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第11話 トリスちゃんと氷の貴公子

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 目を回して、倒れているライオネルを小柄なメイドさんが軽々と担いで、回収していく。
 カラビア家が武を重んじるとか、そういう話でもおかしいよね?
 どうなっているの?

 日常の風景なのか、この家の者は全く、動じていない。
 あれが日常風景とはカラビアのメイドは化け物か、と思わざるを得ない。

「先行と後行、どちらがいいですか?」
「あ……それでは後行でお願いします」

 リチャードは淡々と次の弓勝負を進めようとしている。
 その表情は表情筋が死んでいるのでは? と疑いたくなるほどに変化が見られない。

 彼の顔には打ち倒された兄を心配している素振りが欠片もないのだ。
 そして、正体の知れないわたしに対して、不安を抱いているようにも見えない。

 一発勝負なのにこの冷静さ。
 とても十三歳とは思えない。

 ナイジェル兄様も見習え! と言いたいところだが、あの人にはあの人のいいところがある。
 兄様から、優しさを取ったら、単なる脂肪の塊になってしまう……。

「それではお先に失礼します」

 おっと、いけない。
 つい現実逃避しかけていた。

 矢をつがえ、的を見据えて、弓を引き絞るリチャードの姿は絵になるくらいの美少年ぶりだ。
 切れ長の瞳に見つめられたら、卒倒する女子もいるのではないだろうか?

 わたしは普段、きれいなものに見慣れているせいか、特にどうということはない。
 力を込める所作がきれいで見惚れたりはしていないよ?
 決して、ないのだ。

「十点です」

 どこからか、現れたメイドさんが的の点数を確認して、良く通る声で読み上げた。
 紅茶色のおかっぱ頭を揺らしながら、メイドさんはけていく……。
 この家は一体、どうなっているのか!?

「ベアトリス嬢の番ですよ。どうぞ」
「あ、はい」
「え?」
「はい?」

 同じ弓を使うことでいかさまではないと証明出来るからだそうだ。
 十三歳の男子と八歳の女子が同じ弓を使う時点で十分にいかさまな気がしてならないのだが、そこは気にしたら、負け。
 気持ちで負けた時点で負けなのだ!

 わたしは履いていたブーツを脱ぎ、素足になっている。
 この開放感は自由を感じられる。
 足の指を動かせるだけでこんなにも自由を感じられるとは!

 そして、倒立をするとリチャードから弓を受け取った。
 足でね!

「ベ、ベアトリス嬢。その格好にはどのような意味があるのですか?」

 氷の貴公子のように崩れない態度を保っていたリチャードが初めて、感情を露わにした。
 あの女王なら、恐らく『受けますわ~。おハーブ生えますわ~』と優雅に笑っているのだろうか?
 わたしにはとても、そのような真似は出来ない。

「正々堂々と足で勝負するんですよ」

 睨まれているとはっきり、感じるくらいにリチャードの視線を感じるが気にしない。
 弓は心が大事。

 集中しないといけないのだ。
 足の指で器用に弓と矢を掴んで、地べたにぺたっと寝そべる。
 いわゆる海老反りの格好になって、矢を番え、弓を引き絞った。

「な、なんだって……そんな馬鹿な」

 あなたには出来ない。
 わたしには出来る。
 ただ、それだけのこと。

 柔軟性には自信があった。
 だから、このポーズを取って、弓を構えるまでは余裕なのだ。
 足の筋肉は腕よりも大きいから、腕力で負けていても反撃が出来るということを知らないのだろうか?

 知らなかったのでしょうね。
 切れ長の目がまん丸になるくらい、驚いているところを見ると……。
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