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4 わたしはラヴィニア。かつてオディールと呼ばれた者

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 わたしは今、ラヴィニアと名乗っている。
 ラヴィニア・ダ・ウィッチ。
 それが現在のわたしの名前フルネームだ。

 オディールの名を出したらまずい。
 わたしの中の何かがそう警鐘を鳴らすのだ。
 はっきりとした理由は分からない。
 でも、何となく分かる。
 オディールと名乗ると面倒なことになるのだと……。

 森が焼かれた後、わたしが転移したのは首都リジュボーの南西に位置する孤島だった。
 島最大にして唯一の都市がフェンネル。
 かつて要塞が築かれ、城塞都市としても知られた街だ。
 洗練された街ではないものの史跡が多く、首都からバカンスに訪れる富裕層も多い観光都市として発展している。
 そのせいか、絶海の孤島の割に人は多い。
 木を隠すなら森の中とも言うから、素性を明かしたくないわたしにとっても都合のいい街に思えた。

 幸いなことにフェンネルは風光明媚な観光都市であるとともに冒険者が集う迷宮都市の側面を持っている。
 わたしにとって、これも好都合。
 様々な種族の者が集うだけあって、白髪にしか見えないアイスシルバーの髪色とアメジスト色の瞳もそれほど目立たないのだ。
 何しろ、ここは自由闊達を尊ぶ者の街! だから。

「ラビちゃん。いつも悪いわね」
「また、出たの?」
「またなのよ」

 ふと物思いに耽るわたしを現実に引き戻したのは今回の依頼人のおばちゃんだった。
 おばちゃんことサリタはフェンネルで『川沿いの林檎酒亭』という名の宿を経営している。
 『川沿いの林檎酒亭』は宿の名にも使われている林檎酒(シードラ)が有名でこれを目当てに訪れる客も多いくらいだ。
 おばちゃんの家庭料理の味も評判で定宿にしている冒険者が多いことでも知られていた。

 明るくて、太陽みたいな人でおっかさんイメージがぴったりくるんだけど、下手におばちゃんと呼ぶとマジギレするので注意が必要。
 うっかり口に出さないように気を付けないと……。

 今は怖がっているから、いつもの調子ではないようだ。

「やっぱり出たのはあそこかな?」
「そうなのよ」
「分かった。任せて」

 これで例のが出たのは五回目になるから、おばちゃんとの会話も流れ作業みたいなものだ。
 『また』『あそこ』で話が進むから、楽ではあるんだけど。



 怯えるおばちゃんを安心させてから、『あそこ』こと地下室へと向かう。
 地下室は食材やシードラを保管する倉庫になっている。
 ちゃんとした照明は備えられていないから、薄暗いので何かが出そうな雰囲気のある場所だ。
 そして、何かが出そうなのではなく、本当に出る。

 問題はそれらをはっきりとした姿で見られる人間は珍しいということだろう。
 それが何かって?
 そう。
 幽霊よ……。

「シルビー。お願い」
「がってん」

 わたしの呼びかけに応じて、もこもこの背負い袋から出てきたのはこれまた、もこもこの物体なのだ。
 もこもこというよりはもふもふしているといった方が近いだろうか。
 シルビウス。
 シルビーは白いうさぎのぬいぐるみだ。
 単なるぬいぐるみではない。
 喋るし、動く。
 さらに爛々と輝く真っ赤な目は照明代わりにもなる。

 何とも便利な子なのも当然。
 シルビーの元の名はドックことドクトル。
 魔女だった母が造った七体のゴーレムの一体なのだ。
 うさぎなのにドクトルは似合わないから、わたしと同じように改名すべきだと考えて、ウィルバーと名付けようとしたら、全力で拒否された。
 それでシルビウスと名付けたのだが、なぜウィルバーにあそこまで拒否反応を示すのか、理解に苦しむ。

「あぁ、いたわ」

 何かは簡単に見つかった。
 子供の幽霊だった。

 そうなのだ。
 わたしは視える人になった。
 死の恐怖から、そういう力に目覚めたとしか思えない。

 それは地下室の片隅にうずくまって、しくしくと泣いている。
 しくしくと表現したのは間違いかもしれない。
 耳障りな高音域の異音。
 これは視えない人間にとっても障りのある事象だ。
 怖がりとか、そうでないとか、関係ない。
 この泣き声を聞いた人が死にたくなる厄介なものだった。

「これは危ないのかな?」
「そうだね。これは危ないものだよ、ニア」

 ラビとニアがわたしの愛称になるが呼ばれても、いまいちしっくりこないのは本当の名前ではないからだろうか。
 青白く発光する半透明な体のそれは背中を向けていたけど、ゆっくりと立ち上がって、こちらを振り向いた。

 これまでに出たのは話が分かる相手だったがこの子はもう手遅れだ……。
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