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番外編・お風呂に入ろう
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しおりを挟む※本編終了から一か月後くらいの話です※
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予期せぬ敵に出会ったかのように、白い湯気の向こうの人影は大袈裟にのけ反った。
「ヴェ……っヴェル!! お前、上がったって……」
湯気の向こうで後ずさるレーヴンに近寄るべく、俺は湯船からざばりと立ち上がる。
「レーヴンと入りたくて湯浴み係の者たちには下がってもらった。これなら一緒に入れるだろう?」
王族用の別邸はキルクハルグ国内にいくつかある。ここもそのうちの一つであり、大きな湯殿がある贅沢な場所だ。
幼い頃、兄上達と一緒に入浴したこともある。
大人が10名一緒に湯船に浸かったところで狭いとも感じないだろう。お湯も自然に湧き出ているものだから使用量を気にすることも無い。
「いや、それは……そう、だけどっ!」
のんびりとお湯に身体を浸せば、疲れもとれる。
対面の儀を終えた俺達に、ラヴァイン兄上がこの別邸でのんびりしてきてはどうかと勧めてくださった。
レーヴンが領地を任されるアグリスタにほど近いから、領地周辺の視察も兼ねられてちょうどいいだろう、と。
「裸を他人に、しかも女性に見られるのは恥ずかしいと言ったのはレーヴンだ」
「それは勿論そうなんだよ! そうなんだけどっ、そうじゃない! ヴェル! そこから動くな、いいな、動くなよ!」
湯船から出て、入り口近くで後ずさるレーヴンに近寄るべく歩み寄っていたら制止された。
レーヴンは湯船にも浸かっていないのに体中真っ赤だ。顔が赤いのは見ることも多いが体中というのは初めて見た。
というよりもレーヴンの裸を初めて見た。
同じ16歳だと言うのに胸板の厚さが全然違う。腕から胸にかけての上半身は筋肉に覆われているし、腹筋も筋が出来て割れている。腰から太腿にかけても俺よりもだいぶ太い。
全部筋肉だ。程よく日焼けもしていて健康的というのはまさにレーヴンのような体を言うのだろう。
思わず自分の細い腹回りと見比べてお腹を撫でてしまった。そうだとは判ってはいたが、俺はだいぶ貧弱な体をしている。
俺がレーヴンと自分の体を見比べていたら、レーヴンが身を翻し入り口から隣の間へ隠れれば顔だけ出す。
「いいかヴェル! 10秒だ! 10秒経ってから出てきてくれ!」
「……? まってくれレーヴン。湯船はそっちじゃない……」
湯船に浸かりもせずに立ち去ったレーヴンに声をかけたがきっと届いていないだろう。
湯殿に取り残された俺はなんと表現したらいいのかわからない気持ちのまま、レーヴンが言った10秒よりも時間が経ってから隣の間へ移動した。
レーヴンに逃げられたのだと、さすがに俺でもわかる。
「ヴェルヘレック様。お身体が冷えておりますよ」
隣の間に行けば俺の小さい頃からの湯浴み係、ライラ、エカーチャ、マリサの三人が控えていてくれた。
ライラは元々母上の湯浴み係だったが俺が3歳になった頃から俺の係をしてくれている。他の二人は10歳の頃からだ。二人は俺より五つくらい年上だと聞いている、ライラはそれよりも幾分か年上で全員女性だ。
彼女たちの仕事は湯殿の中で俺の髪や体を洗ったり、湯上りに水気を拭ったり香油を肌や髪になじませたりと手入れをすることだ。
対面の儀に備えるようになってからは、髪や肌の手入れは最低限にしてもらったが、それが終わった今は以前のようにとても時間をかけてくれている。
俺はこれが生まれた時から当たり前だった。
当たり前だったのでレーヴンを湯殿に誘った時、ライラ達が居るのを見て、しかもレーヴンの湯浴みもライラ達が手伝うと言ったら、逃げて行った。
あれを脱兎のごとく、というのだと思う。
「レーヴンは?」
「少し前に慌てて出ていかれましたけど……湯殿に入って3分経ってなかったのではないでしょうか」
「ご自身のお部屋の方へ向かわれましたよ」
エカーチャが俺の髪の水をふき取り、ライラはガウンを着つけてくれつつ答えてくれる。
それを聞いて、何とも言い難い気持ちになった。
水を大量に飲んだらこんな風に胸が苦しくなるんじゃないか、そんな感じの気持ちだ。
「……レーヴンのところに行く」
俺は肩にかかったガウンに袖を通し、紐を結ぶとライラ達を振り切り廊下に向かう。いや向かおうとした。
「いけません、ヴェルヘレック様。そのようなお姿で外を歩かれるのは」
俺は居てもたってもいられなかったが、ライラに静かな声で言われると足が止まった。
湯上りのガウン姿。……確かにこの格好はだいぶはしたないだろう。
このあと肌の手入れなどがあるからすぐに服を着ない。でも手入れをはじめたら2時間はレーヴンに会えない。
「だけど……」
「ヴェルヘレック様のそのお姿を他の者が見たと知られれば、わたくし達の首が身体から離れてしまいます」
王家の品位を下げる行いだ。それを止められなかったライラ達が叱責を受けるのは確かだろう。
「……すまない。我儘を言った」
「いいえー、素早く終わらせますから少し我慢くださいねー」
マリサのにこりとした微笑みにすこし胸の違和感が取れた気がして、小さく息を吐く。
俺はそのままライラ達が用意してくれた湯上りの手入れに使う寝台の上に身体を横たえた。
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