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一ヶ月後の五月初旬、鈴野加寿也は再びサーキットにいた。
真っ白いヘルメットを被り、その時間を待っていた。
太陽が真上まで上り、汚れのないアスファルトをじりじり照りつける。
加寿也の黒いレーシングスーツも太陽熱が直接当たり、それが背中にも伝わってくる。
開幕からの三戦目。
ピットレーンに並んだマシンが、緑の旗を合図に一台ずつコースインしていく。
予選がスタートしたのだ。
加寿也は背中に汗をかいていたが、それは太陽のせいではなく、痺れるような緊張感からだった。
今日の加寿也は、かなり緊張していたものの、なぜか不安感がほとんどなかった。
なぜだろう。
なぜか、今日はうまくいきそうな気がする。
説明できない確信に後押しされ、ゼッケン79がコースインしていった。
前を走っているマシンに離されない程度にスピードを乗せ、各コーナーは緩やかに立ち上がる。
そして最終コーナーをクリップした瞬間、加寿也はアクセルを全開にした。
ストレートを乾いた金属音とともに、ぐんぐん加速していく。
白いマシンと加寿也は、コントロールラインを通過していった。
レース参戦、三度目のタイムアタックが今、始まったのだ。
加寿也は、十メートルほど離れた、前を走る黒いマシンに照準を合わせた。
少しずつ、少しずつ、各コーナーでタイムを稼ぎ、黒いマシンについていく。
少しずつ、少しずつ、距離を詰めながら、リズム良くついていく。
加寿也は計算していた。
最終コーナーを立ち上がる時、三メートルほどの差でいることを。
今回の予選では、その計算がぴたりとはまった。
ストレートで真後ろについた加寿也のマシンは、コントロールラインを越えた時、黒いマシンの横に並んでいた。
「よし! やったぜ!」
その瞬間、加寿也は、はっきりとした手応えを感じたのだった。
雲が流れ、乾いた風が吹いている。
太陽はパドックを照りつけ、各チームのパラソルが咲いていた。
第三戦の予選が終了し、予選順位がボードに貼り出された。
加寿也は、予選通過四十台中、三十五位だった。
「あのポンコツマシンで予選が通過した! それどころか、前回よりもタイムが二秒も縮まった!」
マシンには何も手を加えていない。
前回とまったく同じ状態だった。
それなのに、信じられないほど速くなっていた。
「どうだ? 俺の言ったとおりだろう? くっくっく」
謎の声は囁いた。
「ああ、お前の言うとおりだ。俺もやっと本当のレーサーになれた」
加寿也は、本心からそう言った。
これまで散々苦労していただけに、本当に嬉しかったのだ。
「ようし、分かればそれでいい。これからも俺の言うとおりにしろよ」
「分かった。そうするよ。今回は、お前に感謝すべきなのかな?」
「いやいや、この程度で礼を言ってもらってもな。これからまだまだいいことがあるぜ。くっくっく」
これからも、もっともっと幸運が続くのか。
加寿也は少し不安がよぎったが、この先に何が待っているのか、期待に胸を膨らませた。
一月前に真砂子を抱いたことも、この幸運に繋がっているのだろうか。
それは良く分からない。
しかし、加寿也の目は引き締まり、体の中から自信が湧き上がっていた。
この日の加寿也のレースは、下位グループでありながらも、他のマシンと抜きつ抜かれつのバトルを演じた。
これまでの弱気が嘘のように、堂々とした走りだった。
最終結果は三十三着。
加寿也のマシンを押しながら丸井が言った。
「よし。デビュー戦にしては、まずまずじゃないか、鈴野。この次もこの調子でいけよ」
丸井は頭にまだ包帯を巻いていたが、深く帽子を被っていたので、あまり目立たなくなっていた。
タオルで額の汗を拭いながら加寿也は、
「ええ、これまでの鬱憤を晴らさなければなりませんからね。今後もどんどん攻めていきますよ」
と答えた。
この日は未菜と真砂子も観戦に来ていた。
「どうしたの? 急に強くなっちゃって」
きょとんとした表情で未菜が言うと、
「俺にもやっと運が巡ってきたのさ。でも俺はまだまだこんなもんじゃないぜ、未菜」
と加寿也は自信たっぷりで言った。
しかし、未菜の横で加寿也の目を見つめる真砂子には、目を合わせることはできなかった。
その日の全レースは終了し、加寿也は小型トラックに、赤と黒のラインが入ったマシンを乗せていた。
白のボディは薄汚れていたが、今日ばかりはゼッケン79が誇らしく思えた。
帰ったら綺麗にしてやるよ。
もう、ポンコツマシンとは呼ばない。
だから次もよろしく頼むぜ。
目の前を、未菜と真砂子を乗せ、丸井が運転するワンボックスのバンが通り過ぎる。
陽は傾き、乾いた風が吹いている。
加寿也はマシンを乗せ終え、ロープで固定し、スロープを荷台に乗せた。
そして、トラックのドアを開けた時、薄曇りの空に何か光るものを見つけた。
雷か?
いや、空はそれほど暗くない。
雨雲らしきものも見当たらない。
あまり気にせずトラックに乗り込もうとした時、光るものはさらに大きくなった。
何だ? あれは。
太陽に反射した黒い光。
それが上下に波打ちながら動いている。
加寿也は以前にもこのような状況になったことを思い出した。
あれは、前回のレース。
予選落ちで腐っていて、丘の上にいた時だ。
そうだ。
あれは確か!
あれは確か、鱗ではなかったか。
そうだ。
黒い光は鱗だ。
黒い鱗をくねらせて、ゆっくり空を泳いでいるところは、前回見たものと全く同じだった。
それに、大きな目と白い牙。
そう、あれは確かに龍。
百五十メートルほどの長い体をくねらせて、空を優雅に泳いでいる。
これほど大きな生き物を見ても、加寿也はなぜか恐怖感はなかった。
それどころか、神々しく思えた。
しばらくして、黒い鱗は雲の中に消えていった。
加寿也は、まわりを見渡したが龍に気づいた者はいない。
腕時計を見ると五十分ほど経過していた。
それも前回と同じだ。
なぜ俺にしか見えないのか。
そして、なぜ時間は飛んでしまうのか。
加寿也は、ぼうっとしたままキーを捻り、トラックのエンジンをかけた。
龍はいったい何を伝えたいのか。
何か特別なメッセージでもあるのだろうか。
ギアを入れ、加寿也はゆっくりとトラックを走らせた。
五日後、加寿也は仕事の帰りに丸井のガレージ、MMSに寄っていた。
丸井から連絡があったからだ。
何の用事なのか、丸井は言わなかったので、マシンに不具合でも見つかったのかと、少し気になっていた。
半開きになったMMSのシャッターをくぐり、加寿也はガレージ内に入っていった。
いくつかのレース用バイクがメンテナンスされており、加寿也のマシンもホイールが外された状態で置かれていた。
加寿也は自分のマシンの様子を見てみた。
何年もレース活動で使用された中古バイクなので、古いパーツと新しいパーツが入り混じった、つぎはぎマシンだ。
しかし、これまでとは違う思いで、このつぎはぎマシンを加寿也は見ていた。
それは、いとおしいという感情だ。
自分の努力に応えてくれた者への感謝の気持ちだった。
この前はありがとうな。
これからも一緒に戦っていこう。
加寿也は、そういう思いでマシンをひととおり見てみたが、どこも悪いところはなさそうだった。
市販バイクに比べて、あまりにも単純に作られているだけに、メカニックでなくとも使用者であれば分かるはずである。
エンジンなのかな?
加寿也はそう思い、MMSの事務所に向かった。
そしてドアを開けて入っていくと、丸井の他にもう一人の男がソファに座っていた。
丸井と笑顔で話していた。
「こんにちは」
加寿也が挨拶すると、二人の男はこちらを見て微笑んだ。
もう一人の男は、鮮やかなブルーのジャンパーを着た、五十代と見られる太った男だった。
「おっ、鈴野。来たか」
丸井は、加寿也がタイムアップしてから上機嫌だ。
「こちらは、モモタオイルの桃田一郎さんだ」
きっとマシンの不具合だと思っていた加寿也は、丸井の笑顔を見て拍子抜けした。
「あ、どうも。鈴野加寿也です」
少し照れながら加寿也が言うと、
「やあ、君が鈴野君だね。この前のレース見ていたよ。いい走りだったね。あれがデビュー戦だったなんて、後から聞いて驚いたよ」
と桃田は笑顔で加寿也を誉めた。
「桃田さんは、鈴野のマシンにオイルを提供してくれるそうだ。喜べ鈴野!」
これは、加寿也にスポンサーがついたことを意味する。
俺にスポンサーが?
まだ、たった一戦しかレースに出場していない俺に、オイルのスポンサーが。
信じられない。
「本当ですか? 俺にモモタオイルを?」
加寿也の胸は熱くなった。
またしても運が巡ってきた。
「ありがとうございます。これからも一生懸命走りますので、よろしくお願いします」
加寿也は桃田に頭を下げて礼を言った。
「ああ、期待しているよ。鈴野君」
桃田は出っ張った腹を揺らしながらそう言った。
MMSのガレージを出る時、加寿也の手にはブルーのジャンパーが握られていた。
鮮やかなブルーに、MOMOTAのバックプリント。
桃田が着ていたのと同じジャンパーを、帰り際に加寿也に手渡してくれたのだ。
とても誇らしい気持ちだった。
その時、またあの声が囁いた。
「どうだ? 素晴らしいだろう」
夢見心地で心がふわふわ浮いていた加寿也は、内側から響く声にびくっとした。
しかし、もう声に慣れてしまったのか、すぐに平常心に戻った。
「ああ、本当に素晴らしい。これもお前の、いや聞くまでもないな。ありがとうよ」
と加寿也は言った。
「くっくっく。それでいい。俺を信じてさえいれば、何もかもうまくいくのだ」
「分かっているよ」
「さあ、またあの女を抱きにいけ、加寿也。くっくっく」
薄明かりの中、蠢く二つの物体。
それらが動くたびに、大きな影が壁を這う。
二つの肢体は、体からの分泌液で、てらてらと光っていた。
真砂子の豊満な胸に顔を埋める加寿也。
おとなしい未菜とは違い、声を荒げ、激しく体をよじりながら加寿也を求める真砂子。
その声によって、さらに欲望の本能を掻き立てられていく。
自信に溢れた男と、その自信のループをさらに上昇させる女。
お互いの要求が合致した時、もはや怖れるものなど存在しなかった。
この女は俺に運を与えてくれる。
俺はもっともっと上り詰めていきたい。
このまま真砂子とつきあっていけば、さらに上昇気流に乗れるだろう。
加寿也はそう思った。
真っ白いヘルメットを被り、その時間を待っていた。
太陽が真上まで上り、汚れのないアスファルトをじりじり照りつける。
加寿也の黒いレーシングスーツも太陽熱が直接当たり、それが背中にも伝わってくる。
開幕からの三戦目。
ピットレーンに並んだマシンが、緑の旗を合図に一台ずつコースインしていく。
予選がスタートしたのだ。
加寿也は背中に汗をかいていたが、それは太陽のせいではなく、痺れるような緊張感からだった。
今日の加寿也は、かなり緊張していたものの、なぜか不安感がほとんどなかった。
なぜだろう。
なぜか、今日はうまくいきそうな気がする。
説明できない確信に後押しされ、ゼッケン79がコースインしていった。
前を走っているマシンに離されない程度にスピードを乗せ、各コーナーは緩やかに立ち上がる。
そして最終コーナーをクリップした瞬間、加寿也はアクセルを全開にした。
ストレートを乾いた金属音とともに、ぐんぐん加速していく。
白いマシンと加寿也は、コントロールラインを通過していった。
レース参戦、三度目のタイムアタックが今、始まったのだ。
加寿也は、十メートルほど離れた、前を走る黒いマシンに照準を合わせた。
少しずつ、少しずつ、各コーナーでタイムを稼ぎ、黒いマシンについていく。
少しずつ、少しずつ、距離を詰めながら、リズム良くついていく。
加寿也は計算していた。
最終コーナーを立ち上がる時、三メートルほどの差でいることを。
今回の予選では、その計算がぴたりとはまった。
ストレートで真後ろについた加寿也のマシンは、コントロールラインを越えた時、黒いマシンの横に並んでいた。
「よし! やったぜ!」
その瞬間、加寿也は、はっきりとした手応えを感じたのだった。
雲が流れ、乾いた風が吹いている。
太陽はパドックを照りつけ、各チームのパラソルが咲いていた。
第三戦の予選が終了し、予選順位がボードに貼り出された。
加寿也は、予選通過四十台中、三十五位だった。
「あのポンコツマシンで予選が通過した! それどころか、前回よりもタイムが二秒も縮まった!」
マシンには何も手を加えていない。
前回とまったく同じ状態だった。
それなのに、信じられないほど速くなっていた。
「どうだ? 俺の言ったとおりだろう? くっくっく」
謎の声は囁いた。
「ああ、お前の言うとおりだ。俺もやっと本当のレーサーになれた」
加寿也は、本心からそう言った。
これまで散々苦労していただけに、本当に嬉しかったのだ。
「ようし、分かればそれでいい。これからも俺の言うとおりにしろよ」
「分かった。そうするよ。今回は、お前に感謝すべきなのかな?」
「いやいや、この程度で礼を言ってもらってもな。これからまだまだいいことがあるぜ。くっくっく」
これからも、もっともっと幸運が続くのか。
加寿也は少し不安がよぎったが、この先に何が待っているのか、期待に胸を膨らませた。
一月前に真砂子を抱いたことも、この幸運に繋がっているのだろうか。
それは良く分からない。
しかし、加寿也の目は引き締まり、体の中から自信が湧き上がっていた。
この日の加寿也のレースは、下位グループでありながらも、他のマシンと抜きつ抜かれつのバトルを演じた。
これまでの弱気が嘘のように、堂々とした走りだった。
最終結果は三十三着。
加寿也のマシンを押しながら丸井が言った。
「よし。デビュー戦にしては、まずまずじゃないか、鈴野。この次もこの調子でいけよ」
丸井は頭にまだ包帯を巻いていたが、深く帽子を被っていたので、あまり目立たなくなっていた。
タオルで額の汗を拭いながら加寿也は、
「ええ、これまでの鬱憤を晴らさなければなりませんからね。今後もどんどん攻めていきますよ」
と答えた。
この日は未菜と真砂子も観戦に来ていた。
「どうしたの? 急に強くなっちゃって」
きょとんとした表情で未菜が言うと、
「俺にもやっと運が巡ってきたのさ。でも俺はまだまだこんなもんじゃないぜ、未菜」
と加寿也は自信たっぷりで言った。
しかし、未菜の横で加寿也の目を見つめる真砂子には、目を合わせることはできなかった。
その日の全レースは終了し、加寿也は小型トラックに、赤と黒のラインが入ったマシンを乗せていた。
白のボディは薄汚れていたが、今日ばかりはゼッケン79が誇らしく思えた。
帰ったら綺麗にしてやるよ。
もう、ポンコツマシンとは呼ばない。
だから次もよろしく頼むぜ。
目の前を、未菜と真砂子を乗せ、丸井が運転するワンボックスのバンが通り過ぎる。
陽は傾き、乾いた風が吹いている。
加寿也はマシンを乗せ終え、ロープで固定し、スロープを荷台に乗せた。
そして、トラックのドアを開けた時、薄曇りの空に何か光るものを見つけた。
雷か?
いや、空はそれほど暗くない。
雨雲らしきものも見当たらない。
あまり気にせずトラックに乗り込もうとした時、光るものはさらに大きくなった。
何だ? あれは。
太陽に反射した黒い光。
それが上下に波打ちながら動いている。
加寿也は以前にもこのような状況になったことを思い出した。
あれは、前回のレース。
予選落ちで腐っていて、丘の上にいた時だ。
そうだ。
あれは確か!
あれは確か、鱗ではなかったか。
そうだ。
黒い光は鱗だ。
黒い鱗をくねらせて、ゆっくり空を泳いでいるところは、前回見たものと全く同じだった。
それに、大きな目と白い牙。
そう、あれは確かに龍。
百五十メートルほどの長い体をくねらせて、空を優雅に泳いでいる。
これほど大きな生き物を見ても、加寿也はなぜか恐怖感はなかった。
それどころか、神々しく思えた。
しばらくして、黒い鱗は雲の中に消えていった。
加寿也は、まわりを見渡したが龍に気づいた者はいない。
腕時計を見ると五十分ほど経過していた。
それも前回と同じだ。
なぜ俺にしか見えないのか。
そして、なぜ時間は飛んでしまうのか。
加寿也は、ぼうっとしたままキーを捻り、トラックのエンジンをかけた。
龍はいったい何を伝えたいのか。
何か特別なメッセージでもあるのだろうか。
ギアを入れ、加寿也はゆっくりとトラックを走らせた。
五日後、加寿也は仕事の帰りに丸井のガレージ、MMSに寄っていた。
丸井から連絡があったからだ。
何の用事なのか、丸井は言わなかったので、マシンに不具合でも見つかったのかと、少し気になっていた。
半開きになったMMSのシャッターをくぐり、加寿也はガレージ内に入っていった。
いくつかのレース用バイクがメンテナンスされており、加寿也のマシンもホイールが外された状態で置かれていた。
加寿也は自分のマシンの様子を見てみた。
何年もレース活動で使用された中古バイクなので、古いパーツと新しいパーツが入り混じった、つぎはぎマシンだ。
しかし、これまでとは違う思いで、このつぎはぎマシンを加寿也は見ていた。
それは、いとおしいという感情だ。
自分の努力に応えてくれた者への感謝の気持ちだった。
この前はありがとうな。
これからも一緒に戦っていこう。
加寿也は、そういう思いでマシンをひととおり見てみたが、どこも悪いところはなさそうだった。
市販バイクに比べて、あまりにも単純に作られているだけに、メカニックでなくとも使用者であれば分かるはずである。
エンジンなのかな?
加寿也はそう思い、MMSの事務所に向かった。
そしてドアを開けて入っていくと、丸井の他にもう一人の男がソファに座っていた。
丸井と笑顔で話していた。
「こんにちは」
加寿也が挨拶すると、二人の男はこちらを見て微笑んだ。
もう一人の男は、鮮やかなブルーのジャンパーを着た、五十代と見られる太った男だった。
「おっ、鈴野。来たか」
丸井は、加寿也がタイムアップしてから上機嫌だ。
「こちらは、モモタオイルの桃田一郎さんだ」
きっとマシンの不具合だと思っていた加寿也は、丸井の笑顔を見て拍子抜けした。
「あ、どうも。鈴野加寿也です」
少し照れながら加寿也が言うと、
「やあ、君が鈴野君だね。この前のレース見ていたよ。いい走りだったね。あれがデビュー戦だったなんて、後から聞いて驚いたよ」
と桃田は笑顔で加寿也を誉めた。
「桃田さんは、鈴野のマシンにオイルを提供してくれるそうだ。喜べ鈴野!」
これは、加寿也にスポンサーがついたことを意味する。
俺にスポンサーが?
まだ、たった一戦しかレースに出場していない俺に、オイルのスポンサーが。
信じられない。
「本当ですか? 俺にモモタオイルを?」
加寿也の胸は熱くなった。
またしても運が巡ってきた。
「ありがとうございます。これからも一生懸命走りますので、よろしくお願いします」
加寿也は桃田に頭を下げて礼を言った。
「ああ、期待しているよ。鈴野君」
桃田は出っ張った腹を揺らしながらそう言った。
MMSのガレージを出る時、加寿也の手にはブルーのジャンパーが握られていた。
鮮やかなブルーに、MOMOTAのバックプリント。
桃田が着ていたのと同じジャンパーを、帰り際に加寿也に手渡してくれたのだ。
とても誇らしい気持ちだった。
その時、またあの声が囁いた。
「どうだ? 素晴らしいだろう」
夢見心地で心がふわふわ浮いていた加寿也は、内側から響く声にびくっとした。
しかし、もう声に慣れてしまったのか、すぐに平常心に戻った。
「ああ、本当に素晴らしい。これもお前の、いや聞くまでもないな。ありがとうよ」
と加寿也は言った。
「くっくっく。それでいい。俺を信じてさえいれば、何もかもうまくいくのだ」
「分かっているよ」
「さあ、またあの女を抱きにいけ、加寿也。くっくっく」
薄明かりの中、蠢く二つの物体。
それらが動くたびに、大きな影が壁を這う。
二つの肢体は、体からの分泌液で、てらてらと光っていた。
真砂子の豊満な胸に顔を埋める加寿也。
おとなしい未菜とは違い、声を荒げ、激しく体をよじりながら加寿也を求める真砂子。
その声によって、さらに欲望の本能を掻き立てられていく。
自信に溢れた男と、その自信のループをさらに上昇させる女。
お互いの要求が合致した時、もはや怖れるものなど存在しなかった。
この女は俺に運を与えてくれる。
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