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ぽかぽかなお話
おばけ傘とくるくるり
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ある雨の日、公園のベンチに一本の黒い傘が立て掛けてありました。
そこへ一人の女性が重い足取りで歩いてきました。
びしょ濡れになっている女性の目は僅かに赤く腫れています。
「ちょいと、そこのお嬢」
突然知らない男の声が聞こえた女性は思わず顔を上げ、辺りを見渡しました。けれども人の姿はありません。
どうやら幻聴でも聞こえたらしい。
そう思った彼女がベンチの前を通り過ぎようとした時、再び声がしました。
「お嬢、無視するんじゃないよ」
女性は足を止め、声の聞こえた方をしっかりと向きました。その視線の先には、ベンチに立て掛けられた一本の傘があるだけでした。
「お嬢今こっち見てるな。そのままこっちに来い。そうそう」
声に導かれるまま、女性は戸惑いつつも傘に近づきます。
そして声は言いました。
「お嬢、おいらを使いな」
「……あの」
初めて女性が言葉を発しました。
「なんだい?お嬢」
「その呼び方、やめてくれませんか」
その言葉は少し滑舌が悪いように聞こえましたが、声の持ち主にはちゃんと伝わりました。
「そうか……じゃあなんて呼びゃいいんだい?」
「るりです。くるく、るり」
「えらいユーモアのある名前だなぁ」
「それはどうも、では」
立ち去ろうとする女性を、声は慌てて引き留めます。
「おいこら。るり嬢、おいらを使いなって」
女性は立ち止まると、くるりと振り返って言いました。
「……いいんです。傘持ってたら、濡れてるのが雨だけじゃないってわかっちゃうから」
「おいらは別に気にしないぞ?」
「私が、気にしますから」
「……おいらこう見えてでけぇからさ、おまえさんの顔すっぽり隠しちまうよ?」
女性は少し考えた末に、戻ってきて傘を手に取りました。
「そこまで言うなら、お邪魔します」
「おう!」
女性は傘を広げると、ゆっくりと歩き出しました。
「ところで、あなた何者なんですか?」
「おいらかい?どこにでもある普通の傘だよ」
「嘘つき。普通の傘は喋ったりしません」
「そりゃそうだな。まぁ、簡単に言うならおばけになった傘だよ」
「おばけになった傘?」
「そう、持ち主に忘れられたまんま何年も経つとな、おばけ傘になっちまうんだよ」
「……ほう、あなたにもそんな悲しい過去が。すみません」
女性が申し訳なさそうに謝ってきたので、声は慌てた様子でこう言いました。
「そんな気にするこたぁないさ、るり嬢。おいらより自分のこと気にしような」
「……はい」
女性は小さく返事をした後、誰かに語りかけるように言葉を紡ぎ出しました。
「上司に叱られたんです。『最近ミスが目立つ』って。完璧にやろうって、ミスしないよう意識しなきゃって。わかってるのに、空回ってばかり。自分が嫌になります」
声は話を聞き終えると、真面目な調子で言いました。
「るり嬢、おいらを三回くらい回してみな」
「え?」
「いいから」
「いやでも、目を回したりとか……」
「んなこと気にすんな。いいから回せって」
「は、はい」
女性は言われるがままに傘をくるくると回してみましたが、何も起こりません。
「何も起こりませんけど……」
「そうだな。けど、ちっとは嫌なこと忘れられたんじゃねぇか?」
「……くだらない」
女性は口ではそう言ったものの、その顔には笑みが浮かんでいました。
「くだらなくていいんだよ。肩の力抜いて、楽に構えときゃなんとかなる!」
「ふふっ。適当なこと言うおばけ傘だこと」
「何を言うか。適当なのも結構良いんだぞ?」
「まぁ、そうかもね」
ふと気がつけば、女性の表情と心は天気に反して晴れやかになっていました。
そこへ一人の女性が重い足取りで歩いてきました。
びしょ濡れになっている女性の目は僅かに赤く腫れています。
「ちょいと、そこのお嬢」
突然知らない男の声が聞こえた女性は思わず顔を上げ、辺りを見渡しました。けれども人の姿はありません。
どうやら幻聴でも聞こえたらしい。
そう思った彼女がベンチの前を通り過ぎようとした時、再び声がしました。
「お嬢、無視するんじゃないよ」
女性は足を止め、声の聞こえた方をしっかりと向きました。その視線の先には、ベンチに立て掛けられた一本の傘があるだけでした。
「お嬢今こっち見てるな。そのままこっちに来い。そうそう」
声に導かれるまま、女性は戸惑いつつも傘に近づきます。
そして声は言いました。
「お嬢、おいらを使いな」
「……あの」
初めて女性が言葉を発しました。
「なんだい?お嬢」
「その呼び方、やめてくれませんか」
その言葉は少し滑舌が悪いように聞こえましたが、声の持ち主にはちゃんと伝わりました。
「そうか……じゃあなんて呼びゃいいんだい?」
「るりです。くるく、るり」
「えらいユーモアのある名前だなぁ」
「それはどうも、では」
立ち去ろうとする女性を、声は慌てて引き留めます。
「おいこら。るり嬢、おいらを使いなって」
女性は立ち止まると、くるりと振り返って言いました。
「……いいんです。傘持ってたら、濡れてるのが雨だけじゃないってわかっちゃうから」
「おいらは別に気にしないぞ?」
「私が、気にしますから」
「……おいらこう見えてでけぇからさ、おまえさんの顔すっぽり隠しちまうよ?」
女性は少し考えた末に、戻ってきて傘を手に取りました。
「そこまで言うなら、お邪魔します」
「おう!」
女性は傘を広げると、ゆっくりと歩き出しました。
「ところで、あなた何者なんですか?」
「おいらかい?どこにでもある普通の傘だよ」
「嘘つき。普通の傘は喋ったりしません」
「そりゃそうだな。まぁ、簡単に言うならおばけになった傘だよ」
「おばけになった傘?」
「そう、持ち主に忘れられたまんま何年も経つとな、おばけ傘になっちまうんだよ」
「……ほう、あなたにもそんな悲しい過去が。すみません」
女性が申し訳なさそうに謝ってきたので、声は慌てた様子でこう言いました。
「そんな気にするこたぁないさ、るり嬢。おいらより自分のこと気にしような」
「……はい」
女性は小さく返事をした後、誰かに語りかけるように言葉を紡ぎ出しました。
「上司に叱られたんです。『最近ミスが目立つ』って。完璧にやろうって、ミスしないよう意識しなきゃって。わかってるのに、空回ってばかり。自分が嫌になります」
声は話を聞き終えると、真面目な調子で言いました。
「るり嬢、おいらを三回くらい回してみな」
「え?」
「いいから」
「いやでも、目を回したりとか……」
「んなこと気にすんな。いいから回せって」
「は、はい」
女性は言われるがままに傘をくるくると回してみましたが、何も起こりません。
「何も起こりませんけど……」
「そうだな。けど、ちっとは嫌なこと忘れられたんじゃねぇか?」
「……くだらない」
女性は口ではそう言ったものの、その顔には笑みが浮かんでいました。
「くだらなくていいんだよ。肩の力抜いて、楽に構えときゃなんとかなる!」
「ふふっ。適当なこと言うおばけ傘だこと」
「何を言うか。適当なのも結構良いんだぞ?」
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ふと気がつけば、女性の表情と心は天気に反して晴れやかになっていました。
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