を言っているのか理解できなかった。
「し、しかもこの波形パターン。こ、これは……人間!? 間違いない。し、信じられない。に、人間です! 人間が、す、凄まじい力を持った人間が単独での跳躍を行おうとしています」
「なんだと!? おい、こんな時にバカ言ってんじゃねぇぞ!」
「誰か確認しろ」
「勝手に持ち場を離れるじゃない! ……間違いないのか?」
「ほ、本当なんですよ。自分だって信じられませんよ、こ、こんなこと。でも何度見直しても事実なんです。隊長、どうすれば……隊長!?」
部下の言葉にハッとする。俺は震えているのか? 自分でも理解できない感情が腹の底から込み上げて来るのを感じた。
「エーテルの数値は? 読み上げろ」
「は、はい。少し待ってください。……出ました。エーテル振動数……に、ニ万オーバー!? ニ万六千……八千……三万到達。三万千……三千……な、尚も上昇中」
「どうなってる? 数値が本当なら子爵級悪魔と同等か、それ以上だぞ」
「中継大陸奪還作戦が始まったのでしょうか?」
「馬鹿野郎! それならいくら何でも俺らにもなんかあるだろ」
「それにこれほどの切り札があるのにいきなり投入するのもおかしな話だ。隊長! 隊長はどうお考えで……隊長?」
部下達の言葉が背後から聞こえる。……何だ? 俺はテントを出たのか? 様々な隠蔽の魔術が施された命綱のテントを。ふと見れば遠視の魔術で強化された視力が近くの島に唐突に現れた男達を捕らえた。彼らも空を見上げている。観測班。こんな近くにもう一班いたのか。頭の中で沸いたそんな考えは、しかし直ぐに泡となって消える。
背後で部下が叫ぶ。
「異なる二点のエーテル結合を確認。それに伴い空間にマジックホームが形成。空間跳躍。アンノウン、来ます!」
空が輝く。まるで朝日が昇っているかのような美しさだ。真昼に起こる夜明け。突然現れた朝日のような輝きに見惚れていると、それに向かって島からおぞましくも恐ろしい黒い渦が立ち昇った。
「悪魔が……あんなに」
気付けば部下達が隣に立っていた。朝日に向かって伸びる黒い渦、その正体は悪魔の群れ。俺達と同じように異常を感知した悪魔共が侵入者を排除しようと行動を開始したのだ。
「隊長! 今すぐ各国に連絡を! 何が起こっているかは分かりませんがこの機会を逃すべきではありません!!」
若輩の部下が叫んでいる。ああ、そうだ。そうするべきだ。ここでただアホのように見上げるよりも間に合わないと分かっていても打てる手を打つ。それが最善だ。最善なのだが……目が離せない。あの太陽のように眩い輝きから。
俺達が呆然と見上げている間にも悪魔共はどんどんとアンノウンに近づき、そしてーー
「アンノウンのエーテル振動数急上昇。八万……八万五千……九万……九万五千……じゅ、十万突破。小型計測機の計測限界を……こ、超えました。ア、アンノウン。推定戦力。測定不能です」
部下の手から計測器具が落ちる。それに合わせるかのようにアンノウンが纏う朝日のような輝きが大きく光を放った。光はまるで影を消し去るかのように悪魔共を一掃していく。滅ぼされていく、人類の脅威があんなにも簡単に。だが何よりも俺の、俺達の目を引いたのはーー
「た、隊長。あれ、あれ、ひょっとして……」
驚愕に震える部下の声は今にも泣き出しそうだ。
「うそ、だろ。こんなこと、あるのか?」
「聖王女様の仰ったことは本当だった? 本当に、あれは、あれは……」
こんな時代だ。誰もがその言葉を知っている。そして誰もが心の底からは信じられないでいた。そんな都合の良い存在が現れることがあるなどと。だがしかし、あれを見て、まだ否定しろというのか? 無理だ。俺には。信じてしまいそうになる。力の放出に合わせてアンノウンの背中で大きく広がる魔力の輝き。そう、それは翼だった。光り輝く十二枚の翼。
「天より十二の翼を与えられし救世の勇者、これより百年の内に現れ全ての悪魔を葬り去らん」
そうなのか? お前が……貴方がそうなのか? だというのならば、どうか、どうかお願いだ。打ち砕いてくれ。天を穿つ悪魔共の居城を。あの邪悪の権化を。どうか、どうか!
