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第十幕
しおりを挟む自分が勝手な人間だと言うのはわかってる。
第三歌劇団の悪習を新聞社に売った時、一部の従者に泣きながら「どうしてくれるんだ」と迫られた。あいつらは性的奉仕をしてのし上がるしか道がないのだと泣いた。身体を売れば夢が叶ったのにと、その道がお前のせいで絶たれたと。
そんなこと俺に言ってる暇あるなら稽古しろよ。
大体そんな事だけでのし上がった人間が長く主役に居られるはずがない。
そこまで花形と呼ばれる歌劇団は甘くない。
客が呼べなきゃ主役なんて長くはやらせて貰えない。座席を埋めるだけの客と寝るつもりなのかよ馬鹿馬鹿しい。――…なんてこと、あの当時の俺は知るわけもないから言い返せなかった。
今ならそう、はっきり言えるんだけどな。
ぼんやりと俺はベッドの下に隠していたイワン・レイグナーの切り抜きを見る。
村が魔物に襲われて逃げ惑っていた俺を助けてくれたのはイワンだ。もう8年近く昔であの時はまだ一兵に過ぎなかった。16歳だかで第一特務隊に居たんだから当時から優秀だったのは間違いないが、今みたいに新聞に載る様な活躍はしてなかった。
それが紙面を騒がせるようになったのはいつからだろう。直向きに職務をこなし、功績をあげ、ぐんぐん認められていくイワンは俺の憧れだった。負けないように俺は俺の居場所でがんばった。
その結果が現状だ。後輩からは煙たがられ同僚からは性的な対象でしか見てもらえていない。
俺みたいな奴が好意を寄せたところで大抵の奴は迷惑でしかないだろう。思いは一方通行でいい、反応なんて要らない。周りの奴らもそう思ってる、俺もそれには同意だ。
芝居みたいに予定調和になんて、どうせならないんだ。
「今夜はイワン様、戻られないそうですよ」
「!!!!!??」
突然真後ろから声がして心臓が止まるかと思った。
反射的に振り返ればカイがすぐ傍で俺をのぞき込んでいた。はちみつ色の瞳が沈殿したみたいに光を失っている。
「あ、ああ、そうなのか。カイももう下がっていいぞ」
呼んだ覚えもなければ扉の音も気付かなかった。俺の言葉に反応するでもなく、カイが俺の手元を見ているのでそっと箱の蓋をしめる。
「隠さなくてもいいですよ。そこにイワン様の切り抜きが入ってるのは知ってます。本当にあの方がお好きなんですね」
思わす動揺して箱をがたりと揺らしてしまった。ちなみに切り抜きを入れているのはかなりでかい箱で台本なら100冊は余裕で入る。
「何を言って、これは、そう役作りの資料だ」
まさかカイにバレてるとは思わなかった、隠し場所変えなくては。
「シャクナさんは嘘ばっかり」
かくん、とカイが膝をつく。俺よりカイのほうが大分背が低いので座っている俺と膝立ちしてるカイの視線の位置はほぼ同じだった。
俺の表情筋は死んでいるが今のカイの表情筋も死んでる。虚ろな顔で俺をみる。嫌な胸騒ぎがする。
「カイ? なにか、あったのか?」
「シャクナさん、僕では頼りになりませんか? ララさんでもイワン様でもなく僕ではだめですか?」
「だから何の話だ」
死んだようなカイの顔がずいっと近づいてくる。やはりおかしい、絶対おかしい。俺は反射的に逃げることにした。
「うわっ!」
逃げることにしたがカイに肩を捕まれ引き戻される。バランスを崩してでかい箱に頭を打った。
カイお前馬鹿力過ぎだ! 加減をしろ! 俺は腹が立ち、睨み付ければそこに信じがたいものがあった。睨んだ先には予想通りカイの顔がある。だがその顔、目の縁から黒い涙? 布? ひだ? みたいなものがするすると出てきているのだ。
「シャクナ、さん…」
ごぼりと嘔吐したカイの口から黒い塊がぺチャリと落ちて俺の足に引っ付いてくる。よくみればその塊には赤い眼みたいなのがいくつもついていた。
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