和ませ屋仇討ち始末

志波 連

文字の大きさ
12 / 72

仕事

しおりを挟む
「承知いたしました。それで私は何をすれば良いのでしょう」

「うん、咲良には新之助様の世話を頼みたい。金はなんとかするつもりだが、なるべく節約してくれると助かるんだ」

「お任せください。こう見えても私、貧乏には慣れております。病弱な姉と年端もいかぬ弟を抱え、家事の合間に内職をする母と、仕事から戻ってそれを手伝う父を見て育ったのです。お陰で家事もひと通りのことはできますし、着物の仕立てには自信がございます」

「そうか。それは心強いな。これより我らは同志だ。同じ使命を持った唯一の仲間だよ」

「はい! 足手まといにならぬよう一生懸命努めます」

「うん、頼りにしているよ。俺の奥さん」

 咲良の顔が一瞬で真っ赤に染まった。

「それで、我々の目的は『腐れ外道正晴』を成敗し、三沢家を再興することだ。それを達成するためだけに生きていると思ってくれ。山名家はもちろん、頼りにしていた柴田様も当てにはできない。味方はいないと思ってくれ」

「え? 柴田様も?」

「うん、会えたけどあっさり断られちゃった」

「そんな……」

「まあ、かの方にはかの方のご都合もあるんだ、恨んじゃいけないよ?」

「はい……孤立無援なのですね」

「そういうことだ。でも孤立ではないね。俺には咲良がいるし、咲良には俺がいる」

 咲良が赤い顔をして言った。

「そうやって旦那様はおなごを誑かすのですね?」

「おいおい、俺は一度たりとも誑かしたことなど無いぜ? 誑かされたことはあるけど」

「まあ! 誑かされたことがあるのですか?」

「うん、でもみんな悪い人はいなかったなぁ。お嶋さんだってそうだろ? きっと俺は頼りなさそうで放っておけないんだろうなぁ。これは男としてどうなのだろう……」

「頼り無さそうではないですよ?」

 久秀がニコッと笑って咲良の手を取った。

「ありがとう。さあ、寝ようか」

「はい、旦那様」

 寝かした時とは反対に頭を向けて寝ている新之助を抱いて枕を宛がってやると、咲良の襦袢の襟にしがみついてきた。
 小さな手でギュッと掴んで離さないのは、何かを失う恐ろしさと戦っているのだろうか。
 咲良が優しく頭を撫でてやると、すやすやと寝息を立てながら胸元に顔を埋めてくる。

「羨ましい……」

 久秀の声は闇に紛れて咲良の耳には届かない。

 そして翌朝、昨夜炊いた飯を雑炊にして朝餉を済ませた久秀は仕事に向かった。
 奥の四畳半では箱善を積んで風呂敷をかけた急ごしらえの文机の前に座った新之助が、咲良の書いた手本を真似て筆を動かしている。
 その横で縫物をする咲良。
 静かな時間が流れ、全部が夢のような気がしてくる。

「御免なさいな」

 お嶋の声が聞こえた。

「はい、ただいま」

 咲良が立ち上がると同時に、勝手知ったるとばかりにお嶋がずんずんと入ってきた。
 新之助も筆をおいて居ずまいを正す。

「あら、お勉強中だった? ごめんなさいね」

「いえ、とんでもございません。ようこそお越しいただきました」

 新之助がハキハキと挨拶をすると、お嶋が驚いた顔をする。

「いったいどう育てたらこんなに良い子になるのかねぇ……なんだか感動しちまうよ。あれ?ちぃっと変わった文机ですね」

「あ……これは……」

 新之助が恥ずかしそうに俯いた。
 それを見咎めた咲良が厳しい声を出す。

「新之助、何を恥ずかしがる必要があるのですか? それはあなたのために父上が工夫をして下さったものでしょう」

「はい……母上。申し訳ございません」

 お嶋が無遠慮に新之助の横に座る。
 チラッと風呂敷を捲ると驚いた声を出した。

「こりゃ箱善じゃないか……ああ、そうか。お父上が作ってくださったの? 立派なお父上だね、新之助さん」

「はい、ありがとうございます」

 咲良の言葉に反省したのか、それとも嶋の勢いに押されたのか。
 新之助がそわそわと目を逸らした。

「ねえ、咲良さん、私の家に使わなくなって捨てちまおうかって思ってる文机があるのだけれど、良かったら貰ってくれません?」

「え……捨てようとなさっているのですか?」

「ええ、自慢じゃないが私は字が書けないんですよ。読み書きもできないのに机があっても邪魔だっていうのに、旦那が買ってきちまって。物置にしてたんだけれど傷がついちまってね。今じゃ埃を被っちまってるんですよ。あとで届けさせるから、使えなかったら風呂の焚きつけにでもして下さいな」

 咲良は三つ指を揃えて頭を下げた。

「お嶋様のお心遣い、ありがたく頂戴いたします」

 うんうんと満足げに頷いたお嶋がぽんと手を打った。

「そうだ。私が来たのは別件なんですよ。ねえ、咲良さん。さっき久さんに聞いたのだけれど、仕立てができるんだって?」

「きゅうさん? ああ……もしや旦那様のことですか? ふふふ、きゅうさん……なんだか可愛らしいお名前を頂戴したのですね」

「ははは! なんでも昔は『和ませの久さん』って呼ばれてたって。奥様が知らないってことはきっとこっちがらみだね」

 お嶋が咲良の前で小指を立てて見せた。
 笑いを嚙み殺して俯く咲良と、意味が分からない新之助。

「そうそう、仕立ての話だ。できるんだって? 久さんが自慢げに言うんだけど」

 自分の話を職場でしているなどと思いもしなかった咲良は驚いた。

「は……はい、母に仕込まれましてひと通りは」

「そりゃいいや。ねえ、頼まれてくれないかい? 反物はこちらで用意するから。仕立て代はどのくらいなの?」

「仕立て代でございますか? 今までお代を頂戴したことはございませんので……家族やご近所の方達に頼まれていただけです」

「そりゃ勿体ない。今縫ってるのは久さんの夏ものだね? 良い色じゃないか」

「はい、旦那様も息子も夏物を持ちませんので、古着屋で洗い張りした反物を求めて参りました」

「そうかい。頑張っていなさるのだね。だったら尚のことさ。仕立ての仕事なら困るほど回せるよ。そうだねぇ……この辺りの縫い賃の相場なら、夏物で千五百、冬物で千八百ってとこかね」

「えっ! そんなにいただけるのですか」

「ここらは着道楽が多いから高めの相場なのさ。その代わり質にはうるさいよ。どうだい? できるかい?」

「是非! ぜひともやらせてください」

「そりゃ何よりだ。では手始めに私の夏物を頼みましょうよ。反物は持ち込むよ」

「はい、よろしくお願いいたします」

「どのくらいでできるかい?」

 咲良は少し考えた後に顔を上げた。

「ひと月でいかがでしょう」

「うん、家事の合間にやるんだ。それでも早い方だと思う。ではよろしくね」

 咲良はなんとか生活費を稼ぐことができると心から安堵した。
 ひと月の猶予があれば丁寧な仕事ができるし、新之助の送迎にも支障はない。
 久秀が帰ってきたら喜ぶだろうと嬉しくなる咲良だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

徳川慶勝、黒船を討つ

克全
歴史・時代
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 尾張徳川家(尾張藩)の第14代・第17代当主の徳川慶勝が、美濃高須藩主・松平義建の次男・秀之助ではなく、夭折した長男・源之助が継いでおり、彼が攘夷派の名君となっていた場合の仮想戦記を書いてみました。夭折した兄弟が活躍します。尾張徳川家15代藩主・徳川茂徳、会津藩主・松平容保、桑名藩主・松平定敬、特に会津藩主・松平容保と会津藩士にリベンジしてもらいます。 もしかしたら、消去するかもしれません。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

花嫁

一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

【読者賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜

旅する書斎(☆ほしい)
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞(読者投票1位)受賞】 文化文政の江戸・深川。 人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。 暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。 家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、 「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。 常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!? 変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。 鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋…… その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。 涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。 これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。

処理中です...