膝をつき祈りを捧げる俺達の前で悪魔達の攻撃が激しさを増していく。だが、もう、誰も援軍を呼ぼうとは言い出さなかった。その代わりに待った。息をするのも忘れて、ただその時を。誰もが信じず、だが心の底では誰もが願っていたその存在が現実になる瞬間を。
勇者の伝説が始まるその時を。
「また少し、大きくなってますね」
部下の一人がぽつりと漏らした。本来であれば懲罰ものだ。私語は厳禁。さまざまな感知能力を持つ悪魔達のセンサーに引っ掛かることを警戒しての規則だ。これが新人の隊長なら怒り狂って拳を振るっていたかもしれないが、一年以上も観測班にいる奴らはこの程度では動じない。いや、むしろどこかで思っているのかもしれないな。来いよ、と。どうせ死ぬのならクソッタレの悪魔共に一泡吹かせてから。ここにいるのはそんな考えの奴らばかりだ。
「……忌々しい塔だ」
これだけ離れた場所にいても遠視の魔術を使わずとも見える、空を穿つ悪魔共の居城。あの中には箱庭から連れ去られた人々がいる。そして恐るべき拷問にかけられ、その悲鳴は聖王女様の結界を破る糧となるのだ。……ああ、妻よ、そして娘よ。お前達はまだそこにいるのだろうか? 居て欲しい。そう思う気持ちと、せめて苦しむことなく眠りについていてほしいと思う気持ちが鬩ぎ合う。目の前に答えがあるのに。なのに俺はここで息を潜めることしかできない。虫けらのように。気が狂いそうだ。いや、すでに狂っているのかもしれない。だから俺はここにいる。
「もうすぐですね、作戦。早くあのクソ悪魔共を皆殺しにしてやりたいですよ」
「今回も延期にならなければいいがな」
なってたまるか! 部下達の会話を聞いて危うく怒鳴りそうになった。
中継大陸奪還作戦。その時がきたら誰よりも早くあの塔に乗り込み、そこにいる悪魔共を皆殺しにしてやる。そう決めている。だが時折思うのだ。何故、何故今からでも俺はそれをしないのかと。分かっている。怖いのだ。悪魔共がじゃない。死ぬことでもない。あの塔で変わり果てた二人と再開する。それがただただ恐ろしいのだ。気が狂いそうになる程に。いや、すでに狂っているのか。だから俺はここにいーー
ビィイイイ!! ビィイイイ!! ビィイイイ!!
耳につけたイヤホンがけたたましい音を放つ。観測計器の前に立っていた部下が目を見開いた。だがいつまでたっても報告が上がらない。これには流石に怒鳴らずにはいられなかった。
「ボサっとするな! 報告しろ!」
「ポ、ポイントDー19地点、上空およそ千六百メートルに魔力の収束を確認。エーテル振動数増大に伴う空間の歪曲。ちょ、長距離からの空間跳躍です」
誰もが身を強張らせる。空間跳躍による長距離移動は前準備なしで行うことは誰にも、それこそ聖王女様ですら不可能だ。下位悪魔とてそれは同じこと。何らかの道具の力を使ったのかもしれないが、それなら観測計器にそのエネルギーが観測される。つまりこれは単独で空間を超えられる常識外の実力者の仕業。それの示すとこはつまりーー
「中位悪魔が現れたのか?」
それは存在するだけで人類の存続を脅かす圧倒的脅威。過去に中位悪魔が現れたときにはその時代の英雄達が集結したにも関わらず討伐に至ることはなく、多くの命と引き換えに地上での活動時間が過ぎるのをただ待つしかなかった。あの伝説の五王星ですらそれは変わらない。まさに絶望の象徴。それがこのタイミングで再び現れたというのか? 中継大陸奪還を目前に控えたこの時期に。
「……悪魔共め」
「隊長、やはり人類はもう……」
絶望に慣れ切ったはずの部下達が無力感に首を垂れる。地獄の底にいると思っていたのに気がつけば更なる地獄が口を開けている。気が狂いそうだ。いや、すでに狂っているのか? そうかもしれない。だが、だからこそーー
「い、いえ、あの、た、隊長」
「何だ?」
「それが、その……観測結果によるとエーテル属性は『聖魔混合』。跳躍してこようとしているのは、ち、地上の生物です」
「は?」
部下が何を言っているのか理解できなかった。
「し、しかもこの波形パターン。こ、これは……人間!? 間違いない。し、信じられない。に、人間です! 人間が、す、凄まじい力を持った人間が単独での跳躍を行おうとしています」
「なんだと!? おい、こんな時にバカ言ってんじゃねぇぞ!」
「誰か確認しろ」
