【完結】(自称)モブ令嬢は見た

黒幸

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終幕

34 狂い咲きの戦乙女① 三人称視点

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 ヒラリー・ゲッテンズはゲッテンズ男爵家で生まれた。
 ゲッテンズ家は爵位こそ低かったが古き血を継ぐ、由緒正しい家だ。
 その先祖はかつて神話で謳われた伝説の存在・戦乙女だったと言われている。
 もっともそれを証明する手立てはないのだが……。

 当代の当主アントンは極めて、凡庸な人物である。
 しかし、それはあくまで貴族として捉えた場合の話だ。
 温厚篤実で朗らかな人柄はよく知られており、ややふくよかな体型に柔和な丸顔が怒った顔を見た者はいないと言われるほどの人格者だった。
 一方、有能な経営者としても著名であり、男爵家とはいえ、かなりの資産を有している。

 アントンはまた、血を貴ぶ貴族にあって、恋愛結婚を選択したのでも知られている。
 彼が選んだ女性ノーマは平民だった。
 ノーマが美しい女性であれば、真実の愛と騒ぎ立てられただろう。
 だが、彼女は整った顔立ちをしていたものの取り立てて美しくもなければ、派手な前歴があった訳でもなかった。
 ノーマの実家は商いを営んでいる。
 仕事で顔を突き合わせるようになった二人が、互いの内面を理解したうえで自然と恋に落ちただけなのだ。
 裕福ではあっても慎ましやかな生活を送る二人の未来は約束されたように明るい。
 誰もがそう考えていた。

 しかし、運命とは時に過酷な試練を課すものだ。
 ヒラリーがアントンとノーマの間に生まれた。
 一人娘である。
 幼少期から、ずば抜けた実力を示した。
 ただ、彼女は全く、笑わない。
 朗らかな両親とは対照的に無表情で感情を表現しようとしない子供だった。

 ヒラリーは一族の麒麟児と呼ばれるほど、期待を一身に受ける。
 明晰な頭脳と高い身体能力を持ち、十五の年を迎える頃、美しい少女に成長していた。
 しかし、相変わらず愛想は全くない。
 笑顔を見せることなく、両親さえ娘が明るく笑う姿を見たことがなかった。

 そして、ベルファストの学園に優秀な成績で入学した。
 男爵家でありながら、Aクラス入りを果たした優等生。
 全く、笑みを浮かべることがない氷の姫。
 ヒラリー・ゲッテンズも当初の評判は良かったのだ。

 彼女は生まれた時代を間違えたのだと歴史家が記述するだろう。
 王太子の座を争う王子や王家の存続を担わされた公女がいなければ、ヒラリーの人生が大きく狂うことはなかったのだと……。
 いかんせん彼女は目立ち過ぎた。
 王太子レースにおいて、彼女は価値があるトロフィーと同じ扱いを受けたのだ。
 第三王子ユリシーズは笑わない氷の姫君が、徐々に下卑た性根へと変貌していく様を楽しんでいた。
 隠していた食屍鬼の性を抑えきれずにいるとは当の本人も気付かない。
 何より、変貌した切っ掛けがまさか、ライバル――第二王子シルヴェスターにあろうとは思いもしなかった。

 王太子レースに波乱が生じたのはカードのジョーカーたる公女サマンサ・ウィステリアが重い腰を上げたからだ。
 結果として、ユリシーズは計画半ばに退場を余儀なくされ、終着点を同じくするサマンサとシルヴェスターが手を組む意外な幕引きとなった。
 巻き込まれただけと考えられたヒラリーは無罪放免とはいかないまでも罪を問われることなく、終わった。
 
 しかし、ヒラリーは単に権力ある者達の玩具にされただけの憐れな被害者なのだろうか?
 その真相は彼女自身の心の中にあった。
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