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26 謝罪
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「本当に申し訳ありませんでしたわ」
地面に膝をついて頭を深く下げるリラザイアさん。その横ではリリラさんの額が地面にのめり込んでいた。
「頭を上げてください。あの状況なら仕方のないことですよ」
「いいえ。異常を察知しておきながら、まさかアロス様方を見捨てて私だけを助けるなんて……。従者の無礼は主人である私の責任。何と言って詫びればいいか。ほら、リリラ。貴方も頭を下げなさい。っと言うかちゃんと謝罪しなさいな」
「……申し訳ありませんでした」
大地にキスをしているリリラさんの声は酷くくぐもっていた。
「いいですから。そこまでしなくていいですから。と言うかリラザイアさん、それ以上はリリラさんの頭がえらいことに。ねぇ、二人も何か言ってあげてよ」
意外な責任感の強さを発揮するリラザイアさんを説得すべく、いつにない至近距離で俺の左右の腕をひしりと掴んでいるティナとサーラに助けを求める。
二人は地面に引っ付いている主従には目もくれずに俺の体を触りまくった。
「ねぇ、本当に大丈夫なの? どっか気分悪かったりしない?」
「守護精霊を砕かれたと言いましたが、肉体に異常は? 魔力は正常に流れてますか?」
「だ、大丈夫だってば」
ダンジョンを出てから宿屋に戻るまで百回は似たようなやりとりを繰り返したが、俺を心配してくれるティナとサーラが可愛いのでしつこいとは言えずにいた。
「それにしてもまさかあのダンジョンが危険度Sのダンジョンなんて、そんなの普通に軍が出動するレベルでしょ。あのアホ姫め。今度あったらコテンパにしてやるわ」
仕事を斡旋してくれたお姫様を思い浮かべているのだろう。ティナが拳を鳴らす。
「推定危険度はあくまでも推定なんだから、予想を超えることもあるよ。実際あそこまでのダンジョン主がいるなんて誰も想像できなかったと思う」
「でもまさか剣聖様が来てくださるなんて、本当に運が良かったです」
影で暗躍していたダンジョンマスターの存在を火王国に警告するには竜がいたことを公表しない訳にはいかないので、その辺りの面倒なことは師匠達に丸投げした。結果として竜を倒した手柄は剣聖様のものになったけど、その辺りの手柄は俺には必要ないのでどうでもよかった。
「アリアさんも意地悪よね。師匠が来てるならそう言ってくれれば良かったのに。師匠、私に何か言ってた?」
「え? ……ああ、うん。ダンジョンを調査する必要があるから会えないけど、ティナによろしくって言ってたよ」
「そう。……怒ってなかった?」
「え? 何で?」
「何でって、そりゃ、その……」
珍しく言葉を濁すティナ。
(なんだろ? ……あ、そうか。ティナとサーラ、師匠達にも黙って飛び出してきたんだっけ)
修行という名目を使ってはいるが二人は第三王子とは違って誰の許可も受けていない状況なんだ。師匠がどう思っているのか気になっても不思議ではないだろう。
(少しは安心させてあげたいな)
「勝手に旅に出るなんて困った弟子だって呆れてたけど、ティナらしいとも言ってたよ」
「そ、そう? 全身から冷気放ってなかった?」
「うん。ティナの行動を認めてる感じだったよ」
「そうなんだ」
ホッと息をつくティナ。
(やっぱり本当のことを言うべきかも)
姉さんは反対するだろうけど、二人のことを考えたら真実を伝えるべきかもしれない。
「あのさ。実は二人にーー」
「アロスさんは国に帰りたいですか?」
「え? 突然何?」
サーラが俺の言葉を遮るのは非常に珍しくて、ティナと一緒になって首を傾げた。
「そうよ。どうしたのよ?」
