53 / 55
番外編・お風呂に入ろう
3
しおりを挟むずっと一緒に居て抱き合う事だけが愛の示し方だとは思っていない。
思ってないが、今の俺はそれを求めてしまうのだから仕方ない。
「ヴェル、辛いなら寄りかかって寝ててもいいよ」
隣に座るレーヴンが声をかけてくれる。
馬車で揺られること二時間、王族用の別邸からレーヴンが継承するマーレタック子爵邸へもうすぐ到着する。
レーヴンも今日はきちんと髪を整え、白いシャツにタイをつけシンプルなジャケットを身に着けている。
いつもの動きやすさを重要視した冒険者服からすれば動き辛そうに見えたが、良家の子息の服装と言えば今の装いが基本だ。
こういった格好ももちろんかっこいいが、レーヴンは騎士服が一番かっこいいと思う。セダー兄上もマフノリア様も王宮騎士として着用しているが、レーヴンが一番似合っていると俺は思う。
「ヴェル?」
「あ、すまない。普段と違うからレーヴンに見惚れていただけだ。寄りかかったら見られなくなるからこのままでいい」
俺は今少し頬が緩んでいる自覚はある。
かっこいいレーヴンを見ていると自然と表情が緩くなるのは許してほしい。
「うっ……ほんと、油断している時に煽ってこないでくれ」
「煽っているつもりは無い」
「それは解ってる。うう、俺が強くなるしかないか」
レーヴンは今でも強いと思うが、と言おうとしたらマーレタック子爵邸に到着した。
先代のマーレタック子爵、俺のというよりレーヴンの祖父だな、が現在も屋敷にいて俺とレーヴンを歓迎してくれた。
屋敷に入れば使用人たちの紹介や、屋敷の案内、領地の管理状況などの説明を受ける。
高齢のマーレタック子爵は数年前から隠居状態で、領地管理の実務は長く仕える使用人が行っていた。大きくない土地なのでそれで不便はないらしい。
レーヴンも当面は王宮騎士としての勤務を優先したいから、領地は留守がちになると申し訳なさそうに伝えた。
前マーレタック子爵は自分が生きているうちに立派な跡取りが出来ただけで嬉しいと、快くレーヴンの申し出を許してくれた。その間は自分が長生きしているとも。
その言葉にレーヴンはとても喜んだ。
使用人たちは自由にできる時間が確保できて若い領主が喜んだと思ったようだが、事実を知っている俺はそれだけではないと知っている。
純粋に自分の祖父が長生きすると言ってくれたことが、レーヴンは嬉しかったんだ。
ふとしたところで感じるレーヴンの人間らしいと言うか、そういう優しい部分に俺はさらにレーヴンを好きになっていく。
今日はこのままマーレタック子爵邸に泊まることになっていたが、案内された部屋にレーヴンが固った。
「レーヴン様とヴェルヘレック様は恋人同士なので一つのお部屋でよいと申し付かったのですが……」
部屋を見て言葉を失っているレーヴンに、案内してくれたマーレタック子爵邸の執事が戸惑いながら言った。
俺は控えているべリアンを見ると、べリアンは小さく頷く。同じ部屋で良いということだ。
「いや、えっと、あの……」
「一部屋で構わない。ありがとう」
言い淀むレーヴンが言葉を繋ぐよりも早く、俺は執事に礼を言うと微笑む。
「あ、ありがたき幸せです! 御用があればそちらのベルでお呼びください。失礼いたします」
執事は深々とお辞儀をして部屋を出て行った。
それを追うようにレーヴンは何か言おうとしたが、俺はレーヴンの名を小声で呼んでそれを止める。
「っ! よく見ろヴェル、一緒の部屋なのはいいけどこの部屋ベッドが一つしかないぞ」
「そうみたいだな、夫婦用の寝室なのだろう」
「ふ、夫婦ってっ」
頬を薄ら染めて落ち着きのないレーヴンに自然と小さく息を吐いた。
「ベッドも大きいし問題ないだろう。……べリアン。ここを俺とレーヴンが使う事に問題はあるか?」
俺が扉傍に控えるべリアンに声をかけると、レーヴンも緊張した面持ちでべリアンを見る。
「問題ございません」
「えっ、いや、あるんじゃないか? ほら…」
「大丈夫でございますレーヴン様。私は夕食の確認のため、こちらをしばし離れます。何かございましたらお呼びください」
「わかった。頼む」
「かしこまりました」
レーヴンの問いかけむなしくべリアンは退室した。
部屋に取り残された俺とレーヴンの間には沈黙が訪れる。
「……レーヴン。俺はお前と少しの時間でも一緒に居たい。レーヴンは……俺とは居たくないのか?」
王宮に来てからずっと、いやその前から、薄々感じていた。レーヴンは俺と距離を取りたがっている、気がする。
抱きしめてくれる腕は暖かいし、言葉も優しい。
だけど壁を、拒絶を感じる時がある。
「いやいや、そんなことはない! 俺だって、ヴェルと一緒にいたい」
「じゃあ……なんでっ! 一緒の部屋は嫌がるし、湯浴みも一緒にしてくれない? ライラ達が居るからと言ったがいなくても駄目なら、俺が原因なんだろう?」
冷静にと思った。
取り乱すなんて王族として恥ずべきことだ。
それに、こんな姿をみたらレーヴンに嫌われてしまう。
解ってる、解ってるのに。
「父上との謁見の時もそうだ! 俺ばかりレーヴンとの関係を認めて貰えないことに腹を立てて、兄上もレーヴンも、それが当たり前のような顔をしてっ……!! 俺は、なにを…誰を信じていいんだ!!!!」
エールックみたいに、レーヴンにも裏切られるのか?
信じたいと思ったもの、王子としての自分も、共に努力し旅に出たと思った騎士も、すべて偽物だった。
全部、俺が大切に思ったものだ。
それらはすべて、俺にしか見えていなかったものだった。
目の前の大好きな人も、この気持ちは俺だけしか持っていないのか。
この抱きしめてくれる暖かい腕も、安らぎをくれる鼓動も、偽物なのか。
「あー……また間違えてた……ごめん、ヴェル」
不安な思いに捕らわれていた俺は、いつの間にか俺はレーヴンの腕の中にいた。
13
あなたにおすすめの小説
クズ令息、魔法で犬になったら恋人ができました
岩永みやび
BL
公爵家の次男ウィルは、王太子殿下の婚約者に手を出したとして犬になる魔法をかけられてしまう。好きな人とキスすれば人間に戻れるというが、犬姿に満足していたウィルはのんびり気ままな生活を送っていた。
そんなある日、ひとりのマイペースな騎士と出会って……?
「僕、犬を飼うのが夢だったんです」
『俺はおまえのペットではないからな?』
「だから今すごく嬉しいです」
『話聞いてるか? ペットではないからな?』
果たしてウィルは無事に好きな人を見つけて人間姿に戻れるのか。
※不定期更新。主人公がクズです。女性と関係を持っていることを匂わせるような描写があります。
異世界転生したと思ったら、悪役令嬢(男)だった
カイリ
BL
16年間公爵令息として何不自由ない生活を送ってきたヴィンセント。
ある日突然、前世の記憶がよみがえってきて、ここがゲームの世界であると知る。
俺、いつ死んだの?!
死んだことにも驚きが隠せないが、何より自分が転生してしまったのは悪役令嬢だった。
男なのに悪役令嬢ってどういうこと?
乙女げーのキャラクターが男女逆転してしまった世界の話です。
ゆっくり更新していく予定です。
設定等甘いかもしれませんがご容赦ください。
ルピナスの花束
キザキ ケイ
BL
王宮の片隅に立つ図書塔。そこに勤める司書のハロルドは、変わった能力を持っていることを隠して生活していた。
ある日、片想いをしていた騎士ルーファスから呼び出され、告白を受ける。本来なら嬉しいはずの出来事だが、ハロルドは能力によって「ルーファスが罰ゲームで自分に告白してきた」ということを知ってしまう。
想う相手に嘘の告白をされたことへの意趣返しとして、了承の返事をしたハロルドは、なぜかルーファスと本物の恋人同士になってしまい───。
目覚めたらヤバそうな男にキスされてたんですが!?
キトー
BL
傭兵として働いていたはずの青年サク。
目覚めるとなぜか廃墟のような城にいた。
そしてかたわらには、伸びっぱなしの黒髪と真っ赤な瞳をもつ男が自分の手を握りしめている。
どうして僕はこんな所に居るんだろう。
それに、どうして僕は、この男にキスをされているんだろうか……
コメディ、ほのぼの、時々シリアスのファンタジーBLです。
【執着が激しい魔王と呼ばれる男×気が弱い巻き込まれた一般人?】
反応いただけるととても喜びます!
匿名希望の方はX(元Twitter)のWaveboxやマシュマロからどうぞ(^^)
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
侯爵様の愛人ですが、その息子にも愛されてます
muku
BL
魔術師フィアリスは、地底の迷宮から湧き続ける魔物を倒す使命を担っているリトスロード侯爵家に雇われている。
仕事は魔物の駆除と、侯爵家三男エヴァンの家庭教師。
成人したエヴァンから突然恋心を告げられたフィアリスは、大いに戸惑うことになる。
何故ならフィアリスは、エヴァンの父とただならぬ関係にあったのだった。
汚れた自分には愛される価値がないと思いこむ美しい魔術師の青年と、そんな師を一心に愛し続ける弟子の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる