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第七幕
しおりを挟む極力視界に入ってこないだけでイワンとの接点がまったくないわけではない。
そもそもこの護衛、いつまで続くんだ? すでにあれから一週間たった。その間イワンは俺から離れない。俺が寝ている間はさすがに帰ってると思っていたが居るんだそうだ。さすが第一特務隊の出世株だ、仕事への熱意が違う。
ファンから贈られて来た手紙や花束、プレゼントを確認や開封しながらため息が出る。そんな俺を先ほどからイワンがじーっと無表情で見つめていた。
イワンが来てからララ達団員からのお触りが減ったのはありがたい。ありがたいが、それが無くなると俺はほぼ誰とも会話をしていないのだと実感した。公演本番も終わって次の稽古まで一月近くは自主練だからそんなものだろう。
なんだみんな俺の身体目当てか薄情すぎる。これでも8年も一緒に生活してきた仲間なのに。歌劇団には寮がある。もちろん家を他にもち独立している団員もいるが、家族がいるわけでもない俺は入団してからずっと寮暮らしだ。大雑把に言えば家族みたいなもんなのに。
いやそもそも俺が家族だなんて思ってないから違うな。うん、薄情じゃなくって当然の結果だった。認めたくないがまた家族を失うのは嫌だ。それなら独りの方がいい。今のこの距離感は俺に丁度いいんだ。
俺は黙々と贈られてきたプレゼントを開けて、使えるものと使えないものに分ける。使えないものは精液なのか鼻水なのか知らないがそんなものがベッタリついたハンカチだったりディルドだったりだ。
誰が何に使うんだこんなもの。しかももらって喜ぶやつとかいるのかよ。
使えるものは綺麗なハンカチだったりタオルだったり食器だったり日常品だ。それらは孤児院だったり給料の少ない団員見習いに渡す。
手紙は一通り読んで処分だ。気になる文言や感想、主に演技に関してだ、はノートに書き写しておく。
ちなみにこの作業もイワンに今はやめるよう言われた。なにが混入しているかわからないからだ。
「危険があっては困るから、シャクナさんは触らないでくれ」
と真顔で言われた。やばい、鼻血でる、格好良い。写真でも文句なく格好良いのに動く実物なんて、それはもう腰砕けになりそうなくらいに格好良いに決まっているだろう。
しかしそんなことを思っているなど知られるわけにはいかない。それにその言葉に従う気もない。
「危険なら尚のこと俺が見るべきでは?」
「いえ、そういうのは私や従者に任せるべきです」
「そうです、本来は従者がより分けてからシャクナさんにお渡しするものなんですよ。それなのにご自分でやるっていつも…」
最近はカイまでイワン側につく。イワンの味方につきたいのは分かるよ。格好良いものな。俺がイワンの相手をせず無視してる分、カイがちゃんと相手してくれているので羨ましいが任せる。
だから今もイワンの相手はカイに任せて、二人を無視しつついそいそと手紙などを処理しているのだ。
ワインレッドの封筒を開けようとしたら、ひょいと手紙が俺の手から抜き取られた。
「これは開けてはいけません」
俺の手から手紙を奪ったイワンがやや厳しい瞳を俺に向けながら言う。
うわ…っ正面からその顔で見るの反則だろう。目は切れ長なんだけどまつ毛長っ、肩幅も広いしその手紙持つ指! 節が太くてごつっとしてるのに指がすうっと長くてとても綺麗だ。くそ羨ましい。
「理由を聞いても?」
「魔物の気配を感じます。私の方で処分します」
顔がにやけないよう、表情筋を殺しながらイワンの瞳をしっかりと見返す。緑色がとっても綺麗、と見惚れている場合ではない。ふぅっと俺はため息をつく。
「判りましたお任せします」
「このような手紙はいつも届くんですか?」
「その封筒は常連です。インクの色がおかしいと思ってましたけどやっぱり血文字なんでしょうか」
「……は?」
「血です。インクの代わりにご自分の血で書かれてるのだと思います」
俺の言葉に一瞬イワンが封筒から手を放しかけた。意外だ、怖いものなんてないと思ったけどそんなこともないのか。よくよく見れば顔を少ししかめている。
うわっこれって物凄く貴重なんじゃないか? 気持ち悪い手紙よこしやがってって今まで腹が立ったが、ありがとう。初めて差出人に感謝を覚えた。
「シャクナさんは気味悪くはないんですか?」
「どちらかと言えば気持ち悪いですね」
「……そうですか」
「あの! イワン様、シャクナさん! そろそろお昼ですし食堂に行きましょう!!!」
俺達の話を聞いていたのかいないのか、険悪な空気に見えたのかカイが元気よく俺とイワンの間に割って入って来た。そしてその言葉にイワンが手に持つ封筒を見てうんざりした顔をした。食事をする気分じゃないって顔に書いてある。
「カイ、レイグナー様はとても食事の気分ではないようだ。俺達だけで行こう」
仕分け途中だけど食事してからでいいや。そう思って立ち上がると腹がチクリと痛んだ。なんだ? 腹壊すようなもの食べた記憶はないぞ。
「誰もそんな事は言っていません。ちょっと待……どうかしましたか?」
思わず腹をさすったら目ざとくイワンに気にされた。なんという優しさだ。俺だったらこんな態度の悪い奴完全に無視するけどな。
イワンはやっぱりできた人間なんだなって感動する。そうこれはもう感動の領域だ。
「……その手紙の処分、お願いしますね」
だけどその感動をここで表すわけには行かない。イワンは俺よりも頭半分くらい背が高い。見上げながら誤魔化すように言えばカイとそのまま部屋を後にした。
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