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第1章 最果ての地ニブルヘイム
第4話 黒衣の訪問者
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不自由な体ながらもそれを感じさせないリリアナの存在は霜の巨人の野望に変化をもたらした。
彼らは元より、ニブルヘイムに住まう者ではない。
彼らの故郷はニブルヘイムから南に位置するヨトゥンハイムだった。
ヨトゥンハイムもまた、気候が冷涼なことで知られる厳しい風土の地である。
それゆえ、ヨトゥンハイムの主産業が傭兵業となっていったのも自然の流れだったと言えよう。
元来、精強で知られる巨人族やその血を引いた者達が多く住まう土地だったことも影響していたのだ。
しかし、厳しいとは言ってもニブルヘイムとは雲泥の差がある。
ニブルヘイムは生物が生息すること自体が難しい。
北は流氷が押し寄せ、港すら使えなくなる極寒の北氷洋、南には高く聳える連峰がまるで牢獄のように取り囲んでいたのだ。
入るのも出るのも拒む天然の獄舎。
それがニブルヘイムだった。
ヨトゥンハイムの名の由来にもなった霜の巨人はかつて、狡猾なローゲの側に多く仕え、一世を風靡した一族だ。
ところが勇猛果敢で名を馳せた彼らはあまりにも実直すぎたのが災いしたらしい。
霜の巨人が力を持つことを危惧したローゲは危険な戦線に霜の巨人を送り込み、結果として彼らのほとんどが戦地で命を失っていったのである。
用済みとなった霜の巨人がありもしない罪をでっち上げられ、ニブルヘイムへと放逐されるまでさして、時間を要さなかった。
かくして、霜の巨人は復権を目指し、ニブルヘイムで生きてきたのだ。
いずれ、雪辱を果たさんと心に誓い、復讐の炎で身を焦がしていた彼らが変わり始めたのは三兄妹の世話を始めてからだった。
中でもまだ、幼きリリアナの姿が彼らの心に強く、刻み込まれた。
誰かを恨まずにはいられない不自由な体と過酷な環境。
それにも関わらず、花が綻ぶように可憐な姿を見せる幼子の姿に戦鬼とまで言われた巨人が変わった。
彼らの願いはいつしか、変わっていた。
リリアナが何不自由なく、生きていける世界を目指す、と……。
しかし、運命は時に過酷である。
リリアナを突如、襲った原因不明の病は容赦なく、その命を奪おうとしていた。
異常に上昇した体温を冷やそうと氷水を当てれば、あっという間に蒸発するほどの高熱である。
その熱に加え、両脚だけではなく、両腕にも異変が現れていた。
両手が指先まで紫に変色し始めていたのだ。
この事態にスカージを始めとした霜の巨人は何ら、手を打てずにいた。
まるで見計らったように吹き始めた凄まじい暴風雪がただの暴風雪ではない魔の吹雪だったからだ。
この影響により、転移門が使用できないだけではなく、連絡手段まで閉ざされていた。
「打つ手なしか」
スカージの掠れた声に誰も返事すら、出来ないほどに皆が憔悴していた。
激しく吹き荒れるブリザードの中、助けを呼びに行くと強行して出て行った長兄イザークを欠き、絶望が場を支配していた。
「僕の命をあげます。だから、妹をお助けください」
次兄イェレミアスは口下手で普段、滅多に口を開かない少年だ。
そんなイェレミアスだが、その心根は優しい。
妹を甲斐甲斐しく世話する姿は荒くれ者達の密かな癒しだった。
「その言葉に偽りないかのう?」
その奇妙な風体の老人はいつから、そこにいたのだろうか。
つばが広く、顔の半分を隠す大きな三角帽子を被り、修道士が着るローブに身を包んでいた。
闇を思わせる濡れ羽色の帽子とローブは老人から、漂う不気味な雰囲気をさらに増しているようだ。
「……こいつはもしかして。お前ら、やめるんだよ」
突如、現れた奇妙で失礼な老人にスカージも思わず、激昂して叩きだそうと考えたところで冷静さを取り戻した。
騒ぎ始めた他の霜の巨人を抑え、スカージが辿り着いた老人の正体は一人しかいない。
明らかにおかしいのだ。
「はい。僕の命でリリアナが助かるのなら、僕は喜んでこの命を差し上げます」
溢れ出る涙を拭おうともしないイェレミアスを見た霜の巨人達までもがもらい泣きを始める始末である。
「なれば、お主が自らの心臓を抉り出し、捧げるとしても相違ないかのう?」
