5 / 61
5
しおりを挟む
それから数時間、朝食を運んできたライラがソファーに座っていたさおりに抱きついた。
「サリー! 心配させないでよ! しっかり報告しておいたから、昨日はかなり絞られた筈よ。安心してね」
「心配かけてごめんね。報告って?」
「シューン殿下のことよ。床に油を撒いてあなたをコケさせたんだもん。あんなに見事に滑ってさあ。頭まで打ったんだよ? マジで死んだかと思ったわ」
(ああ……それ、死んでるわ)
「シェーン殿下は無事だったの?」
「あんた……あんな悪ガキの心配しなくていいよ。昨日は地下室に閉じ込められて反省させられた筈よ。まあ、そんな事じゃ反省なんてしないだろうけど。だって一昨日の事故でも大丈夫だったんだよ? 絶対に何でもないって顔して出てくるよ」
「おとといの事故って……ごめん。まだ記憶が完全じゃないみたい」
さおりの過去を理解したロバートが助け舟を出した。
「ちょっと打ち所が悪かったみたいでね。記憶が曖昧なところがあるんだ。人間の脳は複雑だからね。もしかしたら、時々めちゃくちゃなことをいうかもしれないけど、まるっと無視してやって」
ライラはロバートの顔を見て、何度も頷いた。
「大変だったねぇ、サリー。もう痛いところは無いの?」
「頭がちょっと痛いかな。だから急に変なことを言ったり、人の名前がわからなかったりするみたい。それで? 一昨日の事故は?」
「あ、あれは本当に死んだってみんな思ったみたい。いつも持ち歩いてる大きなウサギのぬいぐるみがあるじゃない? 王宮の湖で舟遊びをしてて落としちゃってさあ。ぬいぐるみを助けようとして自分も落ちちゃったのよ」
(ああ、それだわ)
さおりは遠い目をした。
ライラは続けた。
「普通だったら死んでるよね。水を吸ったぬいぐるみって重たいもん。なのに、なぜか浮いてきたんだって。ぬいぐるみに抱えられるような感じでぷくって。噓みたいよね」
「大切にしてたウサギのぬいぐるみって、水色の? 右耳に汚れた黄色のリボンがついてない?」
「そうよ、それそれ。第二王子を救ったぬいぐるみだっていうんで、きれいに洗濯されてさあ。リボンも金糸の刺しゅうに変わったんだよ? でもね、殿下は前のリボンに固執してるみたい。あなたが捨てたって思って復讐したみたいよ」
「そりゃ怒るわ。あのリボンは誕生日に絵本が包んであった大切なリボンだもん。そうかぁ……。ウサギのぬいぐるみがねぇ」
(ウサキチ! ありがとう! そう言えばあの日もウサキチを抱いてたから、もしかしてぬいぐるみも一緒に転生したとか?)
ニタニタと笑っているさおりを、ロバートとライラは不気味そうに眺めていた。
その後、ロバートと一緒に朝食を摂ったさおりは、早速情報収集に動き出した。
(今日から私はサリーよ!)
ロバートが事情を説明すると言ってくれたので、一緒にメイド長の所に向かう。
途中でメイド仲間とすれ違ったが、顔と名前が一致しないので、曖昧な笑顔を浮かべておいた。
ふとロバートが立ち止まり、廊下の端に避けて頭を下げた。
サリーも真似をして頭を下げる。
「第一王子のイース殿下だ」
顔は見たいが、不敬を問われても拙いと思い、微動だにしないサリーの前で足音が止まった。
「ああ、サリー。もう大丈夫かい? 弟が本当にとんでもないことをしたね。あいつに代わって謝罪するよ」
より一層深く頭を下げながら、サリーは床を見たまま返事をした。
「第一王子殿下におかれましては、本日もご機嫌麗しゅう、心よりお喜び申し上げます。また、先ほどのお言葉、痛みいりましてございます。私はもう大丈夫ですので、どうぞご放念下さいますよう」
「いやいや、丁寧な返答をありがとう。ロバート、本当に大丈夫なの?」
ロバートが顔を上げた。
「記憶の齟齬が生じており、経過観察が必要かと思われます。特に名前や役職などが曖昧になっておりますので、本人の意志に関わらず無礼な行動をとる恐れがございます」
「そうか。それは本当に申し訳ないことだ。そう言うことなら私の方から全員に通達を出しておこうね。早く回復することを祈っているよ。それと詫びと言ってはなんだが、サリーに関しては、シューンに対してどのようなことをしたとしても、不敬を問わないことを約束しよう。自己防衛しないとね」
「ありがたき幸せにございます」
「あまりにも失礼な態度をとるようなら、叩いても許すから」
「まさか……」
「いや、本当に。あいつは根本的に直さないと本当に拙い。よろしく頼むよ、サリー」
「肝に銘じまして」
イースが手を振りながら去って行った。
その後ろ姿を見ながら、サリーは大きく良くを吐く。
「緊張で死ぬかと思ったわ」
「いやぁ、感心したよ。王族に対する言葉遣いが完璧だった。前世でも王族に関わる仕事でもしてたのかい?」
「王様とかいない国だったから。趣味の読書のお陰かな。助かったわ」
歩き出したロバートの後ろを追う。
ロバートはメイド長と侍従長にサリーの状態と症状を説明し、第一王子殿下が与えた特別権限の話も通してくれた。
「ご迷惑をおかけします」
サリーの言葉に大きく頷くメイド長。
「今日はもう下がっていいわ。ゆっくりと休みなさい。それと、シューン殿下の担当から外れたいならそうするけど」
「いえ、シューン殿下付きのままでお願いします。せっかく殿下から免罪符を頂いたのですから、心して対応いたしますわ」
メイド長の部屋から出たサリーにロバートが話しかける。
「自室で休むかい? 僕は夜勤明けの休暇だから、なんなら王都を案内するよ?」
「ありがたいわ! ぜひお願いします」
サリーは自室に戻り着替えた。
当然ではあるが、自分の部屋が分からず、ライラについてきてもらったのだが。
「サリー! 心配させないでよ! しっかり報告しておいたから、昨日はかなり絞られた筈よ。安心してね」
「心配かけてごめんね。報告って?」
「シューン殿下のことよ。床に油を撒いてあなたをコケさせたんだもん。あんなに見事に滑ってさあ。頭まで打ったんだよ? マジで死んだかと思ったわ」
(ああ……それ、死んでるわ)
「シェーン殿下は無事だったの?」
「あんた……あんな悪ガキの心配しなくていいよ。昨日は地下室に閉じ込められて反省させられた筈よ。まあ、そんな事じゃ反省なんてしないだろうけど。だって一昨日の事故でも大丈夫だったんだよ? 絶対に何でもないって顔して出てくるよ」
「おとといの事故って……ごめん。まだ記憶が完全じゃないみたい」
さおりの過去を理解したロバートが助け舟を出した。
「ちょっと打ち所が悪かったみたいでね。記憶が曖昧なところがあるんだ。人間の脳は複雑だからね。もしかしたら、時々めちゃくちゃなことをいうかもしれないけど、まるっと無視してやって」
ライラはロバートの顔を見て、何度も頷いた。
「大変だったねぇ、サリー。もう痛いところは無いの?」
「頭がちょっと痛いかな。だから急に変なことを言ったり、人の名前がわからなかったりするみたい。それで? 一昨日の事故は?」
「あ、あれは本当に死んだってみんな思ったみたい。いつも持ち歩いてる大きなウサギのぬいぐるみがあるじゃない? 王宮の湖で舟遊びをしてて落としちゃってさあ。ぬいぐるみを助けようとして自分も落ちちゃったのよ」
(ああ、それだわ)
さおりは遠い目をした。
ライラは続けた。
「普通だったら死んでるよね。水を吸ったぬいぐるみって重たいもん。なのに、なぜか浮いてきたんだって。ぬいぐるみに抱えられるような感じでぷくって。噓みたいよね」
「大切にしてたウサギのぬいぐるみって、水色の? 右耳に汚れた黄色のリボンがついてない?」
「そうよ、それそれ。第二王子を救ったぬいぐるみだっていうんで、きれいに洗濯されてさあ。リボンも金糸の刺しゅうに変わったんだよ? でもね、殿下は前のリボンに固執してるみたい。あなたが捨てたって思って復讐したみたいよ」
「そりゃ怒るわ。あのリボンは誕生日に絵本が包んであった大切なリボンだもん。そうかぁ……。ウサギのぬいぐるみがねぇ」
(ウサキチ! ありがとう! そう言えばあの日もウサキチを抱いてたから、もしかしてぬいぐるみも一緒に転生したとか?)
