【完結】ラグナロクなんて、面倒なので勝手にやってくださいまし~ヘルちゃんの時にアンニュイなスローライフ~

黒幸

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第1章 最果ての地ニブルヘイム

第5話 リリス誕生

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「よろしい。ではここからはわしとその坊主だけで他の者には出てもらおうかのう」
「……」

 スカージにも言いたいことはあったが、それをグッと抑えると血気に逸る者達に軽く、鉄血制裁をしながら、退室していった。
 残されたのは熱に魘されるリリアナと謎の老人、イェレミアスだけだ。

「僕の心臓を捧げればいいんですか!?」
「待て待て。お主らはどうして、そう気が早いんかのう」

 今にも自分の胸に爪を突き立て、心臓を抉り出しかねないイェレミアスの様子に老人は半ば、呆れたように苦笑した。

「ではどうすれば、いいんですか」
「焦るでない。全てをわしに任せるのだ」

 老人が右腕を振り上げるとその手に穂先から、柄まで全てが漆黒に染め上げられた一振りの槍が握られていた。
 穂先の先端部は二股に分かれているが、根の部分は螺旋を描く奇抜な意匠の槍だ。
 穂先と柄が繋がっている場所にいくつかの魔石が填め込まれており、普通の槍ではないことが素人目にも分かる物だった。

「この槍はのう。始まりにして終わりなんじゃ。分かるかのう?」
「分かりません」

 老人が槍を構え、その穂先をリリアナに向けたことでイェレミアスは動揺を隠せない。
 その穂先がせめて、妹の体を傷つけないようにと我が身を使って、庇うことしか出来なかった。

「この娘の症状は魔力過多じゃ。強すぎる魔力に肉体が追い付かんのじゃよ。わしが良く知る者にも似た症状の者がおってのう。良く分かるんじゃ」
「その方は……今?」
「元気じゃ。ああ、とてものう。元気じゃな」

 老人の言葉にイェレミアスの表情に初めて、希望の色が浮かんだ。

「先程の言葉に嘘偽りはないのかのう?」
「はい。僕はどうなってもかまいません」
「そうか……」

 イェレミアスに迷いはない。
 最愛の妹が助かるのであれば、この少年は自分の命を投げ捨てることを覚悟している。
 その眼差しと言葉に老人は目を細め、隻眼をやや潤ませながら、手にした槍を握る拳に力を込めた。

「お主という存在が消えてしまっても後悔はないんじゃない?」
「はい」
「あいわかったぞい。お主の覚悟、確かに受け取った……」

 漆黒の槍がイェレミアスの心の臓を貫くと不思議なことが起こった。
 イェレミアスだった肉体の器は目に見えないほどに細かく裁断され、槍の穂先へと吸収されていく。
 その全てを吸収し終えた槍の穂先は禍々しい血の色に変貌していた。

「仕上げかのう」

 老人が真紅の穂先をリリアナの心臓に目掛け、突き立てると穂先を染め上げていた血色がまるでリリアナに乗り移ったように消えていく。
 やがて、漆黒の穂先に戻った槍を静かに引き抜くと老人はそれまでの厳めしい表情を崩し、ふと温かみのある軽い笑みを浮かべ、静かにその姿を消した。

「魂は不滅じゃよ」

 呟きとともにまるで闇に溶け込むように消えていった……。



 異変を感じたスカージが、駆け付けた時には既に老人の姿はなかった。
 イェレミアスの姿もそこにない。
 残されていたのは彼が着ていた装束一式だけ。

「姫……様?」

 スカージは己が目に映ったものを信じられないのか、何度も瞬いてはまなこを擦る。
 そこには己の二本の足でしっかりと立つリリアナの姿があった。
 ベッドに横たわり、高熱にうなされていた。
 今夜が峠と言われ、命の灯が消えかかっていた。
 そのリリアナが五体満足な状態で立っているのだ。
 己の目を疑うのは無理もないことだろう。

「リリアナ姫?」
。あたちはリリアナではありましぇんの。あたちはでしゅわ」

 間違いない。
 スカージは気付いてしまった。
 リリアナが乳飲み子の頃から、側に仕えている乳母である彼女だからこそ、気付けたのだとも言える。
 発音する際にさ行がはっきりと発音出来ないのはまだ、幼さが残っているリリアナの癖の一つだ。

 あの老人はやはり、救助者オーディンだった。
 イェレミアスの姿が消え失せ、リリアナが助かった。
 だから、リリアナの体に異変が起きたのだろう。
 お尻から、伸びている尻尾は黒い鱗でびっしりと覆われていて、ヨルムンガンドそのものではないか。
 両手の爪が異常に長く鋭くなり、血の色に変わったのも宝石のルビーのように美しい瞳に蛇を思わせる縦長の瞳孔が薄っすらと出ているのもその一端に過ぎない。
 兄を生贄のように捧げ、自らの命が長らえたことを幼いながらも自覚したリリアナが覚悟を決めたのだ。

 スカージが結論付けたこの推論は少なからず、当たっていたのだが当の本人はまだ、確証を掴んでいなかった。
 この時点ではまだ、半信半疑だったのである。

「忙しくなりましゅわ」

 そう言うとリリスは鉤爪のように長く鋭くなった右人差し指の爪を無意識のうちに齧ろうとしている。
 その様子を見たスカージは己の推論が正しかったことをはっきりと悟った。
 それもまた、リリアナの癖だったからだ。
 スカージがその忠誠心をさらに篤くしたのは言うまでもない。
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