ホンモノの自分へ

真冬

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第26話「今までとは違う光景」

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 井上たちとあの公園での出来事から次の日、顔の痣がバレないようにマスクをして学校に登校した。目元の痣は誤魔化しようがなかったのでそのままで来たけど、登校前に家の鏡で見たら髪が長いおかげで少しは隠れているように見えた。マスクをすることで、せめて口元の痣がバレないようにして少しでも軽症だということを訴えるつもりだった。

 朝、学校へ行くといつものように4人が固まって話をしていることを確認すると、登校してすぐに朝のHRが開始するチャイムが鳴った。1分でも長く気づかれないように今日はいつもより登校時間を遅らせてギリギリに到着できるように家を出たからだ。
 席に着席するとすぐに福原が周りを見渡して各生徒の健康確認をしていた。

「天野マスクしてるけど風邪か?」
「はい」

 マスクをしている理由は風邪を引いたからと言っておけば一週間以上マスクをし続けても不自然に思われないので、先を見据えた理由を選択した。もちろん風邪は引いていないけど。

「はいよ。季節の変わり目だ気おつけろよ」

 いつもながらに適当に作業しているので福原にバレる心配はなさそうだ。しかし、左隣から視線を感じて横目で視線の先を確認してみると成川がこちらを凝視していた。
 HRが終わり次の授業の休み時間には成川はすぐに目元の傷について訊いてきた。
 成川に知られるということは他の3人にも伝染するように情報が伝わっていくことを意味している。

「樹ここどうしたの?」

 成川が自分の目元を指差しながら訊いてきた。怪我を隠すことに懸命だった僕は上手い言い訳を考えてこなかったから咄嗟に出てきた理由をそのまま伝えた。

「ちょっとぶつけただけよ」

 もはや理由にならないこともわかっている。宮橋と以前殴り合って怪我をした時にこういった嘘がすぐにバレることはもはや実証済みだし、確かめるまでもない。
 1人を除けばだけど。

「そっか。樹もドジだね」

 成川が単純で一安心したのも束の間で会話している僕らのところへ宮橋が来た。

「成川はぶつけただけで目元に大あざ作ったことあんのか?」

 成川は人差し指を顎に添えて記憶を掘り返していたようでしばらく考えているようだった。

「…ないかも。あ?じゃあ」
「樹それ本当にぶつけただけなのか?」
「そうだよ」
 本当のことを言う必要はないと思った。というか言いたくなかった。

「誰かにやられた訳ではないんだな?」
「…うん」

 相手に余計な情報を与えないため言葉を選んで発言しているつもりだったが、イエスを表す言葉のバリエーションを変えているだけに過ぎなかった。相手に対して余計な情報を与えず会話を成立させるにはこういう受け答えが最適だと考えたからだ。
 だから、具体的な回答が得られなかった彼らが何か詮索してくるかと思ったが、その後の休み時間も彼らは僕の傷について触れることはなく、僕は午前中の授業を聞き流すようにして終え、昼休みを迎えた。

 いつもの昼休みは僕も含め5人の席が近いため小学校の給食時で班を作るように机を向きあわせて食べている。他の生徒は机を動かすことなく席の近くで集まっていたり、食堂に行ったりするのが大半で、少数派のこの行動を取ることで目立ってしまうことに抵抗があるものの、単独行動を取ると不自然に思われそうだったので僕はいつも彼らの慣習に従っていた。
 それに僕の席は4人に囲まれるような位置にあるので逆らう勇気はなく、なんとなく従っていたというのもある。

 しかし、今日はその慣習に従うつもりはない。マスクを外して口元の痣がバレることや彼らと話す時間が増えれば増えるほど怪我の理由を追求されそうな気がしたからだ。

 4時限目の授業が終わり昼休みのチャイムが鳴ると僕は教室から逃げるようにすぐに席を立ち購買に向かった。購買に向かう途中後ろから追跡されていないか何度か確認したが、いらぬ心配をしていたようで昼休みに入ってすぐの廊下はまだ教室から出てくる生徒が居らず誰もいなかった。

 購買に向かうとパンやおにぎりを売っている食堂のブースを担当しているおばさんがまだ準備中で食堂に入ってきた僕の姿を見て急いで準備を整えていた。
 昼ごはんは何でも良かったので適当に目についたパンと飲み物を購入して人気のないところで食べようと思ったが、そんな場所は体育館裏しか思いつかず嫌な記憶がこびりついた場所以外にどこかないかと思考した末に結局来た道を戻り、屋上で一人で食べることにした。

