偽王子は竜の加護を乞う

和泉臨音

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番外編・お風呂に入ろう

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 ずっと一緒に居て抱き合う事だけが愛の示し方だとは思っていない。

 思ってないが、今の俺はそれを求めてしまうのだから仕方ない。

「ヴェル、辛いなら寄りかかって寝ててもいいよ」

 隣に座るレーヴンが声をかけてくれる。
 馬車で揺られること二時間、王族用の別邸からレーヴンが継承するマーレタック子爵邸へもうすぐ到着する。

 レーヴンも今日はきちんと髪を整え、白いシャツにタイをつけシンプルなジャケットを身に着けている。
 いつもの動きやすさを重要視した冒険者服からすれば動き辛そうに見えたが、良家の子息の服装と言えば今の装いが基本だ。
 こういった格好ももちろんかっこいいが、レーヴンは騎士服が一番かっこいいと思う。セダー兄上もマフノリア様も王宮騎士として着用しているが、レーヴンが一番似合っていると俺は思う。

「ヴェル?」
「あ、すまない。普段と違うからレーヴンに見惚れていただけだ。寄りかかったら見られなくなるからこのままでいい」

 俺は今少し頬が緩んでいる自覚はある。
 かっこいいレーヴンを見ていると自然と表情が緩くなるのは許してほしい。

「うっ……ほんと、油断している時に煽ってこないでくれ」
「煽っているつもりは無い」
「それは解ってる。うう、俺が強くなるしかないか」

 レーヴンは今でも強いと思うが、と言おうとしたらマーレタック子爵邸に到着した。
 先代のマーレタック子爵、俺のというよりレーヴンの祖父だな、が現在も屋敷にいて俺とレーヴンを歓迎してくれた。
 
 屋敷に入れば使用人たちの紹介や、屋敷の案内、領地の管理状況などの説明を受ける。
 高齢のマーレタック子爵は数年前から隠居状態で、領地管理の実務は長く仕える使用人が行っていた。大きくない土地なのでそれで不便はないらしい。

 レーヴンも当面は王宮騎士としての勤務を優先したいから、領地は留守がちになると申し訳なさそうに伝えた。
 前マーレタック子爵は自分が生きているうちに立派な跡取りが出来ただけで嬉しいと、快くレーヴンの申し出を許してくれた。その間は自分が長生きしているとも。
 その言葉にレーヴンはとても喜んだ。
 使用人たちは自由にできる時間が確保できて若い領主が喜んだと思ったようだが、事実を知っている俺はそれだけではないと知っている。

 純粋に自分の祖父が長生きすると言ってくれたことが、レーヴンは嬉しかったんだ。

 ふとしたところで感じるレーヴンの人間らしいと言うか、そういう優しい部分に俺はさらにレーヴンを好きになっていく。

 今日はこのままマーレタック子爵邸に泊まることになっていたが、案内された部屋にレーヴンが固った。

「レーヴン様とヴェルヘレック様は恋人同士なので一つのお部屋でよいと申し付かったのですが……」

 部屋を見て言葉を失っているレーヴンに、案内してくれたマーレタック子爵邸の執事が戸惑いながら言った。
 俺は控えているべリアンを見ると、べリアンは小さく頷く。同じ部屋で良いということだ。

「いや、えっと、あの……」
「一部屋で構わない。ありがとう」

 言い淀むレーヴンが言葉を繋ぐよりも早く、俺は執事に礼を言うと微笑む。

「あ、ありがたき幸せです! 御用があればそちらのベルでお呼びください。失礼いたします」

 執事は深々とお辞儀をして部屋を出て行った。
 それを追うようにレーヴンは何か言おうとしたが、俺はレーヴンの名を小声で呼んでそれを止める。

「っ! よく見ろヴェル、一緒の部屋なのはいいけどこの部屋ベッドが一つしかないぞ」
「そうみたいだな、夫婦用の寝室なのだろう」
「ふ、夫婦ってっ」

 頬を薄ら染めて落ち着きのないレーヴンに自然と小さく息を吐いた。

「ベッドも大きいし問題ないだろう。……べリアン。ここを俺とレーヴンが使う事に問題はあるか?」

 俺が扉傍に控えるべリアンに声をかけると、レーヴンも緊張した面持ちでべリアンを見る。

「問題ございません」
「えっ、いや、あるんじゃないか? ほら…」
「大丈夫でございますレーヴン様。私は夕食の確認のため、こちらをしばし離れます。何かございましたらお呼びください」
「わかった。頼む」
「かしこまりました」

 レーヴンの問いかけむなしくべリアンは退室した。

 部屋に取り残された俺とレーヴンの間には沈黙が訪れる。

「……レーヴン。俺はお前と少しの時間でも一緒に居たい。レーヴンは……俺とは居たくないのか?」

 王宮に来てからずっと、いやその前から、薄々感じていた。レーヴンは俺と距離を取りたがっている、気がする。

 抱きしめてくれる腕は暖かいし、言葉も優しい。
 
 だけど壁を、拒絶を感じる時がある。

「いやいや、そんなことはない! 俺だって、ヴェルと一緒にいたい」
「じゃあ……なんでっ! 一緒の部屋は嫌がるし、湯浴みも一緒にしてくれない? ライラ達が居るからと言ったがいなくても駄目なら、俺が原因なんだろう?」

 冷静にと思った。
 取り乱すなんて王族として恥ずべきことだ。

 それに、こんな姿をみたらレーヴンに嫌われてしまう。

 解ってる、解ってるのに。

「父上との謁見の時もそうだ! 俺ばかりレーヴンとの関係を認めて貰えないことに腹を立てて、兄上もレーヴンも、それが当たり前のような顔をしてっ……!! 俺は、なにを…誰を信じていいんだ!!!!」

 エールックみたいに、レーヴンにも裏切られるのか?

 信じたいと思ったもの、王子としての自分も、共に努力し旅に出たと思った騎士も、すべて偽物だった。

 全部、俺が大切に思ったものだ。

 それらはすべて、俺にしか見えていなかったものだった。

 目の前の大好きな人も、この気持ちは俺だけしか持っていないのか。

 この抱きしめてくれる暖かい腕も、安らぎをくれる鼓動も、偽物なのか。

「あー……また間違えてた……ごめん、ヴェル」

 不安な思いに捕らわれていた俺は、いつの間にか俺はレーヴンの腕の中にいた。
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