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終幕
35 狂い咲きの戦乙女② ヒラリー視点
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その声を聴いたのは多分、物心がついたくらいの頃だ。
誰もいないのにその声は囁く。
それでいいの?
今のままでいいの?
だから、私は答える。
それでいいし、今のままでいい。
私が我慢すれば、皆が幸せになれる。
パパとママも笑顔でいてくれる。
だから、私は笑わない。
笑ったら、全てが壊れてしまうから。
それでいいと思っていた。
我慢すれば、皆が褒めてくれる。
それで十分。
何を望むことがある?
何も望まない。
本当に?
それでいいの?
声は相変わらず、耳元で囁く。
まるで亡霊のように囁く。
あの日、何もかもが変わった。
彼――第二王子殿下のきれいな目を見た時に……。
殿下は金髪碧眼の王子様そのものだ。
それ以上でもそれ以下でもなく、私にとっては何の意味もない。
そう思っていた。
殿下の瞳が妖しい光を帯びて、輝いて見えた。
まるで玉虫のようにきれいで……。
自由になった。
解き放てば、楽だったんだ。
こんなにも清々しく、晴れやかになれるのなら、もっと早くからこうすればよかった。
パパとママはもう笑ってくれない。
だから、代わりに笑う。
でも、私が笑うと彼らは笑ってくれる。
どんなに愚かなことを言っても笑ってくれる。
ありえないように大口を開けて、笑っても笑ってくれる。
あぁ。
これで本当によかったのかな?
ふとそう思った。
笑ってくれた人達がみ~んな、いなくなっちゃった。
どうして、いなくなったんだろう?
あんなに幸せそうに笑っていたのにいなくなっちゃった。
何だか、虚しい。
どうしたらいいのか、分からなくなった。
町をあてもなく彷徨った。
目的も無ければ、行く先も無い。
ただ、そうでもしないと心がざわついて、落ち着かなかったから。
いつまでそうしていたのか、覚えていない。
気が付いたら、人気のない路地裏にいて、目の前に辻占い師のお姉さんがいた。
黒いレースのヴェールを被っていて、かなり胡散臭い。
黒髪がヴェールの隙間から、覗いている。
アジア系?
旧中国地域から移住してくる人が多いから、ありえそうだ。
「お嬢ちゃん、迷ってるわねぇ? お代はいらないから、みてあげましょうか」
「うん。お願い」
断れなかったし、断るつもりもなかった。
お姉さんの目は黒々と奇妙な輝きを放っていて、黒曜石みたいで魅入られたように見つめてしまった。
不思議なのは瞳に赤い十字架のような紋様が浮かんでいたことだろうか。
そう。
私は魅入られたのかもしれない。
断れない。
占ってもらわなきゃ……。
深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている。
そんな言葉が頭を過ぎった。
「お嬢ちゃんの未来はとても、とても明るくて、すごぉ~く幸せ。そうなれるわぁ」
「本当に?」
「ただし……」
「ただし? 何か、あるの?」
お姉さんは勿体つけるような言い方をする。
教えて欲しい。
条件があるの?
何だってあげる。
だから。
だから、私に答えを教えて。
「お嬢ちゃんの持ってるモノと私の持ってるコレ」
「何、これ? きれい……」
「そう。きれいでしょう? どう? 交換するだけであなたのバラ色の未来が約束されるんだよぉ? それって、とても、とてもラッキーだと思わなぁい?」
怪しい。
どう考えても怪しいのにお姉さんの持っている茜色のガラス玉から、目を離せない。
アレが欲しい。
アレをちょうだい。
また、声が囁く。
「あげるから、それをちょうだい」
「毎度、ありがとうございまぁす。そうそう。このキャンディも欠かさず、舐めてねぇ。約束だよぉ?」
お姉さんの口許が三日月のように弧を描いた。
それを最後に私の意識はぷつりと途絶えた。
気が付いたら、自室にいた。
ベッドに横になっていて……。
手にはしっかりとキャンディの入った袋を握っていた。
中にはあのお姉さんの目と同じような色をしたキャンディが入っている。
夢ではなかったんだ。
じゃあ、あのきれいな茜色のモノは私のモノになったんだね。
そうだよ。
自由だよ。
私は好きにしていいんだ。
あははははははは。
これ以降、ヒラリー・ゲッテンズの言動は歯止めが利かなくなっていくのだった……。
誰もいないのにその声は囁く。
それでいいの?
今のままでいいの?
だから、私は答える。
それでいいし、今のままでいい。
私が我慢すれば、皆が幸せになれる。
パパとママも笑顔でいてくれる。
だから、私は笑わない。
笑ったら、全てが壊れてしまうから。
それでいいと思っていた。
我慢すれば、皆が褒めてくれる。
それで十分。
何を望むことがある?
何も望まない。
本当に?
それでいいの?
声は相変わらず、耳元で囁く。
まるで亡霊のように囁く。
あの日、何もかもが変わった。
彼――第二王子殿下のきれいな目を見た時に……。
殿下は金髪碧眼の王子様そのものだ。
それ以上でもそれ以下でもなく、私にとっては何の意味もない。
そう思っていた。
殿下の瞳が妖しい光を帯びて、輝いて見えた。
まるで玉虫のようにきれいで……。
自由になった。
解き放てば、楽だったんだ。
こんなにも清々しく、晴れやかになれるのなら、もっと早くからこうすればよかった。
パパとママはもう笑ってくれない。
だから、代わりに笑う。
でも、私が笑うと彼らは笑ってくれる。
どんなに愚かなことを言っても笑ってくれる。
ありえないように大口を開けて、笑っても笑ってくれる。
あぁ。
これで本当によかったのかな?
ふとそう思った。
笑ってくれた人達がみ~んな、いなくなっちゃった。
どうして、いなくなったんだろう?
あんなに幸せそうに笑っていたのにいなくなっちゃった。
何だか、虚しい。
どうしたらいいのか、分からなくなった。
町をあてもなく彷徨った。
目的も無ければ、行く先も無い。
ただ、そうでもしないと心がざわついて、落ち着かなかったから。
いつまでそうしていたのか、覚えていない。
気が付いたら、人気のない路地裏にいて、目の前に辻占い師のお姉さんがいた。
黒いレースのヴェールを被っていて、かなり胡散臭い。
黒髪がヴェールの隙間から、覗いている。
アジア系?
旧中国地域から移住してくる人が多いから、ありえそうだ。
「お嬢ちゃん、迷ってるわねぇ? お代はいらないから、みてあげましょうか」
「うん。お願い」
断れなかったし、断るつもりもなかった。
お姉さんの目は黒々と奇妙な輝きを放っていて、黒曜石みたいで魅入られたように見つめてしまった。
不思議なのは瞳に赤い十字架のような紋様が浮かんでいたことだろうか。
そう。
私は魅入られたのかもしれない。
断れない。
占ってもらわなきゃ……。
深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている。
そんな言葉が頭を過ぎった。
「お嬢ちゃんの未来はとても、とても明るくて、すごぉ~く幸せ。そうなれるわぁ」
「本当に?」
「ただし……」
「ただし? 何か、あるの?」
お姉さんは勿体つけるような言い方をする。
教えて欲しい。
条件があるの?
何だってあげる。
だから。
だから、私に答えを教えて。
「お嬢ちゃんの持ってるモノと私の持ってるコレ」
「何、これ? きれい……」
「そう。きれいでしょう? どう? 交換するだけであなたのバラ色の未来が約束されるんだよぉ? それって、とても、とてもラッキーだと思わなぁい?」
怪しい。
どう考えても怪しいのにお姉さんの持っている茜色のガラス玉から、目を離せない。
アレが欲しい。
アレをちょうだい。
また、声が囁く。
「あげるから、それをちょうだい」
「毎度、ありがとうございまぁす。そうそう。このキャンディも欠かさず、舐めてねぇ。約束だよぉ?」
お姉さんの口許が三日月のように弧を描いた。
それを最後に私の意識はぷつりと途絶えた。
気が付いたら、自室にいた。
ベッドに横になっていて……。
手にはしっかりとキャンディの入った袋を握っていた。
中にはあのお姉さんの目と同じような色をしたキャンディが入っている。
夢ではなかったんだ。
じゃあ、あのきれいな茜色のモノは私のモノになったんだね。
そうだよ。
自由だよ。
私は好きにしていいんだ。
あははははははは。
これ以降、ヒラリー・ゲッテンズの言動は歯止めが利かなくなっていくのだった……。
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