【完結】破滅確定だけど最強の将軍に転生したので推しの姫を全力で推していこうと思う

黒幸

文字の大きさ
15 / 46

第10話 推しの姫が天使なんだがどうすればいい?

しおりを挟む
 雑然と積まれた分厚い書物。
 得体の知れない蛍光色の液体が入ったフラスコ。
 奇妙で気味の悪い生物が干乾びた物。
 それらが散乱する雑然とした机に向かい、ブツブツと小声で何かを呟きながら、作業に没頭している者がいる。
 その者は黒く闇色に染め上げられたローブを目深に被り、表情すらうかがえない。
 姿勢はあまり、よろしいと言えるものではなく、齢を重ねた者のようにしか見えなかった。

「ルキ、出来そうかい?」

 黒いローブの者に声を掛けたのは少年だった。
 白いローブを纏い、白銀の髪をした白づくめの少年である。
 コントラストをなすように黒い布が双眸を覆っている。

「お主は我が何でも作れると勘違いしておらんか?」

 黒いローブの者は振り返ることもなく、物言いと姿勢には似合わぬ透き通ったようなきれいな声で不機嫌さを隠さずに答える。

「つまり、出来るってことだろう?」
「ぐぬぬ。出来ぬとは言っておらぬ」
「そっか、それは良かったよ。ゲームが面白くなってきたんだぁ。もっと面白くしたいだろう?」
「相変わらず、お主というヤツは……」

 性格が悪いのうと出かかった言葉を飲み込むと黒の者は自らが没頭する研究に専念することに決めた。
 この白いヤツに必要以上に関わってもストレスが溜まるだけなのだ。
 極力関わらず、無視しておくのが一番いいと気付くまで、意外と時間が掛かったのは研究第一でその他のことには無頓着だったからに他ならない。

「ゲームねぇ……お主はその神にでもなったつもりなのか? 我らとて、駒に過ぎぬとは考えぬのか?」

 黒の者の呟きに応える者は誰もいない。



 大河に小石を投げ入れても何も変わらない。
 歴史の流れというのは無情なものだ。
 小さな人如きが多少、動いたくらいで動いたりしないものなんだろう。

 千年の都と謳われた美しき古都グランツトロンが紅蓮の炎に焼かれ、一面の火の海となる歴史は変わらなかった。
 天まで焦がす勢いの炎はまるで地獄の業火のようだ。
 この分では一昼夜で火が消えないだろう。

 俺が動いたことで起こった小波さざなみは歴史の奔流を動かすほどの影響を与えなかったってことだ。
 その時期が早まったに過ぎないか。
 文化遺産を喪失する悲劇は避けられなかったな……。

 ド・プロットのことだ。
 都に火を付けただけで済むはずがない。
 恐らく、地獄絵図が繰り広げられていると見て、間違いないだろう。
 この機に乗じ、金品を奪う盗賊紛いのことをしかねない男だ、アレは。

 だが、俺にもやらなくてはいけないことがある。
 例え、歴史が変えられなくても守りたい明日があるんだ。

 はい。
 かっこつけたことを言ってみたが、やってみたかったことをついに実行に移す時が来た訳だ。
 全てが前倒しになった。
 つまり、前世で推していたセレナ姫のイベントもそうなっていて、おかしくはないだろう。
 そう睨んだ俺は都から落ち延びる貴族を警護するという名目でチェンヴァレンくんをお供にオルロープの紋章が入った馬車を探した。

 動いて、正解だった。
 危ないところだったな。
 このイベントで出会っていないとセレナ姫と直に出会うチャンスはないと思っていいだろう。
 深窓の令嬢というレベルを超える超箱入り娘なのだ。
 大事にされている愛され姫だからなぁ。

 御者に尋ねるとやはり、オルロープの家の馬車で間違いなかった。
 この馬車に乗っている。
 推しの姫に会えると思うと柄にもなく、緊張してきた。

 この先、安全が確認されるまで警護をする旨を伝えると姫自らが降りて、お礼をすると言い始めた。
 それはさすがにまずい。
 この付近はまだ、安全とは言い難いからだ。

 何があるか、分からないのに大事なセレナ姫が馬車から降りるなんて、あってはならないと安全面のことを伝えた。
 それなら、せめて馬車を止め、顔を見せてお礼を言うだけと譲らない。
 意外なことに姫は頑固らしい。

「本当に申ひ訳ございまひぇん」

 薄い桃色の美しい髪と澄んだ宝石のような緑色の瞳で織りなされたその造形美はまさに天使! いや女神!
 千年に一度。
 いや、二千年に一度のめちゃかわアイドルが目の前にいるのだ。
 そんな完璧な美少女が思い切り、噛んだ。
 可愛すぎない?
 俺の推しが可愛すぎて、辛い。

 ゲームのイベントスチルでも滅茶苦茶、美少女だったが……。
 実物を生で見ると比べ物にならないということが良く分かる。
 三次元は駄目だなんて、嘘だな。

 噛むし、何かおどおどしているのだ。小動物のような愛らしさまであるとか、心臓が止まるわ。

 姫のあまりの愛らしさに前世で体験したゲームの姫と異なる性格への違和感が吹き飛んでいたのは気のせいと言うことでいいだろう。
 さらに止めとばかりに噛んでくるとは只者ではない。

「は、はい、ありがひょうございまひゅ」

 そう噛みながらもお礼を言って、にへらと笑う姫が可愛すぎて、辛いんだがどうすればいい?
 チラッとチェンヴァレンくんを見ると半目で汚い物を見るような目をされた挙句、舌打ちされたんだが俺は何か、したかね?



 やっぱり、大まかな歴史の流れというものは変わらないらしい。
 都落ちイベントが前倒しになってもセレナ姫が危ない目に遭うのは避けられなかったようだ。

 伏兵が現れたのなら、より危険だった。
 どちらに転ぶか、分からず不安だったが、馬車が暴走するだけで済んだのは不幸中の幸いというやつかもしれない。
 チェンヴァレンくんと馬を一杯に走らせ、馬車に寄せて、どうにか落ち着かせることが出来た。

 心配なのは暴走した馬車に揺られていた姫の身体だ。
 慌てて、馬車の扉を開け、確認すると目を回して、倒れているセレナ姫の姿があった。
 外傷と思しき傷は見当たらないがこのままにしておくのはよくないだろう。
 チェンヴァレンくんにオルロープ家の者を探すよう言いつけ、姫を横抱きに抱えて、外に寝かせてあげることにした。
 そのまま、寝かせるなんて、推しの姫に失礼すぎる。
 羽織っていたマントを地面に敷いてから、痛くないように確認してからだ。
 直に触ったこの手は勿体ないから、手も洗えないぞ!

 マジで可愛すぎるんだが見ているだけで満足する俺はおかしいのだろうか?
 いや、待て待て!
 姫は気絶しているんだ、頭を冷やした方がよくないか?

 俺は自分でも信じられないくらいのスピードで小川を見つけると冷水でハンカチを浸した。
 戻って姫の額に冷やしたハンカチを当て、少しでも苦痛を和らげることが出来ればと柄にもなく、神に願う。

 気休めかもしれないが今の俺に出来るのはそれくらいのことだけだ。
 あまりにセレナ姫を凝視しすぎて、彼女の意識が戻っているのに気付かなかった。
 彼女のエメラルド色の美しい瞳が俺を見つめている。
 ぐはぁ。
 見つめられているだけでダメージを受けた気がしてくる可愛さだ。
 だが俺は自分でもびっくりするくらい流れるような言い訳をした。

「姫、危ないところでした。馬が何かに驚き、暴走したのですよ。御者が振り落とされ、制御を失っていたのでどうにかお……いえ、私が止めたのですが姫は気を失っておられたので失礼とは思いましたがこういう事態でしたのでご容赦願いたい」

 あまりにベラベラとまくし立てたから、姫がドン引きしたんじゃないか?
 自分でも引くわ、この言い訳。

「あ、ありぎゃほうございまひゅ」

 違いました。
 さらに俺にダメージを与えてくる追撃をしてくるとは!
 セレナ姫は中々に手強いお方のようだ。
 さすがは推し!

 今日は姫の顔を直に見られただけでも大きな収穫だろう。
 彼女の反応を見る限りでは悪い印象を与えていないと思うんだが……。

 それとも噛みまくっているのは俺が怖かっただけなのか?
 うーむ、いまいち、どっちなのか自信がないなぁ。
 どちらにせよ、チェンヴァレンくんがオルロープ家の家人を連れてきたようだから、タイムリミットだ。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜

るあか
ファンタジー
 僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。  でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。  どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。  そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。  家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  ブックマーク・評価、宜しくお願いします。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

幼子家精霊ノアの献身〜転生者と過ごした記憶を頼りに、家スキルで快適生活を送りたい〜

犬社護
ファンタジー
むか〜しむかし、とある山頂付近に、冤罪により断罪で断種された元王子様と、同じく断罪で国外追放された元公爵令嬢が住んでいました。2人は異世界[日本]の記憶を持っていながらも、味方からの裏切りに遭ったことで人間不信となってしまい、およそ50年間自給自足生活を続けてきましたが、ある日元王子様は寿命を迎えることとなりました。彼を深く愛していた元公爵令嬢は《自分も彼と共に天へ》と真摯に祈ったことで、神様はその願いを叶えるため、2人の住んでいた家に命を吹き込み、家精霊ノアとして誕生させました。ノアは、2人の願いを叶え丁重に葬りましたが、同時に孤独となってしまいます。家精霊の性質上、1人で生き抜くことは厳しい。そこで、ノアは下山することを決意します。 これは転生者たちと過ごした記憶と知識を糧に、家スキルを巧みに操りながら人々に善行を施し、仲間たちと共に世界に大きな変革をもたす精霊の物語。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...