花形スタァの秘密事

和泉臨音

文字の大きさ
10 / 16

第十幕

しおりを挟む

 自分が勝手な人間だと言うのはわかってる。
 第三歌劇団の悪習を新聞社に売った時、一部の従者に泣きながら「どうしてくれるんだ」と迫られた。あいつらは性的奉仕をしてのし上がるしか道がないのだと泣いた。身体を売れば夢が叶ったのにと、その道がお前のせいで絶たれたと。

 そんなこと俺に言ってる暇あるなら稽古しろよ。

 大体そんな事だけでのし上がった人間が長く主役に居られるはずがない。
 そこまで花形と呼ばれる歌劇団は甘くない。
 客が呼べなきゃ主役なんて長くはやらせて貰えない。座席を埋めるだけの客と寝るつもりなのかよ馬鹿馬鹿しい。――…なんてこと、あの当時の俺は知るわけもないから言い返せなかった。
 今ならそう、はっきり言えるんだけどな。

 ぼんやりと俺はベッドの下に隠していたイワン・レイグナーの切り抜きを見る。

 村が魔物に襲われて逃げ惑っていた俺を助けてくれたのはイワンだ。もう8年近く昔であの時はまだ一兵に過ぎなかった。16歳だかで第一特務隊に居たんだから当時から優秀だったのは間違いないが、今みたいに新聞に載る様な活躍はしてなかった。
 それが紙面を騒がせるようになったのはいつからだろう。直向きに職務をこなし、功績をあげ、ぐんぐん認められていくイワンは俺の憧れだった。負けないように俺は俺の居場所でがんばった。

 その結果が現状だ。後輩からは煙たがられ同僚からは性的な対象でしか見てもらえていない。

 俺みたいな奴が好意を寄せたところで大抵の奴は迷惑でしかないだろう。思いは一方通行でいい、反応なんて要らない。周りの奴らもそう思ってる、俺もそれには同意だ。

 芝居みたいに予定調和になんて、どうせならないんだ。

「今夜はイワン様、戻られないそうですよ」
「!!!!!??」

 突然真後ろから声がして心臓が止まるかと思った。

 反射的に振り返ればカイがすぐ傍で俺をのぞき込んでいた。はちみつ色の瞳が沈殿したみたいに光を失っている。

「あ、ああ、そうなのか。カイももう下がっていいぞ」
 
 呼んだ覚えもなければ扉の音も気付かなかった。俺の言葉に反応するでもなく、カイが俺の手元を見ているのでそっと箱の蓋をしめる。

「隠さなくてもいいですよ。そこにイワン様の切り抜きが入ってるのは知ってます。本当にあの方がお好きなんですね」

 思わす動揺して箱をがたりと揺らしてしまった。ちなみに切り抜きを入れているのはかなりでかい箱で台本なら100冊は余裕で入る。

「何を言って、これは、そう役作りの資料だ」

 まさかカイにバレてるとは思わなかった、隠し場所変えなくては。

「シャクナさんは嘘ばっかり」

 かくん、とカイが膝をつく。俺よりカイのほうが大分背が低いので座っている俺と膝立ちしてるカイの視線の位置はほぼ同じだった。

 俺の表情筋は死んでいるが今のカイの表情筋も死んでる。虚ろな顔で俺をみる。嫌な胸騒ぎがする。

「カイ? なにか、あったのか?」
「シャクナさん、僕では頼りになりませんか? ララさんでもイワン様でもなく僕ではだめですか?」
「だから何の話だ」

 死んだようなカイの顔がずいっと近づいてくる。やはりおかしい、絶対おかしい。俺は反射的に逃げることにした。

「うわっ!」

 逃げることにしたがカイに肩を捕まれ引き戻される。バランスを崩してでかい箱に頭を打った。
 カイお前馬鹿力過ぎだ! 加減をしろ! 俺は腹が立ち、睨み付ければそこに信じがたいものがあった。睨んだ先には予想通りカイの顔がある。だがその顔、目の縁から黒い涙? 布? ひだ? みたいなものがするすると出てきているのだ。

「シャクナ、さん…」

 ごぼりと嘔吐したカイの口から黒い塊がぺチャリと落ちて俺の足に引っ付いてくる。よくみればその塊には赤い眼みたいなのがいくつもついていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

もう一度、その腕に

結衣可
BL
もう一度、その腕に

クールな義兄の愛が重すぎる ~有能なおにいさまに次期当主の座を譲ったら、求婚されてしまいました~

槿 資紀
BL
イェント公爵令息のリエル・シャイデンは、生まれたときから虚弱体質を抱えていた。 公爵家の当主を継ぐ日まで生きていられるか分からないと、どの医師も口を揃えて言うほどだった。 そのため、リエルの代わりに当主を継ぐべく、分家筋から養子をとることになった。そうしてリエルの前に表れたのがアウレールだった。 アウレールはリエルに献身的に寄り添い、懸命の看病にあたった。 その甲斐あって、リエルは奇跡の回復を果たした。 そして、リエルは、誰よりも自分の生存を諦めなかった義兄の虜になった。 義兄は容姿も能力も完全無欠で、公爵家の次期当主として文句のつけようがない逸材だった。 そんな義兄に憧れ、その後を追って、難関の王立学院に合格を果たしたリエルだったが、入学直前のある日、現公爵の父に「跡継ぎをアウレールからお前に戻す」と告げられ――――。 完璧な義兄×虚弱受け すれ違いラブロマンス

この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。 ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。 これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。 ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!? ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19) 公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。

【連載版あり】「頭をなでてほしい」と、部下に要求された騎士団長の苦悩

ゆらり
BL
「頭をなでてほしい」と、人外レベルに強い無表情な新人騎士に要求されて、断り切れずに頭を撫で回したあげくに、深淵にはまり込んでしまう騎士団長のお話。リハビリ自家発電小説。一話完結です。 ※加筆修正が加えられています。投稿初日とは誤差があります。ご了承ください。

処理中です...