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3rd Target ハルト
23 推理する令嬢と推理したい警部 三人称視点
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「さて、どうしたものやら」
サマンサは零すようにそう呟くと蜂蜜色の髪に指を絡め、弄ぶ。
心に負荷がかかった時、無意識に彼女がとる癖だ。
指先を毛に絡めたまま、サマンサはふと窓の外に視線を送った。
どんよりとした黒雲が空一面を覆っていた。
まるで現在の彼女の心を映したように……。
サマンサは一人、物思いに耽る。
エスメラルダに渡した希少な金属で作られた魔法の羽根ペンは、事態を打開する切り札だった。
しかし、エスメラルダが使いこなせる領域に達するとは思えない。
あくまで付け焼刃に過ぎない以上、それ以外の手を打つ必要があった。
サマンサは保険を掛けておく必要性を強く、感じていた。
現状、敵に先んじられている。
先の先を読まなければ、勝利を掴むことはできないと彼女は考えた。
「おじさまがたにも手を貸していただこうかしら?」
サマンサの瞳が妖しげな光を放った。
彼女に血の繋がった伯父や叔父はいない。
彼女の両親にも兄弟姉妹がいないので縁戚にもいない。
サマンサが言うおじとはかつて、王族に名を連ねていた元王子のことである。
王太子に最も近いと謳われた元第一王子やアイアランド大公と近しい元王子は野に下り、王家と距離を取った生き方を選んだ。
元第一王子ヒューバートはベルファストに置かれた世界資格者機構のアルスター支部で支部長を務めている。
その周囲には同じく、元王子の肩書を持つ面々が集い、馬鹿にならない勢力となっていた。
王国の自浄作用。
それが彼らに与えられた二つ名である。
そして、サマンサは密約を交わし、盟友となった幼馴染・シルヴェスターのことを考えた。
「世界を平和にするのが夢なんだ」と真顔で言う男だった。
全てが計算されているファッション天然と噂される男が、まさか本気でそう思っているとは誰も信じないだろう。
誤解されることの多い幼馴染に少しばかりの同情を寄せながらもサマンサは、冷静に状況を考えた。
世界を平和にしたいと願うシルヴェスターは何よりも種の協和を目指していた。
そのことを知らないサマンサではない。
そうである以上、今回の殺人事件が彼の願いに悪影響を与えるであろうことも。
被害者のアントニー・マックイーンは貴族院議員であり、悪名高い種族差別主義者だった。
議会で審議中の亜人法を強行採決しようと画策していたことも知られている。
この亜人法は人類――ホモサピエンス以外の種族の権限を著しく、制限するもので時代に逆行すると周辺諸国からも釘を刺されていた代物だった。
そのような人物が被害者となり、容疑者とされる人物は言わば、渦中にある亜人だった。
ウィステリア家の権力を存分に使い、報道を止めているがそれにも限界がある。
もしも明らかになれば、膠着状態になっている亜人排斥の支持者と亜人の対立が取り返しのつかないことになるだろう。
「でも、捜査の指揮をしているのは確か……問題ないわね」
サマンサは髪を弄んでいた指を止め、笑みをこぼした。
捜査の現場指揮を執るのが、ベルファスト警察のマクレガー警部だからだ。
悪い噂はないがいい噂もない。
特にこれといった秀でた面の無い警察官。
いまいちぱっとしない評価を下されているマクレガーだが、唯一にして最大の美点があった。
差別主義者ではなく、職務に忠実なことである。
しかし、サマンサは大事なことを忘れていた。
マクレガーは現場に並々ならぬ熱意を持つ人物であることを……。
マクレガーの先祖はスコットランドヤードの警察官だった。
世界的に人気のある某名探偵に捜査を依頼する警部を見かけたことがある。
その程度の接点しかない。
だが先祖代々、かの名探偵と警部のように難事件を解決するという見果てぬ夢に憑りつかれていた。
当代のマクレガーもまた、その一人である。
