エスとオー

KAZUNAKA2020

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度胸だめし

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それは二週間ほど前の出来事だ。

オレは良く行く弁当屋で弁当を買った。

とにかくその日は、無性に腹が減っていた。

弁当を家に持ち帰るのもめんどうなので、弁当屋の近くの道路に車を停めて食べていた。

片側二車線の、わりと広い道路だった。

のり弁当を食べながら、外を見ていたら、反対側の歩道にひとりの女の子が見えた。

女の子は、じっとしていなくて、バスの停留所あたりを行ったり来たりしていた。

何をしてるんやろう。

オレは弁当をほおばりながら、不思議そうにながめていた。

誰かを待っているようでもあり、ひまをつぶしているようでもあった。

少し距離があったので、女の子の表情までは分からなかった。

時間は夜の七時頃。

広い道路なので、車の往来はけっこうあったけど、歩道には人の通りはあまりなかった。

弁当を食べ終わったオレは、ここでひとつ、度胸どきょうだめしをしてみようと思いたった。




食べた弁当を片付けて、オレはアルトのエンジンをかけた。

そして少し走らせたところで、車をUターンさせた。

その時のオレは、心臓がばくばくしていたと思う。

でも、心の中で自分に言った。
これは、度胸だめしなのや、と。

もしだめだったら、すぐに逃げてしまえばいい。


オレは、女の子が立っているところで車を停め、助手席側の窓を開けた。

そして、こう言った。
「なぁ、ここで何してるん? 誰かを待ってるんか?」

その女の子は、あまり動じずに、こう返事した。
「ううん、誰も待ってないよ。ただ暇やからこうしてるだけや」

あまりにも普通に答えたので、少し呆気あっけに取られたオレは、さらに根性を出してこう言った。
「ほんじゃあ、良かったら、この車で今からドライブでもどうや?」

すると、女の子はちょっと考えるような仕草しぐさをして、
「うーん。そうやね」
と言った。

オレはどきどきして、相手の反応を待った。

そして、
「そしたら、少しならええわ」
と女の子は笑顔で答えた。

オレは心の中で、ウソやろ!と思ったけど、もうこうなったら、成り行きにまかせるしかない、と腹をくくって、助手席のドアを開けてやった。

それから少しドライブして、喫茶店でコーヒーを飲んで、そして出会った場所に送って行った。

彼女といる間はずっと、テンションが上がりっぱなしだった。

来週、また同じ場所で待ち合わせる約束をして、オレは帰ってきた。

家に帰ってからは、どっと疲れが出たけど、心の中は幸せな気分でいっぱいだった。

翌朝、起きてからも、オレの頭は、ぼうっとしていた。




それがエミとの出会いだった。

人と人の出会いって、こんなに簡単なものなのか。

もしかしたら、その時のエミは、誰かにナンパされるのを期待して、あの場所に立っていたのかもしれない。

でも今では、もうどうでもいいことだ。


エミはオレよりひとつ年上だった。

彼女は、オレと出会った場所の近くでひとり暮らしをしていた。


ミユキとのつきあいがなくなり、江洲田がいなくなり、さらに王崎は入院。

ここんとこ、オレはただ働くだけの毎日だった。

ほかにも友達はいたけど、以前ほど楽しいつきあいはなかった。

エミと出会ってからは、また少し生活に明かりがともったような気がした。





生活に明かりが灯ると、オレの表情にも変化が出てきたようだ。

自分でも気づかないうちに、自信がみなぎっていたのかもしれない。

これまで以上に、仕事にやる気を持ったと勘違いした森さんは、
「おまえ、今の仕事はひととおり覚えたようだから、今度はフォークリフトの免許を取れ」
と言った。

「ただ運ぶだけじゃなく、積み降ろしまでやれたら、配送業は完璧やからな」

オレは最初、あまり気乗りしなかったけど、いつか必要になるかもしれないと思ったので、フォークリフトの免許を取ることにした。

そして、仕事の終わりに事務所に行き、鈴木さんからフォークリフト講習の申し込み手続きをしてもらった。

「フォークリフトの講習は五日間。真面目に習ったら誰でも取れるので、頑張っておいで」
と鈴木さんは言った。

その日は、事務所に他の人もいたので、鈴木さんの態度は事務的だった。

それに、最近のオレの溌剌はつらつぶりを見て、女の勘で何かを察知さっちしたのだろうか。

鈴木さんは、つやっぽい目でオレを見てくるものの、以前のように誘ってくることはなかった。


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