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「ただいま帰りました」

「今日も遅かったね」

 機嫌の悪そうなばあさんの声に、部屋の温度が1度下がった。

「申し訳ありません。放課後にグループ自習がありまして」

「そうだよね、洋子も受験生になるのだものね」

 兄が助け舟を出してくれた。
 いつもならここで折れるばあさんが、ギュッと口を引き結んだ。

「何事ですか?」

 話題を変えようとして、かえって火に油を注いでしまったかもしれない。

「まあ座れよ。今日の夕食は話が終わってからだ」

「う……うん」

 四角いテーブルを四人が囲んでいる麻雀状態で、私はどこに座るべきなのだろうと考えていると、ニコニコしながら兄が体をずらして手招きしてくれた。

「これで揃いました。おばあ様、続けましょう」

 ふと見るとテーブルには三枚の紙が並んでいる。
 よく見ると大学の合否を知らせるプリントだった。

「すごいねお兄ちゃん。全部受かったんだ……ホントに凄い!」

「ありがとう、お陰でなんとか滑りこめたみたいだ」

 兄が嬉しそうな顔を向けてきた。
 本当なら盛大なお祝いをしてもおかしくないと思うのだが、この雰囲気はなんだ?
 通夜か? 私が知らない遠すぎる親戚でも亡くなったのか?
 そんなこと考えていたら、ばあさんがきりっとした顔で私に言い放った。

「どこまでしってるんだ?」

 私はめちゃくちゃに混乱したが、恐らくあの話だろうと思って口を開いた。

「聞いたのはつい最近です」

「そうか。ではお前が継ぐんだね?」

 いやいやいやいやいやいや、ちょっと待ってくれ。

「継ぐとか継がないとかいう話より先に、話し合わなくちゃいけない事があると思います」

 ばあさんが、黙ったまま下を向く。
 今日はいつになく弱気じゃないか?

「私はどっちが継いでも構わない。どちらにしても血は残るからね。お前たちが話し合って決めても良いんだ」

 どちらかが継ぐこと前提っていう時点で、かなり選択肢を狭めていると思うのだが。

「どちらかが継がないいけないんですか? 継ぐにしても今すぐというわけでは無くて良いのではないですか?」

 ばあさんがギロッと睨んできた。

「この人を中継ぎにするということかい? そりゃ無理だ。本人に聞いてみるといい」

 どういう意味だろう。
 困った私は『この人』と表現された父の顔をちらっと見た。
 まずい……固まっている。

「この人って……言い方がどうかと思います。仮にも娘婿でしょう? 私たちの父親でしょう? どうしてそんな酷いことを言うの?」

 ばあさんがチッと舌打ちをした。

「まあいい。どうしてなのかは自分で聞け。優紀さんの立場を考えて、今まで後継者として育ててきたんだ。それをどうして分からないのかが、私には分からない。優紀さん、お前はそんな我儘を言ってよい立場ではないだろう?」

 兄が一瞬だけ唇を嚙みしめた。

「それは……俺の責任じゃない。人を好きになることは犯罪じゃないんだ。そりゃ叔父さんと叔母さんのことがあるから、おばあ様が辛かったことは分かるけれど、俺が全ての責任を負うのは違うんじゃないかな。それに俺は継がないとは言ってない。好きな仕事をしてみたいと言っているだけだよ? それがそんなに悪いこと?」

「お前には分からないよ。私が育て方を間違ったんだ。だから私は責任をとって、社長として頑張っているんだ。そろそろ許してくれて良いんじゃないか? まだ働かなきゃダメかい?」

 母がより一層深く頭を垂れた。
 父は苦虫をかみつぶしたような顔をして横を向いている。

「おばあ様? どういう意味?」

 どうやら勘違いしているのは自分だけのようだ。
 何がどうなったらこんな話になるんだろう。


 すみません。予約設定ミスしてました。
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