 屋上で昼休みを過ごす生徒は多いのかもしれないと心配したが意外と少なくて安心した。友達と来ている人が多いが会話に夢中になっているおかげで僕の方を見ている人は誰もいない。
 目立たないように一番隅に座りマスクを外してパンをかじる。口を開いたときに傷口が張って痛みを感じたけど昨日よりは多少マシになっていた。
 食べ終えて昼休みを終えるまでの間が暇になるのでスマホを取り出した。別にゲームをするわけでもなく、誰かに連絡を取るわけでもない。何か動作をしていないと周りから不審に思われると思ったので周りに溶け込むためにスマホをいじっているふりをしているだけだ。

 最近の僕の習慣化された行動の一つになったせいか、なんとなくLINEを開いた。すると、通学時間に送ったのだろう午前8時に僕にメッセージが届いている。送り主は井上からだった。

(井上)1週間後また会おうぜ。5時にあの公園な
 
 この一行の短文を読んでも感情に変化はなかった。こうなることを予測していたからかもしれない。ただその予測が当たらないことを祈っていたから結果を見たくなかった気持ちもある。だから、今一人になったこの時間で僕の顔色を誰にも悟られないようにLINEを確認したんだと思う。

 この日から一週間、僕は学校に登校する日は彼らを避け続ける生活を繰り返した。余計なことを聞かれたくないのと怪我の理由を考えるの面倒だったからだ。
 まるで高校一年生のときのように一日をコピー・アンド・ペーストしたかのように同じことを繰り返した。唯一変化があったとすれば殴られた傷が少しずつ癒えていたことくらいだろう。

 そして、井上がLINEしてきた日付から一週間後が今日になる。今日も引き続いて同じような一日を過ごし、一週間前に井上のLINEがあった定刻通りにあの公園に行くと3人はすでに公園に到着していた。僕が公園に到着したことを確認するとすぐに安田が僕の方へ近寄ってきた。
「よお天野、時間前に来るとかいい心がけじゃん」
 安田は時間前に来た人に対して定型的なセリフだ。井上の気分を損ねないように発言しているのだろう。相変わらずだ。何も変わっていない。
 安田に連れられ井上と大西が話している元へ着く。
「大西抑えといて」
「オッケー」
 井上がそう言うと大西がまた僕の後ろから抵抗できないように手足を拘束するように押さえつける。
 また同じことの繰り返しだ。
 一週間前。いや、小学生の時も見た光景が僕の目の前でまた再現される。
 何度も何度も何度も何度も何度も繰り返してきたことだ。

 井上がまたゆっくりと僕の目の前に立って、また左手で僕の右肩を掴み右腕に勢いをつけるように引いて、視線は僕の腹をめがけてこれから殴る構えを見せている。
 しかし、今までと同じ光景を繰り返したのはここまでだった。

 僕の目の前に立つ井上が急に僕の視界から消え、それと同時に後ろから大西の「うっ」と低い声が聞こえた途端、自分の手足が自由になっていることに気がついた。
 つま先しか地面に付いていなかった脚が足の裏全体で地面を掴む。
 僕は一体何が起こったのかわからず呆然と立ち尽くしていた。
 状況を理解するためにさっきまで井上に向けていた視線を下げて井上が僕の視界から消えていった方向に視線を移すと宮橋が井上の腕を抑えて地面に抑え込んでいた。
 カチコチに固定されたように回らない頭を無理やり動かして状況を整理すると、井上が僕の視界から消えたのは宮橋が井上にタックルするようにぶつかり、取り押さえていたからだったことを理解した。後ろでは大場が大西を抑え込んでいる。
 今の状況を把握したあと当然ながら疑問が湧いた。

 なぜ彼らがここにいる?

 そして、今の自分を最も見られたくない人間が目の前にいることをこの状況と同時に把握した。

 もういい。もうやめてくれ。余計なことはしないでくれ。これは僕の問題なんだ。

 そう思っているときだった。
「樹!さっさと逃げるぞ!」
 井上が腕を痛めて倒れ込んでいるすきを見て宮橋が僕の方に駆け寄って僕の腕を掴んで走り出した。
 僕は呆然と走って揺れている宮橋のワイシャツを見つめている。
「周、急げ、もう一人後ろから来てる」
 入り口を見張っていた安田がこちらで起こっていることに気づいて走ってきていた。恐らく二人は公園の入口からではなく安田の目を掻い潜って違う入り口から入ってきたのだろう。
「わかった。すぐ行く」
 不意打ちの優位を生かしてギリギリ抑え込んでいた大場が僕らに続いて出口めがけて僕らを追いかける。 

 全力で走る宮橋に手を引かれ、僕も宮橋になんとか合わせるようにして走る。走るのが速い人に引っ張られながら走ると自分の走力以上の力が出ていることに気がついたが、そんなことよりも後ろが心配になり確認してみると3人は追ってきていなかった。それを見て半分安堵したが半分、今後の彼らが行う可能性がある報復を懸念した。きっと彼らはこのまま黙っていないはずだ。
 井上は腕を抑えてうずくまり安田と大西は井上の方を心配していて僕らのことは見ていなかっため追ってくる意思はないことが確認できた。 

 20分ほど走っただろうか、あの公園から離れて駅の東口から西口に渡り人通りが多い繁華街の入り口まで来て宮橋はスピードを緩めたので僕らも同様にした。
「人通りが多いところに来ればあいつらも手は出さないだろ」
 大粒の汗をかいて肩で息をしながら荒い呼吸の中、発言するために息を整えてなんとか宮橋は声を出したようだった。
 僕や大場も宮橋に合わせてなんとか走ってきたので声を出すにはまだ息を整える必要があったが、大場は今できる精一杯の反応として頷いて返事をした。
 周囲の安全を確認すると僕は疑問に思っていたことを確かめるように二人に聞いた。
「なんで二人はあの公園にいたの?」
「最近お前の様子がおかしいから跡をつけてたんだよ。駆けつけたらすぐあの状況だったたから咄嗟に助けに入ったんだ」
 以前にもこんな事があったからまさかとは思っていた。予想通りと言っても別に助けを期待していたわけではない。むしろ、あの瞬間を目撃されてしまったことが僕にとっては問題だった。
 しばらくして、息を整えた大場が僕の目を見た。

「あの三人って文化祭に来てた樹の友達じゃないの?」

 当然の疑問だろう。文化祭でクラスの前で僕は三人と話していたんだから彼らの存在は大場たちの記憶に残っているはずだ。
 そもそも、大場や宮橋の人生で友達が公園で三対一で暴力を振るっている光景なんて今までで遭遇してきたことはないだろうし、暴力を振るわれる側になったこともないだろうから彼らにとって「友達」と考える存在が僕に暴力を振るっていたんだからあの光景を疑問に思うことは自然なことだ。いじめを受けてきた人間とは考え方が違うのだから。
 ただ、彼らの存在を知られることは今までの僕をこの二人に知られることになる。それは嫌だった。

「‥そうだね」

 ややあってから答えた。大場は当然のことのように質問していたが、僕にとっては一番触れられたくない質問だったので、本当は友達なんていう単純な言葉で表せるような存在ではないけどそう勘違いしてくれているなら余計な介入はされないだろうと思い、否定はせずにその場をやり過ごそうとした。

 ただ、僕のその回答だけでは彼らがさっき目撃したことに対して納得できるだけの情報量は当然ながら足りていないことはわかっている。

「あれは喧嘩なのか?」

 おそらく、宮橋にとってあの三人は僕の「友達」という認識なのだろう。僕が今そう証言したから当然そう考えるはずだ。だから、その友達同士で行われる暴力は「喧嘩」という解釈になる。そして、喧嘩というどちらか一方が謝ることで解決するような一時的であり解決策が明確な出来事でまとめてくれるならこの話はうまくやり過ごすことができると僕は思い、宮橋の問に対して頷いた。
 しかし、彼らはそんな単純な矛盾に引っかかるようなやつではなく、大場が僕の反応を見て疑っているように感じた。

「そうは見えなかったけど‥」
「樹。あの三人と樹は本当に友達なの?あれは喧嘩なの?」
 二人の目の前で見られてもはや言い逃れはできまいと思っていた。

「何があったんだよ。説明してくれないか、樹」
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