終わりを迎えたその後で~蒼き炎の聖女かく語りき~

黒幸

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3 三王子の輪舞曲

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 それは小さな国だった。
 かつて海洋国家として名を馳せたのは過去の栄光に過ぎない。
 既に旅人の話の種になる程度である。
 知る人ぞ知る。
 歴史に興味がある人間でもなければ、そのような過去の事象には興味を抱かないだろう。

 そして、現在。
 リジュボーは狭い領土を有する小国家であり、平和な時を刻む王国として知られている。
 国の名にも関せられるリジュボーは首都の名であり、同国最大の都市だ。
 かつての栄華を感じさせる旧市街地には古代の遺跡が眠る歴史の古い街だった。

 先代の国王ペドロは凡庸でこそないもののとりわけ、優れた王ではなかったが比較的、安定した治世が続いた。
 このペドロ王は正義の名の下に身分を問わず、多くの犯罪者をあの世に送っている為、正義の王とも残酷なる王とも呼ばれている。
 丁度、同時期に同名のペドロという名の王が隣国レオンに存在しており、こちらも過酷な処罰で有名な王だった。
 実はリジュボーのペドロが叔父で同名のペドロは甥にあたる。

 しかし、ペドロ王について語る際、避けて通れないのは悲恋――『真実の愛』の逸話である。
 ペドロ王の正室は隣国レオンの王女コンスタンサだった。
 これは両国の結びつきを強くする政略結婚であり、国力が高いとは言えないリジュボーにとって命綱とも言える大事な縁談でもあった。
 当時、王太子だったペドロとコンスタンサは表向きには問題の無い夫婦を演じていた。
 だペドロが愛を語った相手はコンスタンサではなかった。
 王女コンスタンサの輿入れに際し、同行した侍女イネスだったのである。
 当然、二人の関係は秘密の恋であり、表沙汰にできるものではなかった。

 ところが事態は急変する。
 コンスタンサが若くして、この世を去った。
 ペドロは公然とイネスを愛すると宣言したが、これが悪手だったのである。
 コンスタンサの生国レオンの顔色を窺うペドロの父アルフォンソとそれに追随する貴族が決して、許さなかった。
 このままではレオンとの関係が危ぶまれると考えた一派は、外征でペドロが国を離れている隙を狙い、イネスを暗殺したのだ。
 許しを乞うイネスだったがアルフォンソはそれを一蹴すると無慈悲な宣告をする。
 憐れなイネスは斬首刑に処された。

 外征から戻ったペドロは事の仔細を聞くと烈火の如く怒り、父王を除くべく反乱を起こそうと画策した。
 幸いなことにこの反乱は未遂に終わる。
 リジュボー存亡の危機は免れ、アルフォンソは退位しペドロに王の座を譲り渡した。

 王になったペドロが初めに行ったのはイネスのである。
 王太子妃のまま、この世を去ったコンスタンサとペドロの間に子はなく、殺害されたイネスとの間に一子――クリスティナ王女がいた。
 ペドロの血を引く、王族はこのクリスティナただ一人であり、王位継承権第一位を所持しうる唯一の存在でもあった。
 ペドロは亡きイネスを王妃として、貴族に認めさせる。
 これによって、クリスティナがリジュボーの名を継ぐ者と認められたのと同じである。

 イネスはレオン貴族の庶子として生まれ、貴族令嬢というよりも庶民に近い感覚を持っていた。
 それが影響したのだろう。
 クリスティナ王女もたった一人しかいない王位継承者という立場であるにも関わらず、自由人だった。
 愛に生きた両親を見て育ったのも影響していたのか、彼女は王女――お姫様らしからぬ冒険心を抱く。

 そんなクリスティナ王女が町娘クリスとして出会ったのが、後にリジュボー国王となるジョアン・デ・ポルトゥガルだった。
 貴族とは名ばかりの没落貴族の出身だったジョアンは父に仕えていた老臣であり、腕利きの航海士ロドリゴと共に数々の冒険と航海を成し遂げた一代の英雄である。
 ペドロはイネスの忘れ形見であるクリスティナを目に入れても痛くないほどに溺愛していた。
 当然のようにジョアンとクリスティナの仲が近づくことを良くは思っていない。
 ジョアンに無理難題を投げかけ、邪魔をしようと企んだペドロだったがその尽くをジョアンは解決したのである。
 頑なだったペドロも認めざるを得なくなった。
 ペドロはかつての己の所業に考えるところがあったのだろう。
 やがてジョアンのことをペドロは我が息子と呼ぶまでになるのだが、それはまた別の話である。



 無一文に近い無位無官の青年ジョアンが王の座に就いた。
 このセンセーショナルな報せは驚きを持って迎えられたが、ジョアンが英雄と呼ばれる所以はそれ以上の驚きを与える働きを見せた点であろう。
 冒険王。
 航海王。
 ジョアンに冠せられた二つ名は実に仰々しいが、冒険と航海ほど彼の生き様を表しているものはない。
 斜陽の国とされたリジュボーが徐々に息を吹き返したのは、ジョアン王の治世になってからである。
 貿易都市。
 観光都市。
 首都リジュボーがこれらの名で知れ渡るようになり、平和な治世が続いた。

 ジョアン王とクリスティナ王妃はこの時代の王族にしては珍しい恋愛結婚である。
 激流のような運命の流れで結ばれた絆は強く、夫婦仲も良好だった。
 二人の間にはイザベル、ヴィトール、ヌーノ、クリスティアーノ、マリアと三人の王子と二人の王女が生まれている。
 容貌に恵まれ、才能にも溢れる王子と王女。
 一見、幸せそのものに見える完璧な家族の風景だ。

 しかし、そうであるがゆえに付きまとう不幸の影があった。
 誰もが優秀である。
 それが逆に大きな枷となるのだ。
 王太子となるべく、それぞれが切磋琢磨するだけであれば、問題なかった。
 ところが物事に拘る人間が増えれば増えるほど、事態はややこしくなる。

 長女。
 第一王女イザベルは母クリスティナの美しい容貌を受け継いだライトゴールドの髪と藍色の瞳をした美しい女性に育った。
 勇壮というにはあまりに激しい感情を有する両親とは正反対の穏健な人柄であり、学問にも長じた器量人ながら早々に王位継承権を放棄した。
 その才能を惜しみ、彼女を推す貴族も少なからず存在しているがイザベルは辺境へと居を移し、我関せずの姿勢を見せている。

 長男。
 第一王子ヴィトールは姉イザベルに似て穏やかな性質をしている。
 しかし、三王子のうちでもっとも父に似た王子でもある。
 冒険者であり航海者だった父ジョアンの形質を実によく継いでおり、航海王子の異名で知られている。
 彼自身はその身分ゆえ、政務を放り出し航海の旅に出ることはできない。
 だが、まだ見ぬ新天地を目指す冒険者や航海者への厚い支援をもって、航海王子と呼ばれていた。
 乱世には向いていないが平和な時代を築き、維持するのに向いた人柄と言えるだろう。
 王太子の最有力候補である。

 次男。
 第二王子ヌーノもまた父母の容貌を受け継いでいる。
 美貌の青年と言っても憚りない整った容貌は語らずとも人の心を捉えるほどである。
 ただ、彼の見た目に騙されてはいけない。
 天使のような容貌の内面に渦巻いているのは強く激しい感情だからだ。
 その意味では実に両親の血をよく受け継いでいるとも言える。
 誰よりも王族である強い矜持を持つヌーノは自分こそ、王太子とならんと強く心に決めていた。
 それが為に功を焦り、側近に勧められるまま、黒渦の森を焼き払う蛮行に出たのはこのヌーノ王子である。

 三男。
 第三王子クリスティアーノは父譲りのブルネットの髪と母の容貌を受け継ぎ、民衆からの人気を集める王子だった。
 ともすれば童顔であどけなさを残した美少年に見えるが、背は高く鋼のように鍛えられた肉体が顔とアンバランスに感じられる。
 母親譲りの冒険心も継いでおり、庶民感覚を持っている。
 王位には全く興味を示さず、野心の欠片も見せないクリスティアーノを推す貴族はあまりいない。
 しかし、民に寄り添う王らしからぬ王たるクリスティアーノに心を寄せる民は多い。
 幕下には異国の人間など身分に問われない人材が多数いるのも特徴だった。

 次女。
 第二王女マリアは色素の薄いプラチナブロンドにアメジストを思わせる薄紫色の瞳を持つ儚げな美少女然とした王女である。
 幼少期より病弱なことで知られ、儚く見える容姿であることから、神秘的な妖精姫などと呼ばれている。
 だがマリアは見た目とは裏腹に活動的で激しい感情の持ち主だ。
 兄のクリスティアーノと同様に監視の目を盗み、城を抜け出す常習犯でもあり、王族たる矜持はあまり持ち合わせていない。

 王太子を巡る争いは最有力だった長女イザベルが早々に事態を申し出たことで混沌と化したと言えるだろう。
 イザベルが王太子の座に就いていれば、水面下で激しい駆け引きや火花が散ることもなかったのである。
 現状、長男のヴィトールが一歩先んじる位置にいるが、未だ予断を許さない。
 これら個性溢れる五人の後継者に恵まれたが為にリジュボーは今、危機に瀕していると言えるのだった。
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