「この事件、吾輩が絶対に解決するのである」
マクレガーが捜査本部で意気揚々と宣言していたことをサマンサは知らない……。
サマンサは零すようにそう呟くと蜂蜜色の髪に指を絡め、弄ぶ。
心に負荷がかかった時、無意識に彼女がとる癖だ。
指先を毛に絡めたまま、サマンサはふと窓の外に視線を送った。
どんよりとした黒雲が空一面を覆っていた。
まるで現在の彼女の心を映したように……。
サマンサは一人、物思いに耽る。
エスメラルダに渡した希少な金属で作られた魔法の羽根ペンは、事態を打開する切り札だった。
しかし、エスメラルダが使いこなせる領域に達するとは思えない。
あくまで付け焼刃に過ぎない以上、それ以外の手を打つ必要があった。
サマンサは保険を掛けておく必要性を強く、感じていた。
現状、敵に先んじられている。
先の先を読まなければ、勝利を掴むことはできないと彼女は考えた。
「おじさまがたにも手を貸していただこうかしら?」
サマンサの瞳が妖しげな光を放った。
彼女に血の繋がった伯父や叔父はいない。
彼女の両親にも兄弟姉妹がいないので縁戚にもいない。
サマンサが言うおじとはかつて、王族に名を連ねていた元王子のことである。
王太子に最も近いと謳われた元第一王子やアイアランド大公と近しい元王子は野に下り、王家と距離を取った生き方を選んだ。
元第一王子ヒューバートはベルファストに置かれた世界資格者機構のアルスター支部で支部長を務めている。
その周囲には同じく、元王子の肩書を持つ面々が集い、馬鹿にならない勢力となっていた。
王国の自浄作用。
それが彼らに与えられた二つ名である。
そして、サマンサは密約を交わし、盟友となった幼馴染・シルヴェスターのことを考えた。
「世界を平和にするのが夢なんだ」と真顔で言う男だった。
全てが計算されているファッション天然と噂される男が、まさか本気でそう思っているとは誰も信じないだろう。
誤解されることの多い幼馴染に少しばかりの同情を寄せながらもサマンサは、冷静に状況を考えた。
世界を平和にしたいと願うシルヴェスターは何よりも種の協和を目指していた。
そのことを知らないサマンサではない。
そうである以上、今回の殺人事件が彼の願いに悪影響を与えるであろうことも。
被害者のアントニー・マックイーンは貴族院議員であり、悪名高い種族差別主義者だった。
議会で審議中の亜人法を強行採決しようと画策していたことも知られている。
この亜人法は人類――ホモサピエンス以外の種族の権限を著しく、制限するもので時代に逆行すると周辺諸国からも釘を刺されていた代物だった。
そのような人物が被害者となり、容疑者とされる人物は言わば、渦中にある亜人だった。
ウィステリア家の権力を存分に使い、報道を止めているがそれにも限界がある。
もしも明らかになれば、膠着状態になっている亜人排斥の支持者と亜人の対立が取り返しのつかないことになるだろう。
「でも、捜査の指揮をしているのは確か……問題ないわね」
サマンサは髪を弄んでいた指を止め、笑みをこぼした。
捜査の現場指揮を執るのが、ベルファスト警察のマクレガー警部だからだ。
悪い噂はないがいい噂もない。
特にこれといった秀でた面の無い警察官。
いまいちぱっとしない評価を下されているマクレガーだが、唯一にして最大の美点があった。
差別主義者ではなく、職務に忠実なことである。
しかし、サマンサは大事なことを忘れていた。
マクレガーは現場に並々ならぬ熱意を持つ人物であることを……。
マクレガーの先祖はスコットランドヤードの警察官だった。
世界的に人気のある某名探偵に捜査を依頼する警部を見かけたことがある。
その程度の接点しかない。
だが先祖代々、かの名探偵と警部のように難事件を解決するという見果てぬ夢に憑りつかれていた。
当代のマクレガーもまた、その一人である。
「この事件、吾輩が絶対に解決するのである」
マクレガーが捜査本部で意気揚々と宣言していたことをサマンサは知らない……。
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