「はい」
一切の逡巡なく、言い切ったイェレミアスを見る老人の視線にどこか、温かみがあると感じたのはスカージだけだった。
彼らは元より、ニブルヘイムに住まう者ではない。
彼らの故郷はニブルヘイムから南に位置するヨトゥンハイムだった。
ヨトゥンハイムもまた、気候が冷涼なことで知られる厳しい風土の地である。
それゆえ、ヨトゥンハイムの主産業が傭兵業となっていったのも自然の流れだったと言えよう。
元来、精強で知られる巨人族やその血を引いた者達が多く住まう土地だったことも影響していたのだ。
しかし、厳しいとは言ってもニブルヘイムとは雲泥の差がある。
ニブルヘイムは生物が生息すること自体が難しい。
北は流氷が押し寄せ、港すら使えなくなる極寒の北氷洋、南には高く聳える連峰がまるで牢獄のように取り囲んでいたのだ。
入るのも出るのも拒む天然の獄舎。
それがニブルヘイムだった。
ヨトゥンハイムの名の由来にもなった霜の巨人はかつて、狡猾なローゲの側に多く仕え、一世を風靡した一族だ。
ところが勇猛果敢で名を馳せた彼らはあまりにも実直すぎたのが災いしたらしい。
霜の巨人が力を持つことを危惧したローゲは危険な戦線に霜の巨人を送り込み、結果として彼らのほとんどが戦地で命を失っていったのである。
用済みとなった霜の巨人がありもしない罪をでっち上げられ、ニブルヘイムへと放逐されるまでさして、時間を要さなかった。
かくして、霜の巨人は復権を目指し、ニブルヘイムで生きてきたのだ。
いずれ、雪辱を果たさんと心に誓い、復讐の炎で身を焦がしていた彼らが変わり始めたのは三兄妹の世話を始めてからだった。
中でもまだ、幼きリリアナの姿が彼らの心に強く、刻み込まれた。
誰かを恨まずにはいられない不自由な体と過酷な環境。
それにも関わらず、花が綻ぶように可憐な姿を見せる幼子の姿に戦鬼とまで言われた巨人が変わった。
彼らの願いはいつしか、変わっていた。
リリアナが何不自由なく、生きていける世界を目指す、と……。
しかし、運命は時に過酷である。
リリアナを突如、襲った原因不明の病は容赦なく、その命を奪おうとしていた。
異常に上昇した体温を冷やそうと氷水を当てれば、あっという間に蒸発するほどの高熱である。
その熱に加え、両脚だけではなく、両腕にも異変が現れていた。
両手が指先まで紫に変色し始めていたのだ。
この事態にスカージを始めとした霜の巨人は何ら、手を打てずにいた。
まるで見計らったように吹き始めた凄まじい暴風雪がただの暴風雪ではない魔の吹雪だったからだ。
この影響により、転移門が使用できないだけではなく、連絡手段まで閉ざされていた。
「打つ手なしか」
スカージの掠れた声に誰も返事すら、出来ないほどに皆が憔悴していた。
激しく吹き荒れるブリザードの中、助けを呼びに行くと強行して出て行った長兄イザークを欠き、絶望が場を支配していた。
「僕の命をあげます。だから、妹をお助けください」
次兄イェレミアスは口下手で普段、滅多に口を開かない少年だ。
そんなイェレミアスだが、その心根は優しい。
妹を甲斐甲斐しく世話する姿は荒くれ者達の密かな癒しだった。
「その言葉に偽りないかのう?」
その奇妙な風体の老人はいつから、そこにいたのだろうか。
つばが広く、顔の半分を隠す大きな三角帽子を被り、修道士が着るローブに身を包んでいた。
闇を思わせる濡れ羽色の帽子とローブは老人から、漂う不気味な雰囲気をさらに増しているようだ。
「……こいつはもしかして。お前ら、やめるんだよ」
突如、現れた奇妙で失礼な老人にスカージも思わず、激昂して叩きだそうと考えたところで冷静さを取り戻した。
騒ぎ始めた他の霜の巨人を抑え、スカージが辿り着いた老人の正体は一人しかいない。
明らかにおかしいのだ。
「はい。僕の命でリリアナが助かるのなら、僕は喜んでこの命を差し上げます」
溢れ出る涙を拭おうともしないイェレミアスを見た霜の巨人達までもがもらい泣きを始める始末である。
「なれば、お主が自らの心臓を抉り出し、捧げるとしても相違ないかのう?」
「はい」
一切の逡巡なく、言い切ったイェレミアスを見る老人の視線にどこか、温かみがあると感じたのはスカージだけだった。
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