ニタニタと笑っているさおりを、ロバートとライラは不気味そうに眺めていた。
その後、ロバートと一緒に朝食を摂ったさおりは、早速情報収集に動き出した。
(今日から私はサリーよ!)
ロバートが事情を説明すると言ってくれたので、一緒にメイド長の所に向かう。
途中でメイド仲間とすれ違ったが、顔と名前が一致しないので、曖昧な笑顔を浮かべておいた。
ふとロバートが立ち止まり、廊下の端に避けて頭を下げた。
サリーも真似をして頭を下げる。
「第一王子のイース殿下だ」
顔は見たいが、不敬を問われても拙いと思い、微動だにしないサリーの前で足音が止まった。
「ああ、サリー。もう大丈夫かい? 弟が本当にとんでもないことをしたね。あいつに代わって謝罪するよ」
より一層深く頭を下げながら、サリーは床を見たまま返事をした。
「第一王子殿下におかれましては、本日もご機嫌麗しゅう、心よりお喜び申し上げます。また、先ほどのお言葉、痛みいりましてございます。私はもう大丈夫ですので、どうぞご放念下さいますよう」
「いやいや、丁寧な返答をありがとう。ロバート、本当に大丈夫なの?」
ロバートが顔を上げた。
「記憶の齟齬が生じており、経過観察が必要かと思われます。特に名前や役職などが曖昧になっておりますので、本人の意志に関わらず無礼な行動をとる恐れがございます」
「そうか。それは本当に申し訳ないことだ。そう言うことなら私の方から全員に通達を出しておこうね。早く回復することを祈っているよ。それと詫びと言ってはなんだが、サリーに関しては、シューンに対してどのようなことをしたとしても、不敬を問わないことを約束しよう。自己防衛しないとね」
「ありがたき幸せにございます」
「あまりにも失礼な態度をとるようなら、叩いても許すから」
「まさか……」
「いや、本当に。あいつは根本的に直さないと本当に拙い。よろしく頼むよ、サリー」
「肝に銘じまして」
イースが手を振りながら去って行った。
その後ろ姿を見ながら、サリーは大きく良くを吐く。
「緊張で死ぬかと思ったわ」
「いやぁ、感心したよ。王族に対する言葉遣いが完璧だった。前世でも王族に関わる仕事でもしてたのかい?」
「王様とかいない国だったから。趣味の読書のお陰かな。助かったわ」
歩き出したロバートの後ろを追う。
ロバートはメイド長と侍従長にサリーの状態と症状を説明し、第一王子殿下が与えた特別権限の話も通してくれた。
「ご迷惑をおかけします」
サリーの言葉に大きく頷くメイド長。
「今日はもう下がっていいわ。ゆっくりと休みなさい。それと、シューン殿下の担当から外れたいならそうするけど」
「いえ、シューン殿下付きのままでお願いします。せっかく殿下から免罪符を頂いたのですから、心して対応いたしますわ」
メイド長の部屋から出たサリーにロバートが話しかける。
「自室で休むかい? 僕は夜勤明けの休暇だから、なんなら王都を案内するよ?」
「ありがたいわ! ぜひお願いします」
サリーは自室に戻り着替えた。
当然ではあるが、自分の部屋が分からず、ライラについてきてもらったのだが。
応援ありがとうございます!
11
お気に入りに追加
1,014
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる