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 それから数時間、朝食を運んできたライラがソファーに座っていたさおりに抱きついた。

「サリー! 心配させないでよ! しっかり報告しておいたから、昨日はかなり絞られた筈よ。安心してね」

「心配かけてごめんね。報告って?」

「シューン殿下のことよ。床に油を撒いてあなたをコケさせたんだもん。あんなに見事に滑ってさあ。頭まで打ったんだよ? マジで死んだかと思ったわ」

(ああ……それ、死んでるわ)

「シェーン殿下は無事だったの?」

「あんた……あんな悪ガキの心配しなくていいよ。昨日は地下室に閉じ込められて反省させられた筈よ。まあ、そんな事じゃ反省なんてしないだろうけど。だって一昨日の事故でも大丈夫だったんだよ? 絶対に何でもないって顔して出てくるよ」

「おとといの事故って……ごめん。まだ記憶が完全じゃないみたい」

 さおりの過去を理解したロバートが助け舟を出した。

「ちょっと打ち所が悪かったみたいでね。記憶が曖昧なところがあるんだ。人間の脳は複雑だからね。もしかしたら、時々めちゃくちゃなことをいうかもしれないけど、まるっと無視してやって」

 ライラはロバートの顔を見て、何度も頷いた。

「大変だったねぇ、サリー。もう痛いところは無いの?」

「頭がちょっと痛いかな。だから急に変なことを言ったり、人の名前がわからなかったりするみたい。それで? 一昨日の事故は?」

「あ、あれは本当に死んだってみんな思ったみたい。いつも持ち歩いてる大きなウサギのぬいぐるみがあるじゃない? 王宮の湖で舟遊びをしてて落としちゃってさあ。ぬいぐるみを助けようとして自分も落ちちゃったのよ」

(ああ、それだわ)

 さおりは遠い目をした。
 ライラは続けた。

「普通だったら死んでるよね。水を吸ったぬいぐるみって重たいもん。なのに、なぜか浮いてきたんだって。ぬいぐるみに抱えられるような感じでぷくって。噓みたいよね」

「大切にしてたウサギのぬいぐるみって、水色の? 右耳に汚れた黄色のリボンがついてない?」

「そうよ、それそれ。第二王子を救ったぬいぐるみだっていうんで、きれいに洗濯されてさあ。リボンも金糸の刺しゅうに変わったんだよ? でもね、殿下は前のリボンに固執してるみたい。あなたが捨てたって思って復讐したみたいよ」

「そりゃ怒るわ。あのリボンは誕生日に絵本が包んであった大切なリボンだもん。そうかぁ……。ウサギのぬいぐるみがねぇ」

(ウサキチ! ありがとう! そう言えばあの日もウサキチを抱いてたから、もしかしてぬいぐるみも一緒に転生したとか?)

 ニタニタと笑っているさおりを、ロバートとライラは不気味そうに眺めていた。
 その後、ロバートと一緒に朝食を摂ったさおりは、早速情報収集に動き出した。
 
(今日から私はサリーよ!)

 ロバートが事情を説明すると言ってくれたので、一緒にメイド長の所に向かう。
 途中でメイド仲間とすれ違ったが、顔と名前が一致しないので、曖昧な笑顔を浮かべておいた。
 ふとロバートが立ち止まり、廊下の端に避けて頭を下げた。
 サリーも真似をして頭を下げる。

「第一王子のイース殿下だ」

 顔は見たいが、不敬を問われても拙いと思い、微動だにしないサリーの前で足音が止まった。

「ああ、サリー。もう大丈夫かい? 弟が本当にとんでもないことをしたね。あいつに代わって謝罪するよ」

 より一層深く頭を下げながら、サリーは床を見たまま返事をした。

「第一王子殿下におかれましては、本日もご機嫌麗しゅう、心よりお喜び申し上げます。また、先ほどのお言葉、痛みいりましてございます。私はもう大丈夫ですので、どうぞご放念下さいますよう」

「いやいや、丁寧な返答をありがとう。ロバート、本当に大丈夫なの?」

 ロバートが顔を上げた。

「記憶の齟齬が生じており、経過観察が必要かと思われます。特に名前や役職などが曖昧になっておりますので、本人の意志に関わらず無礼な行動をとる恐れがございます」

「そうか。それは本当に申し訳ないことだ。そう言うことなら私の方から全員に通達を出しておこうね。早く回復することを祈っているよ。それと詫びと言ってはなんだが、サリーに関しては、シューンに対してどのようなことをしたとしても、不敬を問わないことを約束しよう。自己防衛しないとね」

「ありがたき幸せにございます」

「あまりにも失礼な態度をとるようなら、叩いても許すから」

「まさか……」

「いや、本当に。あいつは根本的に直さないと本当に拙い。よろしく頼むよ、サリー」

「肝に銘じまして」

 イースが手を振りながら去って行った。
 その後ろ姿を見ながら、サリーは大きく良くを吐く。

「緊張で死ぬかと思ったわ」

「いやぁ、感心したよ。王族に対する言葉遣いが完璧だった。前世でも王族に関わる仕事でもしてたのかい?」

「王様とかいない国だったから。趣味の読書のお陰かな。助かったわ」

 歩き出したロバートの後ろを追う。
 ロバートはメイド長と侍従長にサリーの状態と症状を説明し、第一王子殿下が与えた特別権限の話も通してくれた。

「ご迷惑をおかけします」

 サリーの言葉に大きく頷くメイド長。

「今日はもう下がっていいわ。ゆっくりと休みなさい。それと、シューン殿下の担当から外れたいならそうするけど」

「いえ、シューン殿下付きのままでお願いします。せっかく殿下から免罪符を頂いたのですから、心して対応いたしますわ」

 メイド長の部屋から出たサリーにロバートが話しかける。

「自室で休むかい? 僕は夜勤明けの休暇だから、なんなら王都を案内するよ?」

「ありがたいわ! ぜひお願いします」

 サリーは自室に戻り着替えた。
 当然ではあるが、自分の部屋が分からず、ライラについてきてもらったのだが。
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