【完結】(自称)モブ令嬢は見た

終幕

３９ 最後の手

　そこに立っていたのはゲッテンズ嬢ではない化け物だった。
　てらてらと血の色で塗れた肉そのものが形成した唇。
　そうとしか形容できない物体から、腕と足が生えていた。
　彼女はきれいな肌をしていたのにそんな面影はない。
　皮が剥がれ、肉が剥き出しになっていて、痛々しい。

　得体の知れない叫び声をゲッテンズ嬢だったモノが上げると取り囲んでいた方々が、ばたばたと倒れていく。
　衝撃波？
　それとも何かの音波なのだろうか。
　全員が昏倒して、身動き一つしない。
　目で見ると命に別状はないけれど、完全に意識を失っているようだ。

　体の構造の割に手足が貧相だからか、ゲッテンズ嬢だったモノは敏捷に動けないらしい。
　じりじりとにじり寄り、這い寄るようにゆっくりとしかし、確実にサマンサ様と殿下に近付いていた。

「まずいわ、ハリー」
「そうだな。まあ、安心しろ。お前は俺が守る！絶対にだ」

　え？
　この状況で何か、告白されたような……。
　咄嗟に反応できず、あやふやに首を縦に振ることしかできなかった。
　でも、ハリーは分かってくれたみたいで妙に恥ずかしい。

　いやいや。
　そういう場合ではないでしょう。
　非常にまずい状況であって、どうにかしないといけない。

　あの気丈なサマンサ様でもさすがにショックだったのだろう。
　顔色が悪く、今にも倒れそうだ。
　幸いなことに殿下が支えてくださったのと庇うように前に出てくださっているけど……。
　お二人は護衛対象であって、危険が及ぶ前に何とかするのが私とハリーに与えられた役目だと思う。

　その時、ゲッテンズ嬢だったモノが耳障りな声をこちらに向けて、放った。
　軽い風のようなものが通り過ぎたように感じる。
　でも、それは決して、気持ちのいい風ではなかった。
　ハリーが片膝をついて、肩で息をしていた。
　咄嗟に私を庇ったから、もろに風を受けてしまったのだ。

「ハリー！？　大丈夫なの？」
「大丈夫だ、これくらい」

　そう見えなかった。
　ハリーの再生する能力は明らかに落ちている。
　普通の人間よりは遥かにましではあるけど、怪我していいという訳ではない。
　何より、彼に怪我して欲しくない……。

　どうすればいい？
　私にできることが何か、あるはず。
　何かを忘れている？

　打ち合わせで何重にも策を講じた。
　警備の人員を増やし、質を高めるのはその一つだったけど、あっさりと破られた。
　不測の事態が起きた場合、どうするのか。

　思い出した。
　天井にちらりと目をやると不釣り合いなほどに豪華絢爛としたシャンデリアが煌々と輝いていた。
　あのシャンデリアはもしもの時の為に用意した最後の手段だ。

　場所は……。
　もう少しだ。
　タイミングはバッチリ。
　後は私がうまくできるかどうかにかかっている。