61 / 159
第61話【バグーダへ向かう馬車とリリスの記憶力】
しおりを挟む
領都からの出発の日、僕達は乗り合い馬車の出発駅に来ていた。
今回の移動はサナールに戻る予定がないため独自に馬車を借りると返って高くなるので乗り合い馬車での移動を選択したのだ。
「そう言えば乗り合い馬車って初めて乗るんだよな。
カルカルから来る時は伯爵家から迎えの馬車が来たし、領都からカルカルに向かう時は独自に馬車を借りて往復したからな」
出発駅の建物や今から乗るであろう馬車を眺めながら僕が興味深そうにしているとリリスが手を引っ張って来たのでそちらに注意を向けた。
「どうかした?」
そう問う僕に笑顔で「お弁当を買いに行かない?」とお店を指差した。
(お弁当?)
その言葉に日本風の幕の内弁当をイメージしたが、お店に並ぶ品物を見て少しばかりガッカリした。
そこに並んでいたのは保存の効く干し肉から日持ちしそうだが固そうなパン、水を入れる水筒が所狭しと並んでいたからだ。
「リリス。これならばいつものお店で大量に仕入れた食べ物を簡易調理でもして食べた方が数倍美味いと思うんだけど……」
僕の収納魔法の中には常にかなりの食料がストックされていたので旅先でも食べ物に困る事はほぼ無かった。
「それは分かってるけど、今回は乗り合い馬車での移動なのよ。
途中の村とかで泊まる日は問題無いけど野営日もあるんだから傷みの早い食べ物をほいほい使ってると周りの人達から白い目で見られる事になるわよ」
「ああ、なるほど。
だからカモフラージュのためにも手荷物の邪魔にならない程度はこういった簡易食料が必要な訳か」
僕が感心している間にもリリスはいくつかの食料品を選んで買っていた。
「このくらいで良いかしらね」
リリスはふたり分の簡易食料を背負いカバンに放り込むと僕の手を取り馬車へと向かった。
「――まもなく、バグーダ行きの馬車が出発します。
お乗りの方はお急ぎください」
馬車の前では乗車案内の女性が馬車に乗る予定の人々に呼びかけていた。
「早く行かないと乗り遅れちゃうわよ」
リリスの僕の手を引っ張る力が強くなる。
「ふたりお願いします」
リリスが案内の女性に運賃を手渡すと領収書がわりと目印なのだろう細身のブレスレットをふたつ渡された。
「向こうに着くまでは身につけておいてください。
それが乗車許可証明になりますので無くさないようにお願いします」
馬車が出発する時間になり乗車人の最終確認が行われた。
大体ひとつの馬車に最低限の荷物を乗せた場合、人が乗れるのは5~6人が普通なのだそうだが、今回は長距離の移動の為に馬も普通の倍の4頭立てで最大10人まで乗れる馬車となっていた。
内訳は僕とリリス、のんびりとした老夫婦に小さな子供連れの母親、若い2人組の女性に深いフードを被った年齢のよく分からない男性の合計9名であった。
それに御者が2名と3人の護衛が乗った小さめの馬車が追随する形となった。
「こうして見ると大きな馬車だよね」
僕が率直な感想を話していると御者の男が「領都サナールからバグーダへはこの大型馬車が定期的に運行されているのですよ」と教えてくれた。
「それではバグーダ行きの馬車が出発致します」
御者の声に案内の女性が乗客全員に対して声をかけた。
「それでは皆様の旅のご無事をお祈り致しております」
そう言って女性はペコリと頭を下げた。
――旅はおおむぬ順調だった。
馬車ではそれぞれが簡単に名乗るとリリスに二人組の女性が話しかけていていた。
「あなた、ナオキ治癒士と一緒に旅をされてるんでしょ?
もしかして奥様ですか?」
今回の派手な治療のおかげで一躍有名になった僕の顔は領都では売れていたので当然ながら乗客の殆どが僕の顔を知っていた。
「『奥様』だなんで、嬉しい事言ってくれるけどまだなのよ。
あれだけ多くの女性を触って治してきたくせに実生活はのほほんとしているのよ」
「へえー、そうなんですね。
治療の時は凄く真剣な顔をしてるから格好よく見えたけどこうして普段出会うと普通のお兄さんに見えるのね」
「あら、あなた治療を受けた事があったかしら?」
リリスはギルドの受付嬢をやっていたころから依頼人として来た人を憶える習性を鍛えてきたので、あの数百人からなる患者も完全ではないが記憶していた。
「いいえ、私は付き添いで治療を受けたのは私の母でした。
母は腕の良い裁縫師でしたが怪我をしてからは手が震えて針を持つ事さえ出来なくなっていました。
それをナオキ治癒士に治して貰ってからは以前のように元気な母に戻りました。
本当に感謝しています」
コリアと名乗った彼女はナオキにお礼を言った。
「ああ、あの手に大きな傷のあった方の事ね。
それなら憶えているわ。
あの人の付き添いで来られてたのですか……」
リリスが記憶の引き出しから患者の情報を見つけて納得する。
「なあ、まさかリリスはあれだけ多くの患者を全員記憶しているのか?」
僕はリリスの会話を横で聞いていて気になったのでそっと聞いてみた。
「んー。全員は無理だけどそれなりには……ね。
今回は聞き取りの際に裁縫師をやっていたと聞いた記憶があったから思い出しただけよ。
何よ?その顔……そんなに驚く事じゃないと思うけど……」
リリスはあっさりとそう言うが不特定多数の患者が来たあの状況で人を憶えていられる彼女の記憶力は相当なものだと感心した。
「それでね……」
「そうなんだぁ……」
僕の感心を他所にリリスとコリア達の女子トークは弾丸のように暫くの間続いたのだった。
今回の移動はサナールに戻る予定がないため独自に馬車を借りると返って高くなるので乗り合い馬車での移動を選択したのだ。
「そう言えば乗り合い馬車って初めて乗るんだよな。
カルカルから来る時は伯爵家から迎えの馬車が来たし、領都からカルカルに向かう時は独自に馬車を借りて往復したからな」
出発駅の建物や今から乗るであろう馬車を眺めながら僕が興味深そうにしているとリリスが手を引っ張って来たのでそちらに注意を向けた。
「どうかした?」
そう問う僕に笑顔で「お弁当を買いに行かない?」とお店を指差した。
(お弁当?)
その言葉に日本風の幕の内弁当をイメージしたが、お店に並ぶ品物を見て少しばかりガッカリした。
そこに並んでいたのは保存の効く干し肉から日持ちしそうだが固そうなパン、水を入れる水筒が所狭しと並んでいたからだ。
「リリス。これならばいつものお店で大量に仕入れた食べ物を簡易調理でもして食べた方が数倍美味いと思うんだけど……」
僕の収納魔法の中には常にかなりの食料がストックされていたので旅先でも食べ物に困る事はほぼ無かった。
「それは分かってるけど、今回は乗り合い馬車での移動なのよ。
途中の村とかで泊まる日は問題無いけど野営日もあるんだから傷みの早い食べ物をほいほい使ってると周りの人達から白い目で見られる事になるわよ」
「ああ、なるほど。
だからカモフラージュのためにも手荷物の邪魔にならない程度はこういった簡易食料が必要な訳か」
僕が感心している間にもリリスはいくつかの食料品を選んで買っていた。
「このくらいで良いかしらね」
リリスはふたり分の簡易食料を背負いカバンに放り込むと僕の手を取り馬車へと向かった。
「――まもなく、バグーダ行きの馬車が出発します。
お乗りの方はお急ぎください」
馬車の前では乗車案内の女性が馬車に乗る予定の人々に呼びかけていた。
「早く行かないと乗り遅れちゃうわよ」
リリスの僕の手を引っ張る力が強くなる。
「ふたりお願いします」
リリスが案内の女性に運賃を手渡すと領収書がわりと目印なのだろう細身のブレスレットをふたつ渡された。
「向こうに着くまでは身につけておいてください。
それが乗車許可証明になりますので無くさないようにお願いします」
馬車が出発する時間になり乗車人の最終確認が行われた。
大体ひとつの馬車に最低限の荷物を乗せた場合、人が乗れるのは5~6人が普通なのだそうだが、今回は長距離の移動の為に馬も普通の倍の4頭立てで最大10人まで乗れる馬車となっていた。
内訳は僕とリリス、のんびりとした老夫婦に小さな子供連れの母親、若い2人組の女性に深いフードを被った年齢のよく分からない男性の合計9名であった。
それに御者が2名と3人の護衛が乗った小さめの馬車が追随する形となった。
「こうして見ると大きな馬車だよね」
僕が率直な感想を話していると御者の男が「領都サナールからバグーダへはこの大型馬車が定期的に運行されているのですよ」と教えてくれた。
「それではバグーダ行きの馬車が出発致します」
御者の声に案内の女性が乗客全員に対して声をかけた。
「それでは皆様の旅のご無事をお祈り致しております」
そう言って女性はペコリと頭を下げた。
――旅はおおむぬ順調だった。
馬車ではそれぞれが簡単に名乗るとリリスに二人組の女性が話しかけていていた。
「あなた、ナオキ治癒士と一緒に旅をされてるんでしょ?
もしかして奥様ですか?」
今回の派手な治療のおかげで一躍有名になった僕の顔は領都では売れていたので当然ながら乗客の殆どが僕の顔を知っていた。
「『奥様』だなんで、嬉しい事言ってくれるけどまだなのよ。
あれだけ多くの女性を触って治してきたくせに実生活はのほほんとしているのよ」
「へえー、そうなんですね。
治療の時は凄く真剣な顔をしてるから格好よく見えたけどこうして普段出会うと普通のお兄さんに見えるのね」
「あら、あなた治療を受けた事があったかしら?」
リリスはギルドの受付嬢をやっていたころから依頼人として来た人を憶える習性を鍛えてきたので、あの数百人からなる患者も完全ではないが記憶していた。
「いいえ、私は付き添いで治療を受けたのは私の母でした。
母は腕の良い裁縫師でしたが怪我をしてからは手が震えて針を持つ事さえ出来なくなっていました。
それをナオキ治癒士に治して貰ってからは以前のように元気な母に戻りました。
本当に感謝しています」
コリアと名乗った彼女はナオキにお礼を言った。
「ああ、あの手に大きな傷のあった方の事ね。
それなら憶えているわ。
あの人の付き添いで来られてたのですか……」
リリスが記憶の引き出しから患者の情報を見つけて納得する。
「なあ、まさかリリスはあれだけ多くの患者を全員記憶しているのか?」
僕はリリスの会話を横で聞いていて気になったのでそっと聞いてみた。
「んー。全員は無理だけどそれなりには……ね。
今回は聞き取りの際に裁縫師をやっていたと聞いた記憶があったから思い出しただけよ。
何よ?その顔……そんなに驚く事じゃないと思うけど……」
リリスはあっさりとそう言うが不特定多数の患者が来たあの状況で人を憶えていられる彼女の記憶力は相当なものだと感心した。
「それでね……」
「そうなんだぁ……」
僕の感心を他所にリリスとコリア達の女子トークは弾丸のように暫くの間続いたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)
わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。
対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。
剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。
よろしくお願いします!
(7/15追記
一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!
(9/9追記
三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン
(11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。
追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
私の薬華異堂薬局は異世界につくるのだ
柚木 潤
ファンタジー
薬剤師の舞は、亡くなった祖父から託された鍵で秘密の扉を開けると、不思議な薬が書いてある古びた書物を見つけた。
そしてその扉の中に届いた異世界からの手紙に導かれその世界に転移すると、そこは人間だけでなく魔人、精霊、翼人などが存在する世界であった。
舞はその世界の魔人の王に見合う女性になる為に、異世界で勉強する事を決断する。
舞は薬師大学校に聴講生として入るのだが、のんびりと学生をしている状況にはならなかった。
以前も現れた黒い影の集合体や、舞を監視する存在が見え隠れし始めたのだ・・・
「薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ」の続編になります。
主人公「舞」は異世界に拠点を移し、薬師大学校での学生生活が始まります。
前作で起きた話の説明も間に挟みながら書いていく予定なので、前作を読んでいなくてもわかるようにしていこうと思います。
また、意外なその異世界の秘密や、新たな敵というべき存在も現れる予定なので、前作と合わせて読んでいただけると嬉しいです。
以前の登場人物についてもプロローグのに軽く記載しましたので、よかったら参考にしてください。
俺たちYOEEEEEEE?のに異世界転移したっぽい?
くまの香
ファンタジー
いつもの朝、だったはずが突然地球を襲う謎の現象。27歳引きニートと27歳サラリーマンが貰ったスキル。これ、チートじゃないよね?頑張りたくないニートとどうでもいいサラリーマンが流されながら生きていく話。現実って厳しいね。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
【最強モブの努力無双】~ゲームで名前も登場しないようなモブに転生したオレ、一途な努力とゲーム知識で最強になる~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
アベル・ヴィアラットは、五歳の時、ベッドから転げ落ちてその拍子に前世の記憶を思い出した。
大人気ゲーム『ヒーローズ・ジャーニー』の世界に転生したアベルは、ゲームの知識を使って全男の子の憧れである“最強”になることを決意する。
そのために努力を続け、順調に強くなっていくアベル。
しかしこの世界にはゲームには無かった知識ばかり。
戦闘もただスキルをブッパすればいいだけのゲームとはまったく違っていた。
「面白いじゃん?」
アベルはめげることなく、辺境最強の父と優しい母に見守られてすくすくと成長していくのだった。
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる