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 昼休みになり、いつものようにランチバックをもって体育館の裏に急ぐ。
 このランチタイムは、誰にも気を遣わずに過ごせる唯一の時間だ。
 本当なら私もみんなと一緒に学食に行きたい。
 教室で机を寄せ合ってお弁当を食べるのも憧れだ。
 でも私は入学してからずっとここで独りで食べている。

 理由は簡単。
 毎日同じ弁当だという事を誰にも知られたくないのだ。
 入学してすぐ、みんなの前でお弁当箱を開けた私は啞然とした。
 あまりの恥ずかしさに、数秒で蓋を閉じ、そそくさと逃げるように教室を出たのも、今では懐かしい思い出? でもないか。

 中学までは給食だったし、遠足や体育祭は兄も弁当があったので、それなりに豪華だった。
 兄が2年生からは学食に行くと言いだしたのが、敗因の全てだろう。
 私のためだけに作られる弁当は悲惨だった。

 弁当箱半分ほどに入った白米の横には、茹で卵がひとつ。
 しかも切ってない丸のまま。
 その横のスペースには生キャベツ。
 言い訳程度に添えてあるマヨネーズが、色味と言えばそうなのだろう。

 私はこの弁当に『スノーホワイト』という名前をつけた。
 これが毎日続く苦痛を共有できる人間は……いない。
 きっと祖母は私を色白に育てたいのだろうと、納得することにした。
 
 茹で卵を丁寧に箸で割り、黄身が見えるように置きなおす。
 これで少しは食欲が増すというものだ。
 冷えて固まった白米に箸を突き立てると、頭の上でザワッという音がした。
 見上げると、桜の花が風に揺れている。

 せめて散るなら白米の上に……

 まあ、世の中そんなに甘くはないか。
 いつものように10分もかからず完食し、読みかけの小説本を取り出した時、今度はドサッという音がした。

「うるさいのよ! いい加減にして! 今度同じ事したら本気で殴るよ」

 お~ 物騒な事だ。
 クワバワクワバラ。
 無視を決め込んだ私は、聞こえない振りで栞を挟んだページを開く。

「なんでそんなにいじわるするんだよぉ! 泣いちゃうぞぉ~ プンスコ!」

 この期に及んでそのコメント……葛城沙也に違いない。

「ウザいって言ってんの! その喋り方もキモイし、その格好も全然似合ってない! あんたを見るだけで気分が悪くなる!」

 激しく同意はするが、口に出すべきではなかろう?

「だいたいお姉ちゃんが可愛いからって何よ! あんたは全然可愛くない! ブスがうつるからもう話しかけないで!」

 それは……言い過ぎじゃないかい?
 それにしても3対1か。
 怪我しなきゃいいけど。

「痛い! 止めてよぉ~ いじめないでよぉ~ 沙也だってお姉ちゃんみたいになるんだもん! そうなってもサインあげないよ? いいの?」

 お前……脅し文句がそれか?
 今しか本を読む時間が無いのに、全然集中できない。
 腹が立つ! 私の自由時間を邪魔するな!

「あ~ん、返してよう~ それ大切なんだからぁ~」

「あんた自分のお姉ちゃんの写真持ち歩いて恥ずかしくないの? 気持ち悪いよ?」

 うん、確かにそれはいただけない……いただけないが、暴力はもっといただけない。

「止めなよ。相手にするほどじゃないでしょ? 趣味を咎めるってどうかと思うけど」

 バカな私は止めに入ってしまった……
 こんな行動は私の辞書には無いはずなのに。

「ネガぷよはこいつの味方なの? あんただってウザいって思ってんでしょ?」

「そりゃ思うけど、ここまでする必要は無いよ。もう止めようよ。それと葛城さん、あなたも良くないよ? 毎朝のあの行動はみんな迷惑だと思ってるよ?」

 葛城沙也にそう言うと、彼女を囲んでいた三人の怒気が少しだけ下がる。
 これでなんとか終わるだろうと思ったその瞬間、葛城沙也が爆弾を投下した。

「みんなのためにやってるんだよ? 『フルーツガールズ』を知らないなんて、可哀そうだもん。 そうだ! みんなでライブに行こうよ! そうしたら沙也ぴょんが正しいってわかってくれるはずだもん」

 マジで、お前一回死ね。
 そう思った私は悪くないと思う。
 葛城沙也を囲んでいた一人が、私の肩をポンと叩いた。

「飯田洋子……後はあんたに委ねる。こいつは多分、地球外生命体だわ。まあ……ガンバレ」

 あだ名ではなく、私の名前を正確に言って去って行くクラスメイトの背中を見送りながら、ほんの数分前の自分の行動を激しく後悔したのだった。
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