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 翌日、葛城は学校に来なかった。
 小説の読みすぎかもしれないが、殺されているんじゃないかとハラハラしてしまう。
 衝動的に購買の電話で家に連絡を入れ、友達の家に寄るから遅くなることを伝えた。

 私はバスに乗り、葛城の家のチャイムを押す。
 コロンコロンという音の後、パタパタとスリッパの音がした。

「はぁい」

 ガチャリと開いたドアから顔を出したのは、三十代後半くらいの女性だった。

「こんにちは、私は沙也さんの友人で飯田洋子といいます。沙也さんが今日学校に来なかったので……」

「まあまあ、心配して来てくれたの? すぐに呼ぶから上がってちょうだい」

「お邪魔します」

 私は初めての振りをして階段を上がった。
 真新しい二つの扉の奥に、手垢で汚れた扉がある。
 これは確かに悲しくなる景色だ。

「沙也さん、お友達が来てくれたよ」

 ドアから顔を出した葛城の顔は、昨日より酷くなっていた。

「どうした! また殴られた?」

「違うよ。今朝起きたらすごい腫れちゃってて、恥ずかしいから休んだだけだよ。まあ、入って。散らかってるけど我慢してね」

 ベッドの上に鎮座しているのがぽんちゃんだろうか。
 机の上には教科書が置いてある。

「勉強してたの?」

「うん、やること無いから」

「病院行った?」

「静香さんが連れて行ってくれた。しっかり拳の痕があったから虐待を疑われて、体中調べられちゃってさあ」

「そりゃそうだろう。これは間違いなく虐待だもん」

「静香さんと2人で事情を説明したんだけど、児童相談所のパンフレットを渡されちゃった」

「行くなら付き合うよ?」

 その時ドアをノックする音がした。

「ごめんね、大したものが無いんだけど」

 お盆に乗せたペットボトルの麦茶と、皿に盛られた子供向けのスナック菓子を恥ずかしそうに机に置く静香さん。
 スナック菓子が皿の中で滑ってはみ出しそうになった。
 おっとっとっと。

「どうぞお構いなく。沙也ちゃんの生存確認に来ただけですから」

「生存確認……これはまた手厳しいわね」

 ここで笑える静香さんは、大人だなと思った。

「スミマセン。過激な発言でした」

「事情を知っていて、それだけ心配したってことでしょ? ありがたいわよ。私では力になれなくて」

 悲しそうな顔をする静香さんに葛城が言った。

「病院に連れて行くために会社を休んでくれたじゃないですか。迷惑かけちゃってごめんなさい。私は大丈夫だったのに……歯が折れちゃってたから大事みたいになっちゃいましたよね。虫歯だから問題ないのに」

 おい! 葛城、お前歯が折れてたのか?
 静香さんは大きなため息を吐いた。

「あの人が全部悪い。深雪も悪い。もちろん私も悪いよ。あなたも一緒に行こうって無理にでも誘うべきだった。でも、あまり関わりたくないかなって遠慮したんだよね。今回のことは沙也さんが全面的に被害者だから謝らないで。深雪にはちゃんと言い聞かせるから。まだ子供だし、環境が変わって不安定なんだと思うの。だから……あの子については許してやって欲しいのよ。でもお父さんは許さなくていいと思う。私も一緒に戦うからね」

 静香さんという葛城の新しい母親は、鼻を膨らませてもなかなかの美形だった。
 葛城が静香さんに言う。

「深雪ちゃんのことは怒ってないですよ。私にも経験がありますから。お姉ちゃんはいつも新しい洋服を買って貰うのに、私はずっとお下がりだし、お姉ちゃんの誕生日はレストランで食事をするのに、私の誕生日は誰もいなかったりして。だから私、お姉ちゃんにおもちゃを壊されたって噓をついたことがあるんです。そしたらお姉ちゃんは黙ってぬいぐるみをくれて、私を怒らなかったんです」

 静香さんが葛城の手を握った。

「沙也さん……ありがとう」

 葛城が静かに泣いた。
 気付けば私も泣いていた。
 静香さんも泣いている。

「聞いてくれる?」

 静香さんが自分の半生を語り始めた。
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