9 / 10
9 次は
しおりを挟む
窓を開け、昇ってくる朝日を見つめる。カップに注いだコーヒーに、ゆっくりと砂糖を落とす。誰の気配もない部屋に、スプーンでかき混ぜる音が響く。その苦さをじっくりと味わう。窓からの風に、結衣の生きた証が髪の上で揺れる。何年も経った今でも、透き通る水色は、輝きを失っていない。この朝日は、なぜかやけに眩しかった。もう、ここに立つ理由がない気がしていた。
でも、このまま終わるわけにはいかない。結衣は自分の死を私に繋いだ。やることは一つだ。私の心は希望で染まっている。結衣は命を投げ出したんじゃない。そう考えなければ、私は立っていられなかった。
でも、本当はわかっている。
結衣は、生きたかった。
ずっと、私の不注意で結衣を殺したと思っていた。けど、今ならわかる。私たちが出会ったのは意味があった。もし私と出会っていなかったら、結衣は孤独に、自殺をしていたかもしれない。結衣が私を救ってくれたように、私は結衣を救えたと言えるのだろうか。あの日、答えを聞きたかった。髪飾りをつけ直し、短くなった髪を結んだ。段ボールに服や化粧道具を詰め込んだ。長くいた部屋が、少しずつ“空”になっていく。この部屋には、テーブルの上のコーヒカップだけがいつも通り、そこにあった。扉を開け、もう一度太陽の光を浴びる。誰もいなくなった花壇に、水を軽く撒く。最後に、結衣と出会った踏切を見ておきたい。手ぶらで踏切への道を歩く。髪を靡かせる秋の風が心地いい。不思議なほど穏やかな気持ちだ。あの日の警告音が聞こえ、踏切が見えた頃だった。まだ若い男がいた。虚ろな目で下を見て、線路に座り込んでいる。彼は、もう希望が見出せなくなったのだろうか。だが、私には見える。彼は、ここでは死なない未来だ。そして私は――そういう役割じゃない。するべきことがわかった。電車が見えると同時に、私は駆け出した。線路に飛び出し、彼の体を力一杯押した。目を見開いて線路脇に倒れ込む彼を見た。その瞬間、ものすごい風を感じ、周りの音が消えた。視界が闇に染まる、その直前。
私は、ひとつだけ違和感を覚えた。
――見えない。
いつもなら、来るはずのものが、何も視えなかった。
時間も、終わりも、冷たい確信も。
ただ、強い風と、胸を打つ鼓動だけがあった。
体が地面に転がり、息が詰まる。
遠くで、誰かの声が聞こえた気がする。
でも、もうどうでもよかった。
私は、生きている。
その事実だけが、遅れて、静かに胸に落ちてきた。
線路の向こうで、若い男が泣き崩れているのが見えた。
肩を抱えられ、震えながら、何度も頭を下げていた。
私は立ち上がろうとして、うまく足に力が入らず、その場に座り込んだ。
空を見上げる。
朝とも昼ともつかない、淡い光。
――ああ。
私は、今日も、ここにいる。
理由はわからない。
意味も、答えも、まだ見つからない。
でも、確かなことが一つだけあった。
結衣が、繋いだものは、ちゃんとここにある。
私は、もう一度、息を吸った。
でも、このまま終わるわけにはいかない。結衣は自分の死を私に繋いだ。やることは一つだ。私の心は希望で染まっている。結衣は命を投げ出したんじゃない。そう考えなければ、私は立っていられなかった。
でも、本当はわかっている。
結衣は、生きたかった。
ずっと、私の不注意で結衣を殺したと思っていた。けど、今ならわかる。私たちが出会ったのは意味があった。もし私と出会っていなかったら、結衣は孤独に、自殺をしていたかもしれない。結衣が私を救ってくれたように、私は結衣を救えたと言えるのだろうか。あの日、答えを聞きたかった。髪飾りをつけ直し、短くなった髪を結んだ。段ボールに服や化粧道具を詰め込んだ。長くいた部屋が、少しずつ“空”になっていく。この部屋には、テーブルの上のコーヒカップだけがいつも通り、そこにあった。扉を開け、もう一度太陽の光を浴びる。誰もいなくなった花壇に、水を軽く撒く。最後に、結衣と出会った踏切を見ておきたい。手ぶらで踏切への道を歩く。髪を靡かせる秋の風が心地いい。不思議なほど穏やかな気持ちだ。あの日の警告音が聞こえ、踏切が見えた頃だった。まだ若い男がいた。虚ろな目で下を見て、線路に座り込んでいる。彼は、もう希望が見出せなくなったのだろうか。だが、私には見える。彼は、ここでは死なない未来だ。そして私は――そういう役割じゃない。するべきことがわかった。電車が見えると同時に、私は駆け出した。線路に飛び出し、彼の体を力一杯押した。目を見開いて線路脇に倒れ込む彼を見た。その瞬間、ものすごい風を感じ、周りの音が消えた。視界が闇に染まる、その直前。
私は、ひとつだけ違和感を覚えた。
――見えない。
いつもなら、来るはずのものが、何も視えなかった。
時間も、終わりも、冷たい確信も。
ただ、強い風と、胸を打つ鼓動だけがあった。
体が地面に転がり、息が詰まる。
遠くで、誰かの声が聞こえた気がする。
でも、もうどうでもよかった。
私は、生きている。
その事実だけが、遅れて、静かに胸に落ちてきた。
線路の向こうで、若い男が泣き崩れているのが見えた。
肩を抱えられ、震えながら、何度も頭を下げていた。
私は立ち上がろうとして、うまく足に力が入らず、その場に座り込んだ。
空を見上げる。
朝とも昼ともつかない、淡い光。
――ああ。
私は、今日も、ここにいる。
理由はわからない。
意味も、答えも、まだ見つからない。
でも、確かなことが一つだけあった。
結衣が、繋いだものは、ちゃんとここにある。
私は、もう一度、息を吸った。
40
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる