1 / 55
本編
(1)王妃の告白
しおりを挟む
なぜ気付かれないと思ったのだろう。
それが俺が最初に抱いた感想だ。
「……ごめんなさい、ごめんなさいヴェルヘレック」
「母上、頭をあげてください」
泣き崩れる母、キルクハルグ竜王国第二王妃に俺は静かに声をかけた。
母上は下級貴族の出身だが父上が見初め、上級貴族の伯爵家養女となり第二王妃となった。
そのせいか王家の儀式に関してあまりにも考えが及んでいなかった。
だから俺の「対面の儀」が二年後に迫った今、やっと気付いたのだ。
俺がそれを達成できないと。
母上はとても可愛らしい容姿をしている。
淡い金髪はさらさらと光のように流れ、淡い緑の瞳に白い肌、しかし目を引き付ける赤い唇がアンバランスで、少女みたいなあどけない造形の中でそこだけが女を意識させた。
父上はそんな母上を寵愛した。
しかし王宮での母上の立場は弱く、風当たりは冷たかった。そして、たった一度、護衛だった騎士と過ちを犯した。
その騎士は燃えるような赤い髪の者だったという。
しばらくして懐妊し、生まれた子どもは……赤い髪をしていた。
だから、取り換えたのだ。自分と同じ、金の髪の子どもと。
金髪の子ども、それが俺、ヴェルヘレック・キルクハルグなんだそうだ。
俺は、父上の子でもなければ、母上の子でもなかった。
「……俺の実の両親はどうしているのですか?」
「貴方を産んだのは私の従妹です。父は誰か判りません。アイナは襲われ貴方を身ごもり、出産の際に命を落としました」
俺は王の子どもどころか暴漢の子どもか……。
「母上が産んだ子は、どうされたのですか?」
「……わかりません。シシリーが……貴方を連れてきて、あの子をどこかへ連れて行きました」
シシリーは一昨年亡くなった母上の侍女だ。結婚もせず下級貴族だった時代から母上に仕え、第二王妃になってからも仕えてくれた人だ。
俺にも優しかった。
「母上、いいですか、私は必ず竜の加護を受けてまいります。キルクハルグの竜であるルハルグ様の加護はいただけないかもしれません。しかし彼の方のみが竜ではありません」
「ヴェルヘレック……」
「加護が受けられねば、キルクハルグには戻りません。どうぞ俺は死んだものと思ってください」
「そっ! それはなりません!!」
「母上……俺が加護を得ずに戻れば、母上の不貞……いえ、俺の出生が発覚するかもしれません。シシリーのことですから証拠などは残さずに事を成していると思います」
だから、俺と母上は14年間平和に王宮で暮らしている。
「今は亡きシシリーも母上が健やかに過ごされることを願っています。それは俺も同じです。だからどうか判ってください。母上にはまだダフィネがいるではありませんか。それに大丈夫です、俺は必ず戻りますから」
ダフィネは俺よりも四つ下の妹だ。過ちは一度という母上の言葉は信じたい。
「どうか、どうか……無事に戻ってください。私はヴェルヘレック、貴方を愛しています」
母上は涙ながらに俺を抱きしめてくれた。
実の子でなくても愛してくださっていることは判る。大事に育てていただいた。
母と妹を守れるのは俺しかいない。そのためにも俺の正体がバレるわけにはいかない。
人払いをしていた母上の部屋に、俺付きの執事を呼ぶ。
「べリアン。明日から騎士団の朝訓練に……いや、俺がいったら邪魔になるな。朝訓練の前に剣の稽古をしたい。誰か相手になってくれる者を探してくれ」
「ヴェルヘレック様? 何を急に! そんな荒事は……」
母上も心配そうに見ていたが、微笑みかけて安心させる。
「もうすぐ「対面の儀」もある。ただ守られて行くのは嫌なんだ。今から準備をしたい」
その日から、俺は生活を変えた。
母上に似た容姿をしていた俺は、父上や腹違いの兄上たち、他の家臣たちからも剣や馬を扱う事は勧められず、魔法や学問への道を極めるように求められていた。
たぶん、俺が王城で求められていたのは人形のような装飾としての飾り。
父上たちの眼を楽しませていれば良かった。それを感じていたからあえてそのようにしていた。無駄な筋肉はつけず、汗臭いことはせず、傷を負う事は絶対にしない。
だけど、それでは竜の加護を受ける者になれるとは思えない。
まずは身体を鍛え、魔法を学ぼう。
国家間の地理や経済は今でもそれなりに学んでいる。これからは山の中で得られる食料、あと魔族について、学ばなければ。
――… 二年、それは俺にはとても短い期間になった。
それが俺が最初に抱いた感想だ。
「……ごめんなさい、ごめんなさいヴェルヘレック」
「母上、頭をあげてください」
泣き崩れる母、キルクハルグ竜王国第二王妃に俺は静かに声をかけた。
母上は下級貴族の出身だが父上が見初め、上級貴族の伯爵家養女となり第二王妃となった。
そのせいか王家の儀式に関してあまりにも考えが及んでいなかった。
だから俺の「対面の儀」が二年後に迫った今、やっと気付いたのだ。
俺がそれを達成できないと。
母上はとても可愛らしい容姿をしている。
淡い金髪はさらさらと光のように流れ、淡い緑の瞳に白い肌、しかし目を引き付ける赤い唇がアンバランスで、少女みたいなあどけない造形の中でそこだけが女を意識させた。
父上はそんな母上を寵愛した。
しかし王宮での母上の立場は弱く、風当たりは冷たかった。そして、たった一度、護衛だった騎士と過ちを犯した。
その騎士は燃えるような赤い髪の者だったという。
しばらくして懐妊し、生まれた子どもは……赤い髪をしていた。
だから、取り換えたのだ。自分と同じ、金の髪の子どもと。
金髪の子ども、それが俺、ヴェルヘレック・キルクハルグなんだそうだ。
俺は、父上の子でもなければ、母上の子でもなかった。
「……俺の実の両親はどうしているのですか?」
「貴方を産んだのは私の従妹です。父は誰か判りません。アイナは襲われ貴方を身ごもり、出産の際に命を落としました」
俺は王の子どもどころか暴漢の子どもか……。
「母上が産んだ子は、どうされたのですか?」
「……わかりません。シシリーが……貴方を連れてきて、あの子をどこかへ連れて行きました」
シシリーは一昨年亡くなった母上の侍女だ。結婚もせず下級貴族だった時代から母上に仕え、第二王妃になってからも仕えてくれた人だ。
俺にも優しかった。
「母上、いいですか、私は必ず竜の加護を受けてまいります。キルクハルグの竜であるルハルグ様の加護はいただけないかもしれません。しかし彼の方のみが竜ではありません」
「ヴェルヘレック……」
「加護が受けられねば、キルクハルグには戻りません。どうぞ俺は死んだものと思ってください」
「そっ! それはなりません!!」
「母上……俺が加護を得ずに戻れば、母上の不貞……いえ、俺の出生が発覚するかもしれません。シシリーのことですから証拠などは残さずに事を成していると思います」
だから、俺と母上は14年間平和に王宮で暮らしている。
「今は亡きシシリーも母上が健やかに過ごされることを願っています。それは俺も同じです。だからどうか判ってください。母上にはまだダフィネがいるではありませんか。それに大丈夫です、俺は必ず戻りますから」
ダフィネは俺よりも四つ下の妹だ。過ちは一度という母上の言葉は信じたい。
「どうか、どうか……無事に戻ってください。私はヴェルヘレック、貴方を愛しています」
母上は涙ながらに俺を抱きしめてくれた。
実の子でなくても愛してくださっていることは判る。大事に育てていただいた。
母と妹を守れるのは俺しかいない。そのためにも俺の正体がバレるわけにはいかない。
人払いをしていた母上の部屋に、俺付きの執事を呼ぶ。
「べリアン。明日から騎士団の朝訓練に……いや、俺がいったら邪魔になるな。朝訓練の前に剣の稽古をしたい。誰か相手になってくれる者を探してくれ」
「ヴェルヘレック様? 何を急に! そんな荒事は……」
母上も心配そうに見ていたが、微笑みかけて安心させる。
「もうすぐ「対面の儀」もある。ただ守られて行くのは嫌なんだ。今から準備をしたい」
その日から、俺は生活を変えた。
母上に似た容姿をしていた俺は、父上や腹違いの兄上たち、他の家臣たちからも剣や馬を扱う事は勧められず、魔法や学問への道を極めるように求められていた。
たぶん、俺が王城で求められていたのは人形のような装飾としての飾り。
父上たちの眼を楽しませていれば良かった。それを感じていたからあえてそのようにしていた。無駄な筋肉はつけず、汗臭いことはせず、傷を負う事は絶対にしない。
だけど、それでは竜の加護を受ける者になれるとは思えない。
まずは身体を鍛え、魔法を学ぼう。
国家間の地理や経済は今でもそれなりに学んでいる。これからは山の中で得られる食料、あと魔族について、学ばなければ。
――… 二年、それは俺にはとても短い期間になった。
12
あなたにおすすめの小説
クズ令息、魔法で犬になったら恋人ができました
岩永みやび
BL
公爵家の次男ウィルは、王太子殿下の婚約者に手を出したとして犬になる魔法をかけられてしまう。好きな人とキスすれば人間に戻れるというが、犬姿に満足していたウィルはのんびり気ままな生活を送っていた。
そんなある日、ひとりのマイペースな騎士と出会って……?
「僕、犬を飼うのが夢だったんです」
『俺はおまえのペットではないからな?』
「だから今すごく嬉しいです」
『話聞いてるか? ペットではないからな?』
果たしてウィルは無事に好きな人を見つけて人間姿に戻れるのか。
※不定期更新。主人公がクズです。女性と関係を持っていることを匂わせるような描写があります。
異世界転生したと思ったら、悪役令嬢(男)だった
カイリ
BL
16年間公爵令息として何不自由ない生活を送ってきたヴィンセント。
ある日突然、前世の記憶がよみがえってきて、ここがゲームの世界であると知る。
俺、いつ死んだの?!
死んだことにも驚きが隠せないが、何より自分が転生してしまったのは悪役令嬢だった。
男なのに悪役令嬢ってどういうこと?
乙女げーのキャラクターが男女逆転してしまった世界の話です。
ゆっくり更新していく予定です。
設定等甘いかもしれませんがご容赦ください。
ルピナスの花束
キザキ ケイ
BL
王宮の片隅に立つ図書塔。そこに勤める司書のハロルドは、変わった能力を持っていることを隠して生活していた。
ある日、片想いをしていた騎士ルーファスから呼び出され、告白を受ける。本来なら嬉しいはずの出来事だが、ハロルドは能力によって「ルーファスが罰ゲームで自分に告白してきた」ということを知ってしまう。
想う相手に嘘の告白をされたことへの意趣返しとして、了承の返事をしたハロルドは、なぜかルーファスと本物の恋人同士になってしまい───。
目覚めたらヤバそうな男にキスされてたんですが!?
キトー
BL
傭兵として働いていたはずの青年サク。
目覚めるとなぜか廃墟のような城にいた。
そしてかたわらには、伸びっぱなしの黒髪と真っ赤な瞳をもつ男が自分の手を握りしめている。
どうして僕はこんな所に居るんだろう。
それに、どうして僕は、この男にキスをされているんだろうか……
コメディ、ほのぼの、時々シリアスのファンタジーBLです。
【執着が激しい魔王と呼ばれる男×気が弱い巻き込まれた一般人?】
反応いただけるととても喜びます!
匿名希望の方はX(元Twitter)のWaveboxやマシュマロからどうぞ(^^)
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
侯爵様の愛人ですが、その息子にも愛されてます
muku
BL
魔術師フィアリスは、地底の迷宮から湧き続ける魔物を倒す使命を担っているリトスロード侯爵家に雇われている。
仕事は魔物の駆除と、侯爵家三男エヴァンの家庭教師。
成人したエヴァンから突然恋心を告げられたフィアリスは、大いに戸惑うことになる。
何故ならフィアリスは、エヴァンの父とただならぬ関係にあったのだった。
汚れた自分には愛される価値がないと思いこむ美しい魔術師の青年と、そんな師を一心に愛し続ける弟子の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる