和ませ屋仇討ち始末

志波 連

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 あくる日の朝、新之助を送りがてら柴田道場に宇随を連れて行くことになった。
 二人は知り合いなので、久秀は同行せず咲良が道順を教える。
 お市は初対面ということもあり、落ち着いた色の着物を選び、途中の和菓子屋に寄りたいという。

「柴田に気を遣うことはないぞ?」

「そんなことを仰っても、私は初めてですもの。それに奥様もおいでなのでしょう? やはり手土産くらい持たないと行きにくいですよ」

「そういうものか?」

「そういうものです。でも何を選べば喜んでいただけるかしら……」

 選びあぐねているお市に、新之助が声を出した。

「柴田先生の娘さんは、ここの甘納豆が大好物です」

「まあ、そうなのですか? ではそれにしましょうね」

 今日はこのまま柴田道場で久秀の迎えを待つことになっている咲良は、縫いかけの着物を持参している。
 お市は柴田の妻女と観光がてら上野の寛永寺にお参りに行く予定なので、留守番の間に少しでも進めておきたいと考えていた。
 今縫っているのは久秀のもので、咲良は一心に針を動かしている。
 柴田にせがまれ、生徒たちの前で一刀流の型を披露した宇随が、水を飲みに台所に来た。

「あら宇随様、ご苦労様でした」

「いや、久しぶりなので少し緊張しましたよ。それにしてもここの生徒は出来が良いですね。特に新之助殿は筋が良い。安藤が基本をみっちり教えているのでしょう。体にブレが無い。それと柴田の娘さん、彩音さんと言ったかな? 彼女の三段突きはなかなかです」

「そうですか、それは本人たちも喜ぶでしょう。お茶を淹れますので、少し休憩なさってはいかがですか?」

「そいつはありがたい。あいつらも少し休ませてやりましょうか」

 一旦道場に戻った宇随だったが、柴田を連れてすぐに戻ってきた。

「安藤はいつ頃くるのだ?」

 宇随の声に柴田が答えた。

「暮れ六つより前には来ます。おそらく水府流の岩本権左という男も同道するでしょう」

「岩本権左? 水府流とはまたえらく新しい流派だな。水戸の者か?」

「ええ、本人は脱藩浪人だと言い張っておりますよ。柔術の使い手で、俺も安藤も間合いを詰められた時の対処法などを教わっています」

「柔術か。あれは懐に入られるとなかなか厄介だからなぁ。しかし方法が無いわけではない。俺も数回対戦したことがあるが、あいつらの弱点は足元だ。手の動きばかりに気をとられると神経が上半身に向いてしまうから、足の動きを封じるんだ」

「ああ、なるほど。では下段に構えるのですね?」

「そうだ。相手に足を使わせないためには下段が最適だ。そしてこちらから一気に切り上げる。仰け反らせたらこちらの勝ちさ」

「そうだ、宇随さん。今日来たら見せてくださいよ」

「……安藤もそうだが、お前たちは俺をなんだと思ってるんだ?」

「ははは、まあいいじゃないですか」

「そういうことなら、お前たち二人とも惚れた女の前でコテンパンにしてやろう。楽しみにしていろ」

 宇随が上機嫌な声を出した。
 その日はそのまま稽古を終え、宇随と柴田が道場で相対している。
 その様子を見学している新之助と彩音の顔は真剣そのものだった。

「動きませんね」

「ええ、本当に動きませんね」

 彩音と新之助がひそひそと会話していた一瞬で勝負がついた。
 二人の竹刀が交わる音は聞こえたが、刮目していたにもかかわらず、新之助の目にはただすれ違ったようにしか見えなかった。
 ガクッと膝をついたのは柴田だ。

「先輩……忖度とかそういう言葉知ってます?」

「知らん。それに今のお前相手に手を抜けるほど、俺は強くないぜ」

 ちょうど久秀と権左が来て、いつぞやと同じことが始まった。
 咲良が溜息をつくと、柴田の妻が肩を竦めて見せた。
 全員で膳を囲むと、自ずと話は決まってくる。
 彩音は自室に戻り、触発された新之助は道場で一人竹刀を振っていた。

「宇随さん、五十嵐がうちに来たんです。富士屋又造っていう島田宿に来ていた番頭がいたでしょう? あいつと一緒に咲良に会いに来ました。俺は顔を見せていません」

「咲良さんに?」

 久秀は先日のお朝の家での一件を話した。

「しかしなぜ五十嵐が来た? あいつは正晴付きだろう」

「仇持ちということで遠ざけられたのでしょうか。それとも何か特別な用があったのか」

 柴田が口を挟んだ。

「富士屋の大番頭というより、そのお朝という女の話なら、若旦那と正晴の方が怪しいな」

 久秀が頷きながら言う。

「黒幕がまだわからないのが気持ち悪い。肥後屋の柳葉太夫が鍵を握っていることまではわかったのです。ツナギの方法は座頭を使うということもね、権さん」

 権左が小さく頷いた。

「柳葉を買い切っていた男の素性を胡蝶が探っています。しかし、その男が黒幕かと言うと違うのではないかと言っていました。今でも時々来る侍がいるのですが、顔を拝むことができないようです。腕の立つ護衛が二人ついていて、全く隙が無いそうです」

「そいつが黒幕かな」

「おそらく」

 久秀が宇随の顔を見た。

「お願いしていた例の件はいかがですか?」

 宇随がニヤッと笑った。

「やっと掴めたよ。黄金真珠を密漁していたのは志摩の漁師だった。可哀そうに殺されてしまったがね。俺が話を聞いたのはその男の妻なのだが、今回で最後だと喜んでいたそうだ。しかし亭主はそのまま帰ってこなかった。数日後にめった切りにされた遺体が浜に打ち上げられたらしい」

 全員が顔を顰める。
 柴田が言った。

「今回で最後? ということは、今までは継続的にあったということだ……まさか密輸……」

 久秀がスッと目を伏せた。

「おいおい……仇討ちとかそういう問題じゃなくなってないか?」

 宇随が口を挟んだ。

「いや、俺と安藤にとっては仇討ちだ。相手は五十嵐喜之助ただ一人。それが終われば今度は安藤と新之助殿の仇討ちだ。相手は山名正晴。どちらにも嚙んでいるのが安藤というだけさ」

 久秀が全員の顔を見回した。

「俺は山名藩を揺さぶるつもりだ。三沢様ご一家の無念は、あんな腐れ外道一人の命で贖えるものではない。奴の傍若無人を見ぬふりをしていたツケをきっちり払ってもらおうと思っている。そのためには、富士屋の二人と山名正晴、そしてもう一人の黒幕を白日の下に晒す必要がある」

 宇随が聞いた。

「白日のもとに晒す? それだけでは個人の断罪として片づけられないか?」

 久秀がニヤッと笑った。
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