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第37話 備忘録CaseIV・パンケーキで動く歌姫

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 ユリナは特に苛烈な性格という訳ではなかった。
 単に麗央以外の男が苦手。
 嫌いなだけに過ぎないのだ。

 これには幼少期から、周囲と隔離されるように女性しかいない環境で成長したのも影響している。
 蝶よ花よと大切に育てられ、彼女の身の回りの世話をする侍女を含め、周囲があまりに浮世離れしていたことも大きい。

 そして、ユリナの人格形成に多大な影響を与えたのが祖母と母親の存在である。
 度を越した過保護な育て方をした二人は性的なことに関して、極端すぎるほどに潔癖だった。
 この一語に尽きる。

 いつしか彼女の中に己を捨てた酷い父親への復讐をすべきという彼女らの思惑が吹きこまれ、男性への憎悪にも似た感情が芽生えていく。
 こうして、純粋培養されたお姫様は出来上がった。

 そんなお姫様が人間でいうところの思春期になった頃、再会したのが小さい頃から知っていた麗央だった。
 あくまで一方的に見ていて、知っていただけである。
 偶にふらっとやって来る祖父オーディン伯父ヘイムダルが、見せてくれる遠見ビジョンで見かけた小さな男の子が、成長していく姿は家族以外の男性を見たことのないユリナにとって、新鮮なものに映った。

 やがて成長して少年になった麗央と再会し、彼の手で危機を脱したユリナが刷り込まれるが如く、一途に思うようになったのはこういった経緯があったのだ。
 それもあって、麗央以外の男性が周囲に近付くだけで嫌悪感を露わにする。
 ただし、より危険な反応を示すのが確かなのは、麗央に見知らぬ女性が近付いた時である。
 殺意を隠そうともせず、他を圧する威圧感を放つ。

 そんな荒ぶるユリナを可愛い仔猫が威嚇しているくらいなものだと笑顔で対処出来る者は、世界で麗央ただ一人である。

 苛立ちと嫌悪感で逆立ちかけていた白金の色をした長い髪が、落ち着きを取り戻していた。
 平伏していた七人ミサキは生きた心地がしなかった。
 魂までも凍るような凍てつく波動を感じ、ただ震えるばかりだった。

 「リーナ。彼らはただの依頼者だよ」と麗央がとりなしていなければ、虫の居所の悪いユリナによって、七人ミサキという怪異がいた記憶すら、消されていた可能性がある。

「ちょっとだけ、我慢してよ。後でリーナの好きなパンケーキを作ってあげるからさ」
「本当? 生クリームとメープルシロップもたっぷりのよ?」
「勿論だよ」
「じゃあ、仕方ないわね……許すわ」

 「パンケーキだけで!?」と七人ミサキが自分らの存在の軽さに驚きを隠せないでいたが、その後に始まった二人だけの甘い世界に文字通り、魂までも浄化されかかったのは別の話である。
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