偽王子は竜の加護を乞う

和泉臨音

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番外編・お風呂に入ろう

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 好きな人の裸を見ると股間が硬くなる。

 それはその相手と子を作りたいと思うから、というよりは性交がとても気持ちいいことで、その快感を得たくなるからなんだそうだ。

 レーヴンは俺の知らないことを何でも知っているんだなと感心したら、ヴェルはそのまま純粋に生きてくれと言われた。
 博識なのと純粋なのは話が別だと思うんだが、レーヴンが俺に求めてくれることがあるのがうれしいので、性交に関する知識は最低限にとどめようと思う。

 ちゃぽんと湯船のお湯をすくう。

 周辺領主への挨拶もし終えて、マーレタック子爵邸から王族用別邸に俺達は戻った。次はレーヴンの王宮騎士としての入隊に間に合うように王都へ帰るだけだ。なので今はいわゆる休暇中だ。

 俺の指示でべリアンが手配してくれたマナー講師など、子爵として最低限の礼節や王宮勤めとしての教養をレーヴンは日々詰め込んでいる。
 なので休暇と言っても、のんびりしているのは俺だけだ。

「一緒に……早く入りたい」

 そうじゃないと解ってはいても、なんとなくレーヴンとの関係がラヴァイン兄上よりも親密でない気がして、胸が苦しい。
 たかが湯浴み一つでこうも自分が思い悩むとは思わなかった。

 これが嫉妬か。
 嫉妬というのはドロドロしてて抑えられないものだと聞いていたが、本当だった。
 頭では理解していても、気持ちがついていかない。

 欲や感情というのは抑えが効かなくなることもある、だから俺とは過ちが起きないようレーヴンは自衛しているのだと教えてくれた。

 婚前前の性交はないにこしたことはないが、将来を約束しているならそこまで厳密に守らなくていいもののはずだ。
 だけど多分、名前を出したくないんだろう「アイツみたいにヴェルを傷つけたくない」と言われれば、俺に気を使ってくれているレーヴンの意志を尊重したいと思った。
 エールックに襲われた時、身体を好きに弄られたことにもちろん嫌悪はあったが、俺はそれよりも俺の意志など関係なく体だけが目当てだったということがショックだった。

 レーヴンになら、確かに優しくしてもらえる方がいいが、どのように体を扱われても嫌悪しない自信はある。
 だけど、レーヴンが俺のことを思ってくれてしていることだから、その気持ちを否定するようなことは言わないことにした。

 だから湯殿に誘う事もしない。一人で入浴する。

 湯船は暖かくて、お湯につかっているとレーヴンの腕の中を思い出した。
 レーヴンはやっぱり着やせするタイプなんだな、と先日見た裸を思い出す。

 日焼けした肌は健康的だったし、あの腕にいつも抱きしめてもらっているのかと思うと下腹部がむずむずしてきた。

「……え?」

 なんとなく感じた違和感に湯船の中を見れば、俺の股間が緩く頭をもたげていた。

「朝でもないのに? ああ、そうか、これがレーヴンの言ってたことか……」

 好きな人の裸を見ると股間が硬くなる。そういうものなのかと他人事に思っていたが、俺の身体も反応することに少し驚いた。

 何かを考えて、股間が、男根が熱を持つことがいままでなかったからだ。

 だいたい朝起きると勃起していたり夢精していた。それで体調に問題はなかったから刺激を与えて、あえて勃起させることも無かった。

 どきどきと胸の鼓動の音がうるさくなっていく。

 暖かいお湯の中で、レーヴンの腰回りを思い出す。
 思い出そうとするが……レーヴンの男根がどのような形や大きさだったのか、思い出せない。

 でも俺のものよりもきっと、太くて長くて立派なんだろうなと夢想する。

「……んっぁ…」

 ぽかぽかと気持ちよくなってくる。

 レーヴンの肌に直接触れて、いつもみたいに身体を密着させたら、どんな気持ちなのだろう。

 今でもそんな事を考えるだけで、じゅうぶん体中が暖かく満たされる。
 その中でもさらに熱い感覚が、俺の股間に集中する。男根がぐんっと大きくなっていた。

「は……あ…っ」

 これに触っていいんだろうか……、普段とは違う感覚がする男根につと指を這わせれば、ジワリと体中に快感が走った。

「……ぁんっ……なん、だこれ……レーヴン……」

 そっと男根を握れば、触れたところから体中に甘い痺れが走る。思わずレーヴンの名を呼んだら握る男根がさらに硬くなった。

「レーヴン……レーヴン…すき……あぁ……んんっ」

 耐えられなくなって名前を呼び、手の中の男根をこする。強めに握って上下にしごけば息が上がってきた。

 レーヴンは、俺の男根をどのように触ってくれるんだろう。あの指が、唇が、俺の身体のどこにどんな風に触れてくれるのか。

 その時、どんな声を出して、どんな顔をするんだろう。

「ひゃっ……あ、……っ!!!」

 真っ赤になったレーヴンの顔と、真剣な緑の瞳と、俺の名を呼ぶ声を思い出し、先端を爪で刺激すればどぶりと先端から白濁が吐き出された。
 呼吸が荒くなり、体中熱い。
 肩で大きく息をすれば、手の中のお湯とは違う白い塊にさーっと血の気が引いた。

「……粗相してしまった」
 
 これはライラ達に伝えないといけない。
 ところかまわず夢中になってしまったことに驚いてしまう。

 レーヴンから教えてもらった抑えられない感情や行動とはまさしくこの事なのか、と思いがけず知ることになってしまった。

 そしてここにいないレーヴンに心の中で謝罪する。
 勝手にレーヴンの身体を思い浮かべて快楽にふけってしまった。本人に言わなければ判りもしないことだから心の中の謝罪だけで許してほしい。

 俺はライラ達の仕事を増やしてしまうと申し訳なく思ったが、湯船が汚れてしまったのだ、言わないわけにもいかない。
 意を決して、湯船を汚したと伝えれば、ライラ達はそれ以上は何も聞かずに「レーヴン様が使うお時間までには綺麗にいたしますからご安心を」と言ってくれた。

「もっとゆっくり入浴されてもよろしいのですよ?」

 ライラ達は俺が何をしていたのか……知っているのだろう。さすがにこれは恥ずかしい。レーヴンの名前を呼んでいたのは聞かれていないといいんだが。

「いや、今日はもう、ひぁっ!」

 いつも通り髪の水気をふき取ってくれていたエカーチャの指がうなじに触れて、思わず変な声を出してしまった。

「こ、これは少しゆっくりされてからの方がよろしいですね」
「……すまない。今日は自分で着る。あと……手入れも無用だ」

 今他人に触られたらまた変な声が出てしまう。

「承知いたしました」

 ライラ達は指示通り、俺の身体から離れ、服などを準備するだけにとどめてくれた。

 こんなにも好きな相手を思うと身体が反応するとは思わなかった。湯船の中のことを思い出せばまた身体がむずむずしてくる。
 
「レーヴンも……こんな風になるのか」
「そうですよー、レーヴン様もこの間大変そうでしたよ、前かがみでー」
「こらマリサ、慎みなさい」

 俺がぽつりとつぶやくと、マリサがレーヴンのことを教えてくれた。それをライラがたしなめる。

「かまわない。教えてくれ」
「はい、ヴェルヘレック様。この間、私たちが下がったふりをした時、レーヴン様いらっしゃったじゃないですかー。その時一瞬しか湯殿に入ってないのにすぐ出てきてー服をとにかく纏って前かがみで出て行ったんですよー。あれはもう爆発寸前だったんだと思いますー」
「爆発……?」
「ヴェルヘレック様、どうか下々の使う言葉を反復されないでくだいませ」
「え、ああ。解った。下がったふり、ということは……見ていたのか?」

 ライラ達が完全に下がるとは思ってなかったが、少なくともレーヴンの着替えは見えない場所に下がったと思っていたんだが。

「レーヴン様のお着替えを直視はしておりません。ですが、ヴェルヘレック様の身に万が一がありましたらわたくし共はレーヴン様をお止めせねばなりません」
「ヴェルヘレック様の入浴中の安全を守るのも私たちの仕事ですー」
「てっきり我々が居ないのをいいことにヴェルヘレック様と湯浴みを楽しまれると思ったのですけど、ああも我慢されるとはレーヴン様を見直しました」

 ライラ、マリサ、エカーチャが交互に答えてくれた。
 三人は湯浴みの補助以外に警護もしてくれていたのか。

「そうか、気を使わせた。ありがとう」

 俺は礼を述べたが、ふとエカーチャの言葉に不安が湧いてくる。

「ヴェルヘレック様、そんなお顔されなくても大丈夫ですよ。我々の一番はヴェルヘレック様です。レーヴン様に浮気などいたしません」
「そんなに、顔に出ていたか……?」

 思わず自分の顔を触る、ちょっと強張っていたかもしれない。
 俺を蔑ろにされる事を心配したのではなくて、エカーチャとレーヴンが恋仲になるようなことがあったら、と心配になったんだが、それも見抜かれているのだろう。

「ええ、不安そうなお顔をされてました。最近はため息もよくおつきになっていますし、レーヴン様のことを想われているお姿はそれはもうとても寂しそうなお顔をされていますよ」
「そうですよーだからもっとレーヴン様と一緒に居て、ニコニコしててくださいね」
「ヴェルヘレック様の笑顔を見ることが我々の幸せですから」

 そんなに顔に出ているとは思わなかった。そしてやはり俺が笑顔でいる事は皆の士気をたかめるんだな。俺が着飾ったり微笑むと、王宮でも喜ぶ者が多いと聞いていたからそう振舞っていたが間違っていないのだろう。

「わかった、気を付ける。また何かあれば教えてくれ」

 ライラ達と話すことで気持ちも身体も落ち着いた俺は、自分の身体がいつも通りに戻っていると思っていた。

 その日の夕食の後、割と日課になっていた話やすい体勢でレーヴンに寄りかかっていた時に、あろうことか俺の股間にまた熱が集まってきた。

 レーヴンの声も近く、呼吸も、匂いも、指も、全て意識してしまえば止まらなかった。
 とにかくこの状態をレーヴンに気付かれないように自室に戻ることに成功したが、どのように回避したかは覚えていない。

 好きな人に抱きしめられたい。その気持ちは変わらない。

 だけど、それ以上を望めない状態でのそれは逆に辛いのだとわかった。
 俺はレーヴンに結構酷いことをしていたのではないだろうか。



 王宮に戻れば、予定通りレーヴンはラヴァイン兄上の隊に入り、隣国のヨーシャーレンの要請に早速応じて盗賊団の討伐遠征に向かった。

 レーヴンの身分が上がれば結婚が許される。だからといってレーヴンだけに頑張らせるわけにはいかない。

 セダー兄上ほど俺に動かせる権力も人脈もないけど、それならこれから創り上げればいい。
 一緒に居る事を我慢しなくていいよう、俺に出来ることをしようと強く思う。
 
 そして早く、レーヴンと一緒にゆっくりと入浴して……できれば閨事もしたい。

 いつか結ばれる日のために、俺は、いや俺達は、今日も頑張るのだった。
 
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