ホンモノの自分へ

真冬

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第17話「副学級委員長 明島舞香」

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 朝のHRが始まるチャイムの音。
 いつも通り担任の福原が10分ほど遅刻して教室にノソノソと入ってきた。何かあったのだろうか、福原はいつもより真剣な顔つきだ。
「もう時期文化祭が始まる。昨日から他のクラスはどうやらもう準備を始めてたらしいがはっきり言って先生は忘れていた」
 福原のあまりの潔さ、発言と顔つきが不一致していることに対する驚きからか発言内容を理解するのに時間を用するのにクラスが一瞬沈黙した。
「だから、次の1限。日本史の俺の授業を文化祭の準備にすることにした。感謝しろ」
 なんで上から目線なんだよと福原の目の前に座る柿原が言っていたが福原はまるで聞こえていなかったかのように続けた。
「というわけで、クラスから代表として学級委員にクラスの文化祭の出し物を取りまとめてもらうことになってるから、学級委員長と副委員長よろしく頼む」
 福原の急な無茶振りにもかかわらず宮橋は「やれやれ」と席を立ち、明島も唇を結び真剣な表情で前に出た。
 福原は選手交代してお役御免と言わんばかりに黒板の近くに置いてある椅子に腰掛けていた。

「じゃあ、クラスの出し物を決めるんだけどみんな何がいい?」
 宮橋がそう言った直後、教卓の目の前で威勢よく手を挙げた柿原が堂々と声を張ってメイド喫茶といった。
「メイド喫茶はアウトだろ。だろ、福原?」
「別にいいんじゃね?」
「いいのかよ!」と発言した柿原も驚いていた。
 一応、福原が許可を出した根拠はよくわからないがどうやら案として承認されたらしい。 
 しかし、教師は承認したものの絶対にやりたくないと成川以外の女性陣は猛反発した結果、本気でやりたくない女性陣とどうにかしてメイド姿を見たいと願う男性陣では覚悟の差が違ったのか、なす術もなく男性陣は舌戦に敗北し、結局メイド喫茶の案は教師が承認したにもかかわらず、すぐに却下された。

 敗北した男性陣をさておき、女性陣が優位に活発に議論する中、教室をノックする音が聞こえ、ドアのすぐ側に座っていた福原が気が付きドアを開けた。
「どうしたお前ら」
「文化祭実行委員の豊中と橋元と申します。福原先生が顧問をされているサッカー部の出し物について伺いにきました」
「出し物?」
 福原は初めて聞いたかのようで聞き返したが、実行委員の言葉が体中をめぐる毒として効き目をあらわすように福原の顔色が徐々に悪くなっていった。何か思い出したのだろうか。
「あ、やべ。忘れてた」と議論は一時停止して静かになった教室だったので福原が声を張らなくても、その一言がよく聞こえた。
 福原が恐る恐る宮橋の方へ向き直る。
「宮橋なんかサッカー部でやることってあったっけ?」
「演劇やるって自分でこの前言ってただろ。俺らずっと練習してんだぞ」
「だったよなー。わりぃわりぃ完全に忘れてたわ」
 福原は笑顔を作ったら許してもらえると思ったのだろう頭をボリボリと掻きながら「あのー」とまず助走を付けた。
「わりぃな宮橋。今から来てくれるか?」
「しょうがねぇな」とため息交じりで自席に筆箱を取りに行って教室を出る準備をしていた。
「明島悪いけどあとは任せてもいいか?」
 宮橋がそう頼むと明島は力強くうなずき肩まである茶髪をふわりと揺らした。
 
 そういうことで宮橋と福原が抜けて明島がクラスをまとめることになった。
 彼らが教室を退った後、懸命に頑張る明島に応えるように男性陣も協力的に発言していたが、結局予算の都合などを加味してもお化け屋敷やカフェといったありきたりな案に収まった。
 クラスの話し合いの結果、5組の出し物はカフェにするということになったが、ただのカフェでは面白くないから、予算内でおしゃれなカフェにしたいということでジャズバーのような雰囲気のあるカフェにしたいとクラスで決まった。そのため、手の込んだ装飾や衣装、特性のドリンクメニューを作りたいという意見やクラスに美術部がいることから内装へのこだわりや吹奏楽部、音楽経験のある明島がいることから生演奏などの意見が出ていた。
 明島がクラスを出てくる意見をすり合わせてまとめ、やることが明確になりクラスの士気も高まっていた。
 しかし、これからやることを考えるに、文化祭準備に向けて忙しくなるため明島の仕事が増える事を予感させた。

 この日からLHRの時間や昼休みなど使える時間を使って近くのスーパーから段ボールを仕入れてきたり、メニューの考案、衣装作り、店内レイアウトの考案、その他資材調達などなど準備を進めていくことになり、僕も指示を受けて駆り出されていた。
 それと同時にクラスの文化祭代表の明島と宮橋も仕事が忙しくなっているようだった。
 僕らがやりたいように準備を進める中でその裏では文化祭のクラスリーダーも仕事は増えていくのだろう。
 
「舞香帰ろー」
「ごめん、みんな。私、文化祭実行委員と会議あるからまだ帰れないかも」
「そっか。舞香忙しんだね、無理しないでね。頑張って!」
「明島がんばってね」
「頑張って」
「うん、みんなありがとね」
 そうみんなで明島を励ましていた。宮橋はすでに会議に行っているようだった、姿が見えない。
 しかし、今日は明島は予備校がある日だった気がしたが間に合うのだろうか?

・・・・
【文化祭実行委員と各クラスの代表者会議にて】
「今回の会議は以上になります。では、期日までに今回配布した資料を整理して提出してください。また、飲食物を取り扱うクラスはこちらの書類も提出していただくので追加でよろしくお願いします」

「だいぶ延長したな。明島、大丈夫か?仕事ほとんど押し付けちゃってるけど。やっぱり俺の代わりに誰かに頼んだ方がいいんじゃないか?」
「大丈夫だよこれくらい。良太も忙しいし。それに、私は部活やってないし時間あるから」
「でも、今日明島予備校じゃなかったか?」
「うん。今日はもう間に合わないから今度補講受けさせてもらう。それに、これから吹奏楽部の子とカフェでやる新しい曲の練習に行かなきゃいけないし」
「そうか。でも、無理だったらいつでも頼ってくれよ。俺もできる限りのことはなんでもするから」
「ありがと。でも、今は大丈夫。私でなんとかできるから。それより、サッカー部って演劇やるんでしょ?練習とか忙しいんじゃないの?」
「練習は毎日してるよ。中学時代演劇部のやつがいてサッカーと演劇の融合とか言って張り切ってるんだよね」
「なんか面白そうじゃん」
「まあ期待しててよ。じゃあ、俺これから練習だから」
「そっか。頑張ってね」
「おう、明島も頑張れよ」
・・・・

【次の日の朝】
「舞香大丈夫?なんか顔色悪くない?体調悪いの?」
「本当だ。明島無理してない?」
「そうかな?いつも通りだよ。全然元気」
 明島はそう言っているがいつもよりも顔色が悪い気がする。
 クラスで文化祭を取りまとめているのが明島だけになり仕事も明島に皺寄せがきているのだろう。それだけではない、2年生とはいえ予備校に通っているから勉強の方もあるし、だいぶ前から吹奏楽部と演奏の練習をしているらしいので忙しいに違いない。
 宮橋も明島に時間があったら協力しているらしいがサッカー部の部長ということもあり、部活の集まりで忙しく最近はほとんど明島1人で教室の業務を行っている。
「私これから文化祭実行委員と会議があるから行ってくるね」
 放課後、明島はそう言ってまた会議に出かけた。

「舞香忙しそうだね。でも、舞香なら大丈夫かな?」
「明島さんはなんでもできる人だからね」
 成川と大場が言う通り確かに明島はなんでもできる人だ。尊敬するほどに僕が持っていない能力をすべて持っているような人だし、僕も1年生の頃から同じクラスで彼女の有能さは目の前で見てきたのでよく知っている。


 あれから数日後のLHRの時間。最近ではLHRといえば文化祭の準備というくらい毎週行ってきたことだが、作業中の皆んなを明島が手を叩き注目させた。
「みんな、文化祭まで1週間を切ってるからみんな気合入れていきましょう!この調子で行けば間に合うから!」
 クラス全体も「おー!」と叫び士気も高まったように見えた。
 明島がそうクラスを鼓舞した瞬間だった、まるで電池が切れた人形のように明島の華奢な体がパタンと倒れた。
 隣に立って、拳を高く突き上げていた宮橋が一瞬固まった。
「明島?おい、明島!大丈夫か?」
 明島は力尽きたように倒れていた。
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