「いえ、今回はたまたま剣聖様達が居合わせていてくれたおかげで助かりましたが、一歩間違えれば死んでいてもおかしくありませんでした。元々この旅は私とティナが無理やり誘ったものですし。アロスさんがもう帰りたいと思うなら旅はここまでにしても構いません」
「でもサーラやティナはそれでいいの?」
このまま帰ればティナやサーラは聖王妃の命令を無視できずに第三王子と結婚することになる。
(いや、まぁ、俺のことなんだけどね)
ティナが自分の体をギュッと抱きしめた。
「私は……正直まだ帰りたくない。でもアンタが死んじゃう方がもっと嫌だから、サーラの言うことも分かる」
ティナとサーラは二人して暗い面持ちで俯いた。俺はそんな二人の手をそっと握る。
「聞いて。俺は二人に危険なことはして欲しくない。だから二人が旅を止めたいと思っているなら今すぐにでも聖王国に帰ろう」
二人が寂しそうな顔を浮かべる。俺は握っている手に力を入れた。
「でも、本当は帰りたくないのに俺の為を思っての行動なら止めて欲しい。俺は好きなことをやってる二人が好きだから。だから俺の為にやりたいことを諦めないで欲しいんだ」
「でも、危ないわよ?」
「ティナには隠してたけど、俺って結構強いんだよ」
「後悔しませんか? 今日みたいな危険がこれからもきっとありますよ?」
「二人の力になれないこと以上に悔やむことなんて、俺にはないよ」
「馬鹿」
「アロスさん」
俺達は互いの体をそっと抱きしめあった。
(やっぱりもう隠せない)
大切な幼馴染みの温もりを感じながら、秘密を打ち明ける覚悟を固める。
「……実は二人に言っておきたいことがあるんだ。多分凄く驚くと思うけど、落ち着いて聞いて欲しい」
「何?」
「何ですか?」
二人の身体がそっと離れる。葛藤は、思ったよりも小さかった。
「実は…………俺が第三王子なんだ」
「「えっ!?」」
「信じられないのは分かる。でもーー」
「ブァッハッハッハ!!」
今までの空気をぶち壊して腹を抱えるティナに、俺は目を見開いた。
(え? 思ってた反応と違う)
真実を告げた時のリアクションは何度か想像したが、現実は俺の予想の斜め上を行った。
「あの、ティナ? ここ、笑うところじゃないからね」
「アンタって奴は、真面目な顔して何を言うかと思えば……ククッ、ま、待って! まだお腹痛い」
(俺は頭が痛いんだけど)
でも落ち込んでいたティナがせっかく笑えているので、俺は余計なことは言わずに幼馴染みが落ち着くのを待った。
「……は~、笑った笑った。よし! アロスのお陰で気持ちを切り替えられたわ。そもそもちょっと危険な目にあったくらいで弱気になるなんて私らしくなかったわね。気合入れなさいよアンタたち、明日からまたバリバリ冒険するわよ。んで、聖王国に戻る時は大手柄をあげて、堂々と帰るわよ」
「う、うん。いいんじゃないかな。でも、あの、俺が第三王子という話は……」
「いや、どんなに面白いネタでも連発されると、途端に劣化するから」
一世一代の告白がまさかのネタ扱い。
「え、えーと。サーラ?」
「私も面白かったです。それに本当にそうだったらどんなに良かったことか」
「いや、本当にそうなんだけどね」
「はいはい、私の王子様。それじゃあ冒険に備えてそろそろ休むわ。アロスも今日は大人しく寝てるのよ」
「う、うん」
「では私も。アロスさん、少しでも体調に異変を感じたらすぐに教えてくださいね」
「……分かった」
そして俺は部屋を出て行く二人の背中を大人しく見送った。
バタン! と扉が閉まる。
「…………言葉って難しい」
どこに冗談と取られる要素があっただろうか? 不思議に思い俺が会話を思い返しているとーー
「あの、私達はもう頭を上げてもよろしいでしょうか?」
「わっ!? えっ!? あっ、居たんだ」
ずっと床に額をくっ付けていた二人の存在に、飛び跳ねるのだった。
地面に膝をついて頭を深く下げるリラザイアさん。その横ではリリラさんの額が地面にのめり込んでいた。
「頭を上げてください。あの状況なら仕方のないことですよ」
「いいえ。異常を察知しておきながら、まさかアロス様方を見捨てて私だけを助けるなんて……。従者の無礼は主人である私の責任。何と言って詫びればいいか。ほら、リリラ。貴方も頭を下げなさい。っと言うかちゃんと謝罪しなさいな」
「……申し訳ありませんでした」
大地にキスをしているリリラさんの声は酷くくぐもっていた。
「いいですから。そこまでしなくていいですから。と言うかリラザイアさん、それ以上はリリラさんの頭がえらいことに。ねぇ、二人も何か言ってあげてよ」
意外な責任感の強さを発揮するリラザイアさんを説得すべく、いつにない至近距離で俺の左右の腕をひしりと掴んでいるティナとサーラに助けを求める。
二人は地面に引っ付いている主従には目もくれずに俺の体を触りまくった。
「ねぇ、本当に大丈夫なの? どっか気分悪かったりしない?」
「守護精霊を砕かれたと言いましたが、肉体に異常は? 魔力は正常に流れてますか?」
「だ、大丈夫だってば」
ダンジョンを出てから宿屋に戻るまで百回は似たようなやりとりを繰り返したが、俺を心配してくれるティナとサーラが可愛いのでしつこいとは言えずにいた。
「それにしてもまさかあのダンジョンが危険度Sのダンジョンなんて、そんなの普通に軍が出動するレベルでしょ。あのアホ姫め。今度あったらコテンパにしてやるわ」
仕事を斡旋してくれたお姫様を思い浮かべているのだろう。ティナが拳を鳴らす。
「推定危険度はあくまでも推定なんだから、予想を超えることもあるよ。実際あそこまでのダンジョン主がいるなんて誰も想像できなかったと思う」
「でもまさか剣聖様が来てくださるなんて、本当に運が良かったです」
影で暗躍していたダンジョンマスターの存在を火王国に警告するには竜がいたことを公表しない訳にはいかないので、その辺りの面倒なことは師匠達に丸投げした。結果として竜を倒した手柄は剣聖様のものになったけど、その辺りの手柄は俺には必要ないのでどうでもよかった。
「アリアさんも意地悪よね。師匠が来てるならそう言ってくれれば良かったのに。師匠、私に何か言ってた?」
「え? ……ああ、うん。ダンジョンを調査する必要があるから会えないけど、ティナによろしくって言ってたよ」
「そう。……怒ってなかった?」
「え? 何で?」
「何でって、そりゃ、その……」
珍しく言葉を濁すティナ。
(なんだろ? ……あ、そうか。ティナとサーラ、師匠達にも黙って飛び出してきたんだっけ)
修行という名目を使ってはいるが二人は第三王子とは違って誰の許可も受けていない状況なんだ。師匠がどう思っているのか気になっても不思議ではないだろう。
(少しは安心させてあげたいな)
「勝手に旅に出るなんて困った弟子だって呆れてたけど、ティナらしいとも言ってたよ」
「そ、そう? 全身から冷気放ってなかった?」
「うん。ティナの行動を認めてる感じだったよ」
「そうなんだ」
ホッと息をつくティナ。
(やっぱり本当のことを言うべきかも)
姉さんは反対するだろうけど、二人のことを考えたら真実を伝えるべきかもしれない。
「あのさ。実は二人にーー」
「アロスさんは国に帰りたいですか?」
「え? 突然何?」
サーラが俺の言葉を遮るのは非常に珍しくて、ティナと一緒になって首を傾げた。
「そうよ。どうしたのよ?」
「いえ、今回はたまたま剣聖様達が居合わせていてくれたおかげで助かりましたが、一歩間違えれば死んでいてもおかしくありませんでした。元々この旅は私とティナが無理やり誘ったものですし。アロスさんがもう帰りたいと思うなら旅はここまでにしても構いません」