「勝手に持ち場を離れるじゃない! ……間違いないのか?」
「ほ、本当なんですよ。自分だって信じられませんよ、こ、こんなこと。でも何度見直しても事実なんです。隊長、どうすれば……隊長!?」
部下の言葉にハッとする。俺は震えているのか? 自分でも理解できない感情が腹の底から込み上げて来るのを感じた。
「エーテルの数値は? 読み上げろ」
「は、はい。少し待ってください。……出ました。エーテル振動数……に、ニ万オーバー!? ニ万六千……八千……三万到達。三万千……三千……な、尚も上昇中」
「どうなってる? 数値が本当なら子爵級悪魔と同等か、それ以上だぞ」
「中継大陸奪還作戦が始まったのでしょうか?」
「馬鹿野郎! それならいくら何でも俺らにもなんかあるだろ」
「それにこれほどの切り札があるのにいきなり投入するのもおかしな話だ。隊長! 隊長はどうお考えで……隊長?」
部下達の言葉が背後から聞こえる。……何だ? 俺はテントを出たのか? 様々な隠蔽の魔術が施された命綱のテントを。ふと見れば遠視の魔術で強化された視力が近くの島に唐突に現れた男達を捕らえた。彼らも空を見上げている。観測班。こんな近くにもう一班いたのか。頭の中で沸いたそんな考えは、しかし直ぐに泡となって消える。
背後で部下が叫ぶ。
「異なる二点のエーテル結合を確認。それに伴い空間にマジックホームが形成。空間跳躍。アンノウン、来ます!」
空が輝く。まるで朝日が昇っているかのような美しさだ。真昼に起こる夜明け。突然現れた朝日のような輝きに見惚れていると、それに向かって島からおぞましくも恐ろしい黒い渦が立ち昇った。
「悪魔が……あんなに」
気付けば部下達が隣に立っていた。朝日に向かって伸びる黒い渦、その正体は悪魔の群れ。俺達と同じように異常を感知した悪魔共が侵入者を排除しようと行動を開始したのだ。
「隊長! 今すぐ各国に連絡を! 何が起こっているかは分かりませんがこの機会を逃すべきではありません!!」
若輩の部下が叫んでいる。ああ、そうだ。そうするべきだ。ここでただアホのように見上げるよりも間に合わないと分かっていても打てる手を打つ。それが最善だ。最善なのだが……目が離せない。あの太陽のように眩い輝きから。
俺達が呆然と見上げている間にも悪魔共はどんどんとアンノウンに近づき、そしてーー
「アンノウンのエーテル振動数急上昇。八万……八万五千……九万……九万五千……じゅ、十万突破。小型計測機の計測限界を……こ、超えました。ア、アンノウン。推定戦力。測定不能です」
部下の手から計測器具が落ちる。それに合わせるかのようにアンノウンが纏う朝日のような輝きが大きく光を放った。光はまるで影を消し去るかのように悪魔共を一掃していく。滅ぼされていく、人類の脅威があんなにも簡単に。だが何よりも俺の、俺達の目を引いたのはーー
「た、隊長。あれ、あれ、ひょっとして……」
驚愕に震える部下の声は今にも泣き出しそうだ。
「うそ、だろ。こんなこと、あるのか?」
「聖王女様の仰ったことは本当だった? 本当に、あれは、あれは……」
こんな時代だ。誰もがその言葉を知っている。そして誰もが心の底からは信じられないでいた。そんな都合の良い存在が現れることがあるなどと。だがしかし、あれを見て、まだ否定しろというのか? 無理だ。俺には。信じてしまいそうになる。力の放出に合わせてアンノウンの背中で大きく広がる魔力の輝き。そう、それは翼だった。光り輝く十二枚の翼。
「天より十二の翼を与えられし救世の勇者、これより百年の内に現れ全ての悪魔を葬り去らん」
そうなのか? お前が……貴方がそうなのか? だというのならば、どうか、どうかお願いだ。打ち砕いてくれ。天を穿つ悪魔共の居城を。あの邪悪の権化を。どうか、どうか!
膝をつき祈りを捧げる俺達の前で悪魔達の攻撃が激しさを増していく。だが、もう、誰も援軍を呼ぼうとは言い出さなかった。その代わりに待った。息をするのも忘れて、ただその時を。誰もが信じず、だが心の底では誰もが願っていたその存在が現実になる瞬間を。
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※小説家になろうにも掲載しています。
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