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第15話【錬魔士への緊急依頼 その一】

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 雨の降りしきる夜明けすぐに工房のドアの前で僕を呼ぶ声が響いた。

「錬魔士さま!錬魔士さま!」

 僕の工房では仕事の殆んどはギルドからの依頼で直接受けることは滅多にない。

 直接依頼を受け付けていると多数の依頼が重なってしまい僕がこの世界に来た本当の目的である世界の発展に役立つ発明にかける時間が取れなくなってしまうからだ。

 なので基本的には月に大きい依頼なら数件、小さい依頼でも十数件程度に抑えているのが現状だ。

 そして、この街の住人ならば僕が飛び込みの依頼を受けない事は誰でも知っていた。

「誰だ?こんな朝っぱらから非常識にも程がある」

(昨夜は新しい道具のレシピを作っていたが、調子にのり過ぎてかなり遅くまで調合してたから少々眠いんだよな)

 ボヤキながらも僕は入り口のドアを開けて声の主を確認した。

「錬魔士さま!お願いがあります!」

 ドアを開けて声の主を探すも誰も居ない。
 誰も居ないどころかドアの前にあるはずのない【花】が咲いていた。

「花?何でこんな所に花なんて咲いているんだ?」

 僕はその花をしゃがんでじっくりと観察して手を伸ばして触れようとしたその時、後ろからミルフィが声をかけてきた。

「あら。フラリスではないですの?」

「フラリス?」

 僕は伸ばした手を引っ込めてミルフィの方を見た。

「ええ、マスター様の前に浮かんでいるのが【フリッジ桜花の精霊・フラリス】ですよ」

 ミルフィにそう言われて僕は花の上の方を見た。
 そこには体長20センチくらいの綺麗な蝶に似た羽を持つ精霊が浮かんでいた。
 ミルフィに説明されなければ物語に出てくる妖精と見間違がっていただろう。

「ああ!ミルフィさんじゃないですか!
 こんな所でお会いするなんて!
 もしかして錬魔士様にお仕えしてるのですか?」

 フラリスと呼ばれた精霊はミルフィを見て驚いて叫んだ。

「そうよ。今はタクミマスター様の雑務家事及び仕事管理調整全般を任されていますの」

「マスター様に何か急用の様子ですが、とりあえず中にお入りになって説明をされませんか?
 マスター様もそれで宜しいですか?」

「ああ、よろしく頼むよ」

 日頃から助けて貰っているミルフィにそう言われたら無下には追い返せないので、僕はとりあえず話を聞いてみることにした。

  *   *   *

「……と言う訳なんです。どうかお助け頂けないでしょうか?」

 応接室でミルフィの入れた紅茶を飲みながらフラリスの話を聞いていた僕は考え込んでいた。

 フラリスの依頼内容はこんな感じだった。

①フラリス達の生息している谷で原因不明で枯れる木々が多発している

②草花にも異変が起きており、花が咲かないまま萎れてしまう物や奇形の実をつける物もある

③それらの草木や花を守っている精霊達にも異変が起きていて消滅の危険な状態にある精霊もいる

 これらの案件の原因を特定して治療を施して欲しい

「うーん。内容は大体把握出来たけど、未知の病気への特効薬作成と原因究明を短期間で、しかも調査は集落の場所を公表せずに僕達工房関係者だけで行う……か」

「かなり高い難易度の依頼だな。それで報酬は?」

「フリッジ桜の花弁と精霊花の雫を必要な時に必要な分を優先的にお届けします」

 フリッジ桜の花弁と精霊花の雫はどちらもメガポーション、通称【女神の雫】の錬金レシピに欠かせない重要素材だ。

 この工房にも在庫ストックは無く、緊急時の為に手に入れておきたい素材であることは間違いない。

 普通なら何とかこなしておきたい依頼なのだが、緊急であるために他の依頼との調整をしないと工房の信用問題になるため悩ましいところだ。

「ミルフィ。今入っている依頼だがどれだけ時間的余裕がある?」

「そうですね。一件だけ急ぎがありますが、他は依頼主との調整で一週間程度なら時間が取れるかと思います」

「そうか、なら今日中にその案件を片付けて明日からフラリスの依頼を受けても大丈夫だな」

「ミルフィ悪いけど、この後ほかの依頼主達に緊急依頼が入った旨を伝えて納期を遅らせて貰えるように調整を頼むよ」

「わかりましたマスター様。
 私の友達のフラリスからの依頼ですので私からもマスター様に受けて頂きたいと思っていましたので喜んで調整させて頂きますの」

「よし、それでは明日からフラリスの案内で深水峡の谷へ行く事にする。
 それで宜しいですね?」

 僕はこの後の作業と明日からの手順を決めてフラリスへ確認した。

「はっ!はい!よろしくお願いします!!」

 話の展開の早さに動転して呆然としていたフラリスが我に帰って慌てて同意した。

「よかったですの。
 それでは私もマスター様の依頼調整に出かけてきますの。
 フラリスは今日は工房に泊まっていくといいの。
 マスター様宜しいですよね?」

「ああ、どうせ明日には一緒に行くんだ。それで頼むよ」

「ミルフィさん、錬魔士さま、ありがとうございます。
 明日からよろしくお願いします」

 フラリスはそう言いながら深々と頭を下げた。

「今回は工房メンバー全員で行く事にしよう。
 あまり時間的余裕がないので皆にも色々と手伝って欲しい事が出そうだからな」

 僕はそう言うと急ぎ案件を片付けながら明日からの準備に取りかかった。

  *  *  *

「よし、それじゃあ出発するぞ」

 準備を終えた僕は工房の前で最終確認をしていたが、ふと思い出してララに言った。

「ああ、今回はララは留守番な」

「なんでよ!!」

 いや、元々は全員で行くつもりだったんだけど精霊達の住む集落へドラゴン族のララを連れて行くのは少々マズイ気がしてミルフィに相談したら凄く悩んだ末に控えた方がいいかなとの結論だったので置いて行く事にしたのだか、伝えるのを失念していて今伝えたと言う訳だ。

「ええー!留守番なんてつまんないー!」

 地団駄を踏むララを見てダメ元でフラリスに聞いてみた。

「フラリス。僕がおとなしくするように監視するからララも連れて行っていいかな?」

「いいですよ。錬魔士様のお墨付きがある方なら大丈夫でしょうから」

「本当!やったー!」

「いいか、絶対に勝手な行動はするんじゃないぞ!」

 僕は横からため息をつきながらジト目で見てくるミルフィから視線を避けるようにララの方を向いて注意を促した。

「よし、それではフラリスの先導で深水峡の谷へ向かう事にする」

「「「「はい!」」」」

 僕達は工房のドアにclosedの掛札を掲げて街の門へ向かった。

  *   *   *

 深水峡の谷は街の北西1日くらいの所にあるらしいのだが、普段は濃い霧に覆われていて案内無しだととてもではないが谷まで辿りつけないらしい。

 ただ、一つだけ助かるのが【魔物が出ない】事であった。
 なぜなのかフラリスに聞いてみたら【精霊の加護】による結界のおかげだと言われた。

「それじゃあこの霧は魔物避けの結界って事でいいのか?これは人間にとって安全な物なのか?」

「直接は体に取り込んでも毒にはなりませんが精霊の補助無しだと方向感覚が狂ってしまって一定の場所まで達すると出口方面へ強制的に向かわせられてしまうんです」

「ですから人間も魔物も谷の奥へは辿り付く事が殆んどありません。
 でも、今は里内で発生している原因不明の病気によって少しずつ結界が弱まっているのです」

 スイスイと迷う事なく前を歩きながらフラリスが里の現状を話してくれた。

 僕は歩きつつ、フラリスの話を聞きながら現状の確認と病気の予測をしていたが元々の世界には精霊は居ないし、草花は言葉を話さないので体調が悪いとかも言うはずもないから話だけでは予測がつかないのが現状だ。

「とりあえず見てから対策を考えるしかないか……」

 そう呟きながら深い霧の中を進むこと1時間程、急に視界が開け始めた。

「この先の大岩を曲がった所からが【深水峡の谷】と呼ばれている場所。
 私達は【幻花海の里】と呼んでいます」

 そう言いながらフラリスを先頭に僕達は里の入り口に差し掛かった。

 そこは少し寂れた農村をイメージしたかのような空間が広がっていた。
 村の中心辺りには御神木を思わせるような巨木がそびえ立ち辺りには色とりどりの草花が咲き乱れていた。

「ここが深水峡の谷か……」

 思っていた景色とあまりにも異なる状況に戸惑いながらも僕はフラリスに聞いた。

「里の状況は逼迫していると説明されたけど見たところ特に問題があるようには見えないんだがどう言うことか詳しく教えて貰えるかな?」

 助けを求めてきた時のフラリスの言葉は嘘を言っていた感じはなかったし、ミルフィの知り合いを悪く思う事は出来ればしたくない。
 おそらく何らかの理由があると考えた僕は単刀直入に質問した。

「そ、そんな……」

 フラリスは質問に答えずに自分の眼の前の現状に絶句していた。

「私が助けを呼びに里を飛び出した時には草花の殆んどが枯れるか萎れていて仲間の精霊達の多くが動ける状態ではなかったはず!
 里の守り神であり、私達精霊の長であるフリッジス様がご自身の生命力を比較的症状の軽かった数名に分け与えて各地の識者に助力を求めて走ったが、私よりも先に里を救える者を連れてきたの?
 そして既に解決したとでも言うの?」

 フラリスは自分の置かれている状況が信じられないかのように辺りを見回しながら呟いていた。
 おそらく僕の質問は耳に入っていないらしく、フラフラと里の中心にある巨木に向かって歩いて行きだしたので仕方なく僕達もそれに合わせて歩く事にした。

「フラリス!今までどこ行ってたのよ!」

 巨木に向かって歩いていると横からフラリスを呼ぶ声が聞こえた。

「イリアス!無事だったの!?」

 フラリスは驚いた顔でこちらに走ってくる人影、おそらく精霊であるであろう少女に向かって名前を呼んだ。

「無事って何よ?
 2日前にあんたが突然『助けを呼んでくる!』とかいいながら里を飛び出して行ったから皆心配してたんだよ!」

「だって、里が……皆が……フリッジス様だって……」

「何寝ぼけてるのよ!この状況の何処にそんな危機感があるって訳?
 それよりもあんた、こんなにも部外者を里に招き入れて大丈夫?
 理由によっては里から追放されるか、部外者の記憶抹消、最悪の場合は皆処刑よ」

「そ、そんな……嘘よ!だって!何で!どうして!?」

 イリアスと言う少女は恐ろしい事をさらりと言ってくれるが何かがおかしい。違和感だらけだ。
 今までのふたりの会話は全てにおいて噛み合っていない。

 考えられる事はどちらかが嘘をついていると言う事だがフラリスが嘘をついてまで助けを呼びに来たメリットが今のところ思い付かない。
 強いて言えば妄想や夢などを現実と勘違いした暴走とかならあり得るかも知れないが、可能性は低いと思っている。
 イリアスが嘘をつくメリットは部外者に里の状況を知られたくない、もしくは洗脳されていると考えればあり得なくはない。
 だがそれも推測の域を出ない。

「仕方ない『アレ』を使うか。
 あまり気が進まないけど埒があかないし、あまり長引かせると僕達の立場も危なさそうだしね」

 僕はそう言うとシールにあるものを異空間収納アイテムボックスから取り出してもらった。
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