「でもサーラやティナはそれでいいの?」
このまま帰ればティナやサーラは聖王妃の命令を無視できずに第三王子と結婚することになる。
(いや、まぁ、俺のことなんだけどね)
ティナが自分の体をギュッと抱きしめた。
「私は……正直まだ帰りたくない。でもアンタが死んじゃう方がもっと嫌だから、サーラの言うことも分かる」
ティナとサーラは二人して暗い面持ちで俯いた。俺はそんな二人の手をそっと握る。
「聞いて。俺は二人に危険なことはして欲しくない。だから二人が旅を止めたいと思っているなら今すぐにでも聖王国に帰ろう」
二人が寂しそうな顔を浮かべる。俺は握っている手に力を入れた。
「でも、本当は帰りたくないのに俺の為を思っての行動なら止めて欲しい。俺は好きなことをやってる二人が好きだから。だから俺の為にやりたいことを諦めないで欲しいんだ」
「でも、危ないわよ?」
「ティナには隠してたけど、俺って結構強いんだよ」
「後悔しませんか? 今日みたいな危険がこれからもきっとありますよ?」
「二人の力になれないこと以上に悔やむことなんて、俺にはないよ」
「馬鹿」
「アロスさん」
俺達は互いの体をそっと抱きしめあった。
(やっぱりもう隠せない)
大切な幼馴染みの温もりを感じながら、秘密を打ち明ける覚悟を固める。
「……実は二人に言っておきたいことがあるんだ。多分凄く驚くと思うけど、落ち着いて聞いて欲しい」
「何?」
「何ですか?」
二人の身体がそっと離れる。葛藤は、思ったよりも小さかった。
「実は…………俺が第三王子なんだ」
「「えっ!?」」
「信じられないのは分かる。でもーー」
「ブァッハッハッハ!!」
今までの空気をぶち壊して腹を抱えるティナに、俺は目を見開いた。
(え? 思ってた反応と違う)
真実を告げた時のリアクションは何度か想像したが、現実は俺の予想の斜め上を行った。
「あの、ティナ? ここ、笑うところじゃないからね」
「アンタって奴は、真面目な顔して何を言うかと思えば……ククッ、ま、待って! まだお腹痛い」
(俺は頭が痛いんだけど)
でも落ち込んでいたティナがせっかく笑えているので、俺は余計なことは言わずに幼馴染みが落ち着くのを待った。
「……は~、笑った笑った。よし! アロスのお陰で気持ちを切り替えられたわ。そもそもちょっと危険な目にあったくらいで弱気になるなんて私らしくなかったわね。気合入れなさいよアンタたち、明日からまたバリバリ冒険するわよ。んで、聖王国に戻る時は大手柄をあげて、堂々と帰るわよ」
「う、うん。いいんじゃないかな。でも、あの、俺が第三王子という話は……」
「いや、どんなに面白いネタでも連発されると、途端に劣化するから」
一世一代の告白がまさかのネタ扱い。
「え、えーと。サーラ?」
「私も面白かったです。それに本当にそうだったらどんなに良かったことか」
「いや、本当にそうなんだけどね」
「はいはい、私の王子様。それじゃあ冒険に備えてそろそろ休むわ。アロスも今日は大人しく寝てるのよ」
「う、うん」
「では私も。アロスさん、少しでも体調に異変を感じたらすぐに教えてくださいね」
「……分かった」
そして俺は部屋を出て行く二人の背中を大人しく見送った。
バタン! と扉が閉まる。
「…………言葉って難しい」
どこに冗談と取られる要素があっただろうか? 不思議に思い俺が会話を思い返しているとーー
「あの、私達はもう頭を上げてもよろしいでしょうか?」
「わっ!? えっ!? あっ、居たんだ」
ずっと床に額をくっ付けていた二人の存在に、飛び跳ねるのだった。
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