24 / 36
気付けば時間が経過していました
兄妹の語り合い
しおりを挟む
「疲れたー。これ以上は耕せないー。ちょっと休憩するわ」
「お疲れ様でした。ユーファネート様」
希がユーファネート・ライネワルトとして生きる事を決めてから、1年が経過していた。11才の誕生日プレゼントには落花生の増産の為に新たな領地をもらおうと、目を輝かせながらアルベリヒにお願いした希だったが、さすがにこれ以上は駄目だと断られてしまう。この世界は男性優位であり、特に貴族はそれが顕著で、女性に領地を与えるなど前例がなかった。
特例として女性が領主になった場合のみ、王家から認められると説明を受けた希は、貰えると思い込んでいた分、期待が外れて涙を浮かべてしまう。そんな涙目になったユーファネートに、アルベリヒは大慌てするとなんとか慰めようとした。
「領地を与える事は出来ないが、研究所をもう一つ建築するのはどうだい?」
「本当!? お父様大好き!」
愛する娘に抱き着かれ、頬をだらしなく緩めたアルベリヒだったが、娘に研究所を与えるとの新たな伝説を作ってしまい、妻であるマルグレートから呼び出しを受け、そしてその場で数時間の説教を受ける事になってしまった。そんなやりとりが行われているとは知らない希とセバスチャンは、建築途中の研究所に併設されている畑に居た。ちゃっかりと畑も要求した希は、さっそく耕すために研究所予定地に来ており、そこにパラソルを立てて優雅に紅茶を飲んでいた。
「セバスは本当に紅茶を淹れるのが上手になったわねー」
「お褒めにあずかり光栄です。ユーファネート様のお陰でここまで上達する事が出来ました。私の成長は全てユーファネート様に捧げるためにあります。剣術も1年程度あれば皆伝を貰えると、師匠から言われていますので、安心してユーファネート様は畑仕事に専念して頂ければ。なにがあっても背中は不肖ながら私が守らせて頂きます。それにしても紅茶を飲まれるユーファネート様のお姿は、まさに選ばれた天使のようであり――」
「よし、ちょっと待とうかセバス。相変わらずお前はおかしい」
「お兄様!」
紅茶を飲んでいるユーファネート。その姿を眩しそうに眺めるセバスチャン。2人の姿だけを切り取って見ると、女主人の優雅なティータイムを満足げな表情で見る執事だが、セバスチャンが紡ぎだす台詞は徐々に怪しい内容になりつつあった。開墾作業も終わって、へんしんすーるでドレス姿に戻ったユーファネートと、それを崇拝した表情で眺めながら紅茶を淹れているセバスチャンに、やって来たギュンターが思わずツッコむ。
2人の元を訪れたギュンターは完全装備であり、話を聞くとダンジョンからの帰りであって、新たにユーファネートに与えられた研究所の様子見と、そこに妹とセバスチャンがいると聞いてやってきたとの事であった。若干、疲れた表情をしているギュンターに、希は何があったのかを確認する。
「新しいダンジョンでなにか収穫はありましたか? それとも大変な事でもあったのですか? お兄様の顔に少しお疲れが見えます」
「いや、今回は空振りダンジョンだっただけだ。ダンジョンに住んでいる魔物は弱く、階層も2層で終わりだ。ダンジョンコアも小さく。ダンジョンマスターも階層の守護主もいなかった。まるで手応えがなくてがっかりだよ」
最近のギュンターは剣術で皆伝を得てから実地訓練に移っており、領内の治安維持を直属騎士達と一緒に務めたり、冒険者登録まで行いダンジョンアタックまでしていた。本来、貴族が冒険者登録する事はなく、そんな習慣から大きく外れたギュンターの行動は、ここ最近、娘に対して奇行が目立つ父親のアルベリヒと共に王都では有名であり、変わり者ライネワルト侯爵家と呼ばれていた。
「それは残念でしたね。お兄様」
「ああ、たまには外れもあるから仕方ない。それにしてもキノコの魔物しかいないダンジョンなんて、今まで冒険者ギルドで聞いた事も、屋敷の書庫で見た事もなかったけどな。弱いくせに数だけは多くて、倒すのに時間が掛かるだけだったぞ。魔石もなくて処分するのも一苦労だったな」
「なんですって!? キノコですって! お兄様、その情報を詳しく!」
何気ないギュンターの一言に希の目が見開き、そしてギュンターの胸倉を掴みそうな勢いで詰め寄るとダンジョンについての情報を話すように頼み込む。あまりの勢いに、受け止めきれずにギュンターは思わず尻餅をついたが、その上に妹が乗ってくると、さすがに慌てたように押し止めた。
「こら! 淑女たる者が男の上に乗ぼるもんじゃない! ユーファはもう少し慎みを持って行動しろよ! 畑を耕すのもいいけどな。それ以外はしっかりとしないとレオンに怒られるぞ」
「レオン様からは『そのままの君で居て欲しい。僕の隣に立つのは活発な君だけだ』と仰って下さっていますわ。さすがはレオン様! あの時の表情をお兄様にもご覧に入れたかったですわ! あの優しげな眼差し、私を見る微笑み。さりげに前髪を触ってくる透き通った指先。スチルとして収集したいくらいですわ!」
「相変わらずユーファはレオンの事になると歯止めが効かないよな。ほらもう良いだろ。ダンジョンの話は紅茶を飲みながらしてやるから。おいセバス、俺にも淹れてくれよ。おやつは甘かったらなんでもいいや」
自分の上に乗っている希を下ろし、立ち上がったギュンターは鎧を脱ぎながらセバスチャンに声を掛ける。かしこまりましたと優雅に返事をしたセバスチャンは、ポットを水の魔法で洗浄して乾かし、新しい水を入れると指先に火の魔法を灯して紅茶の用意を始めるのだった。
「お疲れ様でした。ユーファネート様」
希がユーファネート・ライネワルトとして生きる事を決めてから、1年が経過していた。11才の誕生日プレゼントには落花生の増産の為に新たな領地をもらおうと、目を輝かせながらアルベリヒにお願いした希だったが、さすがにこれ以上は駄目だと断られてしまう。この世界は男性優位であり、特に貴族はそれが顕著で、女性に領地を与えるなど前例がなかった。
特例として女性が領主になった場合のみ、王家から認められると説明を受けた希は、貰えると思い込んでいた分、期待が外れて涙を浮かべてしまう。そんな涙目になったユーファネートに、アルベリヒは大慌てするとなんとか慰めようとした。
「領地を与える事は出来ないが、研究所をもう一つ建築するのはどうだい?」
「本当!? お父様大好き!」
愛する娘に抱き着かれ、頬をだらしなく緩めたアルベリヒだったが、娘に研究所を与えるとの新たな伝説を作ってしまい、妻であるマルグレートから呼び出しを受け、そしてその場で数時間の説教を受ける事になってしまった。そんなやりとりが行われているとは知らない希とセバスチャンは、建築途中の研究所に併設されている畑に居た。ちゃっかりと畑も要求した希は、さっそく耕すために研究所予定地に来ており、そこにパラソルを立てて優雅に紅茶を飲んでいた。
「セバスは本当に紅茶を淹れるのが上手になったわねー」
「お褒めにあずかり光栄です。ユーファネート様のお陰でここまで上達する事が出来ました。私の成長は全てユーファネート様に捧げるためにあります。剣術も1年程度あれば皆伝を貰えると、師匠から言われていますので、安心してユーファネート様は畑仕事に専念して頂ければ。なにがあっても背中は不肖ながら私が守らせて頂きます。それにしても紅茶を飲まれるユーファネート様のお姿は、まさに選ばれた天使のようであり――」
「よし、ちょっと待とうかセバス。相変わらずお前はおかしい」
「お兄様!」
紅茶を飲んでいるユーファネート。その姿を眩しそうに眺めるセバスチャン。2人の姿だけを切り取って見ると、女主人の優雅なティータイムを満足げな表情で見る執事だが、セバスチャンが紡ぎだす台詞は徐々に怪しい内容になりつつあった。開墾作業も終わって、へんしんすーるでドレス姿に戻ったユーファネートと、それを崇拝した表情で眺めながら紅茶を淹れているセバスチャンに、やって来たギュンターが思わずツッコむ。
2人の元を訪れたギュンターは完全装備であり、話を聞くとダンジョンからの帰りであって、新たにユーファネートに与えられた研究所の様子見と、そこに妹とセバスチャンがいると聞いてやってきたとの事であった。若干、疲れた表情をしているギュンターに、希は何があったのかを確認する。
「新しいダンジョンでなにか収穫はありましたか? それとも大変な事でもあったのですか? お兄様の顔に少しお疲れが見えます」
「いや、今回は空振りダンジョンだっただけだ。ダンジョンに住んでいる魔物は弱く、階層も2層で終わりだ。ダンジョンコアも小さく。ダンジョンマスターも階層の守護主もいなかった。まるで手応えがなくてがっかりだよ」
最近のギュンターは剣術で皆伝を得てから実地訓練に移っており、領内の治安維持を直属騎士達と一緒に務めたり、冒険者登録まで行いダンジョンアタックまでしていた。本来、貴族が冒険者登録する事はなく、そんな習慣から大きく外れたギュンターの行動は、ここ最近、娘に対して奇行が目立つ父親のアルベリヒと共に王都では有名であり、変わり者ライネワルト侯爵家と呼ばれていた。
「それは残念でしたね。お兄様」
「ああ、たまには外れもあるから仕方ない。それにしてもキノコの魔物しかいないダンジョンなんて、今まで冒険者ギルドで聞いた事も、屋敷の書庫で見た事もなかったけどな。弱いくせに数だけは多くて、倒すのに時間が掛かるだけだったぞ。魔石もなくて処分するのも一苦労だったな」
「なんですって!? キノコですって! お兄様、その情報を詳しく!」
何気ないギュンターの一言に希の目が見開き、そしてギュンターの胸倉を掴みそうな勢いで詰め寄るとダンジョンについての情報を話すように頼み込む。あまりの勢いに、受け止めきれずにギュンターは思わず尻餅をついたが、その上に妹が乗ってくると、さすがに慌てたように押し止めた。
「こら! 淑女たる者が男の上に乗ぼるもんじゃない! ユーファはもう少し慎みを持って行動しろよ! 畑を耕すのもいいけどな。それ以外はしっかりとしないとレオンに怒られるぞ」
「レオン様からは『そのままの君で居て欲しい。僕の隣に立つのは活発な君だけだ』と仰って下さっていますわ。さすがはレオン様! あの時の表情をお兄様にもご覧に入れたかったですわ! あの優しげな眼差し、私を見る微笑み。さりげに前髪を触ってくる透き通った指先。スチルとして収集したいくらいですわ!」
「相変わらずユーファはレオンの事になると歯止めが効かないよな。ほらもう良いだろ。ダンジョンの話は紅茶を飲みながらしてやるから。おいセバス、俺にも淹れてくれよ。おやつは甘かったらなんでもいいや」
自分の上に乗っている希を下ろし、立ち上がったギュンターは鎧を脱ぎながらセバスチャンに声を掛ける。かしこまりましたと優雅に返事をしたセバスチャンは、ポットを水の魔法で洗浄して乾かし、新しい水を入れると指先に火の魔法を灯して紅茶の用意を始めるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子
ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。
(その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!)
期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!
たぬきち25番
恋愛
気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡
※マルチエンディングです!!
コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m
2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。
楽しんで頂けると幸いです。
※他サイト様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる