ホンモノの自分へ

真冬

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第2話「終わり」

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 年が明けて1月に翔太は急に学校を休んだ。
 担任の教師からは朝の会で翔太が体調が悪くなってしばらく入院するということを聞いた。
 翔太が病気を持っているのは知っていたけど、今まで病人のような素振りは一切見せていなかった。
 体育はたまに見学で参加しないこともあったけど学校には毎日来ていて順調に回復してるのだと思っていた。
 僕自身、翔太に病気のことは怖くてあまり聞けなかったこともあるし、翔太も僕に病気のことは転校前のあの日以来あまり話さない。
 それに、一度聞いてみたことはあったけど話を逸らされてしまい、触れてほしくないのだろうと思って、それ以降あまり話さないようにしていたし…。
 だから、その事実を知った衝撃は大きかった。
 ふと、翔太の転校前に体育館裏で話したことが想起される。

「だから、この学校に長くいられるかわからないんだ」




 翔太が入院しても僕は休日でも雪が降ろうと毎日お見舞いに行った。というか、僕が翔太のためにできることはそれしか思いつかなかった。
 今まで翔太が助けてくれた。だから、今度は僕が助ける番だ。そう思って毎日のお見舞いだけは絶対に欠かさなかった。
 それに、病室ではクラスの人間がいないから周りを気にせず話したいことを好きなだけ話せた。2人で話していると、時が経つのを忘れ面会時間ギリギリまで病室で翔太と一緒にいたこともあった。小学生が遅くまで外出してることを看護師に怒られたし、親を呼ばれて注意を受けたこともあったくらいだ。

 この生活を続けていてふと思うことがある。
 このままでもいい。テレビゲームをしたり、2人で出かけたりはできないけどゆっくりでいいから翔太の病気が治ってほしい。時間をかければきっと治る。それに、病気が治るまで病院に来れば翔太に会える。それだけで僕は満足だ。
 学校にいる時間はあいつらの嫌がらせがあって辛いけど、適当にやり過ごそう。翔太が治るまで何日、何ヶ月いや、何年だって我慢できる。

 だから、どうか…どうか神様、翔太を僕から奪わないでください。
 毎日祈るように心の中で唱えた。

 ただ、神様は人1人の思いなど汲み取ってはくれない。

 別れは突然だった。

 1月のある日。翔太と一緒に読む今週発売の漫画を道中で購入し、いつも通り学校が終わったら翔太のお見舞いに病院へ向かったが、翔太がいる病室から知らない人の話し声が聞こえて声の様子からなんだか慌ただしかった。
 嫌な予感がする。
 病室に入ろうとしたら、急いで出てきた看護師とぶつかりそうになる。
「ごめんさい」看護師は急いでいるのか短く言って軽く頭を下げた。
 病室に入ってみると嫌な予感は的中していた。
 翔太の容態が急変して家族や医師、看護師が集まっていた。そこにいる翔太には、さまざまな医療機器が取り付けられていて医師の懸命な措置が行われたことが窺える。
 それを見た瞬間、まるで指に神経が通っていないように持っていた漫画本がすり抜けるように床に落ちて、その音は医師や看護師の会話、両親が翔太を励ます声でかき消された。

 僕が病室に入ったことに気づいた翔太の母は僕に一度廊下に出るように廊下を指さしながら言った。
「樹君ちょっといい?」
 2人は廊下に出る。
「今日は来てくれてありがとうね。その本、翔太のために持ってきてくれたんだね、喜んでくれると思うわ…」
 少しの沈黙の後、翔太の母は続けた。
「翔太ね午前中に意識を失ってようやくさっき意識を取り戻したんだけど…」
 翔太の母親はそう言って何か言いかけたことを言う決意したかのようにして僕に言った。
「お医者さんが言ってたんだけどね翔太、もう長くはないんだって」
 涙で目を赤く腫らした翔太の母は僕にそう言った。
「今は、会話はできるんだけど…もう…」
 翔太の母は抑えていた涙がこぼれ落ちている。僕は床に落ちる透明な液体を呆然と見つめていた。
 しばらくの沈黙の後、翔太の母は続けた。
「翔太ね、いつも樹君のこと話すのよ。樹が毎日お見舞いにきてくれるから辛い治療も頑張れる。室内は飽きたから早く治してまた樹と外で遊びたい。だから、絶対に治すんだって」
 翔太の母がいうことは聞こえていた。でも、僕は呆然とその場で立ち尽くして状況を整理するのに時間をかけた。いや、整理しようとしたんじゃない。受け入れられないだけだったのだろう。

 僕らは病室に戻り、翔太の母は翔太の細くて白い手を握りしめながら言った。
「翔太、お母さんとお父さんお医者さんとお話してくるから樹君と待っててね」
「うん。行ってらっしゃい」と翔太は答えた。
 夕方、翔太の両親は医師に呼ばれ病室を離れ、僕は翔太と病室で2人だけになる。

 すると翔太はこの時を待っていたかのように話を切り出した。
「かっこいい?」
 無理やり作ったであろう精一杯の笑顔で身体中に取り付けられた医療器具を僕に見せつけながら彼はそう言った。
 僕はあえて冗談には乗らず冷静に答えた。
「かっこいいかどうかよりも治るかどうかだろ。病気治るの?」
 まだ、本人から聞くまで受け入れたくない。
 すると、翔太は僕がふざける気はないと知ったのか覚悟を決めたよう息を吐いてから言った。
「樹さ。僕がいなくなってもちゃんと友達作るんだぞ。本物のお前を見てくれるような信頼できる仲間を作れよ」
 その言葉を聞いて僕の中にあった最も信じたくなかった疑念が確信に変わった。
 あぁ、本当なんだ。
「何言ってんだよ。そんなこと僕にはできない…できないよ」
 押さえ込んでいたものが溢れるように涙を流しながら僕はそう言った。
「毎日お見舞い来てくれて嬉しかったよ。お前はこんなに優しい奴なんだよ?人のために尽くせる人間なんだよ?それが本物のお前なんだから人のために尽くせよ。お前は自分中心で生きてると思ってるけど本当はお前のみたいな人間の助けが必要な人がいるんだぞ」
「僕が翔太にできることはそれしか思いつかなかったんだ。翔太の病気が治るんだったら学校だってサボって翔太のそばにいるよ」
 まるで僕の言うことが予測できていたかのように、翔太は目線を病室の天井に移して口元を僅かに緩めた。
 僕は抑えきれなくなった感情のままに続けた。
「翔太がいなくなったら僕はどうしたらいいの?唯一信頼できる友達は翔太だけだったんだよ。中学に行っても高校に行ってもずっとずっと友達だ。ずっとずっと一緒にいるんだ」
「ありがとう…樹」
 心電図の波形と共に翔太の言葉も少しずつ力強さが失われていく。
 面会時間が近づいていたのか外は真っ暗になり病室は暗闇に包まれ、看護師が僕を呼びに病室に来ていた。




 この出来事の1ヶ月後、僕が学校に行っている間に翔太は家族に看取られながら亡くなったと翔太の母から後日聞いた。

 翔太が亡くなってから僕の中にある何かが空っぽになった。
 まるで燃え尽きたように何もやる気が起きなくなった。
 僕の心を照らし続けてくれた翔太はもういない。僕の内側に差し込む光を失った僕は心を閉し翔太に会う前の自分に戻っていった。
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