【完結】氷の魔女は若き黒獅子に溶かされる~最強の魔女なのに年下の婚約者が積極的で抗えません~

黒幸

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第2章 自由都市リジュボー

閑話7 吹雪姫の恋歌

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 あたしが彼と出会ったのは眠りにつく前だった。
 その頃のあたしは人化の術を覚えたばかり。
 ようやく人の姿を取れるようになって、試してみたい気持ちがなかったとは言い切れない。

 本来の姿でも山に住む生き物はあたしを怖がって、逃げたりはしない。
 でも、人は違う。
 あたしの姿を見ただけで恐れて、逃げた。
 何もしていない。
 ただ、守ろうとしてここにいるだけなのに。
 それなのに人はあたしを憎み、剣を向けてくる。
 あたしが感じたのは怒りじゃない。
 哀しみだ。
 あたしは逃げた。
 逃げたのは遥か高い山の頂。
 高くて、凍えるほどに寒く、人が来ない場所だ。

 それでもあたしは人というものを知りたかった。
 心を通わせることは動物とだって、出来る。
 本能に従いながらも感情豊かな彼らには立派な心があるのだ。
 でも、彼らと意思を通じ合うことは出来ない。
 だから、人という生き物を知りたいのだ。

 ようやく覚えた人化の術で姿を変えることが出来たあたしは湧き出る泉で自分の姿を初めて見た。
 瞳の色が金色なのは変わってない。
 髪も肌も白くて、体はあまりに脆弱だ。
 これではすぐに死んでしまう。
 でも、これが人なのだ。
 これがあたしなのだ。
 この姿なら、人に怖がられることはないだろう。
 受け入れられるのか、試してみたいのにいざ人の前に姿を晒そうとすると二の足を踏んでしまう。

 彼と出会ったのはそうして、悩んでいる時だった。
 出会ったという言い方ではおかしいかもしれない。
 正確には死にかけていた彼を助けたに過ぎないのだ。
 彼はまだになっていない人なんだろう。
 無邪気に動物に話しかけるさまから、彼の人柄が知れて、遠目に見ているだけで気になってしょうがなかった。
 いつしか、彼のことを観察するのがあたしの日課になっていた。
 そんなある日、事件が起こった。
 暖かな陽気が続いていたせいで発生した大きな雪崩に彼が巻き込まれたのだ。
 あたしは頼りない身体に苛立ちを覚えながらも雪の中に沈んだ彼を探そうと必死だった。
 無理だ。
 この身体では救えない。
 本来の姿に戻るしか、彼を助けられないだろう。
 迷っている場合ではなかった。

「良かった…」

 爪で彼を傷つけないように気を付け、助け出すことに成功した。
 だが、彼が意識を取り戻したら、起こりうる現実から、目を背ける訳にはいかない。
 あたしの姿を見たら、怯えて、怖がって、逃げるに違いない。
 そうなる前に姿を消そう。

「あ…りがと…ございます」

 雪の中に閉じ込められていた彼はたどたどしい言葉遣いしか、出来なくても感謝の言葉を伝えてくれる。
 薄っすらと開いた目にあたしはどう映っているのだろう。
 恐ろしくはないのだろうか。
 逃げたくはないのだろうか。
 彼の視線とあたしの視線が交差する。
 その瞳に恐れの色は見えない。

 それから、あたしは氷で造られた城にまだ治りきっていない彼を連れて行った。
 あのまま置いておけば、衰弱して死を迎えるに違いないと思ったからだ。
 人の姿に化けて、彼が体調を取り戻すまで付きっきりで世話をした。
 彼はあたしの本当の姿を知っているのに怖がることもなく、感謝の意を素直に表してくれた。
 ぶっきらぼうな言い方しか出来なくて、手荒い看護をするあたしに何一つ、文句も言わないでいつも、笑いかけてくれた。
 こんな日がずっと続けばいいのに。
 しかし、あたしには分かっていたんだ。
 彼は人であって、人の中で生きているってことを。
 あたしと生きている時間が違うんだ。
 彼を戻してあげないといけない。

「また、あなたに会いに来てもいいですか?」

 彼は別れ際にそう言って、「またね」と大きく手を振ってくれた。
 あたしは「またね」と小さく手を振り返しながらもそれが叶うことはないだろうと知っていた。
 暫し眠る時が近付いていたからだ。
 そして、あたしは氷の城を閉ざし、眠りについた。

 あたしが微睡みから目覚めた時、世界は様変わりしていた。
 彼はもう生きていないだろう。
 人は弱い。
 すぐに死んでしまう生き物だ。
 だから、あたしは人に恋焦がれる。
 短い生を生き抜く彼らに心惹かれる。
 何の変哲もなく綴られる日々が始まり、あたしはまた、眠りにつくだけのことだ。

 彼はいた。
 いや、違うだろう。
 彼ではない。
 だが彼によく似ている。

「カイ…あなたはカイと言うのね」

 風に乗って聞こえた彼の名を胸に刻むようにあたしは何度もその名を繰り返すのだった。
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