不死身の吸血鬼〜死を選べぬ不幸な者よ〜

真冬

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第96話「ルーカスVS桐ヶ谷③『決着』」

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「こんなとこで死ねるわけねぇだろ!」
 弾丸の雨に押されながら壁にめり込んだ体を気力だけで持ち上げると桐ケ谷は壁に這いつくばってトカゲのように四足歩行でビルの屋上へ向かって登り始めた。ガラス張りのオフィスビルに桐ケ谷の通った後は、血や肉片がへばりついて赤い色を残していく。
「ここは俺たちが追う。行くぞジャンセン」 
 若松たちは狙撃を一旦中止して、ルーカスとジャンセンは桐ケ谷を追った。
 桐ケ谷は体中穴だらけで蜂の巣状態にもかかわらずルーカス立ち寄りも早く、屋上へ駆け上がった。
「血だ、早く血を取り込んで治さないと」
「あいつ、血を取り込んで回復するつもりだ。それだけは絶対にさせるなよ」
「分かってます。私は建物の中に入られないよう先回りします」

 ルーカスが屋上へ到着すると、ビルの中へ入る扉に向かって四足歩行の桐ケ谷を見つけた。ルーカスは静かにスナイパーライフルをケースから取り出して、スコープを覗き引き金に手をかけた。
 銃口から白い煙だけを残して放たれた弾丸は桐ケ谷の後頭部に当たり、頭が弾け飛んで脳が飛び出した。
 それと同時に、桐ケ谷が向かっていたドアが開き中からジャンセンが出てくる。
「やりましたねルーカスさん」
 死体の元へルーカスも近づく。
「まて、妙にあっけないな。念の為桐ケ谷か確認しよう」
「頭、飛ばして誰だかわかりませんよ」
「顔の一部は残っているだろ。それがあれば判別できる」
 ジャンセンは脳が飛び出し、うつ伏せになって倒れている桐ケ谷を起こした。
「やられたな。血がついた上衣と袴を着せて入れ替わってたのか、どうりで臭いでも判別できないわけだ」
 起こされたヴァンパイアはかろうじて顔を識別できる状態ではあったが、顔が崩れているとはいえ桐ケ谷ではなかった。
「いつ入れ替わったんでしょう?」
「ビルいついていた肉片や血液は桐ケ谷のものだとすると、屋上に登ってすぐ」
「でも、やつの姿はありませんよ」
「まさか…」
 ルーカスは今いる場所から走って、屋上へ登ってきたところへ戻り、屋上から下を覗き込んだ。
「下だ、急げジャンセン」
「下?」とジャンセンは言われた通り走りながらルーカスの背中を追う。
「俺たちが屋上に登ったときに入れ替わったんだ。そして、桐ケ谷は上から下にいる人間を狙った。弱いものからな。こっちが優勢だったものだから油断した」
「まさか、ってことは」

 ルーカス達が若松が連れていた狙撃隊10名の死体を発見したときには桐ケ谷の姿は傷が治癒して鬼化を継続したまま、元の姿に戻っていた。若松と竹岡は壁にもたれかかっており、額から血を流しているが、どうやら今、意識を取り戻したようだ。
 上衣は囮に着せたため上半身は鎖帷子を着て袴はそのまま穴だらけのものを着ている。
「若松さん! これが俺らの最後の力です」若松が連れてきた兵隊の1人がそう叫んだ。
「遺言はそれでいいか?」
 その隊員の悲鳴の後、最後の一人を吸血し終えて放り投げ、ルーカスたちに向き直った。
「俺は絶対に負けられない。人間風情なんかに負けられるかよ。待っててくれ紗夜」
 桐ケ谷は意識を取り戻した若松と竹岡の元へ駆け、まずは若松を狙った。
「若松さん!」
 竹岡はしびれている下半身を無理やりお越し、若松の体を持ち上げてかろうじて攻撃を交わす。
「すまん、助かった」
「いえ、こんなのいつものことじゃないですか」
 若松、竹岡を通過した桐ケ谷はクナイを再度構える。
「次は仕留める」

 ただ、立ち上がった二人を見て桐ケ谷はニヤリと口角を上げた。
「若松さん腕が…」
 若松の右腕は僅かな切り傷を中心に肩の近くまで紫色に変色していた。桐ケ谷の攻撃を交わしたものの毒を塗ったクナイをかすめてそこから毒が広がり、腕が壊死しかけていた。
「この毒は筋肉の組織を破壊する。俺のような耐性を付けていないヴァンパイアなら完全に治癒するのは難しい、人間ならもってあと10分くらいかな」

 若松は紫色に変色している右腕を顔の前まで持ち上げた。
「竹岡! 斬れ」
「でも…利き手を失ったら若松さんの銃は」
「構わん! 銃は左で射つ、狩魔は左で撫でる。右腕一本失ったぐらいでこのS級隊員若松は負けたりせん。それに、俺の右腕は元々お前のはずだろ竹岡」
 竹岡が刀を構えてそれでも、振るかどうか躊躇していると若松は竹岡の刀を素手で掴んだ。若松の手のひらで刀を握った箇所からは出血している。その傷が完全に治癒すのに何日、何か月もかかるだろう。そして、真っ直ぐ竹岡を見つめた。
「10人の部下を失った戒めだ。これで、お前に斬ってもらえばケジメが付く。得体のしれないヴァンパイアに切り落とされるよりマシだ」
 竹岡は震えを無理やり押し込んで刀を握る手を強めた。長い瞬きの後、若松に視線を上げた。
「では…」

 若松はモバイル端末を操作すると、アトンの右腕の傷口の破れた部分が修復し、締め付けが強くなった。
「これで止血は完了した。さて、これからどう戦うかな」

「ヴァンパイアだったら腕を失わなくて済むものを、人間は脆いな。生物として下級の存在であるお前ら人間は所詮俺達の餌としてこの世界に存在する。そこに転がってる死体どもも俺の養分となった。お前らの役割はそれだけなんだよ」
 桐ヶ谷は満腹の腹をさすって
「お前は何か勘違いしてないか? 若造」
「あ?」
 桐ヶ谷はルーカスの方へ振り向いた。
「人間は確かに我々ヴァンパイアよりも脆い。皮膚を切れば完治するのに数日は要するし、動きも遅い。でもな、そんな人間の武器がお前の肉体に穴を開けた。お前が言う下級の生物が、だ」
「何が言いたい?」
「人間をなめすぎだ若造。お前の敗因はそこにある」
「は? 負けてねぇだろ。この状況をよく見てみろ。あいつは片腕を失った、目障りなカスどもは全員食った、負けるのはお前らの方だろ」
「教えてやるよ」
 若松は左腕でライフルを構えた。銃口は空を向いている。
「人間ってのはなぁ、自分達の信念貫くためならしぶてぇ生き物なんだよ。たとえ死んだ後でもな。だから、こんなすげぇ武器があんだよ」
 若松が着ているパワードスーツアトンは激しく光り輝き始めて、電気を帯びているよに弾けている。
「アトンに流れるエネルギーはな、いわば俺らの生命エネルギーみたいなもんだ。当然代償は伴うがその気になりゃあお前がたまげるようなとんでもねぇ力が出せんだ」
「まさか、若松さん。アトンのリミッターを解除したんですか。それをやったら若松さんは…」
「そんな顔すんな竹岡。これがS級隊員若松の力よ。狩魔抱いてしっかり見とけよ」
 狩魔は気がつけば竹岡の隣に座って若松を見上げていた。

 若松が持っているライフルの銃口は空に向かったまま、引き金を引いた。銃口の直前で若松の体にまとっていた電気が吸い込まれるように集まって初めは野球ボールほどの大きさだった光の塊は徐々に大きくなり銃口から離れて放たれた時にはまるで朝になったかのように闇を寄せ付けず小さな太陽のように何倍も大きくなっていた。
 桐ヶ谷は若松がその光の塊を放った後鼻で笑った。
「どこに撃ってる? 勝てないとわかって増援でも要請してるつもりか? そんな無駄なことすんなら…」
 口から血を吐き、体力を消耗してよろついた若松を狙って桐ヶ谷はクナイを振り上げた。竹岡は若松を庇って桐ヶ谷に背を向ける。
 しかし、桐ヶ谷のクナイは腕ごと地面に落ちて、残った肩だけ振って空振りした。
「焦ってんのか? 後ろの目ん玉は何を見ている。ま、その目ん玉が脳天に付いていればよかったがな」
 ルーカスは銃口から出ている白い煙をフッと息で払ってからジャンセンと後方のビルの屋上へ移動した。
「なんだ、何か胸騒ぎがする」
 桐ヶ谷が前方を確認すると若松も竹岡も狩魔の姿もなかった。

 それからすぐの瞬間に桐ヶ谷を眩い光が包み込んだ。手で少し光をさえぎりながら空を見上げると。桐ヶ谷の視界には入り切らないほど大きな光の塊がもうすでに手を伸ばせば届くぐらいの距離まで接近していた。
 気づいた時には遅かった。
 その光の塊は桐ヶ谷を飲み込み、さらにしばらく地面をえぐりながら直進してから、光は役目を終えたように小さくなって一瞬の昼間のような時間が終わってから夜の時間に戻った。
 半球状にえぐれた地面の中心部に皮膚が焦げて体の関節という関節があり得ない方向に曲がって「卍」のような形で体から煙を出している桐ヶ谷がいる。
 ビルからルーカスとジャンセンは降りて、桐ヶ谷の元へ向かう。
「…あれは」
 かろうじて動いた口で桐ヶ谷は相手に伝わる最低限の文字数で言葉を放った。
「お前が命を奪った人間が最後の力を天に向けて放ち最後はワカマツが全てのエネルギーを注いだ。お前の後ろの目がうまく機能しなかったのも新鮮な血液を摂取することができなかったからだろう」
「俺が食らう時にあいつらはほとんど死んでたってことか」
「そうだな。お前は人間を侮りすぎだ。死んでもなお残し続ける、命が儚いからこそ最期までやり遂げる執念に負けた。それがお前の敗因だってわけだ」
「クソ人間どもめ、雑魚のくせに俺はまだ終わってない、まだ果たしてないんだ。紗夜、ルイ様」
 この場から逃げ出そうと桐ヶ谷は手を伸ばすが進むことはできない。灰になった手は少し動かしただけで粉になって崩れた。
「来世ではまともに生きているといいな。お前に来世があればだが」
 ルーカスはライフルの銃口から煙が出たまま肩に乗せて、歩きながら半球の穴を登り、地面に横たわる若松の元へ向かった。

「ワカマツ、ミッションコンプリートだ」 
 ルーカスは拳を若松に近づけると、若松もフッと笑って同様に拳を付き合わせた。
 そして、天を見ながら言う。
「まさか、ヴァンパイアと共に戦う時代が来るなんてな。近藤室長の命令だから疑うことはなかったがここまでやり切るとは正直思ってなかった」
 狩魔と達磨は2人並んで座り若松の傍に座る。やがて、狩魔は若松の頬を舐めた。若松はその狩魔を丁寧に撫でた。
「狩魔と達磨に看取られながら逝けるなんてこれ以上ない最期だ。そして、ルーカス、ジャンセン。お前たちは俺にとって最初で最後のヴァンパイアの友だ。共に戦えたことを光栄に思う」
「ワカマツ、お前のことは忘れない向こうに逝っても猫を愛でるといい」
「ああ、そうするさ」

 若松はその言葉を最後に天へと旅立った。ルーカス、ジャンセン、竹岡の3人は若松に対して顔の前で両手を合わせる。
「報告へ行こう。タケオカもワカマツを安全なところへ連れて行きたいだろ」
「はい」
 ルーカスは立ち上がり歩こうとしたがバランスを崩して、いきなり地面に手をついた。額には玉のように汗をかいている。
 竹岡とジャンセンは心配そうにルーカスに問いかけた。
「すまん、交わしたつもりだったんだが一発かすっていたようだ」
 ルーカスは自分のコートをちぎって右腕の肌を出した。その腕は、かなり濃い紫色に変色している。
「これは…」
 竹岡が言いかけた時、ルーカスは安心させるように笑顔を作って言った。
「ヴァンパイアだったら切断すればまた生えてくる。心配するな」
 ルーカスはジャンセンに視線を送った。ジャンセンはその意味を理解して、鞘に収めていた刀を再び抜いた。

 目の前に差し出される腕に標準を合わせてルーカスの腕を切断しようとした。その時だった、ジャンセンの刀はルーカスの腕を斬るすんでのところで止まった。
「ルーカスさん?」
 口から血を吐き目を見開くルーカス、腹部から光を反射するよく磨かれた大きな刃物が姿を覗かせている。ルーカスの背中には張り付くように竹岡が密着していた。
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